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宇多丸、『ジャスト6.5 闘いの証 』を語る!【映画評書き起こし 2021.2.12放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、『ジャスト6.5 闘いの証』(2021年1月16日公開)です。

 

オンエア音声はこちら↓

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞して評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では2019年の第32回東京国際映画祭で初上映され、監督賞と主演男優賞を映画祭の中でも取りました、今年の1月16日から公開されているこの作品……『ジャスト6.5 闘いの証』

(曲が流れる)

イラン警察と麻薬組織の容赦なき戦いを描いたクライム・サスペンス。イラン警察のサマド率いる麻薬撲滅チームは、長年追いかけてきた麻薬組織の元締め、ナセル・ハグザドをついに逮捕する。しかし、それで終わるほどイランの麻薬戦争は甘くはなかった……。主人公サマドを演じるのは、アスガル・ファルハディ監督『別離』などのペイマン・モアディさん。監督は、本作が長編二作目となるサイード・ルスタイさん。この番組では2019年10月23日に、東京国際映画祭シニアプログラマーの矢田部吉彦さんがおすすめしてくれました。

ということで、この『ジャスト6.5 闘いの証』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「いつもよりはやや少なめ」。ただし、都内1館上映で、1日2回しか回してませんからね。これは結構健闘している方じゃないかな、という気がしますけども。

賛否の比率は、褒めの意見が9割。非常に評価が高いです。褒める意見として多かったのは、「イラン映画は初めて見たが、見ごたえがありとても面白かった」「派手な暴力シーンはないが、緊張感がすごい」「警察対麻薬組織の話かと思っていたら、いい意味で裏切られた」「麻薬組織のボス、ナセルが魅力的」などございました。一方、「中盤以降、話がどこへ行くのかわからず、戸惑ってしまった」といった声もありました。

■「群集の満ち引きそのものがエンターテイメントになっている」(byリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「空港さん」。「『最高!』と声高に言いたくなるというより、家に持ち帰り、これからも反芻していくであろう映画でした。冒頭、スラム街から始まる麻薬ルートを辿っていく流れは、全シーン緊張感がみなぎり、めちゃくちゃ面白かったです。ただ、ストーリー中盤にも関わらず、麻薬王ナセルが逮捕された時点で思わず時計を見てしまいました。『えっ、ここからどう進むの?』。そこからキャラクターたちがひたすら会話、というか舌戦を繰り広げる中盤以降、話がスピーディーに一直線、“縦”に進んでいく前半部に比例して、主要キャラを中心とした人物像の掘り下げのパートは“横”に広がっていくように進み、ますます話の展開が読めなくなり、あらゆる人物への共感も伴い、小さくずっと揺さぶられていく感覚でした」という。

で、以下ちょっとこれはネタバレ部分なので僕、ちょっとぼやかしながら言いますけど……「ナセルが最終的に行き着くシチュエーション。この映画で最も恐ろしい暴力的なシーンであると感じました」と仰っていて。「以前、シネマハスラーで扱った『ドラッグ・ウォー 毒戦』のラストで宇多丸さんが『劇中、最も暴力的に見えた』と評していたのを思い出しました」というお便りでございます。

あと、ラジオネーム「リョウ」さん。「『ジャスト6.5 闘いの証』を新宿K’s cinemaで見てきました。いやー、傑作でした。ものすごい数のエキストラが動くので、その時点で画力というか、絵力というか、スクリーンからの圧がすごいのですが。この映画のマジで素晴らしいところは群集の満ち引きそのものがエンターテイメントになっているところです。画面に収まっている人の数がだんだんと増えていき、最終的には満員電車のようにみっちみちに詰まったり……」。あの奥の、いろんな房から、囚人というか、収監されている人たちが出てきて、最終的にそれが人の津波のようにさなってグーッと押し寄せてきて、一番前にいる……「えっ、ちょっと待って? これ、だ、だ、大丈夫?」っていうあの感じとか、すごかったですよね。

「……みっちみちに詰まったり。あるいは人の群れがザーッと引いた後の誰もいなくなった空間と、そこに残る余韻であったり。空間の広さとその場における人の密度。そしてその大勢の人の流れ。これらが一体となって視覚的な面白さを脳に伝えてくるようでした」。なるほど。これ、面白いですね。この見方ね。「これだけの人を映してること自体が映画に真実味を持たせているのですが、さらにはタイトルにもあるような、現実のイラン社会における問題の説得力も高めていると感じました。イラン映画を見るのは初めてでしたが、本作で一気に興味が湧きました」というリョウさんでございます。

一方、ちょっと良くなかったという方。「アンダーキャッスル」さん。「正直、後半よくわからなくなったというのが感想です。前半はスピーディーな展開と重々しい空気が張り詰め、(ブラジル映画)『エリート・スクワッド』をはじめて見た時の衝撃を思い出しました。しかし、イラン暴力警察VS麻薬王のハイテンションな対決を期待していた自分は、中盤以降の展開に置いてきぼりにされました。ウォシュレットの水まきなど、画力は強いので退屈はしませんでしたが」。これ、だから同じことを仰っていますよね。中盤以降、ちょっと物語のモードが変わるということで。たしかにね、そこからさらにね、話についてゆきづらい人が出てくるような作りであるのは間違いないと思うんです。皆さん、同じことを仰っていると思います。ということで皆さん、メールありがとうございました。

■名匠アスガル・ファルハディ監督が生み出したトレンド「マシンガントークからストーリーが二転三転」の究極形が本作

『ジャスト6.5 闘いの証』、私も2019年東京国際映画祭でまず最初に見て。その後、K’s cinemaで、今週ね、2回見てまいりました。結構ね、K’s cinemaも、公開3週目にしては人が入ってましたね。先ほど、番組オープングでも言いましたけれども、今、K’s cinemaでは、『ジャスト6.5』と、もう1本、その『ウォーデン 消えた死刑囚』という、どちらも2019年に本国では公開され大ヒット、そして高く評価された、イランの社会派エンターテインメント映画、この2本が同時に公開されていて。

しかも、主演俳優陣も同じ、という。これも番組オープニングで言いましたけど、僕、恥ずかしながら、その『ジャスト6.5』でドラッグ売買の元締め・ナセル役を演じている、ナヴィッド・モハマドザデーさん、こっちの『ウォーデン』の主人公でもある、ということに、パンフを見るまで気づかなかったっていうね。すごい役者さんだなと思いましたけどね。なおかつ、その『ウォーデン』の方の監督の、ニマ・ジャウィディ監督さんの前作、長編デビューに当たる『メルボルン』という2014年の作品。これは今回の『ジャスト6.5』にも出ている、そしてアスガル・ファルハディ作品でもおなじみ、今やハリウッドでも活躍中のペイマン・モアディさんが主演だったりして。

要は割と人脈的に重なっているというか。日本ではなかなか見る機会が少ないけども、現代のイラン映画最前線、こんな感じ!というその一端を、一気に味わうことができる、なかなかの好プログラムだと思います、K’s cinemaさん。この機会に2本見られるというのは、非常に嬉しいことだと思いますね。ということで、今回扱うのはこの、『ジャスト6.5』の方でございます。劇中の文脈を踏まえてこのタイトル、ちょっと意訳するならば、「単に650万人になっただけ」みたいなことです。

なにが「650万人になっただけ」なのか?っていうのは、映画を見ていくと最後、終わりの方の会話でそれが明らかになっていくわけですけど。この番組的にはこの『ジャスト6.5』、先ほども言いましたけども、最初は2019年の東京国際映画祭のおすすめ作品として、プログラミングディレクターの矢田部吉彦さんに挙げていただいて。それで僕も見に行きましたし、水曜パートナーの日比麻音子さんもご覧になって。なかなか衝撃だったと。その後、番組内でもチラッと触れて、紹介したりしましたよね。

ちなみにこの2019年の東京国際映画祭で、この『ジャスト6.5』、最優秀監督賞と最優秀主演男優賞も獲得しているということでございます。で、その後に僕、2020年、昨年の東京国際映画祭配布用の小冊子『CROSSCUT ASIA』というのの中で、矢田部さんと再び対談した時に教えていただいて、これは「ああ、なるほど!」って初めて知ったことなんですけど……先ほど名前が出ましたアスガル・ファルハディさん。『彼女が消えた浜辺』『別離』、そして『ある過去の行方』などなどで、世界的にも非常に高い評価を受けている、もう今や現代イラン映画を代表する巨匠と言っていいと思いますけど。

僕も前の番組時代、タマフル時代の2017年7月22日に、『セールスマン』という作品を評したりもしました。これはみやーんさんによる公式書き起こしが今でも読めますので。アスガル・ファルハディさんがどんな人なのかというのは、こちらを見ていただくと分かりやすいと思うんですが。そのアスガル・ファルハディさんの影響で、イラン映画、まさにそのファルハディ作品風にですね、マシンガントークからストーリーが二転三転していく、というような、登場人物がしゃべりまくる作りっていうのが、ものすごくトレンドになったんだそうです。矢田部さん曰く。

そしてこの『ジャスト6.5』はですね、矢田部さんの言葉を借りるなら、「その究極形ではないかと。ガンガンやり合うところは一緒でも、スケール感が桁違い」という風な位置づけを矢田部さんはされていて。これはさすが、やっぱり最新のイラン映画の動向まで、体系づけてご覧になっている矢田部さんならではの情報というか、僕だけだったら絶対にわからなかったことなので。「ありがとう、矢田部さん!」っていう感じなんですけど。

■ドキュメンタリータッチ+アート映画的なショット+独特のストーリーテリング。そのトータルで浮かび上がってくるのは……

で、たしかにこの『ジャスト6.5』、登場人物たちがとにかくまくし立てる、激しい会話劇がメインなんですね。でも、それと同時に、先ほどから話題にしてる通り、ちょっとぎょっとするほどスケールがデカい、もはやデヴィッド・リーン的と言ってしまいたくなるほど、エキストラの数も半端じゃない、いわゆるモブシーンがですね、要所で非常に、強烈に印象に残る映画でもあって。あるいはですね、そのすごい数が集められたエキストラ。本物の麻薬中毒者の方々を集めて、その表情をひとつひとつ丹念に切り取っていくような、そういうドキュメンタリーと見紛うほどリアルなタッチ……途中で出てくるあの子供のくだりとか、あれドキュメンタリーにしか見えないんですけどね。

そういうリアルなタッチと、時折放り込まれる、非常に美しく静謐な構図の、アート映画的なショット。その両方が、等しく機能している作品でもある。そして、ここが最も独特だと思いますけど、ストーリーテリングのスタイルもちょっと変わっていて。前半は、そのペイマン・モアディさん演じる刑事をはじめとする警察側が、ホームレスであるとか末端の売人から、少しずつ麻薬ビジネスの元締めにたどり着くまで。そして後半は、ナヴィッド・モハマドザデーさん演じる、その元締め側の視点がメインになる。

要するに、途中から視点が変わるんですね。その元締め側の視点がメインになって、ついに囚われた彼が、もがきにもがく様を描いていく、という。だから、途中でその視点が変わるところで、「あれ? 刑事の話ではなかったの?」って感じで、ちょっと話がわかりづらくなるところもあるし。その間にも、たとえばその刑事同士の間にも、容易に生じる不信であるとか。簡単にお互い不信に陥っちゃって、足の引っ張り合いが始まったり。あるいは、実父の罪を負わされかけている少年のエピソード。これが本当にもうなんていうか、ドキュメンタリーを見てるみたいなすごいリアルさであったり。そういうのが入ったりとか。

もっと言えば、役名やセリフがない人々の佇まいとかも含めて、異なる立場の視点が、ちょいちょい挿入されて。しかも、それらすべてが、絶えず善悪の間を揺れ動き続けてもいる、という、複雑な群像劇でもあるわけです。その、あえて安定しない視点。その対象に対する距離感が様々であるという……すごく寄ったと思えば、すごく突き放したりもする。その、視点が一定しないというところが……要するにこの登場人物自体、すごく激しくしゃべり続けてる作品に、しかし全体としては、異様なまでにクールな、突き放した印象、非常に全体としては突き放した、俯瞰して物事を見てるような、そういう印象を与えている。

で、人によってはそれがすごく見づらいとか、何の話をしているのかよくわかりづらい、というような印象を与えるようなものでもあると思う。そういう作りでもあるとは思うんです。ただこの作りを、少なくとも僕は、とてもスリリングだと思いました。

ひとつにはですね、これはイラン、映画に対する検閲も非常に厳しい国なわけですね。皆さん、何となく分かると思いますけど、検閲が厳しい。なんだけども、この異様に突き放した目線からトータルで浮かび上がってくるのは、やっぱり現行のそのイランの体制……イラン社会とか司法の体制に対する、非常に冷徹な批評性っていうのを、浮かび上がらせる。だからこれたぶん、わかりやすく作っちゃうと、検閲に引っかかっちゃったり、いろいろ問題が出てくるところが……どうともジャッジはしていない作り、なんだけど、トータルでは浮かび上がってくる、この批評性、批判性といったところ。その意味でも、要するにこの作り……非常に突き放しているし、俯瞰したタッチというのが、有効だったりするのかな、という風に思ったりしましたね。

■「この映画はちょっと、すごいんじゃないか?」映画冒頭の圧倒的なツカミの強さ。

脚本・監督のサイード・ルスタイさん。1989年生まれ、これが長編二作目ということで。一作目の2016年のこの『Life and a Day』というのも、これは本作と同じく、ペイマン・モアディさんとナヴィッド・モハマドザデーさん、そしてパリナーズ・イザドヤールさん、このお三方が主演、という作品で。僕はちょっとこれ、予告編しか見られていなくて申し訳ないんですけど。まあ、ネットとかであらすじなどを読む限り、家族の中の末娘の結婚を機に噴出してしまう、いわゆる「家族という地獄」物っぽいですね、これ。これもすごく評価が高いので、いずれちょっと見てみたいなと思うんですけど。『Life and a Day』という作品。この中にもね、家族の中に麻薬中毒のお兄さんがいて……という話が出てくるらしくて。まあ、いずれ見てみたいんですが。

とにかくこの『ジャスト6.5』、冒頭のアバンタイトル。タイトルが出る前の、5分ぐらいだと思うんですけど、ここのですね、まずそのサスペンス演出の巧みさ。そして、これは見ている誰もが「ああーっ!」って声をあげてしまうに違いない、圧倒的なツカミの強さ。このド頭だけでも、このサイード・ルスタイさん、「ああ、これはただ者じゃないな」ってわかると思います。まずは最初の5分、ぜひ見てみてほしい。まあその警察の、いわゆるガサ入れ、からの、被疑者逃走、そして追跡、という、シーンそのものとしては、よくあるシーンなんですよね。

でもね、いろいろユニークで。まず、警察が車で来て。目当ての家に着いてから、カメラが、ドアを正面に捉えたショットになる。ドアを真正面に捉えたショットになるわけですね。これがすごく面白くて。要するに刑事2人が……そのドアを正面に捉えて、まず最初のドアを、ドーン!って、乱暴に蹴破っていく。そうすると、1枚、また1枚と、次々と「その奥」が出てくるわけですよ。ドアを1枚、蹴破ると、そこに何かがある。また乱暴にドーン!って蹴破ると、まだまだある、みたいな。

で、その行き着く先に待っていたのは……というのがですね、これは描写としてはごく軽いものなんですよ。「ああ、なんだ。そんなことか」みたいなオチなんですけど。この、ドア正面を捉えた構図の、非常に意味深な決まり方。これ、後ほど言いますけどね。サイード・ルスタイさん、ゆっくりとカメラがズームしていく、意味深なこの画づくりがすごい上手くて。

ここであたかも、要するに刑事たちの暴力的、高圧的な捜査の果てに……ドアをどんどんどんどん蹴破っていくような、高圧的、暴力的な捜査の果てに待っている、むなしい結末、という。要するにこの先のお話全体を、このドアのくだりだけで、暗示しているようにもまず見えるわけです。ここだけでも、「上手いな!」っていう感じがすごくするわけですね。

上手いし、あとは変わった見せ方をするな、っていう感じがする。で、そこから先、被疑者逃亡に、刑事の1人が気づくんですね。ここのところ、「影」を上手く使ったサスペンス演出。これも非常にわくわくさせられますし。そして何より、この逃走・追跡劇、本当にこれ、予想もしなかった結末。そのあまりにも……あまりといえばあまりにも、血も涙もない突き放しっぷり。そのドライな語り口に、僕はまずいきなり、もうまんまと掴まれて。「この映画はちょっと、すごいんじゃないか?」となりますね。

ぜひこれは皆さん、ご自分の目で。本当に「あっ、ああーっ!」ってなる見事なオープニングですから。ぜひね、この驚きを味わっていただきたいわけなんですが。

■麻薬中毒患者が急増するイラン社会を半ドキュメンタリーの手法を交えつつ描く

で、ですね。これは麻薬戦争というか。麻薬組織と警察の戦いというか、警察が捜査していく話なんですけど。実際、イランはですね、隣国であるアフガニスタンが世界有数の麻薬生産国ということもあって、実際にすごく麻薬中毒患者が、特に近年、ガンガン多くなっているという現実があるそうなんですね。

で、劇中では、その元締めを見つけるために、まずはその末端からしらみ潰しにやっていこうということで。あの土管の集積場みたいな、大きい土管がいっぱい集まっているところに、まあジャンキー率高めのホームレスの皆さんが住み着いてできたっぽい、即席のスラム街といったところですかね、そこに、大規模な手入れが入るわけです。で、さっき言ったすごくスケールの大きい、エキストラの数が半端ない、もうデヴィッド・リーン的と言っていいようなスペクタクルの、モブシーンがここで展開される。

で、なおかつそこで、先ほどのメールにもあった通りですね、人がワーッて多いそのシーンのケツはでも、人っ子1人いなくなったその土管スラムの中を、野良犬が1匹、ポツン、っていうところを、やっぱり印象的なゆったりしたこのズームで捉えるという、非常にアート映画的なショットで締めるわけです。なんともしれん、不思議な味わいがあるシーンの締めになっていたりする。そこから、「本当にこんなことやってるの?」って思っちゃうほど、ぶっちゃけはっきりと非人道的な、捕まえた人たち全員を裸にひんむいて、ぎゅうぎゅう詰めにしているという留置所のシーン。

さっき言ったように本当の麻薬中毒者の方々を集めていて、その要するに、たとえば朦朧としてる表情であるとかっていうのを……本当にこれ、たぶん演技じゃ無理だろうなっていう感じで。非常にドキュメンタリックというか……「本物」って言っているんだから、半分ドキュメンタリーなんですよね。ドキュメンタリー的な印象を与えるタッチ。これは非常に印象的ですし。あるいは細かいところで言うと、監督がこれ、インタビューで「あれはトランスジェンダーっていうわけではなく」という風に仰っているんで、恐らく安全のために、男装してその中にいる女性というか、女の子たちであるとか。

細かいところだと僕、非常に印象的だったのは、その非人道的な扱いの中で、ちょっと思うところがありそうな表情が印象的な、アップになる1人の男性がいるんですね。非常に端正な顔立ちなんで印象に残るんですけど。この方が……役名とかないんですよ。セリフもないですよ。後の方で、女性の家族たちとその男の囚われた人たちが、鉄の柵越しに押し合いへし合いしながら会わされる、という形のところで、さっき裸にむかれてちょっと思うところありそうだった人が、今度はちゃんと服を着て、妻と娘に再会し、娘のおでこにキスをする、っていう、そういう物言わぬ描写があって。これは完全に、名もなきモブキャラなんですよ。なんだけど、こうやってその人間性と物語を、ちゃんと持たせているという。このあたりもすごく、本作独特の語り口だと思うんですよね。

で、そんな感じでですね、一見、これは本当にただの人違い、冤罪なんじゃないの?っていう風に我々観客には思えてくるような、家宅捜索シーン。その、やはり非常に意外な顛末であるとか。あるいは、最重要取引先でもあるという、その日本へ向かう──日本ですよ!──日本へと向かう飛行機に乗ろうとする、これがなぜか、超大柄な4人組なんですよね。

その4人組、ちょっとユーモラスな空気も漂わせて。でもこの4人組の、実態とは……というこのくだりの面白さであるとか。とにかく次から次へと、非常に緊張感あふれるリアルな演出、あるいは観客の予想のちょっと斜め上行く展開、みたいなものが、でもさっき言ったようにある種、安心して乗っかれるひとつの固定的な視点というのはなしで、あれよあれよという感じで連なっていくので。これ、退屈をする暇はほとんどないぐらい、展開は早いですし。お話の進行自体にはですね、やっぱり振り落とされないように、しっかり考えながら見ないと……特に我々、イランの風土にあんまり馴れ親しんでないので、ボケッと見ていると、たしかにちょっと振り落とされかねないところがあって。ちゃんと見ていないといけない。

■映画後半、麻薬組織の元締めナセルの人間性があからさまになっていき、不思議な感慨・感動を呼び起こす

これは、劇中で描かれる大変に暴力的な警察の捜査、留置所での非人道的な状況、そしてものすごく早く全てが決まっていく裁判、刑の執行システムなど、要はイランの司法制度の、本当に……特に我々から見ると、非常に乱暴なスピーディーさっていうか、それもこのストーリーテリングのジェットコースター感と関係があるかな、という風に思ったりしますね。

あと、先ほどから言ってるように、そのサイード・ルスタイさん。ワーッと話が進んでいく中で、ふっとこう、ゆったりした、意味深なズーム使い。そのリズムの緩急でググッと意識を引き付ける、というのがすごく上手くて。こういったあたりもぜひ、味わっていただきたいあたりかと思います。

ともあれ、さっき言ったようにですね、末端からどんどんどんどんと遡っていって。売人、仲介人を辿って、パリナーズ・イザドヤールさん演じる元カノからついに居場所を特定されてしまうという、この元締めのナセル。ナヴィッド・モハマドザデーさんが演じる彼の視点が、後半のメインになるわけですけども。

特にですね、最初の方こそ彼、要は有り余る金にものを言わせて刑事を買収しようとしたり、周囲の人にいかにもボス然として、超上から目線でカマそうとしたり。まあ、最初の方は、いかにも悪役的にいけ好かないキャラクターだったわけです。このナセル。しかし、だんだんと……たとえば、身分詐称の工作がバレてしまったりとか、あるいは、その仲間の助けが思うように得られなかったりとか。そして、やっぱり決め手となるのは、自分の居場所を最終的にバラしたのが愛していた元カノだった、っていうのを知らされたりとか。

要するに1枚1枚、その麻薬組織のボスという鎧を剥がされていくに従って、もちろん状況としては非常に追い詰められ、憔悴し切っていくわけですけど、そうなるほどに、どんどんどんどん、彼個人としてのその人間の弱さ、彼なりの思い、要は人間臭さ、人間性が、どんどんどんどんあからさまになっていく。で、それは単に悪党が因果応報的に罰を受けてメソメソしだして「ざまみろ!」みたいな構造を越えてですね、不思議な感慨・感動を、どんどん増していくわけです。

たとえばその、やはり最後の家族の面会シーンですね。まだ幼い甥っ子に、覚えたての側転などをやってもらう、というくだりの、ナヴィッド・モハマドザデーさんの表情。そしてそのシーン終わりの、何とも言えない、シュールでもある余韻。あるいは、彼が決定的に捕まってしまうというか、身動きが取れなくなる、ちょっとドゥニ・ヴィルヌーヴの『ボーダーライン』を思わせるようなあっと驚く展開、からの、家族にもちょっと裏切られてしまう展開であるとか。

あるいは、彼が最後に……最後の最後に思う、家族の姿。それは直前に弁護士と交わした会話がキーになってるんですけど。その、何ともしれない、胸を締め付けるような対比であるとか。あれほど強引に、暴力的に彼を追い詰めたサマド刑事の胸に最終的に残った虚しさと重なるそれはですね、要はイラン社会全体の問題・矛盾を、最終的には浮かび上がらせるわけです。で、最後のショット。非常にスケールのデカい、不穏なラストショットはまさに、「これはイラン社会全体の問題なんですよ」っていうことを示すような、ちょっと不穏な、不気味なショットで終わる。

「あのショット、実際に本当に渋滞を起こして撮りました」みたいな、とんでもないことをインタビューで監督が仰っていたりもしましたけども(笑)。でね、実はこれ、社会全体を……たとえば貧困の放置であるとか、そういう問題なんだっていうので浮かび上がってくるのは、この問題提起そのものは、日本を含めて大抵の現代社会、現代国家と共通する、普遍的なものなんですよ。やっぱりね。

■サイード・ルスタイ監督、今後、さらに世界的な評価を上げていく可能性あり!

ということで、その独特の味わいを持つストーリーテリング。先ほどから言っている冒頭の、あっと驚くツカミであるとか、とにかくド迫力のスペクタクルなモブシーン。そして最終的により大きなテーマを浮かび上がらせる、そのクールな視点。特に我々にとってはね、そのイラン社会、身近なものとして味わえるっていうのもそうだけど。そもそも日本と直接関係する問題だった、っていうところも突きつけてくるあたりですよね。

ということで、サイード・ルスタイさん。今後、さらに世界的な評価を上げていく可能性、全然ある腕を持ってると思います。第2のアスガル・ファルハディになっていくかもしれないですし。ぜひ今、このタイミングでこそ、ということで、非常に見応えある作品です。『ジャスト6.5』、ぜひ劇場で、K’s cinemaでウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『哀愁しんでれら』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

 

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!

◆TBSラジオ『アフター6ジャンクション』は毎週月-金の18:00~21:00の生放送。