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追悼 なかにし礼さん 長男が生出演「父は、ゆうゆうワイドと徹子の部屋への出演は、いつも嬉しそうでした」

大沢悠里のゆうゆうワイド

1月9日のゆうゆうワイドは、昨年末に亡くなった、
日本を代表する作家・作詩家のなかにし礼さんを追悼し、
「特集 ありがとう なかにし礼さん」を放送しました。

「北酒場」「石狩挽歌」「まつり」「天使の誘惑」「心のこり」
「知りたくないの」「AMBITIOUS JAPAN」など
昭和から平成の歌謡史に刻まれる数々の名曲を紡ぎ、
作家として直木賞も受賞したなかにし礼さんは、去年12月23日、
心筋梗塞のため、82歳でその生涯を閉じました。

なかにし礼さんは生前、たびたび、ゆうゆうワイドにお越しいただき、
大沢悠里とも古くから親交がありました。なかにし礼さんの
ゆうゆうワイドへのご出演は、去年の6月13日で、結果的に
この放送が、ラジオ・テレビを通じ、最後の生放送への出演となりました。


(2020年6月13日に撮影しました)

9日の番組では、なかにし礼さんのご子息(長男)、中西康夫さんを迎え、
なかにし礼さんが紡いだ名曲を聴きながら、いろいろと伺いました。

中西康夫さんは、なかにし礼さんの訃報が伝えられた際に、
新聞へのインタビューに応じた以外は取材を受けていませんが、
お父様が生前、ゆうゆうワイドへの出演を楽しみにしていたことから、
今回の出演をご快諾いただきました。康夫さんは
父はいろいろな番組に出演させていただきましたが、
 ラジオは『ゆうゆうワイド』、テレビは『徹子の部屋』に出る時だけは、
 本当に嬉しそうに出かけて行きました。
ですから、今回、
 ぜひ、出演させていただこうと考えました」と話して下さいました。

番組では「孫がいますが、おじいちゃんという言葉が似合わない人でした」
「雑誌の連載や出版の話が決まっていました。発信力の塊みたいな人でした」
「私が幼いころの父は、考え事をするときは、
 リビングでソファに寝転がることが多かったです」
「原稿の執筆はパソコンを使わず、最後までワープロを使っていて、
 フロッピーディスクに原稿を保存していました」
などといった
ご子息から見たお父様の様子や思い出の数々をご披露いただきました。

さらに、なかにし礼さんの「最後の生放送への出演」となった、
去年6月13日のゆうゆうワイドの放送も一部、お聴きいただきました。
その際になかにし礼さんは、詩や小説を書くことの考え方について
『不変なものである自分自身とは何なのか』ということを
 常に考えながら書く
」とおっしゃっていました。

最後に、康夫さんに今の気持ちを尋ねると
「まだ実感もなく、何かあると良い意味でダメ出しをしてくれたので、
 きょうも出演後に電話がかかってきて『お前、あそこは、こう喋れよ!』と
 言われるのではないかと、一瞬、考えますが、電話が無いんだなと思うと、
 空虚感があります」と答えてくださいました。

なかにし礼さんのご遺族からは「形見分け」として、大沢悠里に
ご本人が愛用したネクタイをいただきました。
特集コーナーの最後は「なかにし礼さん、ありがとうございました」との
大沢悠里の涙声で締めくくられました。
中西康夫さん、悲しみの癒えない時期のご出演、改めて御礼申し上げます。

なかにし礼さん、長い間、ありがとうございました。
謹んでお悔やみ申し上げます。

番組宛には、お聴きの皆さんから、なかにし礼さんの楽曲のリクエストを
数多くお寄せいただきました。
1月16日のゆうゆうワイドは、なかにし礼さんのリクエスト特集
放送いたします。こちらもぜひ、お聴きいただけましたら幸いです。

放送の全編は、radikoのタイムフリーでどうぞ。
放送より一週間以内、下記のバナーからお聴きいただけます。

大沢悠里のゆうゆうワイド | TBSラジオ | 2021/01/09 15:00-17:00 http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20210109150000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)