お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ

羅生門って、どんな門??

檀れい 今日の1ページ

檀れい 今日の1ページ

女優の檀れいが毎回、その日にまつわる話題や風物詩などを交えてお届けする「檀れい 今日の1ページ」。今日10月22日は「平安遷都の日」ということで、平安京についてお話しました。さて、歴史の年号の問題です。平安遷都は何年でしょう?

「うぐいすなくよ」または「なくようぐいす」で「794年」ですね。そして、ここまで覚えている方はいないかもしれませんが、日付は、794年の10月22日です。遷都を行ったのは、桓武天皇。現在の京都市の市街地にあたる東西 4、5キロ 、南北 5、2キロ の長方形の範囲に、碁盤の目状に区画をつくり、都を形成しました。現在でも、その名残りがあるため、京都を訪れると、はるか昔の都の香りを、感じることができます。

さて、平安京の建造物のなかでも、とても有名なのが「羅生門」。芥川龍之介の小説でもおなじみですし、小説は、黒澤明 監督によって、映画化もされています。実際にはどんな門だったのでしょうか。

羅生門の「しょう」は「生きる」という字を書きますが、本来は、お城の「城」という字が使われます。羅城は、都を取り囲む城壁のことで、この城壁に開かれた正門を「らじょうもん」と呼びました。平安京だけでなく、平城京にも「らじょうもん」が存在したんですね。

都の正門ですから、それはもう立派なものだったようです。平安京の場合は、幅が30メートル以上、高さは、20メートルを超えていたと推測されています。20メートルといえば、現在の建物で言えば6階か7階にあたるといいますから、当時としてはたいへんな高さ。また、瓦ぶきの屋根には、「鴟尾(しび)」という飾りが金色に輝いていたといいますから、さぞ、華やかで迫力があったのでしょうね。

しかし、暴風によって二度倒壊して、その後再建されなかったため、周囲は荒廃し、華やかな姿は忘れ去られてゆきました。現在では、公園の中に、「羅生門遺址」と書いた石碑があるのみ。しかも、かつて門があった正確な場所は、わかっていないそうです。

朝、太鼓の音とともに開かれ、夕方、また太鼓の音で、閉じられたという羅生門。栄華を象徴するこの門をくぐる人たちは、いったいどんな思いで都に足を踏み入れたのでしょうね。


ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。
パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。