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あれから10年。「チリ鉱山 落盤事故」

檀れい 今日の1ページ

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女優の檀れいが毎回、その日にまつわる話題や風物詩などを交えてお届けする「檀れい 今日の1ページ」。今日は、10年前に起きた「チリ鉱山 落盤事故」についてご紹介しました。

2010年10月13日。
今から10年前の今日。
世界は固唾を飲んでテレビから流れる映像を見守っていました。

南アメリカ・チリ共和国の北部「コピアポ」にある鉱山の落盤事故で閉じ込められていた作業員のうち最後の1名が救助カプセルで救出されたのは、現地時間13日の夜9時56分。最初の1名が地上に到着してからおよそ22時間後のことでした。

遡ること69日前の8月4日午後2時。
主に銅や金を産出していた「サンホセ鉱山」の地下460メートル地点で落盤事故が発生。出口付近で作業していたグループは脱出できたものの坑道の奥にいた33名は坑内に閉じ込められてしまいました。

「サンホセ鉱山」は100年以上の歴史を持つ古い鉱山で、坑道は螺旋構造の1本道で「迂回路」や「退避路」はありません。過去にも事故が起こっていたため、チリ政府は安全性について警告をしていたと言われています。ただ、取り残された33人にとって幸運だったのは、地下700メートル地点の避難所の通風口が閉ざされなかったこと、地下水が確保できたこと、わずかながらの食料があったことなどがあげられます。

事故が世界的に注目されたのは事故発生から17日後の8月22日。
救助チームが「避難所」に向けて掘ったドリルを引き上げたところ、先端に「我々33人は無事である」との手紙がくくりつけられていたことで生存が確認されてからのこと。のちにわかることですが、その17日間は、現場監督であったルイス・ウルスアさんのリーダーシップが過酷な状況下でのパニックを防いだと言われています。

救助されるとしても長期になることを想定し、備蓄されていた食料を33人で均等に分けたこと。具体的には、1人が1日置きにツナの缶詰 スプーン2杯分とクラッカー半分ほどだったそうです。また空間を「寝る場所」「食べる場所」「その他の場所」と分けたことで精神的なバランスをとり、さらには、新たな落盤に備え交代制の見張り番や飲料水を確保するための穴を掘る仕事など全員に役割を与えたことが非常に有効だったと考えられています。

生存が確認された8月22日以降は、複数の穴を使って薬品や食料が送り込まれるようになり、テレビ通話システムなどが組まれました。また世界各国からの支援も増え、日本からも救援物資や技術の提供がなされました。

「フェニックス」と名付けられた救助カプセル用の穴の掘削が終了したのは10月10日のこと。13日の午前0時から救出作戦が始まり、33番目の救出までおよそ22時間。最後にカプセルに乗ったのは現場監督のルイス・ウルスアさん。
ここでもリーダーとしての務めを果たしたと言えます。


ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。
パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。