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75回目の終戦の日。戦争体験を語り継ぐカタチ。

森本毅郎 スタンバイ!

明日は8月15日。75回目の終戦の日を迎えます。戦争が終わって75年、実際に戦争を体験している方が高齢になっている中、戦争体験を次の世代にどう伝えるか課題になっています。

「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)7時30分過ぎからは素朴な疑問、気になる現場にせまるコーナー「現場にアタック」、8月14日(金)は、横浜市の若葉台を中心に活動する「戦争体験を語り継ぐ若葉の会」の事務局長、兼 副会長の海老沢裕介さんにお話を伺いました。

 

近堂かおりの現場にアタックhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200814073615

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

 

★子供たちに講話会。最近は体験を紙芝居に。

海老沢裕介さん
「毎年、中学校で始めた、戦争体験を語る講話会というのを。その体験をやっぱり次の世代にも語り継ぎたい。40分お話して、後20分は質疑応答するというのを学校行事の中で組んで頂いてやり始めた。紙芝居は最初、全くそういう考えじゃなくて、直接、話をして、皆さんお元気でしたから。ですけど、やっぱり、10年位前からなかなか難しくなってきたな、亡くなってこられた、施設に入らざるを得ないという方が相当増えてきたので、それでじゃあ、どうするかってことで、述べて頂いた作品を紙芝居にするというのをおととしから始めた。」

この「戦争体験を語り継ぐ若葉の会」は平成15年から活動が始まりました。若葉台の中学をはじめ、小学校や高校で講話会を開いてきましたが、語り部さんの高齢化もあり人数も減ってしまった。そこで、紙芝居という形で戦争体験を伝えようということに。

紙芝居の1作目は横浜大空襲。去年出来上がった2作目は名古屋で高射砲を撃っていた方のお話。会長の片岡さんは92歳、最高齢は95・6歳、そのほか、80代後半から90代前半の方が10名ちょっと。事務局長の海老沢さんは78歳で最年少。78歳で一番の若手なんですね。

★最後の力を振り絞る語り部たち。

しかし、何といっても語り部さんたちの高齢化が進んでいる。その危機感を、海老沢さんはこんな風に語りました。

海老沢裕介さん
「講師の方たちも今は最後の力を振り絞っている感じがすごくするんですよ。足を引きずって大体皆さん、来るような方が半分以上ですよ。ここ1・2年、長くて3年くらいじゃないかなと思うんですよね。会がどうのこうのじゃなくて、やれるのが、生の話を聞けるというのはそんなに長くないって思わなきゃいけないんじゃないかなって私、最近、いやまだまだですよ~なんて言っていけど、やっぱりね。いくらまだ人生100年と言ってもそうは簡単にいかない。急激に落ちてきている。そこにコロナで、いや~、ホント何年かというところが勝負かなって思わざるを得ない、と思いましたね。」

ここ2~3年で急激に高齢化の進みを感じている切実な思いが伝わります。生の声で伝えられるのもあと1・2年・・・。1回、1回が貴重になってくる。

そんな思いの中、今年は新型コロナウィルスの影響でやむなく中止に。ただ、オンラインで出来ないか、映像をユーチューブで配信できないか、色々と模索しているそうです。紙芝居も全員の体験を作成できるかわからないけど、「やれることを一歩一歩」とおっしゃっていました。

★先生や親御さんが主体となっていただけたら

どうしても語り部さんたちの年齢的な限界は来てしまいますよね。そこで、海老沢さんの考えるこれからの会のカタチについて伺いました。

海老沢裕介さん
「私たちこの会が発足して18年ですから、20年弱やってきたわけですけれども、中学生だった方は聞いていただいた、少なくともこの若葉台で育った方は聞いていただいた、と。だから、その人たち、つまり学校の生徒もそうだけど先生の方たちと、私たちが、どうつながって一緒にね、だから子供の前に立って話をするのも講師が話をするだけじゃなくて、先生が社会科の授業とかそういうところで、お話していただけるように、持っていけたら理想だな、というふうに思ってますけどね。その人たちが主役、主体になってつないでいただける、っていうことにならないと、我々はもう限界、年代的には限界。」

78歳の海老沢さんでさえ、限界を感じている。戦後75年ですが、体験を語るためには75歳ではだめなわけです。海老沢さんも終戦時3歳。防空壕にお母さんに背負われて入ったことや、爆弾が近所に落ちたこと、戦後食料が無くてお腹が減って目が覚めたこと、の記憶はあるが具体的な体験は語れない、とおっしゃいます。しかし、橋渡し、という意味ではおそらく最後の世代・・・。

だからこそ、直接、生の声を届けることができなくなることを踏まえて、学校の先生や親御さんと連携して、学ぶ場所やその機会をつくることができないか、と考えています。

戦後75年。薄れてしまう戦争の記憶をとどめるには、直接体験を伝えるのではないですが、歴史として「太平洋戦争とはどういうものだったのか」「戦争とはどういうものなのか」、それを語り継ぐことはできるはず。そのバトンを我々大人は、責任をもってつないでいかなければいけないですね。

「現場にアタック」近堂かおり

近堂かおりが「現場にアタック」で取材リポートしました。