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ホントに終わるんですか、このラジオ? 伊集院光 × 久米宏

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
最終回、6月27日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」には、TBSラジオの朝と深夜の顔・伊集院光さんが登場。


伊集院光さんは1967年、東京都生まれ。高校在学中に、三遊亭楽太郎さん、今の6代目三遊亭圓楽さんに弟子入り。修業時代、「伊集院光」の名でラジオに出演するようになり、ニッポン放送の深夜放送で人気パーソナリティーに。現在TBSラジオで放送中の『伊集院光 深夜の馬鹿力』は、去年の秋で25年目に突入。平日朝の『伊集院光とらじおと』は5年目を迎えました。伊集院さんには『らじおと』がスタートした年の12月に一度、このコーナーに出ていただきました。

この日の2日前、久米さんは6月25日(木)の『らじおと』に出演。かわって最終回のスポットライトに伊集院さんをお招きしました。きっかけは伊集院さんからのラブコール。久米さんが番組終了を発表した放送を聞いて、伊集院さんが『らじおと』で「びっくりした。やめる理由は100以上あるっていうことだったんだけど、1個挙げたのが『納得いくしゃべりができていない』っていう話をされちゃうとさ、こっちもやめなきゃじゃん。ゲスト来てくれないかな。最後に『ラジオって何ですか』って聞きたい」。これを受けて、久米さんも「だったらこっちにも来てください」。ということで、今回のホーム&アウェー方式で迎えたさいごのスポットライト!

ぼくの精神はチンピラ


25日の『らじおと』では、伊集院さんが初めから核心に迫りました。「ラジオの終了を切り出したのは久米さんから? TBSから?」「まだ聴きたいというリスナーのニーズがあるのにやめちゃう久米さんは、カッコつけすぎでは?」「20代の頃に持っていたダンディズム(引き際の美学)でいえば自分もやめている。50代の今は、逃げも諦めもある中でギリギリやっている。先逃げする久米さんはズルイ」などなど。直球、剛球の質問を次々と投げ込む伊集院さんに対して、久米さんはかわすシーンが多かったような…。あっという間に時間は過ぎ、久米さんがさいごに「久米宏とわらじ」という謎の言葉を残して終わってしまいました。攻守所を変えて迎えた「今週のスポットライト」は、その「わらじ」の話からでした。

「ぼくの感覚だとね、TBSにわらじを長い間脱いでたという感じがするんです。ずいぶんわらじを脱いでいたので、そろそろわらじを履こうかって」

久米さんは永六輔さん、三國一朗さんからメインパーソナリティを引き継いだ『土曜ワイドラジオTOKYO』を1985年にやめてから、ラジオから久しく遠ざかることになります。それから21年ぶりに帰ってきたのが、この『ラジオなんですけど』でした。そして13年9ヵ月が経った今の心境を表現したのがこの言葉でした。

久米さんは「自分の精神は『チンピラ』だ。チンピラがぼくの拠りどころ。自分はチンピラでいたいという気持ちがある」と言います。『ニュースステーション』のイメージがいまも焼き付いている方には意外に思われるかもしれません。でも、伊集院さんは「なんとなくそれは分かります」。ニュースのメイン司会でありながら〝余計なこと〟を言うのが久米さんでした。いつも余計なことをする役回りがチンピラなのです。久米さんは子供のころから、時代劇やヤクザ映画に出てくる端役のチンピラに思い入れてしまうのだそうです。永さんのラジオの「何でも中継」、萩本欽一さんと坂上二郎さんにはさまれて司会を務めた『ぴったしカン・カン』、黒柳徹子さんとアイドルたちの間に割って入った『ザ・ベストテン』。久米さんの役回り、精神は、チンピラだったんですね。

ラジオとSNSと


「ラジオはでも結構面白いからさあ。テレビの場合は…。永さんがテレビが嫌いな理由っていうのはいっぱいあったんですけど、やっぱり最大の理由はあまりにも多すぎるってことだと思うんです、観ている方が。テレビは、出ている人と観ている人の間に『縁(えにし・えん)』っていうのがちょっと考えにくいほど多いんですよ。あまりにも巨大なマスですから、観ているのは。ラジオだといくら多くてもリスナーの方と送り手と、メールはいただかないまでも、縁があるっていうのは、話しながら感じません?」(久米さん)

「ぼくなんか深夜の3時~5時からスタートだから、縁がなきゃ聴きゃしませんよ。3時~5時なんていうのはね、ちゃんとした人は起きてないんだから」(伊集院さん)

「まともな人は起きてないです」(久米さん)

「ちゃんとしすぎてる人、新聞配達とか、それからお豆腐屋さんとかは起きてるけど。あの時間起きてラジオを聴いてるのは、おれと同じぐらいちゃんとしてない人なんだっていう、その連帯感ってすごくて。もうやっぱりラジオはメインのカルチャーじゃないから、今聴いてもらってることはすごいなって思うんですよね。それがね、今、SNSで中途半端に発言が引き出されるじゃないですか。本当に聴いてた人はそこまで相変わらずメインじゃなくて、ある程度、久米さんの言う〝赤って言ったつもりが黒だった、黒って言ったつもりが赤だった〟に関しても〝まあまあ、こういうことだろう〟って理解してくれる人だけど、それを〝久米さんが赤って言いましたよ、黒なのに〟っていうことを、少人数の縁じゃないところに、うわって引きずり出して炎上するじゃないですか。あれはどうしますか? やめる人にどうしますかって言っても困るんですけど(笑)。あれ、おれらどうしたらいいですか?」(伊集院さん)

「ラジオってちゃんと聴けば、ラジオで話してる人ってSNSに比べればもうちょっと起承転結をしっかり話してるんですね。ちゃんと話してるんですよ。途中まで聴くとあぶないんだけど、最後まで聴くと〝ああ、そういうことなのね〟って腑に落ちるような話をみんなちゃんとしていて、SNSみたいに書き出しの3行で終わるようなことはないんですよ。結論の2行もちゃんとある。でもSNSに慣れてるやつは、発言したアタマの15秒ぐらい聴いて、こんなのだめだもう!って。その可能性はあるんですよ」(久米さん)

「あれ、書くやつは書くやつで、読んでくれた数が報酬だから、そうすると東スポの見出し的なこと、そこをつまみ取るのがうまいんです。ぼくらは逆説的な皮肉で言うみたいなことが好きだからそれを始めてるのに…。知ってるんですよ、書くやつは勘違いしてない。あれは最終的に逆説的な皮肉に落とし込んでるって知ってるんだけど、そうじゃないところを書く。確信犯です、こいつは。でも読んでる人はそれを素直に勘違いもするし、どうもけしからんことを言った…てなるじゃないですか。これでみんなまあすごい勢いで燃えていくんだと思うんですよね」(伊集院さん)

「ラジオの場合はそのあと少し議論できるじゃない。SNSって言いっ放しで終わるけど、ラジオの場合は、リスナーも我々話し手も含めて、次回の時間もあるし、そのことだけについて1時間話そうってことをやろうと思えばできるわけ。SNSってね、言ったやつはそのあと読まない可能性があるね」(久米さん)

「もっと言えば、今、タイムフリーがあるんだけど、そのネタ元は確認しませんからね。あんなに怒ってるのにネタ元は聴かないんだっていうぐらい(笑)、聴きませんからねえ。でも、それにも我々、打ち勝っていかなきゃならないんだと思うんですけどねえ。そいつらすらも納得させたり笑わせたりしなきゃいけないんだろうなって思うんですけどね」(伊集院さん)

「〝浅慮(せんりょ)〟って言葉があるじゃないですか。日本人はちょっと浅慮になってますよね」(久米さん)

「うん、うん、うん」(伊集院さん)

大嫌いだけどやめるなよ


「おれ、今このラジオを聴いてる人の中で、すごく、こういう人がいてほしいっていう人間像があるんです。今まで久米さんのことが大っ嫌いで大っ嫌いで、久米さんが何か言うたびに〝あいつのせいで日本がだめになるし、あいつは日本の敵だ〟って言ってた人の中に、〝それでも存在しててほしい〟っていう人がどれぐらいいるかです。その人の考え方は、ぼくはすごく尊重します。大嫌いなやつがいたうえで、そいつを論破する自分の考えをしっかり持っていたいという人が、何人かにひとりでいいです、ぼくはいてほしいと思ってて。やめちまえ!って言うけど〝ほんとにやめんなよバカタレが〟って思っている人が、どれぐらいいるのか。そういう人がいてくれるんなら、耐えられます、どんなにネットで自分が言った発言が今後、誹謗・中傷されても。その人は敵ではないって思うんで。今って、考え方が逆の人は敵じゃないですか。下手したら、考え方がちょっとでも違う人は敵じゃないですか。久米さんとは違う考え方、逆の人がいっぱいいるけど、その方たちは聴いてなお文句をずっと書いてきたと思うんです。SNSにもメールにも書いてきたと思うんですけど、その人たちの中にほんとにひとりでいいです、〝なにもやめることはない〟っていう。久米宏、違うぞ、おれと考え方が違うって言ってること、この全パッケージでぼくのラジオの付き合い方だっていう人、いてくれないと…」(伊集院さん)

「ぼくねえ、人に嫌われることは覚悟はしたんですよね、この業界に入った瞬間に。それはしょうがないと。みんなから好かれるようじゃどうしようもない。嫌われるのはしょうがない、もしかしたら憎まれるかもしれないし、脅迫状もいっぱいいただきましたけど。たぶんね、いくら嫌われてもかまわないっていうのは、それに対する逃げのひとつが、最初に話した、どうせおれはチンピラだよっていうね。たぶんそれがぼくの逃げの手だった。おれはどうせチンピラなんだから嫌われようが、大袈裟な話をすれば、殺されようがね、かまわないんだ。おれはチンピラなんだからっていうのはね、嫌われることに対するぼくの、言ってみりゃ、反論だったんです、きっと。逃げ道だったのかもしれないね、今にして思えば」(久米さん)

「当然大半の人は素直に、じゃまだチンピラ!って思ってていいと思うんです。素直に。でも、通(つう)の人は、メインの男前の役だけ映してたら映画は面白くならないっていう、ちゃんと本質を理解する人は、いくら出てくるだけで虫唾が走るようなチンピラだとしても、あいつに1分使うんだったらば主役のアイドルちゃんを映せって言う人も、そうじゃないことを知っている人が…、全員も困るんですよ全員も。そんな予定調和なことでやりたいわけじゃないから。でも、数人はいてほしいんですよね。それをいつも、ぼくもラジオで怒られることすごいいっぱいありますけども…」(伊集院さん)

「怒られるよねえ」(久米さん)

「怒られます、怒られます。で、心折れそうになることも。やっぱり喜んでもらいたくてはやってますからね、基本的には。心折れそうにはなるんですけど、最終的にそういう人さえいてくれたら、それも受け止めようって思うし。自分と違う意見でも受け止めようって思うし。できないと思っても自分の意見をぶつけて、説得はできないと思ってもぶつけてみようと思うんですけど、なんかこのラジオにそういう人いてほしいし、ラジオ全体にそういう人がいっぱいいてほしいなって思いますよね」(伊集院さん)

「ラジオでしゃべってる人、結構考えてしゃべってるしね。もしかしたら聴いてる人も、考えながら聴いてる方が多い…んだとしたら、やっぱり、テレビと違ってラジオっていうのは、送り手と受け手はかなり濃い縁(えにし)はあるよね」(久米さん)

「あります。ありますね」(伊集院さん)

「空中で電波は見えませんけど、赤い糸は結ばれてると思いますよね。縁(えん)はあると思う」(久米さん)

「それがはたして、ぼくらがそうあってほしいと思ってるだけなのか、そうなのかは、久米さんがそうやって言ってくれると、ぼくもちょっと頑張れる。たまに疑います、やっぱりね」(久米さん)

あとはよろしく、伊集院さん


「ぼくはハガキの時代からラジオをやっていて、どうしても今のSNSですら同じ重さで受け止めちゃうんですよ」(伊集院さん)

「ああ、そうなんだ」(久米さん)

「で、それが、どうにか、それは違うんだ。それは永さんとも話したんですけど、それは違うんだと。わざわざお金をかけて手間暇をかけて、ハガキで〝それでもお前の言ったことを許せない〟って言う人の重さと、今無料でSNSに書く〝お前、死ね〟って言うことの重さは違うって思いたいですけど、どっかで混同してくるから」(伊集院さん)

「人間だもんね」(久米さん)

「逆に言うと、それを重いと考えられたからちゃんと深夜放送を長くできたとも思ってるんです。ただ単に気まぐれに面白いって言ってくれた人も、おれを面白いって思ってるんだ…って思ってきたから、だから深夜放送もやれるしラジオもやれるんだけれども。あれ全部受け止めると相当、心は狂うじゃないですか」(伊集院)

「うん」(久米さん)

「なんかそのへんの訓練もおれ、これからいるんだろうなと思うし。じゃあ、ある程度それを聞き流せるようになるっていうことは貴重な意見も聞き流せるようになるってことだし、誉め言葉も聞き流せるようになるってことで、それは自分たちが今までやってきた『ラジオとは』ということとの付き合い方と全く違う局面に入る気がするんです」(伊集院さん)

「ぼくは、聴いてる人は全員ほとんど信用してるんですけど。ぼくのことを大っ嫌いだっていう人も、聴いてくれているだけで信用してるんです。SNSでなんか書き込んでくれるやつも書き込むだけでぼくは信用してるんです。ある意味、全信用なんですよ。それでなんとか乗り切れるんだって思いますけどね。ぼくは、信用してるんです。なんかリアクションしてくれる人は信用してるんです、それだけで。〝大反対、久米死ね!〟これも信用してるんです。そこまで考えてるならお前は…、久米死ねとまで考えてくれてるあなたはえらいって、信用してるんです」(久米さん)

「これが、聴いて書いたもの、その書いたものを見た人、それに対する曲がった解釈を見た人まで、今度ダイレクトで〝伊集院、死ね〟って言えちゃうじゃないですか。このへんが、おれいつまで耐えられるんだろうって、ちょっと思います。新しい感覚の人たちって、耐えられたりすると思うんですよね。もう生まれたころからネットもSNSもあって見慣れてて、ハガキを受けたことがない人。ぼくが永さんと話したのは、ハガキの筆圧とハガキの文字のバランスとかで怒りの度合いって見えますよねっていう」(伊集院さん)

「なるほど」(久米さん)

「最初、冷静に書こうとしたのに途中から筆圧が強くなって、最終的にスペースが足りなくなってるような人の怒りは本物の怒りだからって思いますよね。これがメールのフォントになっちゃうと、分かんないですよねえっていう話を永さんとしてて。それを今、分かろうとしているし、読み取れるようになりたいと思ってますんで、ちょっと分かるようになってきたんですけど、今度のSNSになってくると、これがちょっと…、分かんないすね」(伊集院さん)

「リアリティっていうのはやっぱり、伊集院さんみたいな親分の脇にぼくみたいな年寄りの手下がついてるっていうのは、リアリティですよね。ヤクザ映画としては」(久米さん)

「ああ、そうですよね」(伊集院さん)

「これ、逆だとマンガになっちゃうんだけど、ぼくが年老りでね〝もうそろそろ引退して、もうムショに行くのは3回行ってってからお務めはいやだけど一応この親方にはついていくか。親方、どちらへ今日は? 銀座。〟…なぁんてことを。そういうドラマってリアリティあるでしょ。ぼくが三下でね」(久米さん)

「急に…。でもなんか配役が見えてきた。穏やかな顔にまでなっちゃってんだけど実は相当な地獄を潜り抜けてるっていう感じも面白いですね」(伊集院さん)

「ありがとうございました。突然終わりますけど」(久米さん)

「あ、時間いっぱいですね」(伊集院さん)

「そうなんです。この間(6月25日に久米さんがゲスト出演した『らじおと』)、延ばしてくれてありがとうございました、時間」(久米さん)

「とんでもないです」(伊集院さん)

「3分か4分、枠とばしたでしょ。今日、とばす枠ないんです」(久米さん)

「いや、とんでもない(笑)。ほんとにぼくも、おじゃまし過ぎで。言葉は尽きませんけど。とりあえず、おつかれさまでした」(伊集院さん)

「このあともTBSラジオをよろしくね」(久米さん)

「はい(笑)…なんか、のせられたなあ! のせられた!」(伊集院さん)

「今週のスポットライト」ゲスト:伊集院光さんを聴く