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【完全版・音声配信&文字起こし】特集「赤江珠緒さん独占インタビュー~新型コロナウイルス感染体験を聞く 」赤江珠緒×出雲雄大(担当医)×荻上チキ×南部広美▼2020年6月12日放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」平日22時~)

荻上チキ Session-22

荻上チキ・Session-22

TBSラジオ『荻上チキ・Session-22』(平日22時~生放送)
新世代の評論家・荻上チキがお送りする発信型ニュース番組。

2020年6月12日(金) Main Session

時事問題や社会問題などをおよそ1時間にわたって特集。

 赤江珠緒さん独占インタビュー~新型コロナウイルス感染体験を聞く

赤江珠緒さんインタビューhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200612222922

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

 

【スタジオゲスト】

「赤江珠緒たまむすび」パーソナリティで、フリーアナウンサーの赤江珠緒さん
日本赤十字社医療センター呼吸器内科部長の出雲雄大さん

特集「赤江珠緒さん独占インタビュー~新型コロナウイルス感染体験を聞く」2020年6月12日(金)放送分(文字起こし:山本ぽてと)

・・・・・・・・・・・・・・

南部:それでは今夜のゲストです。TBSラジオ「赤江珠緒たまむすび」のパーソナリティで、フリーアナウンサーの赤江珠緒さんです。よろしくお願いします。

赤江:こんばんは。よろしくお願いいたします。

荻上:「ご無沙汰しています」と言うほどではないですけれども、おかえりなさい、まずは。

赤江:ありがとうございます。本当にその節は。「Session-22」のみなさん、チキさん、南部さんには本当にいろいろと力になっていただいて、ありがとうございました。

荻上:こういった場所で、いろいろとメールなどでリスナーの方に声を届けられるというのは本当に嬉しいことですよね。

南部:皆さん、本当に心配していらしたと思うので。赤江さんからのメールで、「Session-22聞いてホっとした」と言う方も多かったんですよ。

赤江:すごい長文を送っちゃって。南部さんにも朗々と読み上げていただいて。申し訳ない! とに思いながら。

荻上:南部さん、読み上げるの好きですから(笑)。

南部:大好きなんです(笑)。読むことが好きなので。しかも赤江さんのメールを読めるだなんて。

赤江:嬉しいです。本当に。

荻上:RADIO EXPO(2020年2月10・11日開催)の時にお会いして以来ですけれども、少しやつれたりとかはありますか?

赤江:ありますね。体重は、罹患前と罹患後では3キロくらいは落ちましたね。

荻上:それでも今、戻ってる最中ですか?

赤江:いま、マイナス2キロぐらいになったので程よく痩せられたみたいな。自分としてはまあまあいい感じなんですけれども。

荻上:でも以前お会いした時よりは、「ちょっとやつれられたかな?」といった印象はあります。退院されてしばらく、自宅療養などもされていたので、もう体調は万全ということですかね。

赤江:体調は万全ですね。入院して、当時はPCR検査も一応2回するということだったので、2回やって、陰性も2回出て。その後も家でしばらく過ごして、念のためもう一度全身の検査もしました。CTを取ったり、血液検査もして、コロナが残ってないというのを調べていただいて。元気は元気なんですよ。

荻上:なるほど。万全を期して。ただ一定の隔離期間は、自宅待機しなければ感染の可能性はもしかしたらあるかもしれないと、念のため待機をされていたんですよね。

赤江:そうですね。コロナのニュースが出てきたのは、日本だと2月頭ぐらいかな。いまは6月ですから、5ヶ月ぐらいで世の中の状況がまったく変わっているじゃないですか。日ごとに違っていますよね。だから私が罹患した時の体験も、もうすでに情報としては遅くなっている部分もあります。自分がかかった4月19日の状況よりも、現場の様々な努力もあり、改善されている部分もたくさんあります。PCR検査も、2回しなくても良いのではないか?
という話が出てきたりとか。そこまで人に感染しないので、10日ほどが目安ではないか? とか、様々なことが明らかになってきているので、状況は変わっていると思います。私が罹患した時点では、念のために自宅にいたという感じですかね。

荻上:感染された方の体験談がメディアに出るまでは、少しタイムラグが出る状況が当然ある。だから今日、リスナーの方にも、そこは分かった上で聞いていただきたい。それでも、どういった症状になるのか、どういった対応が必要になるのかは、変わらないところもあると思います。ぜひとも赤江さんのお話を参考にしていただければなと思います。

赤江:お役に立てることがあれば!

◇インタビューを受けた理由

荻上:今回は「Session-22」でインタビューを流しますが、他のメディアでのインタビューは、今は断ってる状態なんですよね。

赤江:そうですね。書いてみないかとか、インタビューとか、番組とか、いろんな形で結構オファーをいただきました。でも当時は、自分のレギュラー番組にとにかく自分が戻る、日常を取り戻すのが一番優先で、それが始まっていないのに、他のところにというのは難しいなと思いました。また、感染症について発信することの難しさ。感染症は、持たれているイメージが人によってすごく違いますよね。病気自体の症状にもすごく差があって、お亡くなりになってしまう方もいれば、無症状で気づかない間にかかって治る人もいる。ものすごく幅のある病気なので、それに対して持つイメージも人によってすごく違っている。恐がり方にも、すごく差があるじゃないですか。どういうふうに警戒したらいいのか。自分がどのような立ち位置で発信したらいいのかが、感染症という病気に関してはすごく難しい。変に誤解を生まないように、なるべくきっちりと、自分の発言に責任を持てるような形で発信したいなと思っていたんです。切り取られたり、一部を使うことになると、なかなかそうはいかないところもあるので。そこで、発言を全面的に使っていただけるような所に、一括で発信したいと「Session-22」に。自分が世に出した方がいいのではないかという部分は出し、でもその病気のことをガンガン出したい、喋りたいというわけでもないので。その中で、世の中として、これは活用できるんじゃないかという部分があれば、いろんな方が、そこから展開してもらえばいいなと思って。この番組を選ばせていただいたという感じです。

荻上:実際、お手紙をいただいて読み上げた時も、それが「引用」という形で、いくつかのメディアで紹介されたりしたわけです。その中には、とても丁寧に取り上げてくださったところもあるし、その切り取り方はちょっと違うんだけどな、と思ったものもあったりした。こういったような当事者の意見を紹介するときは、可能なら全文リンクを貼るとか、引用元を明示するとか、そういうのがあればいいですね。

赤江:そうですね。「ここで全文が見れます」とか、そういうのがあるとすごく助かりますね。

荻上:引用ルールを守るメディアも最近は増えているので、ぜひとも今回のような、特に出典が必要となるような場合には、ぜひそういった引用ルールを使って欲しいなと思います。

◇感染から検査、入院までの経緯は?

荻上:今日は赤江さんに、これまでの経緯から色々と伺っていきたいと思います。

荻上:4月の第1週の段階では、ご自身は体調の変化をまだ感じていなかった。

赤江:そうですね。全然なんともなく。夫の職場関係の中で、疑わしい方が出た時点で、とりあえず社会活動を止めたほうがいいなということになりました。

荻上:濃厚接触者ということになるわけですよね。

赤江:その時点では、自分には全く何の症状もなかったですね。

荻上:4月15日に連れ合いの方が「陽性」と出たわけですよね。その結果が出た時はどういうふうにお感じになったんですか?

赤江:これはね正直、「まあ、そうだろうな」と。結果が出て、「良かったな」というのが正直なところだったんですね。というのも、うちの夫が、4月15日に結果が出ましたけれども、その3日ぐらい前に検査を受けて、その検査を受ける前からちょっと体調が悪いということだったので。家で高熱が出たりしていた。これでコロナじゃなかった場合、「じゃあ、何の病気なんだ」と疑わなきゃいけないですし。「まあ、そうでしょうね」という感じでしたね。うちの場合はもう肺炎症状を起こしていて、結果が出る前にもう病院に入院していたんです。入院して1日あとに、検査結果が届くという形だったので、なおさら「そうですよね」と。その治療をするしかないよねと。

荻上:陽性であるというのは、LINEや電話などでパートナーの方から教えてもらったのですか。

赤江:そうですね。入院の個室の部屋からは、電話で話すことはできたので。「結果が出たよ。やっぱ陽性だった」と。そうなると、今度は私たち家族が濃厚接触者になるので、対応考えなきゃいけない。この検査結果を受けて、じゃあどうする? となりました。

荻上:陽性だとわかった段階で、「こんな準備をしてください」と指示はされるものなんですか。

赤江:指示はされてないですね。うちの夫がPCR検査をするまで、入院するまでしばらく自宅にいるしかなかったので、一緒に生活をしちゃっているので、間違いなく濃厚接触者だなと。保健所にとにかく電話しようとなった。

荻上:自分で?

赤江:自分で。

荻上:濃厚接触者だと分かった方に、積極的に一人一人向こうから来るわけではない。

赤江:そうですね。当時はまだ。そうではなかったですね。自分の家に、住んでいる区から、区のお便りが来るじゃないですか。そこに、「こういうところに連絡してください。電話番号はこれです」と書いてあるのが来ていたんです。それを残していたんです。

荻上:お、偉いですね。

赤江:とりあえず、そこに電話してみようと。でも当時はなかなか繋がらない。

荻上:どれぐらいですか。時間にして。ずっと話し中の状態だったんですよね?

赤江:そうですね。でもその日のうちには繋がって。

荻上:でも半日仕事、一日仕事。

赤江:そうなんですよね。なかなか繋がらない。やっと繋がって、「濃厚接触者に当たると思う。家族から出たんで。検査を受けられますか?」という話をしたら、「熱はありますか? 症状はどうですか?」と聞かれました。その時は症状が微熱程度でした。当時は、「37度5分以上の発熱が4日」などと言われていましたので、「そこには当たらないのですが、そのまま待機した方がいいのでしょうか」というやり取りがあって。夫が入院してた病院のお医者さんとかが、入院先でいろいろお話くださって、「とりあえず検査に来たらどうですか」と言ってくださったんですよ。保健所経由というよりも、入院した先の先生方が、一般患者とは別ルートで来てはどうですか? と言ってくださって、それで検査にいったという感じですね。

荻上:濃厚接触者に対して、個別に相談に対応してくださったから、検査にたどり着けたということですね。

赤江:それは、夫に症状が出て入院もしていたのでということもあると思います。

荻上:最初に保健所に連絡したときは、「37度5分以上の発熱が4日」と向こうからも説明されたのでしょうか?

赤江:そうなんですよね。「すぐ検査できる対象になるかと言われると、うーん」と向こうも悩まれている感じで。お互い「様子を見た方がいいでしょうか」みたいな感じでしたね。

荻上:その後、この基準がどうだったのかという話も取り上げられていました。厚生労働省の大臣は「勘違いされた」と後ほど答弁するわけですけど。でも保健所でも対応に苦慮していたところがあったんですね。

赤江:保健所の方とは、お電話でのやり取りしかしていないですけど、当時、保健所の方にかかる負担や負荷は、相当あるのだろうなと。結局私はそのまま、PCR検査をしても結果が出るのはまた数日かかるので、保健所だと4日、民間だと2日かかると言われて、そこからまた家に帰って自宅療養をしました。そうすると保健所の方から、2日おきに電話がかかってくるんです。「熱はどうですか?」と。

荻上:「その後、症状の変化はどうですか」と。

赤江:その頃になると微熱がもう出てまして、咳き込んでゴホンゴホンと言っている感じだったんですけど。「咳はどうでしょうか?」と。もうすでに話しながら咳き込んでいるんですけど。「けっこうちょっと出てきましたね」「わかりました、またお電話します」という感じで。保健所の方も、医師の方が連絡してくださるわけではないので、向こうは向こうの様式がある中で、できる限りのことはしてくださるんですけど、「じゃあ、入院しましょう」というのは難しい感じで。ただただ「ご連絡します」というやり取りがずっと続いている感じでした。

荻上:ワンストップにはなっていないわけですね。保健所で繋がって、感染疑いがあるなら、こうしたふうにしてくださいと教えてくれるわけでもないし、検査にすぐ行けるわけでもない。病院の手配がされるわけでもない。その中で、ご自身で手探りで対応されたということですか。

◇感染したとき、子供をどうするか

赤江:その2日後に、自分のPCR検査の結果が出ました。その時、娘も一緒に検査をしていたんですけど、私が陽性で、娘が陰性。それは保健所の方にも連絡がいってまして、またご連絡いただいて。こうなった場合は、保健所としてはすぐさま分かれてほしいと。

荻上:あ、親子で?

赤江:陰性と陽性の人は離れてほしいという指示だったのですけど。まだ2歳なので、離れるのは難しいですし。結果を待つのに2日間もべったり家で過ごしてしまったので、今の時点で娘を陰性と言っていいのかわからず。困りましたねと。保健所の方も、「そのケースは今までなかったので、難しいですね」と。実家の親は高齢ですし、兄弟も「見ようか」と言ってくれるところはあったんですけど、よくわからないまま娘を連れていくと、そこの家族がまた隔離生活2週間となってしまいます。「もう一度、娘だけ検査できませんか? この時点で陰性であれば、疎開はできるけれども、そうじゃないと出せないですよね」と保健所の方とそこはすごく話し合って。「なんとかしたいと思うんです」と、保健所の方も言ってくださったんですけど。でもその時の基準では、検査はできないと言われてしまって。「異例のことですけど、状況が状況ですので、陰性陽性分かれてますけど、お母様とご一緒に家で自宅療養してください」と言われて、そこから自宅療養を10日近くしたという形です。

荻上:PCR検査をはじめられて、実際に陽性だとわかったのが、何日の段階でしたっけ? 発表が18日だったんですよね。

赤江:その日だと思いますね。

荻上:その前からの「たまむすび」はお休みしていて、休んでいる段階はどちらかわからないけれども、念のためという状況だったと。

赤江:家から電話で参加する形でしたね。

荻上:そのあと検査をして、検査結果が出るまでも症状が進行していったと。

赤江:そうですね。そのときも、だんだん咳がでるようになってきた。そして熱があるなという感じでしたね。

荻上:症状が出てくる順序は、赤江さんの場合どのように進んでいったのですか?

赤江:私は夜になると、37度3~4分、時々37度7分……5分を前後する微熱がずっと続いていました。入院が終わるまでずっと続いていたので、微熱が長かったですね。それに伴って、最初はあまり気にしていなかったですけど、咳がだんだん出るようになってきて。「たまむすび」も月・火曜はそんなに咳込まずに、家から参加できたんですけど、だんだん息を吸うと胸のあたりに違和感があって、ひっかかる感じがあって、コンコンコンと咳が出ちゃうので。よろしくないなと。これは悪化しているんだろうか。でも、すごく生き死に関わるくらいかと言われると、そこまででもない気がしていたので……。どうしたらいいんだろうという状況でした。

荻上:すでに感染された方の情報の中で、悪化する方の場合だと、午前までは大したことがなくても、午後に急速に悪化して、そのまま緊急入院した方もいました。不安はどうでしたか?

赤江:自分の今の状況を考えると、「今すぐ死んでしまう」とかそんな感じはありませんでした。のころには、色々とこの病気に関しての情報が流れていて、急変するとすごく言われてたので、この先に急変したら、誰が倒れていることを連絡してくれるんだろうと。家の中には娘しかいないし、家から全く出ないし、これは怖いなというのはありました。

荻上:特にお子さんがいると、この子をどうしようか。自分が動けなくなった時に、食事をどうしようか、様々なケア、入浴など色んなものがあるわけですよね。それは本当に困りますよね。

赤江:そこが本当に。当時、どんなことが起きるのかメモをしているノートがあったので、今回改めて見直しました。病自体を、辛いとはそこまで感じていませんでした。それよりも子どもがもし陰性で、自分が一緒にいることで感染させてしまい酷くなったらどうしようとか。この判断が合っていたのか。疎開させるべきだったんじゃないかとか。今は一緒にいられるけど、自分が急に悪化しちゃって、とてもじゃないけど世話が出来なくなった時に、どうしようもなくなって、誰かに預けることを考えると、一番の候補になるのは、私の場合は兄弟でした。2歳の娘に、うちの弟や義理の妹の名前を言って、「ニーニ」と言ってるんですけど、「ニーニ優しいよね。もしお母さんが悪くなったら、ニーニと一緒にいけるかな? ニーニたちの言うことをちゃんと聞けるかな?」と言いながら、自分が世話していたら、ちょっと詰まるものがあったりとか。ウッって。それに対して健気に「うん、ニーニ好きだし」みたいに言っているのを見て、その時の状況の心理状態が自分としては一番辛かった感じでしたね、

荻上:自分しか見れない状況になった。特に先にパートナーの方が入院されていると、自分が入院したらという先行き不安もあります。ニュースなどでは、いろんな感染のある方の話は出てくるけれども、感染した時に育児はどうされてるのか、食事はどうされてるのかといった生活面の話は、4月当時はまだまだ出ていなかったですね。

赤江:そうですね。病気のシンプルな怖さだけではなくて、そこに衣のように、隔離されなきゃいけない生活の不便さが、病気をさらに厄介なものにしちゃっていまして。本来だったら、ずっと微熱が続いてしんどくて「昼間ちょっと寝たいな」と思うぐらいの体調の時に、でも子どもの面倒やお世話をしなきゃいけない。自分しかいないし、完全ワンオペだし、部屋からも出れないし。普段だったら、親とか、家族とか友達とかに、「ちょっと1時間、2時間だけ寝たいから面倒みて」と私だったら普段頼んでいたと思うんですけど。それができないので。隔離療養っていうのが、しかも完全隔離になってしまって、そこが精神的に結構きついなっていう感じはありました。

荻上:ストレスもたまりますよね。普段だったら、他人を頼って作業を分散するのが、この私たちも社会の知恵じゃないですか。ただソーシャルディスタンスや、密を避けろということで、人にそもそも接してはならない。そうすると、育児も食事も全て一人でやらなくていけないことになるわけです。そうなると、不安もそうだし、ちょっとした息抜きの時間もないし。息抜きの手段もなくなるわけですね。

赤江:自分も熱が出て体調が悪くなってくると「お母さん、遊んで」と言われても「ちょっとお母さんしんどいな」となって、雑な扱いになってしまう。それで自己嫌悪になったりして。親子二人で悶々としたまま。でも向こうは元気な2歳児だったんで、外に出たいんですよ。とにかく一日中、家の中にいることがしんどいから、「外に遊びに行きたい」「滑り台行きたい」と。でも行けないし、出れないんだと理解してもらうのも難しいし。当時、4月の頭で、まだ寒い時期で雨なんかも降ってると、「今日は雨が降ってるから行けない」って言うので、なんとなく納得するんですけど。お天気が良かったりすると「行こう! 行こう!」となるんですよね。でも出れないんだよと。そこでまた親子で煮詰まる。

◇感染の間の生活は?

荻上:在宅されている状況になって、どういうふうに生活されていたのか、こういったメールを事前に募集したんですけど。

南部:「赤江さんへ質問です。食事はどうされていましたか。独身の人へ、アドバイスとしてどうやって食料を調達したらいいと思いますか。症状を隠してスーパーに買い物に行くしかないと思うんですが」

赤江:私の場合は、近くに大学時代の友人が住んでて、非常にその夫婦が料理が上手で。自分の家で宴会とかをするときに料理をつくってくれるタイプで。その友達が、けっこうな料理をつくって玄関まで届けてくれるみたいな。

荻上:タッパー詰めして。

赤江:傘地蔵みたいな。ああ、また届いたみたいな。そんな感じで届けてもらったり。マンションの管理人さんにも連絡をしないといけなかったんですけど、バタバタしていて、向こうから「赤江さん、かかったみたいですね。郵便ポストに行けないですよね。郵便物を送ります」と言ってくださったり。近所の知り合いの方が、「近くに買い物に行く際は、自分が頼まれるよ」と言ってくださったりして。本当にご厚意でなんとかなっている。あと私の場合は、仕事仲間やマネージャーが「買い物に行ってあげるよ」と言ってくれたので、食糧自体はまかなえていた。

荻上:家の外の支援ですよね。接触しないように。ドアノブにかけておくよとか。時期によっては頼もうとしたその対象がトイレットペーパーだと二重三重に申し訳ない気持ちになりますよね。

赤江:お住いの状況によっては、そんなに近所に人がいない場合もあるし、そんなにご近所づきあいをしていないのも普通だったりもして。

荻上:友達はいるけれど、遠く離れているとかありますよね。

赤江:隔離生活には絶対に人の助けがいるんですよね。

荻上:独身の方へアドバイスとして、どうやって食糧を調達したらいいと思いますか? という話だと「人に頼りましょう」というのが第一ですよね。

赤江:近くまで来れなくても、宅配でとか、実家から米を送ってもらうとか、なにかしらの他人の力をかりるしか。自分では行けなかったですもんね。

荻上:今は自治体によっては、食糧パックのようなものを梱包して届けることをしているところもあります。韓国では食糧パックを感染疑いのある方のところに届けることを早くからやっていましたよね。自分の自治体がやっていない方も、例えば行政の生活相談であるとか、何かしらの手段を共に考えてはくれると思います。あとはNPOであるとか、地域ごとのリソースもあると思うので、検索しながら対応ということになるんでしょうかね。

赤江:世の中、どんどん急速に変わっている中で、そういうところも、本当に厚意で充実していってる部分もあると思いますので。本当に申し訳ないですけど、頼ることになると思いますね。

荻上:これを機に頼れる人をつくるという格好で、行政につながるだとか。

赤江:その代わり、ご飯をもってきてくれた友達には、自分が元気になったら、今度はガンガンに乗りこんでいきますからと、そのために元気になるからと、心の支えにやっていましたね。

荻上:何かあったら恩返しをと、今度は持っていく地蔵側になるわけですよね。

赤江:今は厚生労働省が中心になり、抗体がどれほど続くのかが未知なので、半年後に検査に協力してもらえないかというオファーが来ています。たしかに、全然わからない病気なので、抗体が何年も続くのであればワクチン開発にも役に立てることがあるだろうし、かかったことによって、今度は違う形で社会を回せていけるようになるかもしれない。どれくらい持つかによってすごく差が出てくると思うので。それはかかった人間でしか取れないことだったりもするので。そういうことには出来るだけ協力して行きたいと思っています。

◇PCR検査から入院。病院までの移動は?

荻上:続いての方からのメールも紹介します。

南部:「こんばんは。コロナ禍になってから聞き始めた、にわかリスナーです。入院に至ったのは、肺炎にかかったためとのことですが、検査に至った経緯を教えてください」

赤江:私というよりも、夫の熱が38度を超えた状況が二日ほどあって、濃厚接触者でもあったっていうことで、病院を紹介してもらえて、それで検査したところ、まずCTを見て「肺炎です」と。そこでPCR検査はできたのですが、結果が出るのは後日なので、即入院してくださいということで入院という形になりました。それが芋づる式に、徐々にに徐々にという感じですね。

荻上:赤江さんの場合、症状が悪化してから入院という格好になったんですよね。そのタイミングというのは?

赤江:入院をしてしまうと、子どもはどうしたらいいんだというのがあったので、そこまで
状況が悪化しないのであれば、家で世話した方が母親としてもやりやすいので、できれば家にいたいことは保健所に申し出ていました。じゃあそうしましょうと、自宅療養だったんですけれども。どうもどんどん咳き込んでくるし、胸がちょっと違和感があって痛みがあるし。これはどうなんだろうと。夫が入院している病院の先生に聞いてもらったところ、もう一回ちゃんと肺の検査を取りに来なさいと言われて。でも正直、検査に行くのも、子どもを連れて行かないといけないし、隔離生活に入ってしまったので、どうやって行っていいのかもわからない。

荻上:公共交通機関を使わないでくださいと言われたら……

赤江:歩いていける距離でもないですし。行くと、別棟で検査になるので、半日以上はかかる。とてもしんどいし、「検査行かなくてもいいんだけどな」と、私としては乗り気じゃないところもありました。「このまま治るんであれば、何とかならないかな」という気持ちもあって。熱に関してもマヒしているところがあって、「これで、生活できてるからな」と。でも病院の先生から「いったん来た方がいい」と言っていただいて。保健所の方に相談したら「車を出しましょう」と言ってくださった。保健所から隔離するタイプの車を用意してくださって、それで病院に行けた。そこまでやってくださるなら、しょうがない検査行かなきゃと思って、自分で行ったところ、「肺炎になっているので入院したほうがいいです」と。ですから、自分で体調が悪くなったので、行ったわけではなく、周りの方が「来た方がいいんじゃないですか」と後押ししてくださった。渋々行ったところ、悪くなっていた。

荻上:必要な状況だったと。隔離されている車というのは、運転席と乗るところが仕切られているもの?

赤江:完全に仕切られていて、リムジンというか、ガラス張りというか、壁が……

荻上:映画で見るような、金持ちのリムジン。悪く言うと護送車みたいな。

赤江:前と後ろが分かれているタイプの車で迎えに来てくださった。

荻上:保健所の方が、最初こそ検査にはすぐにはたどり着けなかったけれども、その後は何度もフォローアップしようとしてくださって、いざというときに電話で相談したら、そのような車を手配してくれる。これは助かりますね。

赤江:そういう意味で、保健所の方がされていた業務は、相当多かったのではないかなと思いました。

荻上:その時はお子さんも一緒に。

赤江:はい。子どもも一緒に連れていって。

荻上:そのあとの入院生活は? 荷物なども自分で整理をして、入院グッズを持っていかれたのでしょうか。

赤江:いったん帰りました。それで翌日、入院した。

荻上:それも、ゼーゼー言いながら。

赤江:そうですね。とりあえず、詰め込んで。大きいスーツケースに思いつく限りのものを入れて。また子どもは子どもで遊ぶ道具を入れていないと持たないので。

荻上:カバンに入れて良かったものと、これは要らなかったものは?

赤江:サンダルとかね。スリッパのようなものを、入院生活では意外と忘れがちです。あったほうが絶対にいい。タオルやパジャマに関しては、レンタルという方法もあったので、そんなに必要ではなかった。実は、自宅療養をしているときに味覚症状があったんですけど、のちに病院に入ったらすごく食欲もありまして、お腹がすいていて、毎食毎食病院食を楽しみに暮らしていました。食事がもう少し、量があってもいいかなという時もあり、自分の持ち込んだ、カップラーメンや子ども用のお菓子を、ボリボリ食べていました。というのも、隔離病室なので、入って来られる時に、看護師さんは一回一回防護具を着られて、その場で脱ぎ捨てて、それを捨てて出ていかれる。でも夜中にお腹すいたな、ラーメン食べたいなと思っても、お湯を沸かす機械がない(注1)。「お湯だけ持ってきてください」というのは、申し訳ないなと思ってしまって。仕方がない、水で食べてみようと。

(注1)出雲先生の解説:湯沸かし器がなぜないかといいますと、空だきをしてしまう方がいたりするからです。また今回は感染症ということもあり、電化製品を入れておくとそのあとのその電化製品の清掃・消毒が大変になるということもあってお部屋に入れていません。

南部:えっ!

荻上:避難生活の時に、できるよと言われていますよね。

赤江:ちょっと長めにしたらいけるんじゃないかなと思って。水ですすって食べて。確かに、お湯の方が美味しいんですけど、いける感じで。私の場合は食欲があったので、食べ物を入れといてよかった。後日、娘だけ先に夫と退院したんですけど、娘用に買っていたお菓子もボリボリ食べました(笑)。すごく重篤にならない限り、食べることに関しては制限がなかったので、そういうのはあったほうがいいかもしれませんね。

南部:病院の晩御飯って早いですもんね。次の日の朝までわりと時間がありますもんね。

赤江:栄養バランスも非常に考えられていて美味しい。でも量がもう少しあってもいいなと。一週間に一回、看護師さんが「お買い物に行きますよ」と言ってくださって。「エクレアを買ってください。エクレアがなければシュークリームを」と、欲望丸出しで。

荻上:ガツンとした甘いヤツを。

南部:食べたくなるものが変わったりとかはしましたか?

赤江:それはなかったですね。味覚症状が出たときには、炊き立てのご飯がゴムみたいな時はありましたけど。

荻上:この後、赤江さんの新型コロナウイルスの治療に当たった医師の方にも一緒にお話を伺いたいと思います。

◇実際に治療に当たった現場の医師の声

荻上:前半では、赤江さんが実際に新型コロナウイルス感染症の症状が出て、入院するまでの経緯などを伺ってきました。ここからは、赤江さんの治療にあたった医師の方にもスタジオにお越しいただいています。

南部:日本赤十字社医療センター呼吸器内科部長の出雲雄大さんです。よろしくお願いいたします。

荻上:赤江さんを担当されていたということですが、他にも多くの方の新型コロナウイルス対策をされているのですか?

出雲:はい。

荻上:新型コロナウイルスの感染症対策に、出雲さんが関わられるようになったのはいつごろからなんですか?

出雲:皆さんご存知の、ダイヤモンド・プリンセス号がありましたけれども、その方々を引き受けた辺りからです。具体的に言いますと、2月の中頃ぐらいからということになります。

荻上:他の医療機関と比べても、先駆けて対応されていたことになるわけですね。

出雲:私たちは赤十字社ですので、災害医療の観点から、他の病院に先駆けてダイヤモンド・プリンセス号へ行ったり、それ以外の患者さんを引き受けることにしておりました。

荻上:新型コロナウイルスの感染症対策の、難しいところはどういった点でしょうか。

出雲:「新型」ということで、当たり前なんですが、誰も専門家がいない。そして、正しいことがまだわからない。中国やそれ以外の国から発信されてきたエビデンス、私たちは診療する時には、医学論文などを使用するわけですが、それを元に診療しても、やはり少しずつ現場では違う。赤江さんのときもそうですが、未知に対するものですから、なかなか難しいのが現状です。

荻上:最初は症状について、微熱などが挙げられていましたが、徐々に違うなとなっていったものって、パッと浮かぶものはありますか。

出雲:一番最初のころは、味覚障害、嗅覚障害、においや味がわからないことは、中国から報告されていませんでした。咳や微熱が続くことが多かった。ですので、2月のころは、味覚障害と嗅覚障害だけあった方はけっこういらっしゃったのではないかと思うのですが、私達の方でもそれを引っかけることができなかった。あと飛沫感染について。今、マスクをして皆さん過ごしていらっしゃると思いますけども、空気感染なのか飛沫感染なのかの議論もありました。後に、接触感染についてもわかってきました。例えば使用したパソコンのキーボードやテーブルにもウイルスが残って、それを口元に持って行ったりすることで感染するようなことは当初想定されていなかった。

荻上:コロナウイルスは、症状が発生する1、2日前から、人に感染させる力があり、そのことがこの新型コロナウイルスの感染の動向を追いづらくしている、あるいは対策しづらくしています。

出雲:似たようなものでインフルエンザがありますが、発症前から感染力があるとは言われていません。発症してからです。発症してからであれば、患者さんも具合が悪くなったら、人と会わないようにします。ですが、発症する2日前から、自分を隔離した生活をするのは、タイムマシンでもない限り難しいと思います。

荻上:実際に感染された方、疑いがある患者さんが来られた場合、連絡されてきた場合は、どのように対応されるのですか?

出雲:基本的には、N95マスクという結核の時に使うような高性能のマスク、目を守るゴーグル、防護服を着ます。接触感染、飛沫を防ぐためですね。そのような状況をつくって、患者さんを迎えることになります。それは疑いの患者さんで、例えば検査をする場合です。それ以外に、保健所から「陽性の患者さんの入院をお願いします」と連絡があった場合、そのまま隔離病棟のほうに入院していただく病院がほとんどだと思います。当センターでもそうです。その場合は、保健所の車に乗って来ていただいたら、そのまま隔離病棟につながっているエレベーターに乗っていただいて、病室にそのまま入っていただく。外来等、他の患者さんに極力接しないようにするということになっています。

荻上:「これから伺います」と事前に連絡をして、体制を整えることがまず大事なんですね。

出雲:そうです。特に陽性の方、強い濃厚接触の疑いがある方においては、その通りです。事前に連絡をいただいて、保健所、関係各機関と時間を合わせます。例えば、10時、11時、12時と、連続でたくさんの方が来られても、対応しきれないこともありますので、時間指定なども行なっておりました。

荻上:保健所の連携というのは、最初はチグハグな所があったが調整されてきたのか、それともまだ課題があるのか。当初からそれなりはうまくいってたのか。どうですか?

出雲:最初は、未知のウイルスということで、国民全体で非常に困った状況に陥ったと思います。保健所の電話相談が多数行われたおかげで、非常に厳しい状況になった。保健所がいっぱいいっぱいになった。電話もなかなか繋がらない状況がありました。

荻上:医療機関からも?

出雲:医療機関からもそうです。医療機関からは、保健所への専用の電話をひいたんです。

荻上:ホットラインのような。

出雲:そうしないと、さっぱり動かなくなってしまうので、医療用の電話をひいた。それをしたおかげで、少し回転が良くなった。

荻上:それはいつごろですか。

出雲:だいたい3月の終わりぐらいですかね。

荻上:そうしないとパンクしてくる。病院がパンクする、医療崩壊が起きるという議論もされてたいたわけですけど、それ以外にも行政崩壊と言いますか、保健所などがパンク状態になった。

出雲:通常、保健所は様々な業務をしております。電話で対応したり、赤江さんにお電話することもされているわけです。それが一人二人じゃないわけです。疑いの患者さんが、陽性になる、陰性になるという間に常にやっているわけですから。やはり東京都は特に人口も多いですので、非常に大変です。何千件という電話が区や都にかかっていた。

荻上:先ほど、疑いのある方や陽性の方を受けいれる時は、万全の装備をして対応されるという話をしました。逆に言えば、報告や連絡をしないまま、自分は疑いがあるので見てくださいと、駆け込みでやってきて、装備をしていない方がチェックに当たらないといけなくなり、しかも陽性だったとなれば、大パニックですよね。

出雲:そのようなことを想定しながら、医療機関は動いています。そのように接する場合も、標準の予防策があります。標準の予防策にプラスして通常のマスクをする。接触感染を予防する手洗いです。手指衛生というのが、感染症においてはものすごく重要です。例え、陽性の患者さんに接したとしても、標準の予防策と手洗いをしておけば問題はないと思います。

◇入院中の症状は、、、、

荻上:今から、感染された方をどう診るのかについて伺いたいと思います。赤江さんの場合の、入院されてきた時の症状や所見はどのようなものだったのでしょうか。

出雲:最初に赤江さんのご主人も担当しておりました。私が何度かお電話したのは、ご主人の方から「妻の調子が良くない、いつも咳をして、その頻度が増えているし、息切れも出てきているような気がする。自分が経験してきた症状の流れと同じような感じがする」お話を聞いていたからです。小さいお子さんがいることもありお電話して、11日目くらいにいらっしゃったと思います。新型コロナウイルスは自分たちの経験からも、10日前後に症状が極期になる方が多いです。急に具合が悪くなる方は、発症日ではなく、10日前後で悪くなるんです。そこで私も10日目ぐらいの時にお電話をして、「入院した方がいいのでは」とお話をして、検査に来ていただきました。

荻上:検査に来た時の赤江さんの症状や病態はどうでしたか?

出雲:すごく高熱ではないものの、37度8分~37度9分くらいあって。痰が絡まない咳をこんこんとされていた。その症状を拝見した時に、これは絶対肺炎になっているなと思いました。CTを取らせていただいて、やはり肺炎になっておられた。先ほどお話しましたように、症状が出て3日目とかであれば、私も家で様子を見ましょうという話はしたと思います。ですが、今お話しをしたように、10日前後で悪くなるということは、ここで肺炎が出てきていたら、この肺炎がさらに悪くなる可能性がある。そうなった場合はすぐに治療しなければいけないので、入院をしていただいた。

荻上:入院されてから、赤江さんの症状は悪化はしたのですか?

赤江:いえ、入院してから、すぐ薬を使ったりして、そこからはそんなに悪化はしていないですね。小康状態がそのまま続いて、あと2、3日すると徐々に収まってきた感じですかね。

出雲:極期を乗り越えた経過であるといえます。

荻上:いろいろなパターンをみると、その時期に症状が悪化するかどうかは、医療関係者が近くで見ておいたほうが安心ではありますよね。

出雲:(赤江さんの)ご主人は悪くなったタイプです。最初、少し悪かったので入院していただいたのですが、入院して治療していても悪くなったので、私たちの方ですぐに違う薬剤を投与することになりました。

◇治療薬候補「アビガン」をめぐって

荻上:赤江さんの場合、治療は具体的にどういった対応をされたのでしょうか。

出雲:赤江さんの場合には、アビガンという治療薬、アメリカの大統領も予防で飲んでいたと言われているクロロキン(製品名:プラケニル)という薬剤を利用しています。

荻上:それはどういった頻度で使用するものなのですか?

出雲:私たちの施設では、赤江さんのような患者さんが来られた時に、CTの画像や、酸素の飽和度、血液検査などで、重症度の分類を決めています。非常に軽い方においては、
無治療で治ってしまうことがありますので、何の治療も入れない、解熱剤等で治療します。ところが、中等症以上になりますと、急激な悪化をする人がいますので、アビガンのような薬剤を使用することにしています。

荻上:アビガンを実際に飲んだわけですよね。他の薬と、味とか、大きさとかは?

赤江:全然変わらないです。ただ、量ですね。初日は特に9錠。

出雲:9錠×2で18錠です。

赤江:1回9錠を朝晩。

南部:一度に9錠飲むんですか?

赤江:「えっ、こんなに飲むんですか」と最初はびっくりしました。

出雲:みなさんおっしゃいます。

荻上:のどの痛みは無かったですか?

赤江:それはなく、普通に錠剤として飲めますので、特に苦痛ではないです。

荻上:中にはのどの症状も併発される方もいらっしゃるんですよね。それで9錠飲む。特に苦いわけではなさそうですけど、小さい方や高齢方で、誤嚥が考えられる場合は、ちょっと心配かもしれませんね。

出雲:飲めない方は、懸濁液と言いまして、水やお湯に溶かして飲むこともできます。

荻上:アビガンについては、赤江さんが番組宛にメッセージを寄せて下った中にも、丁寧にお書きいただいてましたよね。

赤江:もちろん、先生からもお話を伺って、治療薬といっても、この病気のためにつくられた薬ではない。治験であるというのが、ベースとしてあると思います。私は先生に投薬するタイミングだと診察していただいて、自分でも納得して使うことになりました。ただ、使える病院と使えない病院で、当時はすごく差があったというお話を聞いて、こんなに差があるのはどうなのかと気になって、先生にお話を伺ったり、発信したほうがいいのではないかと思いました。

荻上:もともと治験グループに参加していた、あるいは今回手を挙げてそれを認められた病院であれば投与できる。しかし、そうしたところに参加していない場合はこの病気のために作られた薬ではないからということで、勝手に使用することもできないわけですね。今回、赤江さんが入院された病院は、治験グループに入っていたから、投与が出来た状態だったのでしょうか。

出雲:正確に言いますと、治験というのは臨床試験というものの中の一つなんです。治験は、企業がこの薬剤、今回はアビガンですけど、このアビガンを新型コロナウイルス感染症の保険適用にするために、行うものです。通常、全ての薬は保険で使用するためには治験を経るわけです。ただその治験というのは、今回のアビガンでいいますと、赤江さんにアビガンの治験があると言った場合、50%の確率で処方され、残りの50%はプラセボと言いまして偽の薬になります。このような状態で、なぜ皆さんが治験に参加されるのか。治験しかない場合、その治験に入ると50%の確率でアビガンが飲めることになります。しかし治験に入らないと、薬を飲める確率はゼロです。ですので、医学に対する貢献と、患者さんをどうにかしたいという思いから、治験が行われます。ただ今回のひとつの問題点は、治験以外の観察研究を、藤田医科大学が中心になって行っています。この観察研究に参加をすれば、アビガンを投与することが出来るようになったわけです。観察研究には偽薬は入りません。報道でも「赤江さんがアビガンをたまたま飲めた」とかありましたが、それはたまたまではなく、観察研究に入ると、患者さんがOKであれば全員アビガンが飲めるわけです。そういうシステムなんです。なので、臨床家としては非常にやりやすいのですが、偽薬が入っておりませんので、本当に効くのかどうかは判断できないです。

荻上:研究としては、結果が出るまで時間がかかるし、データとして不十分になってしまうわけですね。

出雲:そうですね。わからないということです。私は肺がんや、気管支喘息を専門にしていますが、肺がんの場合、がんのある人に偽の薬をつかう研究も昔も行われていました。ただ肺がんは自然に治らない病気なんですね。ただこの感染症は、約80%の方は自然に治るのではないかと言われていますので、実は自然に治った人がほとんどなのではないか? という疑念が消えない。実は薬を使っても使わなくても、治ったのではないかと。

荻上:医者や患者としては、不安ですし、効くかもしれないから使っておきたいというものになりますよね。

出雲:大きな副作用がなければそういう話になるわけです。

荻上:このアビガン、使える人と使えない人がいる。赤江さんがたまたま使えたのは、今言った指定病院に参加していたからたまたま使えた。この部分がすっぽり抜け落ちて、「赤江さんだから使えたんじゃないか」と陰謀論的になる。もっと言うと、「赤江さんは政府要人と繋がりがあるんじゃないか」とかね(笑)。

赤江:ないです。なにもないです(笑)。

出雲:例えば芸能界にいらっしゃる方だとか、政府の方だからアビガンを使えるということは全ありません。入院されたところが、そういう研究に入っているか、参加してるかどうかが非常に大きなこと。

赤江:その病院自体も、私が選んだわけでもなく、保健所の方から「じゃあ、こちらの病院へ」ということだったので、アビガンが使える病院だと私が分かって入ったわけでもありません。本当に「たまたま」です。この「たまたま」で治療がされていいのだろうか。今後、罹患される方たちのためにも、もう少し統一見解があったり、運で左右さないようになってほしいです。

荻上:今回、出雲さんに、番組に出演していただくことによって、自分もその病院に行きたいと思われる方がいるのではないか。取材する際にも、そのリスクを考えました。その点はどうお感じになりますか。

出雲:そういうことは、当然、起こりうるとは思います。ただ、やはり皆さんが疑心暗鬼になって、情報が少ないということには、私たち医療の現場にいる者が発信してこなかった面もあると思います。だから「政府の要人と繋がりがあるのでは」というような話になるわけですよね。いま、市中の感染は少し落ち着いてきています。その時に、そういう情報を発信することによって、冬にやってくるかもしれない第二波に備えていかないといけない。そう考えまして、今日は皆さんと一緒に出ることにしました。

赤江:当時、私が入院していたとき、このような薬が使えたのは、指定感染症の協力病院という位置にあったからです。過去、結核からはじまり、感染症の準備病院などになっている枠組みだったそうです。結核だと、エクモ(ECMO)などの人工呼吸器を使うような病気ではなかったので、感染症病院の方が、集中治療室が充実していないケースもあります。このような病気になった時に、感染症が専門ではなくても、集中治療室がしっかりしている病院に回さなければ、患者さんを診ることはできない。そうしたちぐはぐな部分が出てきてしまった。この夏から医療業界が、感染症の枠組みではなく、重点医療というのでしょうか、病院が区分を変えると伺ったのですが。

出雲:新型コロナウイルス感染症においては、それぞれの都道府県で、重点的に見る医療機関を選定する。選定されてそれを受けるかどうかは、病院側の人員配置や設備の問題があります。そこでお互いに納得をして、手上げするシステムになっています。

荻上:そういった対応になっても、当然課題は出てきて、それに都度都度取り組んでいくことになるわけですよね。今日の話と少しズレますけれども、精神医療の分野で、医療スタッフが元々少ない。でも精神科で入院されている方は、精神科で対応してくださいと、感染症対策のところに入院できなかったりした。しかも元々スタッフが少ないから、感染症対策もやらなくてはいけないので、二重三重に問題がある医療構造の問題と、元々あったものなども、今後も議論の対象にはなりますよね。こうした中で、コロナウイルスは、確固たる治療薬もない状態です。アビガンについてもまだ根拠が示されていない状況があります。この間、様々な治療が工夫されてきたと思うのですが、出雲先生の中で、難しさや、選択肢の少なさに対する不安感、それでもそれ相応には対応できるのだという実感のようなものはあるのでしょうか?

出雲:アビガンについては、国内外で臨床試験が行われています。最初に注目された、抗HIV薬は、残念ながら臨床試験では思ったような結果が出ず、いま使っている方はほとんどいらっしゃらないと思います。このように、既存の薬剤を導入していく難しさはあります。ただ現在、我が国でも導入されている、レムデシビルに関しては、欧米で臨床研究(試験)を行っており、重症の患者さんにおいて、有効性が出ています。私の施設でも、重症の患者さんにはこちらを使用しています。ただ、先ほど申し上げたように、一部悪くなる方もいらっしゃる。中等症から、人工呼吸器を使用されないような間の方をどう治療したらいいのか。そして最も難しいのは、誰の具合が悪くなるのかが分かっていないことです。例えば、高血圧があったり、肺の病気や糖尿病の方はリスクがあるとされていますが、そうじゃない方でも悪くなる方もいます。悪くなる方を、私たち医療者としては早く見つけたい。例えば、今回は赤江さんに入院していただき治療しましたが、もしかしたら、入院しなくてもよかったかもしれない。ただそこが結果論でしかわからないところがありますので、どうやってその方を見つけていくのかの研究がなされています。

荻上:重症化した場合には、レムデシビルやエクモなどの様々な対処策が用意されているわけですよね。そのように手を尽くしても、お亡くなりになってしまう方もいます。他方で、エクモは大人数でそれなりの時間、対応しなければいけない状況もあります。今の医療リソースの課題はどのようにお感じになっていますか?

出雲:エクモのような設備があっても、やはり使うのは人なんですよね。機械があっても、操作する人がいなければ、ガラクタです。特に集中治療の現場においては、患者1人に、看護師さん2人でできていたものが、今回は防護服を来て感染対策をしなければいけないことを考えると、1人に対して4人ほどの看護師や医師が必要です。そうした人的リソースの問題が大きいかなと思います。

荻上:そうすると、短期間での準備は難しいですよね。医師や技師を育てるためには、6年とか10年とか時間をかけてやるものだと思いますので、大きな課題は残っていますよね。

出雲:重症になる患者が、日本、特に東アジアでは多くないこともわかってきています。その原因は、日本国内でも、共同研究が行われています。遺伝子の解析など、どのような患者が悪くなるのか。ニューヨークと比べると、明らかに亡くなった方は少ないですよね。そうした検討をする必要はあります。ただ、人を育てるのは一朝一夕にはいかないことが事実です。

荻上:検査の体制についてですが、行政の方でも、増やそうとしています。赤江さんが検査につながった際は、保健所では出来なかったので、病院の方で検査をされたという状況ですけれども。検査については、赤江さんが入院された当初から2か月たって、どのような変化をお感じになりますか。

出雲:簡単にいうと、とても良くなりました。おそらく、多くの区や県でも、行政検体と言いまして、保健所でしか検査が出来なかったものが、現在コマーシャルベースの企業、検査会社の検査を出すことが出来るようになっています。当院でも、保健所だけの検査だったのが、企業の方にお願いして、外注検査で出すことが出来るようになる。そして一部の施設においては、院内でPCR検査ができるようになる。ということで、選択肢が広がるわけです。これは患者さんにとっても、私たちにとっても、毎回保健所に電話して、検体を取りに来ていただくわけですよね。患者さんを搬送したり、電話の対応もしなければいけないので、保健所はとてつもなく大変な仕事をされているんですよね。その中で、検体を一本取りに来てくださいと言うのはなかなか難しいし、今は行けませんというのが、3月終わりから、4月にはあったと思います。それが、外注の業者に出せるようになった、ということが、検査のパワー的には増えたということだと思います。

◇退院のめどの判断は?

荻上:赤江さんの場合、重篤化せず、それなりに良い経過をたどることができたという話を伺いました。リスナーの方から、こうした質問が来ています。

南部:「私が今回知りたいと思ったことは、退院してから復帰するまでの流れです。退院後、経過観察の有無や、その流れ、保健所など公的機関との連絡や手続きはどうなっているのか。自宅療養で心がけたことなどはありますか」

荻上:出雲さん、退院の判断はどうされたのでしょうか?

出雲:赤江さんのころは、PCR検査が二回陰性になって、退院という定義になっていました。今は症状がなくなって、退院する、発症から2週間たっていれば退院できるという基準に変わりました(注2)。欧米を参考にして基準を変えていったことになります。
※注2:出雲先生:ここがまた変わりました。正確には「発症から10日間経過して、72時間発熱がないこと」

荻上:こうした2回の検査を、赤江さんはおこなって、陰性が続いたから退院ができそうだと。退院してから復帰までの間、症状が落ち着いてから2回検査を待つのも、そわそわするというか、早く出たいなとなるものなのでしょうか。

赤江:私の場合は、入院してからが楽だったといいますか。自分で自宅療養をしている時のほうが、体調の悪い中で、娘の世話をしなければいけなかった。早く退院したいというよりも、子どもが夫とともに帰り、個人的には自分一人になって、やっとゆっくり眠れるみたいな状況でした。だから、早く急いで退院したいという焦りはなく、しばらくゆっくりしようかな、ふぅ、って落ち着いたのがそこからだったので。慌てることなく、検査結果が出るまで待とうと思いました。でも、これがどんどん患者さんが増えていく状況であれば、本来ならば発症されて一番危なくなる10日までの期間の間の方が病院に入る状況を優先すべきです。でも私がいたころの状況は逆でした。そういう人たちはまだ自宅にいるのに、もうピークを越えたのに陰性が2回出るまで退院できない状況でした。医学的にはこっちを退院させて、これから症状が悪くなりそうな方をきちんとケアした方がいいのではないかという流れになる時期だったと思います。

荻上:ある種のトリアージの感覚が変わる手前の時期だったと。

出雲:PCR検査の精度の問題もありますので、2回陰性が続いて本当に病気が治っているというわけでは全くないわけです。たまたま陰性が続いた可能性もありますと。そういうことを言ってしまうと、病院のリソースが減ってしまう。悪くなるまでの危ない期間を病院でしっかり見ることは非常に重要です。

荻上:入院をされたのが、4月26日。退院をされたのが、5月6日。10日間ほど入院をされ、検査を重ね、退院された。退院をされるときに、注意事項のようなものを聞いたりしました?

赤江:うーん……

出雲:言いましたよ。言いましたし、紙も渡しましたよ(笑)。

赤江:色々と書類をいただきました。

出雲:どういう注意をしたらいいか。

赤江:当面は家から出ないようにしようと思っていたので、出なかったものですから。どうでしたっけ、先生。

出雲:症状がまた、ぶり返す方もいるので、毎日体温を測り、咳や息切れが出てこないかどうかを見てほしいと。そして、陰性になってはいますが、基本的にはマスクをして外に出る、多くの人と会うことは避ける。ちょっと控えようということはお願いしました。ただ、社会活動を営まなければいけないわけですから、かかった人は未来永劫、なにもできないことではありませんから、そこの線引きをしていただくことにはなります。

荻上:ラジオへの復帰のタイミングは、どのように相談されて判断されたのでしょうか?

赤江:そこも、先生とやり取りをさせていただきました。

出雲:私はもういいですよと言いました。

赤江:先生からはだいぶ前に、もう医学的にはなにも問題がないと。

出雲:症状もないですしね。

赤江:元々自分が咳喘息みたいなところもあって、コロナとは関係なくちょっと咳き込むことはあって。リスナーの方も、放送中に咳をすると、心配されてしまうだろうと。こうした病気になると、咳もひとつひとつが大ごとになってしまうところがあります。ですから、そこは落ち着いて、外出してしまうことはありますけど、頻繁ではない状況にしようと。あと、うちの娘が保育園に通って行ける状況にならないと、仕事の復帰がなかなかできなかったのもあり、そうした兼ね合いを見て復帰しました。

荻上:いろんな方への配慮ということもあるでしょうし、違うのに心配されてもな、叩かれてもなというのもあると思います。ある種の偏見のようなものも関わってくると思うんですよね。今回、感染者あるいはその家族への偏見、あるいは医療関係者への偏見、あるいは繁華街で働いている夜のクラスターなんて呼ばれたり、いろんな偏見が問題となっているんですが、赤江さんは感染されて、偏見や知識の欠如についてどう感じられましたか?

赤江:うちの場合は、どちらも大人が陽性だったんですよ。かかってしまった。でもかかる前に、なるべく社会活動を止めて、家にいた状況の中で、どちらも結局陽性だった。「患者になりましたね。じゃあ頑張って治してね」というのが周りの意見だったんですけれども。これが例えば、夫はかかった、でも私は陰性だった。じゃあある程度日数が経ったら、私は社会活動を始めなければならない。娘も保育園に行くという普通の社会活動に戻していくときに、そのケースの方が疑いをずっと晴らせない。私の場合は、両方なってしまったので、「白黒はっきり」の「黒」になり、そのあとに「回復者」になった。そんなに偏見に直面した感じではありませんでした。おそらく、白黒ハッキリではなく、グレーな状況の人がいますよね。家族の中で誰かが出た、職場で誰かが出ている。グレーの部分が偏見につながるのではないかな。医療従事者のような方が、「保育園に来ないで」と言われてしまうようなことが起きてしまっている。グレーの方のほうが大変な状況なのかと思いますね。

荻上:感染症に対する差別的な攻撃は、不安感から出てくるものも大きいと思いますが、よくわからない状況だからこそ、不安が刺激されて、排除される。赤江さんの場合だと、二人とも感染されて、今は回復したストーリーがあるから、その不安が取り払われやすいけれども。

赤江:むしろ、そういうケースかなと思いました。

荻上:出雲さんは、医療関係者への偏見、あるいは医療関係者から見た患者さんへの偏見はどうでしょうか?

出雲:地域にもよると思います。東京都は感染者が非常に多く、対応している病院も多い。全く偏見がないとは申しませんが、地域の方々から「頑張ってください」とエールや寄付をいただくことがかなり多かったと思います。ただ当初、2月の終わりとか3月頃、未知のものと対応していますので、偏見があった。医療従事者の子どもを保育園に預かっていただけないことも、あったかと思います。ですが、それ以上に私達としては多くの方々からエールをいただいたりしていますので、そちらの方は、地域的にはあまり問題にはなっていなかったのではないか。全くないとは言えませんが。ただ、地方になりますと、どうしても感染者がそこまで多くない。対応している病院が、おそらくあそこであると分かりますよね。わからない恐怖心、不安感。赤江さんのようにストーリー(感染した。しかし治ったというストーリー)があるとよいのですが、「あの医療従事者、あの病院だからもしかしたらかかっているかもしれない」と不安が常に続く。こうしたところから、差別的行動があった可能性はあります。

赤江:地方の病院では、自分の病院で患者さんを受け入れているのを、公にあまりできない。風評被害も関わってきます。もちろん、受け入れているんだけど、大々的には言えない。そうなると、治療しながらも、他の病院とどういう治療をしているとか、連絡を取り合うのは少なくなってしまうのでしょうか。

出雲:今回の感染症においては、ほとんど皆無と言っていいほどないです。そこが大きな問題であったと。例えば、感染症の指定病院、新宿区では国立国際医療研究センターですが、当たり前ですが必ず診ています。そういう病院は当然、情報発信ができますし、私達も相談したりできるわけです。それ以外の病院はもしかしたら診ているかもしれないけども、診てないかもしれないと、皆さん対応します。地方では○○市民病院などが診ている可能性もありますが、さきほどの不安感で「あの病院に行ったら、コロナに感染してしまうかもしれない」と。通常の必要な、喘息だったり、肺がんも「あそこで診てもらうのはやめておこう」と考えてしまう状況があったわけです。風評被害があると、スタッフも困りますし、患者さんも困る。病院の経営の問題にも大きくかかわってくる。そうすると、情報を外に出さないようにしようとなる。外に出さないけれど、医療者だけが情報を交換することは難しい。どこかで漏れてしまう可能性があるので、院内で行っている事に関しては、外に出さないようにした病院が、今回は多かったんじゃないかと思います。

荻上:医療関係者に偏見があると、偏見で攻撃をされたくないから情報を出さない。そうすると、感染症に対する正しい知識が届かないことになって、偏見が生まれる余地ができる。悪い循環になっていたりする。だからこそ、メディアの役割は重要ですよね。どういった感染症なのか。それに対するより適切な対応や知識はなんなのかということを、より発信していくことが必要だと思います。出雲さんが臨床の現場で活動されていて、メディアで今後取り上げて欲しいことや注意して欲しいことはありますか。あるいは、リスナーの方に、ニュースを聞く際はここはポイントだと思うところはどこですか?

出雲:新型コロナ感染症の話ですが、クリニックにしても、病院にしても、コロナだけを診ているわけではないということなんですよね。もちろんコロナの専門病院ができれば解決するという簡単な問題ではないんです。私たちは、普段がんの患者さんも、喘息の患者さんもそうですし、心筋梗塞の方など様々な患者さんを診ているんです。当然、新型コロナウイルス感染症にかかった人を、しっかり治療することも重要なのですが、それだけではなくてそれ以外の疾患のほうが、数からするとかなり多いわけです。そこをしっかりやることが、非常に重要です。どっちかだけに偏ってしまうと、今回、熱が出ている、そういう病気の時は、救急でなかなか受け入れ先が見つからないこともありました。その方は新型コロナと関係なく、脳梗塞や脳出血である場合もあるわけです。そちらを適切にやれば治療として良かったけれども、時間がかかってしまって助けられないこともあります。新型コロナだけではなく、取り巻く環境は非常に重要な点だと思います。
途中でぶった切らないということです。つまり、SNSなどは自分の都合の良いところでカットしますよね。文章が20行あったものが、自分の都合の良い3行だけカットして流されてしまう。

荻上:今回も「赤江さん、アビガン投与で回復」といった報道がありましたね。

出雲:なぜそうなったのかというストーリーがポロっと落ちてしまう。きちんとした情報を得てほしい。でもきちんとした情報を、何をもって判断するのか。私たちの方も、発信してこなかった反省があります。

赤江:感染症専門医の方が発信されることが多かったと思うんですが、先生は呼吸器科ですよね。現場で診られているのは、呼吸器科の方が多かったのでしょうか?

出雲:そうですね。日本の感染症の専門医は1500人くらい。呼吸器の専門医が4800~5000人くらいいる。各病院に感染症を専門にしている方がすごく少ない。感染症専門のドクターは、診療も重要なのですが、病院の中の感染を制御する仕事があります。例えば、保健所とのやりとり、患者さんにいつPCR検査をして、車をどう手配して、何時に来ていただくのか。病院の中の感染対策もしなければいけません。つまり、司令塔になるわけです。現場で働いているものは、人数の割合からすると、全国的には呼吸器内科、あるいは通常の内科の先生が多かったと思います。ですので、どうしても役割が違います。患者さんのPCR検査を自分でやるのかどうか、どういう治療薬を選択するのかは、現場に委ねてしまう。そこはちょっと乖離があるわけです。

赤江:医師としても役割が違うところがあるわけですね。

出雲:若干、行政よりの判断と、臨床の現場で患者さんを診察するのとでは、ちょっと違うと思います。

荻上:マクロなのか、個別の技師として対応しているのかとか。

出雲:そうですね。おっしゃるように、ウイルス自体がどういうものであって、どういうDNAやRNAを持っているのかを研究する人、どのような状況で感染しやすいのかを考える人。実際に来られた患者さんを治療する人。このリンクがなかなか難しかったこともあると思います。

荻上:そうした情報の質を考えることも必要になりますよね。「この人、いつもテレビに出ているけど、いつ患者を診ているんだろう」と不安になることがあります。そうした情報面について、今は整理をする時期にあると思いますので、ここから考えることも多いと思います。赤江さんは今回感染されて、回復されて、その間、いろいろな情報を見ていて、特にいま伝えたいことはなんですか?

赤江:夏場、小康状態になっているのはすごく良かったなと思う部分と、気候によって変わったんじゃないかと思うところはあります。今年の秋冬ですね、まだ多くの方がかかっていない状況の中で、残念ながらこれからかかる人たちも中にはいらっしゃると思いますので、かかった方、これからかかってしまう人、そして現場の医療体制の中で働かれる人たちの、戦い方がちょっとでも楽になるような方法はなにかないかな。そのためのヒントになるものであれば、できればどんどん発信したいなと思っています。

南部:赤江さん、出雲さん、ありがとうございました。(終)

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