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おすすめラジオクラウド Session-22「メディアのフレーミング効果」

ラジオクラウド

こんにちは。文字起こし職人のみやーんです。僕が選んだラジオクラウドのおすすめコンテンツを紹介するコーナーの第71回目。
今回は荻上チキ『Session-22』の中から「メディアのフレーミング効果」をご紹介。荻上チキさんがリアリティ番組『テラスハウス』の放送打ち切りを受けてこのように話していました。


荻上:さて、先ほど知ったんですけれども。フジテレビ系列でやっていた番組、リアリティショーの『テラスハウス』という番組がね、配信が中止ということになったようで。打ち切りということになったという共同通信の配信が1時間少し前かな? 来たんです。昨今、やっぱりそのひとつの出来事を受けて……出演者の死というものを受けて、さまざまな反響というものや議論というものが起きていたので。それを受けての打ち切りということで。ひとつ、メディア史に残る大きな検討材料というか、検討しなくてはいけない出来事が目の前にあるなという風に思うんですね。

ただ僕は『テラスハウス』を全く見てないのでよく分からないですよ。よく分からないんですが、断片的にそのいろんな場面とか、いろんな議論とかっていうものが入ってくることがあるわけですね。それを踏まえた上で、自分は「見ない」という選択をしてきたんだけれども。ちょっと話のヒントになるかどうか分かりませんけど、僕のそのメディアに対する主張の中で、ひとつ、好みというか。あるいは、そのチェックポイントというか、個人的に気にしているポイントっていうのを少し説明したいと思いますね。

で、その話をする前に、メディアと心理学が重なり合う領域で「メディア心理学」とか、そうした研究があるんですよ。メディア心理とか。「メディアの報道のあり方によって人々の心理がどう変わるか?」っていう、そういった研究があるんですけど。そうしたらその心理学やメディア論の研究の中で「フレーミング効果」っていう言葉があるんですよ。

南部:フレーミング効果?

荻上:はい。フレーミング効果の「フレーミング(Framing)」っていうのは「フレーム(Frame)」、要はカメラのフレームとか、額縁とか。あのフレームのことですね。

南部:「切り取る」っていうことですか?

荻上:そう。あるいは「フレームを与える、額縁を与える」っていう。

南部:はいはいはい。

荻上:すごく分かりやすい例を出すと「人はどういう風にフレーミングするかによって、与えられた情報の受け取り方の印象も変わってしまう」ということになるんですね。

南部:それは見る側、映る側、どっちも?

荻上:どちらもです。映る側も「自分はこういう風に出ているんだ」という認識しちゃうし、見る側も「こういう風に受け止めればいいのね」っていう、その受け止め方がフレーミングによって大きく変わる。たとえば僕がお医者さんで南部さんが患者だとする。で、「これから私が南部さんの手術をします。その手術の成功率は95パーセントです」という風に説明する時と「この手術の死亡率は5パーセントあるんです」っていう風に言うのとでは同じ情報を伝えているんだけども、伝わり方が変わってきますよね。

南部:全然違いますよ。

荻上:印象が変わりますよね。

南部:しかも患者側として受け取るという風に今、思いながら聞いてたら「全く違うな」と思いました。

荻上:今は2重のフレーミングをして。まずは「南部さんは患者です」という風に位置付けたということ。そして「そこにどんな情報を与えるのか」という……与えている情報は実は同じなんだけど、その情報の伝え方でその意味合いが変わってくるということになるんですね。たとえばそのテレビの報道とか、あるいはバラエティーでもそうなんですけど。ある場面を切り取った時に、そこにどういったフレームを与えるのかでも意味が変わるわけです。涙を流している場面。「悔し涙」とテロップを打つのか、それとも「別れの涙」的なものなのか、「感動の涙」なのか。そのテロップのあり方によって実は伝わり方が変わってくるわけですね。

で、ドラマとかはそういったフレーミングを上手に使って。「ここに出てる人は悪者です」とか、「今、ここから映すシーンは非常に感動するシーンです」っていうことを上手にフレームアップしてフレーミングしていく。そういった演出も行われるわけです。ただニュースとか、あるいはリアリティショーでもそうなんですけど、そこで映されている風景にどういったフレーミングを与えるのか?っていうような行為そのものが、実はその実際と違う印象を与えることもあれば、逆に見ている人たちに対してあるリアクションを誘導するということにもなるわけですね。

分かりやすいうと、たとえば「ネットで叩きましょう」とか……「これはズルいという風に叩きましょう」とか。あるいは「これは褒めましょう」とか、いろいろあるわけです。で、この社会にはいろんな出来事が起きてるんだけれども、その出来事にどうフレームを与えるのか?っていうのはとてもメディアの役割としては重要で。そのフレーミングのあり方が不適切だと、やはりそのメディアのバイアスとして批判されるということがあるわけですね。

だから特に報道畑ではこのフレーミング効果っていうものにはものすごく自覚的でならなくてはいけない。BGMを止めるのか、それとも流しっぱなしにするのか、それひとつでも大きく影響が変わってくる。だからいろんなことを考えながらやらなくてはいけないわけですよね。で、このフレーミングっていうことで言うと、実はそのメディア上で取り上げられるコメディーとかバラエティーっていうのも実はフレーミング効果が非常に高くて。「ここに映っているこういった体つきの人が笑っていい人なんです」っていう風にフレーミングして報道をすると、それはたとえば差別とかいじめとかを加速したりすることもあるんですね。

ここでただ、ねじれているのは日本の特にお笑いの世界とかだと、もともと攻撃を受けてきたり、生きづらいという風に思っていた芸人さんとかが、「でも自分は笑われてたけど、これで人を面白くできればいいんじゃないか」っていうことで、本人は別のフレームに切り替えてポジティブにやっていることが多かったりするわけですよね。

南部:ああ、ご自身が。

荻上:でも、本人はポジティブなんだけれども、結果としてテレビでそのような仕方で……たとえば体型とか顔つきとか訛りとか。そうしたものを「面白いものだ」ということでメディアでフレームアップ、フレーミングされると、それ自体が笑いの対象になったりするということが再生産されるわけです。こういったようなメディア機能が元々、フレーミング効果ということで注目をされて、研究をされて。相当にこのフレーミング効果というものはあるよねと。「政治の分野でも、あるいは差別の分野でも、あるいは人々の感動とか解釈とか、いろんなところにそういった効果があるよね」っていうことが言われてるんです。

で、これを踏まえた上で僕がどんな番組を好きなのかというと、一言で言うとリフレーミングをしてくれる番組なんですよ。「リフレーミング(Reframing)」という言葉、また新しい言葉ですけども。これは「フレーミングをし直す」という言葉なんですね。どういうことかというと、南部さんとよくこの番組でいろんなドラマの話とかします。ドキュメンタリーとかね。たとえば、『クィア・アイ』っていう番組、ありますよね。ネットフリックスで配信されている。

南部:ファブ・ファイブの。

荻上:要はファブ・ファイブっていうスペシャリストである同性愛者の5人組が様々な人生について悩んでいる、葛藤を抱えてる人のところに行って、いろんな角度から人生を変えるための手伝いをする。ファッションとか建築とか、あるいはカルチャーと料理とか髪型とか。

南部:メンタルとか。

荻上:そういったようなものでやっていく。で、実はあの番組は出演者に対してそのファブ・ファイブってスペシャリストたちがリフレーミングをしていく番組なんだよね。要は「あなたはすごい生きづらいと思ってるかもしれないけど、この体型はこういった服装が似合うから、隠さずに堂々と生きよう」みたいな感じでリフレーミングをする。

南部:しかも、そういう風な思いを持つに至ったこともリフレーミングしてくれますよね。

荻上:そう。で、それを見ている視聴者の側にも同じようにリフレーミングする。要は「あなたもいろいろな生きづらさを抱えているかもしれないけれども、この番組を見て何となくすっきりするのは『人が救われていく様』を見てることで実は自分を縛っていたフレーミングを外して、作り直すという作業にあなたも参加をしてるんですよ」っていうことだと思うんですよ。

南部:そうなの! 『クィア・アイ』のなにがいいって、見ていて気付けるからなんですよ。無意識だったものにまで気付けるから。「ああ、そうか。それってそういう風に捉え直せばいいんだ」っていう自分自身の気付きにもなるから、すごい好き。ああ、そういうことか!

荻上:リフレーミング系の番組、ドラマとかでも。あるいはニュース番組のドキュメンタリーでも、やっぱりそういった形で気付かせてもらって、なおかつ世界の捉え方をちょっと変えてみようと思うせられる。それがしかも何か攻撃的なものというよりは、包摂的だったり、多様性だったり……そうしたものに開いていくものが僕は好きなんですよね。

南部:ああ、たしかにそうだ。そっちのアプローチの方がワクワクするよねっていうことを気付くかせてくれるものが好きだな、私も。

荻上:たとえば最近、いろんなドラマとかで多様な登場人物が出るようになった。それを一部の人たち……特に多様性について取り上げることに対して拒否感を抱く人も中にはいる。その人たちは「無理やり政治的な正しさを持ち込もうとしてるんじゃないか?」っていう風な解釈をする人がいたりするわけですよね。たとえば今度、ディズニーの作品の主人公で同性愛の当事者の方が出るというものが今度、公開される。そうなった時に「無理やりそういったことを描こうとしている」って批判が集まる。

マーベルのキャラクターでもそうです。他のものでもそうなんですけど。でも、僕から見ると別に無理やり入れようとしているのではなくて、むしろこのリフレーミングの快楽というものがとても今、ものすごく注目を集めていて。なおかつ、いろんなポジティブなクリエイティブを刺激する。いろんな創造性を刺激するようなものだから、そうしたものが今、いろんなところで生産されていく。作られていくっていうのはひとつの動きとして当然なんじゃないかなっていう格好で捉えるわけですよ。

で、そういったようなリフレーム……要は「枠組み外し」と「枠組み作りなおし」。こうしたようなことをやってくれるメディアっていうものがすごく好きで。そうしたようなものを次から次へと見たくなって、その都度発見して自分の思考の凝り固まりを取っていくっていうことをしたりするんですよね。

南部:嫌でも……意識したわけでもないけど、そのフレーミングっていうものを身に付けちゃってることに気づかないことが。

荻上:元々のね。

南部:そうなの。そういうことがあるなっていうことに『クィア・アイ』みたいな作品に触れると気づくことが快楽なんですよね。嬉しいんですよ。

荻上:最近はそれをたとえば「呪いを解こう」とか、いろんな言葉で言い直されたりしていると思うし。そうしたような本がいろんなライトエッセイで売れていたりする。たとえばジェーン・スー書いている本とかにもそういうものが多かったりするでしょう?

南部:たしかに。スーちゃんのはそうだね。

荻上:「お金を使うことを悪いことであるように言うな。自分のためにお金を使うことはなんといいことか!」というような、その枠組み外しと枠組み作りなおしをしてくれるわけじゃない?

南部:うんうん。おっしゃる通り!

荻上:そういったようなコンテンツが今、いろんなところに増えてるの。世界中で。そうした中で、かつてのフレーミングを再生産し続けるような、たとえば笑いの取り方とか、番組の作り方っていうものが、まだまだそれでもあったりする。そうした枠組みのまま、たとえばテレビCMを作ったり、番組を作ったりすると、しばしば炎上をする。それは「政治的に正しくない」っていうことだけじゃなくて、「私はせっかくリフレーミングしているところなのに、またそのフレーミングをされるのか!?」っていう抵抗意識から出ている反応というものも多くあるんですね。

つまり、リベラルとか保守云々ということではなくて、「今、自分の世界認識ではこう捉えようとしているのに、また叩く人を増やすんですか?」っていうような、そうした反応をする人たちもいたりする。だから、今日はその善し悪しは論じないんだけど、こういったような枠組みを作る番組と外してくれる番組。あるいは作り直してくれる番組。そうした観点でいろんな番組の取り扱われ方を見ると、ちょっといろんなものが整理されるんじゃないかなという風に思うんです。

そしてもし、リスナーの方の中にね、「いや、わかるよ。わかったけど、チキよ。このリフレーミング番組もいいよ!」っていうおすすめがあればは、教えてください(笑)。

南部:ああ、リスナーの皆さんそれぞれが感じてるね、「この作品に自分の感じている押し付けを外してもらったよ!」っていうことですね。それを教えてほしいっていうことですね。

荻上:うん。知りたいね。まあ『Session-22』もニュースという枠組みでね、そうしたリフレーミングできればいいなと思っているんですけどね。いろんな解釈を提示し合って、よりよい解釈を選べるような状況になればいいなという風には思っております。今日もいろいろなニュースを取り扱っていきましょう。


様々な枠組み、フレーミングを壊して再設定する番組、とても面白いですよね。『荻上チキSession-22』も既存のニュースをリフレーミングしてくれる番組だと思います。ぜひぜひ、チキさんのトークをラジオクラウドでチェックしてみてください!

「メディアのフレーミング効果」

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