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宇多丸、『EXIT イグジット』を語る!【映画評書き起こし 2020.5.15放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、『EXIT イグジット』(2019年11月22日公開)です。

オンエア音声はこちら↓

宇多丸:

さあここからは、週刊映画時評ムービーウォッチメン改め、最新映画ソフトを評論する新作DVD&Blu-rayウォッチメン。今夜扱うのは、5月2日にDVDやBlu-rayが発売されたばかりのこの作品です。『EXIT イグジット』

(曲が流れる)

フフフ、これ、エンドロールで流れる曲(『Super Hero』)ね(笑)。このなんというか、絶妙ないなたさ感っていうか、ここもちょっと味わいですよね。昨年7月に韓国で公開され、動員900万人……942万人を超える大ヒットを記録したサバイバルパニック。韓国のとある都心部に突如として原因不明の有毒ガスが蔓延……「原因不明」というか、テロですね。有毒ガスが蔓延。

高層ビルに取り残された青年ヨンナムと、彼が想いを寄せる大学時代の後輩ウィジュの2人は、毒ガスから逃げる為に高層ビル群を駆け抜ける……。主人公ヨンナムを演じるのは、『建築学概論』などのチョ・ジョンソクさん。ウィジュを演じるのは、ガールズグループ「少女時代」のメンバー、ユナさん。脚本・監督は、本作が長編初作品となるイ・サングンさん。製作として『ベルリンファイル』『ベテラン』などのリュ・スンワンさんが参加しているということでございます。

ということで、この『EXIT イグジット』を見たよというリスナーの皆さま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。しかもメールの量は、「ちょい多め」。このね、DVD&Blu-rayウォッチメンも、このシフトになってきてからだんだんとメールが増えてきていて、ありがたいことでございます。賛否の比率は9割が褒め。

主な褒める意見は、「冒頭20分は間違えてホームコメディ映画を見に来たのかと錯覚。しかし後半にかけてグイグイ緊張感が増し、最後はちゃんと感動して晴れやかに。エンタメ映画として超ハイレベル!」「ハリウッド映画にはないバランス感。こんな映画が撮れちゃう韓国映画界がうらやましい」「緊迫感の中でも笑いの要素を忘れないのが偉い」などなどがありました。

一方、批判的意見としては「最後までふざけているため、パニック映画として素直にハラハラできなかった」などの声がありました。これは要するに、同じバランスのことを指しているという風に思いますね。

■「見返すたびに勇気をもらえるであろう、力強くキュートな一作」

ということで、代表的なところをご紹介しましょう。リスナーメール。「オレンジエコー」さん。「映画『EXIT イグジット』、アトロクのくれい響さんの特集を聞いて映画館に見に行き、生涯ベスト級の映画になりました。本当にありがとうございました。と言うのも、この映画、私にとっては理想のヒーロー映画で。中盤までの自己犠牲のシーンも素晴らしいですが、さらにその先。終盤の主人公とヒロインが自分たち2人とも生きて帰るため、全力を尽くす姿に胸を打たれました。

特にクライマックスが素晴らしく、『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム』や『仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ』など、人々の声援がヒーローを助けるシーンではかならず泣いてしまいますが、本作で人々の声を届けるのが観客の視線の象徴である“あれ”。災害映画でこうした展開を描いてくれるのは、多くの災害でモニター越しの被災者の無事を祈るしかなかった我々に、『お前たちの祈り、ムダじゃないよ』と言ってくれているようで、そのエンターテイメント精神にあふれた優しさに泣いてしまいます。

“あれ”を使った観客の視線のダークサイドを描いた近年の傑作が『ミスミソウ』なら、今作はライトサイドを描いた傑作です。余談ですが、匿名の誰かとのつながりを縄を通して描くのは、今では『DEATH STRANDING』を思い出しますね。見返すたびに勇気をもらえるであろう、力強くキュートな一作でした」というオレンジエコーさんのメール。

一方、こんなご意見もあります。「わらびもちワナビー」さん。「悪い映画ではありませんが、パニック映画としてはもう一歩足りていないような映画でした。その理由はシリアスさとユーモアのバランスの取り方にあると思います。この映画は起こった事態に対して登場人物の行動が悪い意味でユーモアに寄りすぎていて、彼らを心から応援する気を起こさせてくれません。その上、後半に行くにつれて場面転換などのストーリー運びが雑になっていくので、何かもうどうでもよくなってしまいました」。まあ、いろいろと書いていただいて……。

「この映画を通して相対的に『新感染 ファイナル・エクスプレス』や『グエムル』が絶妙なユーモアを含んだ大傑作であったことが再認識できました」というようなご意見でございます。ということで皆さん、メールありがとうございます。

■ちょっとだけ垢抜けなさも残した、娯楽作の楽しさに満ちた一作

私も今回、この『EXIT イグジット』、劇場公開時にはちょうどね、間に合わなくてというか、劇場で見れていなくて本当に申し訳ないんですが。このタイミングで……しかもこれ、ソフトが売り切れていて。これはやっぱりあれかな、ユナさん人気なのかな?

なので、アマゾンプライムの配信で購入して、何度か拝見いたしました。行ってみましょう。ということで先日、くれい響さんのご紹介にもあった通り、2019年下半期の韓国映画を代表する大ヒット作。動員が940万人超え。日本では昨年11月12日に劇場公開された作品です。結論から最初に言ってしまえば、さっきも言っちゃいましたけども、いやー面白かった!っていうね(笑)。見事な娯楽作! という感じではないでしょうか。ディザスター物、サバイバルパニック物というね、もちろんそのジャンル映画として非常に定番ですし、ある意味手垢がついたジャンルとも言えるわけですけど。

ジャンル映画としてまず、手に汗握る展開の連続、フレッシュなアイデアもてんこ盛りで。端的にここ、無類に面白い部分がいっぱいありますし。その上に、冷静に考えればかなりの死者が出ているはずの大惨事を舞台にしているもかからず、全く重くならない。これはだから、これをどう取るかはちょっと意見が分かれるところでしょうが、この映画は、あまり重くならないんですね、人がいっぱい死んでる大惨事の割には。で、僕はこれは、「いい意味で」というか、この作品に関してはこれが合ってるな、と思ったんですけど。

終始、ベタベタなまでのコメディタッチが貫かれていて、非常にそれはすごく独特のバランスといえばバランスなんですけど、それがサスペンスの緊迫感やドラマとしてのエモーションを、損なっていないどころか――これは僕の意見ですよ――損なっていないどころか、キャラクターたちへの共感度を高めて、サスペンスやエモーションも倍増させるような相乗効果も担っていて……という感じで。で、まあ後味の爽やかさとか、ある種全く格好をつけてもいない、ちょっとだけ垢抜けなさも平然と残してる感じ。

たとえば主人公が、日本で言うところのLINE……カカオトーク、あれをやっている。それで「就職に落ちました」というメッセージが来るんだけども、その字幕の文字が、カクン!と落ちたりとか(笑)。そういう、ちょっとどうなんだ?っていう垢抜けない演出とかも含めて、そういうある種のいなたさも含めて、非常に娯楽映画……「ああ、たしかに娯楽映画ってこういうもんだったな」っていう楽しさに満ちた一作で。それこそ、ちょっと昔の香港映画を連想させるようなバイタリティも感じさせるというか。

■『ベルリンファイル』のリュ・スンワン監督に見出された新鋭イ・サングン監督

脚本・監督のイ・サングンさん。先ほども言いましたけど、何とこれが長編映画デビューという。で、あんまり日本語の詳しい情報がなかったんですけど、韓国語のWikipediaによれば……これ、翻訳マシンにかけてなんとか読み取ったところによれば、韓国芸術総合学校大学院に在籍中に、ミジャンセン短編映画祭という、ナ・ホンジンとかいろんな監督を輩出しているそういう短編映画祭に出品した。で、その作品が、最初は落とされかけたんだけど、パク・チャヌクとかリュ・スンワンに注目されて、それで後にいろいろと賞を取るようになった、というような流れらしい。

で、そのリュ・スンワンさん。僕の映画評では『ベルリンファイル』、これを2013年8月3日に評しましたが。本当にあれですよね、韓国映画を代表する娯楽映画監督ですよね。リュ・スンワン、彼の2008年の『史上最強スパイMr.タチマワリ!』という作品、あれの助監督についたりしていた、っていうことらしいですね、イ・サングンさん。で、大学院を出てから書いたこの『EXIT イグジット』の脚本の草稿が、韓国の映画振興委員会っていうのの企画コンペみたいのに通って、それでリュ・スンワンさん製作ということになって、今回の実現に至った、ということらしいんですね。なので、まさにリュ・スンワンさんが見出したシンデレラボーイ、ぐらいの感じがあるんじゃないですかね。

で、たしかにね、時にベッタベタな、いなたいギャグなども厭わない本作『EXIT イグジット』の、このたくましい娯楽映画精神みたいなものはですね、リュ・スンワン作品とも通じるものがあるかな、という風に思いますね。で、実際にこの『EXIT イグジット』、最初に見た時はこれ、先ほど紹介したメールにもあった通りです、「あれ? これ、違う映画を選んじゃったかな?」という風に一瞬思ってしまうぐらい、最初の20数分は、サバイバルパニックアクション感ゼロのですね、本当にもうごくごく普通の青年……まあ『建築学概論』のチョ・ジョンソクさん演じる、ごくごく普通の就職難に悩んでくすぶっている青年と、彼の家族たちの、コミカルなやりとりが描かれている。

■テロリスト側の描き込みを極度に減らし、重みや後味の悪さを排除

この家族描写がまたですね、我々日本のそれとはちょっと違う、韓国ならではのディテールにあふれていて、これもまた楽しいんですけど。とにかく、まあベタベタなコメディタッチのホームドラマ調に、冒頭の20数分間は進んでいくわけですね。しかしこの『EXIT イグジット』、実はやはり娯楽映画の王道的構成、非常にきっちりした三幕構成も取っている。やっぱりね、このイ・サングンさん、ちゃんと大学院まで学ばれていますからね。非常にかっちりした構成になっていて。

上映時間103分あるわけですけど、要するに序盤の20数分っていうのは、全体の4分の1ぐらいのサイズっていうことですね。全体の4分の1ぐらいのサイズが第一幕。めちゃめちゃ正統派な構成。で、それで(ストーリーテリング上必要な人物紹介や状況説明を)セッティングするという、セッティング部分。そして、第二幕の中盤、第二幕のさらに半ばほど、ちょうど上映時間の真ん中あたりまでが、この家族をなんとか無事に脱出させるまで。で、そこから先は、チョ・ジョンソクさんとその少女時代のユナさん、この主人公2人の脱出劇。

で、さらに最終的には、街で最も高い場所……つまり有毒ガスが追いついてこない場所としての、建設中のビルのタワークレーンを目指しての、大疾走が始まる。これが第三幕、といった感じで。そのラストの20数分、やはりその4分の1サイズがクライマックスになっている、って感じで、構成そのものは非常にオーソドックス。これ以上ないほどオーソドックスな三幕構成になっている。

ただ、普通に考えたら、この第一幕の時点で、もう少しですね、後のそのガスを散布するテロの準備が着々と進行していく、という様を並行して描いた方が、もちろん序盤から緊張感が高まって、まあ普通だったら良さそうなもんですね。たとえば『ダイ・ハード』だったら、普通に日常が進行してるけど、同時にテロリストの計画も進行している、っていうのを描くという。普通はそうなんですけど。ただ、これは思うにですね、恐らく作り手イ・サングンさんはですね、その毒ガステロを起こした側の描き込みっていうのを、極度に減らすことで、さっき言ったような「実際は大量の死者が出ている悲惨な事態である」という、それゆえの重み、後味の悪さってのを、できるだけ感じさせないようにしたんじゃないかな、という風に思います。

だから、序盤から毒ガステロのことを描いちゃうと、なんかそこに重みがあるように見えちゃう。それを避けたかったんじゃないか、ということですね。で、それは本作に関しては、たしかにひとつの正解であったように思います。と、いうことですね。

■役立たずと思われてきた人間が、培ってきた能力と勇気を発揮し、真の意「スーパーヒーロー」になる物語!

とにかく、チョ・ジョンソクさん演じる主人公のヨンナムがですね、かつて山岳部、山岳サークルにいた、そこで培った身体能力を、でもお婆ちゃんと子供しかいない公園の鉄棒を使って、ムダにアピールしている。で、実際のところ、就職にも失敗し、家族から持て余されている、という。ここから話が始まる。

要は、役立たずと思われていた人間が、いざという時に、日頃から地道に鍛え続けていた能力であるとか、あるいはそれを他者のためにこそ使う、という、勇気を発揮するという話……この「利他的行為の尊さ」というのが、本作においては非常に大きな、感動的なメッセージともなっている。まあこれ、後ほど詳しく言いますけど。ということで、とにかくそういう、培ってきた能力と勇気を発揮して、役立たずと思われてきた人が、エンディングで流れる歌の通り、真の意味で「スーパーヒーロー」になる、という。そういう物語である、とは言えるわけです。

しかもこの構造は、「非常時に、意外なものが意外なところで役に立つ」という、その構造とも重なっていて。要するに、非常にそれが上手いわけですね。テーマと、その途中の小道具使いなんかが重なってきて、非常に上手い、っていう感じだと思います。

「えっ、この人たち、1人も死んじゃいけない感じの人たちだよね?」というスリル

で、ですね、その主人公のヨンナムさん。お母さんと古希祝いのために式場を借り切って、その親族を集めてパーティーをするという、いかにも韓国らしい慣習……日本にはないですね、こんなのはね。その慣習の最中に、そのヨンナムが、かつて同じ山岳部に所属していて、告白して振られたことがある、少女時代のユナさん演じるウィジュという女の人と再会して。まあ、これも実は偶然ではなかったということが、後から分かるわけですけど。

で、その彼女側、ウィジュ側はウィジュ側で、職場の上司に、限りなくセクハラ的なモーションをかけられていたりもする。もちろんこの上司というのがですね、後ほどその、ディザスタームービーにおける定番ですね、ディザスタームービーにおける卑劣漢役……たとえば『タワーリング・インフェルノ』におけるリチャード・チェンバレン的な、要するにてめえが悪いんじゃないかっていうやつがいち早く逃げようとするとか、そういう役回りを、もちろんきっちり演じることになるわけですけど。まあそんなこんなでですね、ただでさえ言うことを聞いてくれなさそうなクセの強い親族たちに加えて、ヴィラン候補まで出てきて、そういう人物紹介というセッティングがひと通り終わったところで、さっき言ったように、20数分目。ついに街中で、毒ガスがブワーッと散布、拡散されていく。

まあ冷静に考えればですよ、この毒ガス、テロに使うには……「目に見えすぎ」っていう(笑)。その迫ってくる様が視覚化されすぎですし、最終的なその「実は……」な解決策も、「だとしたらこのガス、弱点ありすぎだろ?」っていう感じで、突っ込みどころは満点なんですけど。これはまあ、要するに本作における「マクガフィン」なわけですね。要するに、そのサスペンスとかを生じさせ、そして盛り上げるための機能に特化した、装置でしかないわけで。監督としてもそれ以上の意味を持たせたくないので、たぶんこのぐらいの描写にしている、という感じだと思います。

で、まずはここ、主人公家族がですね、一旦その式場の外に出て、徐々にその事態の深刻さを目の当たりにしていく、というこのくだりなんですけど。ここね、大きな道路に面しているわけです。大きな道路に面していて、既に街中がワーッと騒然としてるわけですけど、その道の右側の方向を見ていくと、その右側のさらに右側、もう1個曲がった角。つまり、カメラには見えないもう1個曲がった角の向こう側から、人や車が、逆流してくる!っていうのを見せることで、間接的に「ああ、あっち側に行ったら死ぬ」という……しかもその、あっち側に行ったら死んでしまうその何かが、こっち側に津波のように迫って来ているんだな、っていうのを、角を2個曲がった先に間接的に見せる、という見せ方をしていて。

これは恐らく、スピルバーグの『宇宙戦争』序盤の、トム・クルーズが事態を悟っていくあたりに、たぶんよく学んだ感じで。実に上手い見せ方をしているし。また、序盤でですね、さんざんコメディタッチのホームドラマとして描かれてきた主人公家族、だからこそですよ。あんな感じでヘラヘラと描かれていた登場人物だからこそ、1人として死なすわけにはいかない。ところが、ここも上手いんだけど、1人、ガスを本当に吸っちゃう人を出すわけですね。だから「あっ!」っていうか。「えっ、この人たち、1人も死んじゃいけない感じの人たちだよね?」っていうのがあるからこそ、余計にスリルを高めることにもなる。しかも、言うことを聞かなそうだし……っていう(笑)。

ということで、ビル内に一旦戻った家族たち。で、その下の階にはどんどんとガスが溜まってきていてダメだし、しかもそれがどんどんどんどんと上にあがってくる、ということで、まあヘリの救助が来るであろう屋上に逃したい。なのに、カードキーがなくてドアが外側からしか開けられない!という状況になる。そこでその主人公のヨンナムが、山岳部上がりのクライミングスキルを駆使して、一旦隣のビルにバーンと飛び移り……もうあそこの飛び移りも本当にね、『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』のトム・クルーズのジャンプ級の、あのトムの骨折ジャンプ級のドーン!っていうのがあってからの、そこから改めてもう1回、家族がいるビルの外壁にジャンプして、へばりついて、屋上を目指す、というくだりになっていく。

ここね、「もう一度その家族がいるビル側に戻る」ところがすごいですね。あの、突起に引っ掛けるための棒を横に持って、ジャンプして突起に引っ掛ける、っていうことを、ちゃんとカットを割らずに見せるから、ここは複数回見ても、「うわあーっ!」ってなるところですね。本当にね。これはよく考えた。だから1個1個、こういうハラハラドキドキさせる、でもこの方法でしかこっちには戻れない、という必然があるアイデアが、本当にたくさん盛り込まれていて、見事なものですし。

■サバイバルパニック物の主人公がここまで人間的な弱さをさらけ出すのは珍しい

あとですね、この場面、ここから先のシークエンスが非常に上手いのはですね、まず、さっきもちょっと言ったように、ビルの中にあった日用品を、クライミング用に転用するところ。これが上手い。特にやはりあの、チョークですね。チョークを砕いて滑り止めにするところっていうのが、主人公が序盤、その鉄棒でムダに体力をアピールするところでもその滑り止めをしているから、「ああ、それが必要なんだ」っていうのがもちろん観客にも分かるし、要は「思わぬところで役に立つ」という構造が、主人公ヨンナム自身の立場とこのチョークで重なるから、余計にグッと来るわけですよ。

加えてですね、このウィジュや家族といった、「なすすべもなく見守るしかない」立場……つまり、映画というものの観客そのものですね。映画の観客そのものと同じ立場の視点を入れることで、もちろんハラハラも増す構造ですし。同時に、家族たちのその騒ぎようがちょっとコミカルなので、重くなりすぎもしない、というバランスにもなっている。で、さらにはその、外壁をよじ登るというその中にも、いくつかフェイズの変化を入れていて、飽きさせないようになっている。最終的には命綱を取って……あの、映画にもなりましたね、ドキュメンタリーにもなった、あの『フリーソロ』状態になるという。ちゃんとその、クライミングはクライミングだけど、単調にならないように、ちゃんとどんどんどんどんその緊張感を増していく作り、アイデアを足していく感じになっているし。

そしてですね、あまつさえ、実は序盤でのクライミング訓練の回想描写が、失敗への恐怖をいやが上にも高める、という効果を出している。しかもこれが、絶妙に編集が上手くて。「うわあーっ!」ってやっぱり声をあげてしまうような効果を、見事に上げていて、本当にお見事なもんだと思います。でですね、何とか屋上に出られてからも、今度はスマホ画面を使ったSOSアピール……これね、この掛け声は、エンディングのあの「Super Hero」っていう曲の途中の、ブリッジでも出てきて。思わず一緒に歌いたくなっちゃったりするような感じですけども。

それとか、このアクが強い親族たちだからこそ、な……これ、僕はね、細田守さんの『サマーウォーズ』をちょっと連想しました。『サマーウォーズ』を連想するような、アクが強い親戚のおじさん、だからこその活躍、アイデアみたいなものが……本当に本当にアイデアが豊富で、飽きさせないし。で、更に僕が本作にとても感動したのは、救出ヘリに結局乗り切れなかった、ヨンナムとウィジュの主人公2人。特にそのユナさん演じるウィジュがですね、最初はその「副店長」としてのプロ意識から、非常に気丈に振る舞って、凛としてるわけですけど。それでヨンナムも「ああ、お前は偉いな」って感心してるんだけど、ついに耐え切れなくなって、「いや、私だってあのヘリに乗りたかった……お母さーん、お父さーん!」って号泣しだすところ。

ここもあくまでコメディタッチ、チョ・ジョンソクさんもユナさんも、しっかり笑える一線を守った演技をしている、というのがまた絶妙なバランスなんだけど。これ、サバイバルパニック物の主人公が、ここまで人間的な弱さをさらけ出す、というのは珍しいと思うんですよね。つまり「本当は助かれたところを主人公が利他的な行動を取る」という、これはあるけど、「本当は私だって乗りたかった! 助かりたい! 命は惜しいです!」って泣き出す、というのはこれ、非常に珍しいですし。だからこそ我々観客も、彼らの恐怖を、「そりゃあ怖いよね」って、やっぱり身近に感じることができる。

そして、後述するある展開。彼らの勇気、人としての尊さも、本来は弱い、普通の若者だからこそ……っていうところが、より感動が高まる感じになっているあたり。本当にね、僕はこれは素晴らしいと思います。

「人間は弱い、だからこそ、その弱い人間が振り絞る勇気は尊い」!

ということで、2人が取り残されてしまってからは、今度はですね、そのクライミングのスリル、つまり、縦の動きですね、上下するアクション、その緊張感のみならず、たとえばその手製の防護服……この手製の防護服がまた妙にポップな感じで楽しかったりするんですけど、その手製の防護服を着ての、街中の移動であるとか。あるいは、スポーツジムのダンベルを使った……しかもそこに気の利いた笑いを1個交えて、っていう、これも気が利いてるロープ移動であるとか。

つまり、「横方向のアクション」なども今度は足してくる。やはりアイデアを豊富に足してきて。本当にアイデアを見ているだけでも楽しい。焼肉屋の換気システムを、こういう風に使うか! 考えてるね!っていうあたりとか。特に、やはり白眉はですね、2人きりだとそのヘリ救助が後回しになってしまうかも、と考えた2人が、人型の看板を並べて、人数を偽装しようとする……するんだけど、その屋上の斜め下に、学習塾に取り残された、10数名の子供たちが見える、というこのシークエンスですね。まずはその子供たち、自力でクライミングさせるという、さっき言ったような「なすすべもなく見守るしかない」構造で、ひとやきもき、ひとハラハラさせつつ、最終的にその主人公2人が、泣きながら、「本当は嫌なんだけど、でも……」っていう、ある苦渋の選択をするわけです。

しかも、それをセリフではなく、あるアクションで示すわけです……しかも基本的には、笑えるんです。主役2人のコミカルな演技もあって、基本的にはすごく笑えるんだけど、同時に僕は、個人的には本当にここ、魂が震えるほど感動を覚えました。久しぶりに声を出して笑いながら、泣きました。『アイアムアヒーロー』のロッカーのシーンとも重なるような……要するに、「人間は弱い、だからこそ、その弱い人間が振り絞る勇気は尊い」というシーン。あくまでそれが笑い、ユーモアに包み込んで表現されているそのスマートさも含めて、本当に素晴らしい場面だと思います。

あと、韓国社会では特に、あのセウォル号事件がありましたね。あれのことなどもあって、いざという時に人がどうすべきか、という問題が、より切実に響くのかな、ということも思ったりしました。それで、そこからね、三幕目のクライマックス。最後の大疾走。ここも「第三者の見守る視点」が、今度はそのね、ドローンという今時ガジェットで、生かされている。これも言うまでもないですし。さらにはそのドローンが、先ほどのメールもありましたけどね、非常にフレッシュな使われ方を……見守るしかなかった側の視点として使われたものが、さらに反転して、非常にフレッシュなプラスになるという、これもアイデアとして、本当に感心してしまいました。

『未知との遭遇』的でもありますけど、これは構成作家の古川耕さんの指摘で「なるほどな」と思ったのは、さらにその『E.T.』込みのスピルバーグ・フォロワーでもある、『ニューヨーク東8番街の奇跡』的な絵面ですね……ビルの間に、ちっちゃいかわいいアレがね、ピカピカ光っている。これも意表を突いていて、本当にね、愉快ですし。最終的には、『ダイ・ハード』的な決死の大飛躍……その顛末を、あえて本編では直接語らず、アメコミ調のポップなエンドクレジットにオマケのようにつけるという、ちょっと変わった、ちょっと軽いノリになってるんだけど。

これも、本作『EXIT イグジット』に関しては、合ってるなという風に思います。あとはヨンナムとウィジュの、ラストのやり取りのベタベタしてない感じね。恋描写もベタベタしてない。あくまで間接的に伝える感じ。そしてサクッ終わる感じ。まさに娯楽映画かくあるべし!なスマートさに満ちている、という風に思いました。

■今の韓国映画の余裕さえ感じさせる、文句なしに楽しい一作

ということでですね、サバイバルパニック物という、ある意味手垢がつきまくった定番ジャンルに、しっかりした生身のアクション……これ、主役の2人、頑張った。しかも2人とも、きっちり庶民的に見える。特にユナさんなんか、あんな絶世の美女なのに、ちゃんと庶民的な美女、コメディエンヌ的な笑い感も出していて、見事。主役の2人、頑張ったし。

フレッシュなアイデア、ユーモアとメッセージ性、バランスよく盛り込んで、きっちり後味よく仕上げる。特にこの、コメディタッチとの融合というか、コメディタッチの多い按配は、往年の香港映画的なバイタリティも感じさせるという……今の韓国映画の余裕のようなものも感じさせる、というのも含め、なるほどこれは文句なしに楽しい、イ・サングンさん、長編一作目にして恐るべき成果を上げたな、という感じでございます。とにかくまずは気軽に楽しめる一作として、ぜひぜひいろんな形でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。