お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ

演歌からカウンターテナー、そしてもののけ姫へ~米良美一さん

コシノジュンコ MASACA

2020年5月17日(日)放送
米良美一さん(part 1)
1971年宮崎県生まれ。洗足学園音楽大学を卒業後、アムステルダム音楽院に留学。1997年、映画『もののけ姫』の主題歌を歌ったことで大人気を博し、1998年には長野パラリンピック開会式で『アヴェ・マリア』を熱唱。世界を代表するカウンターテナーとして活動されています。

今週は、ジュンコ先生は青山のブティックからSkypeをつないで、ゲストの米良美一さんとは電話をつないで、そして出水アナはスタジオから、三者中継でお届けします!

JK: 米良さん、ご無沙汰~! お元気?

米良: ジュンコ先生の声だ! ご無沙汰してます!

JK: 今はどこですか?

米良: もちろん自宅です。自粛を皆さんがなさっている中ですので、私も自宅で勉強したり、本を読んだり、お料理したりとかね。

JK: 普段できないからね。でも家族の人と一緒って贅沢なことなのよね、忙しい人にとっては。

米良: 家族といっても未婚ですけど(^^;) ワンちゃんとね。

出水: お二人の出会いはいつ頃だったんですか?

米良: 先生のおうちで夜会みたいなパーティが行われていて、すごくラグジュアリーな方々がいらして・・・私も芸能プロダクションの社長の友達がいて、一緒に行かないって誘ってくださって。その時に私、ビビッときたんです。その数年前に、ジュンコ先生から歌を歌ってほしいってご依頼をいただいていて・・・

JK: そうそう、出会う5年前に米良さんにオファーしたら全然返事が来なくて! 理由が分からなかったんだけど、再会できて。

米良: 先生からオファーをいただいたとき、私スランプで声が出なくて。そういう時期だったんですよ。でもその後パーティに呼んでいただいて、死ぬほど謳ったんですよね! お調子者だから(笑)

JK: ライブになっちゃって(笑) でも米良さんの声って素敵じゃない! ラジオ始まる5年前から、米良さんに出てもらいって言ってたのよね。

米良: その時ちょうどくも膜下出血で倒れちゃって。なんかね、人生上手くいきそうでいかなくて、でも上手くいったり・・・マサカの連続なんですよ、私も(^^)でも、皆さんもそれぞれの人生できっといろんなことがおありだから。前はけっこう被害者意識高かったけど、今はそうでもなくて、これも私の人生のニュアンスなのかなと思っています。

JK: 米良さんの声って独特じゃない? カウンタテナーって世間にそんなにいないし。その特殊な声はどうなってるのかしら??

米良: まぁ私もよく理屈を分かっているようでわかってないんですけど。低いほうの音域は男性本来の地声。高い声のほうは、裏声をテクニック的にものすごく駆使するんですけど、その両面のつなぎ目、ひっくり返るところを分からないように歌うのが難しいといえば難しい。

JK: でも子供のころからそうなの? 大人になってからって感じ?

米良: 子供のころは、男の子の場合変声期がございますでしょう。変声期の前は高い声だったんですけど、変声期の後は男性の「やぁ、ジュンコさん元気かい?」みたいな声になったんですよ(^^)

JK: やだコワイ! 子供のころから浪曲とか演歌とか、やってたの?

米良: 民謡やってました。親が趣味で詩吟を謳ってましたので、子供のころは邦楽的な、日本のものしか歌わなかった。だから演歌みたいなものとか大人が喜ぶ環境で育ったので、おじいちゃんおばあちゃんに歌うとオヒネリが飛んでくる!

JK: 稼いでたわね!

米良: あの頃は税金も納めなくてよかったからね(^^)

出水: 米良さんはジュンコさんの旦那様の鈴木弘之さんとも接点があって、鈴木さんが撮影した解体前の中央郵便局の写真展を記念として「Watch Me」という曲を作ったそうですね。廃墟に残された時計の写真がジャケットになっていて、印象的ですね。

米良: もうそれが素晴らしいんですよ!かつてそこに人がにぎわって、それぞれの家族を抱えてイキイキと働いていらっしゃった、その場所がガラーンと静まり返って・・・なんというか哀愁を感じたんですよね。憂いがあるというか、切なさというかわびしさというか。私が今まで歌ってきたのは『もののけ姫』とか高音の声ですけれど、これは哀愁のある落ち着いた声で歌っているので、私と言われなければ分からないかもしれないですね。

JK: 米良さん、あなた5月21日お誕生日でしょう? おめでとう!・・・おいくつかワカリマセンけど(^^;)

米良: やっとここまで生きてきたかと思うと感慨深いですね。基本的にもののけなので(笑)年齢がないんです。先生もそうじゃない!

JK: 神秘的でいいじゃない!

出水: 先天性骨形成不全症という難病との長い闘いがあったんですよね。

米良: 赤ちゃんでオギャーと生まれたときから骨折を繰り返してしまうという、特効薬もない難病なんですけど、そのために身長が伸びなかったりという弊害もあったんですが、音楽との出会いでここまで前向きにこれた。そして音楽に出会った人たち。今芸能の仕事をやらせていただいているのも、いろんな方のお力添えやお膳立てがあったので、本当にありがたいなと思う毎日ですね。

JK: 病気とともに生きてきて、車いすでもどんな状況でも歌ってたってすごいわよね! 骨折しようが歌は歌えるのね!

米良: しぶといわよね! いや、辛かったとは想うんですけど、歌があったからむしろ生きてこれたんですよね。

JK: 最終的にクラシックに変わったじゃない?

米良: そうねえ、自分でも考えられない! 最初はこぶしを回す歌を歌ってたんだから! クラシックのレッスンに行って、先生の前で歌うとこぶしが入ってしまって(笑)「やめなさい、その演歌みたいなのは!」って怒られてたんですよね(^^)

出水: 音楽の道に進むと決めたとき、ご両親の反応はどんなものだったんでしょう?

米良: 母のほうは女性ですから、女性は柔軟性も備えていると思うんですけど、男性っていうのは・・・私が男だからわかるんだけど、冒険するって決めないと冒険できないところもあって。保守的に考える部分もある。だから父が最初ものすごく反対しました。

JK: 思い切った行動ですよね。宮崎からバーンと出てきて、音大に入って。学費も大変じゃないですか!

米良: 親には本当、大学時代は苦労を掛けたんですけど。アルバイトで銀座のクラブで歌ってました。もともと子供のころからスナックに出入りして歌ってたので、抵抗感はなかったんですけど、バイトで歌わせてもらっていたクラブはクラシック音楽とかシャンソンを歌う小さなお店で、でも見えるお客様は超一流で。

JK: 歌が好きなお客様なのね。

米良: そうなんです。誰もオネエちゃんの膝をなでたりとかいう人はいなかったから、私も務まったんです。そのうち私がカウンターテナーだから、カウンターに入ってグラス洗ったりレモン切ったりもしてたんです(^^) そのうちに席に呼ばれるようになって、水割りを作ったり、社長さんや会長さん相手におしゃべりしたり・・・

JK: 言葉が堪能というか、話術に長けてるからウケたでしょ?

米良: おかげさまで、子供のころから年齢のいった大人を相手にしてたから。

JK: こんどは大きなオヒネリじゃない?(笑)

米良: それはもうすごいお小遣いをいただいて! 固定給よりもチップのほうが多かったっていうこともありましたよ(笑)

=OA楽曲=

M1. Watch Me / 米良美一

M2. てぃんさぐぬ花 / 米良美一
*泉谷閑示のアルバム「忘れられし歌 Arietties Oubliees」より

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。