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放送中

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なぜあの人は「やり玉」に挙げられるのか

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
6月25日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、大阪大学教授で社会心理学がご専門の釘原直樹さんに「スケープゴート」のお話をお聞きしました。

釘原直樹さん

スケープゴートというのは、世間からバッシングされる人や組織。データ不正問題のあの会社とか、不倫騒動のあの芸能人とか、政治資金流用問題のあの知事とか…。また、大きな事故や災害が起きた時にも、特定の個人や組織が「やり玉」に挙げられ、世間から叩かれます。テレビ、新聞、週刊誌では、いつも誰かしらやり玉に挙げられています。

釘原さんは人の集団や群集の心理を、分析・研究していて、その研究テーマのひとつが「スケープゴーティング」。誰が、なぜ、やり玉に挙げられるのか。そこにメディアはどう関わっているのか。これまで、JR福知山線の脱線事故や東日本大震災などの報道でみられた「スケープゴーティング現象」について分析しています。

人間は、大きな事故や災害が起きるたあと、原因はまだはっきりしない曖昧な状態だと不安で落ち着かないものです。そういう時には、何かはっきりしたひとつの原因を求める傾向があって、特に「人」にその原因を求めるのだそうです。人に原因があるとなると、心が落ち着く。だから自然災害が起きた時にも「人災だ」とよく言われるのはそういう心理の影響があるそうです。

「あいつが悪い」というふうに言えると人間は安心する。でも個人やある組織、あるいは何かひとつのことに原因を特定することは、本当は難しいことです。実際には、個人、集団、システムなどが複雑に絡んでいるものです。でも人間というのは、複雑なことは考えないようなところがあって、できるだけ分かりやすい話で納得したいという心理の働きがあるそうです(これを「認知的節約」といいます)。要するに、見たいものしか見たくない。知りたいものしか知ろうとしない。だからいったん「あいつが悪い」というふうになると一斉にバッシングしてしまう…。でも本当は、人間が置かれた「状況」というものが非常に問題になっていることが多いと釘原さんは言います。

久米宏さん

スケープゴーティング現象で興味深かったのは、誰が「やり玉」に挙げられるのかという話。人間はみな、自分の中にいろいろなネガティブな欲求やイヤな面を持っているのですが、そういうネガティブなものを自分の中には認めたくないし、見ようともしない。でも、そういうものを他者の中に見つけると、とたんに攻撃、バッシングする。本当は攻撃するべきなのは自分の中にあるのに、それが他者に向かってしまう。本来、自己嫌悪すべきはずのものが他者への敵意に変わってしまうというのです。これはいじめにも通じることです。

スタジオ風景

ではスケープゴーティングにどう向き合えばいいのか? 手っ取り早いのは、別のスケープゴートを見つけること。これは報道やワイドショーで「やり玉」へのバッシングがある程度続くと、今度はまた別の「やり玉」へと攻撃対象が移っていくのをみても分かりますね。でもそれでは根本的な解決にはなりません。釘原さんは、まずは、人というものは集団になると、個人でいる時とはまったく違う心理状態になったり、行動を取ったりすることがよくあるということを理解することが大事だと言います。例えば、人は集団になると知らず知らずのうちに手を抜いたり、さぼったりしてしまうことがよく指摘されています。これは実際にいろいろな実験で確かめられていることで、釘原さんは「社会的手抜き」と言っています。しかも面白いことに、本人は手を抜いている意識はまったくないというのです(このことは釘原さんの本『人はなぜ集団になると怠けるのか』に詳しく書いてあります)。このように人は状況によって普段とはまったく違う行動を、無意識のうちにとってしまうことがままあるということです。

釘原直樹さんのご感想

釘原直樹さん

やはり緊張していたのか、普段通りしゃべっているのか「自己モニター」することがあまりよくできませんでした。普段は、しゃべっている自分と、それを客観的に眺めている自分がいるんですが、きょうは第三者の目で自分を眺め下ろすことができなかった気がします。でも、久米さんにその場で自由に聞いてもらいましたので、私もそれに反応したという感じで、思っていたよりはリラックスできたのかもしれません。

久米さんが、この前アメリカ・フロリダ州のゲイクラブで起きた銃乱射事件とスケープゴートの話を結びつけてお話になったのには驚きました。でもそれは私の本(『スケープゴーティング』)をずいぶんきちんと読んでいて、その中に出てくる、ラジオではとても話せない実験のことまで頭に入っていたからでしょうね。とても関心しました。むしろ私のほうは、本を書いたのは2年前で、すでに完了した仕事ですので、久米さんに言われて改めて思い出した面もありました。ありがとうございました。