TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
5月2日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、去年3月23日にご出演いただいた北海道大学教授・西浦博(にしうら・ひろし)さんのインタビューをあらためてお聞きいただきました。
数理モデルで新型コロナと闘う「8割おじさん」

西浦さんは現在、政府の専門家会議と厚生労働省クラスター対策班のメンバーとして新型コロナウイルス対策の最前線にいます。記者会見やツイッターで「人との接触機会8割削減」を連日発信しているので「8割おじさん」の呼び名も広がって、すっかり時の人となりました。
「8割削減」という数字の根拠となっているのが、数理モデルです。数理モデルとは、自然や社会の様々な現象を数式を使って表したもの。数式にすると何がいいのか。それは、複雑に見える現象に潜む本質的なものが見えてくるのです。そして、現象に関わる様々な条件が変わった場合にその現象がどのように変化するか、それを精度よく予測できるというところがすごいのです。
感染症を抑え込もうとするときには、これまでは統計的な考え方と医師たちの経験や勘をもとに、ワクチンをだいたいこれくらい用意しておけばいいのではないかといったことを考えていました。数理モデルを活用するともっと具体的に「何歳の男性の何%にワクチンを接種すれば流行を止められる」ということまで示すことができるのです。そこまで予測できると、ワクチンの確保に必要な予算もドンブリ勘定ではなくきちんと計算できます。すでに欧米では数理モデルを国家の医療政策に活用する動きが進んでいます。ところが日本ではまだまだ遅れています。西浦さんは数理モデルを使った感染症対策のトップランナーです。
感染症の広がり方を予測する基本的な数式が次の式です。
(1 – p) × R0 < 1
R0:基本再生産数、p:行動制限する人の割合
R0は「アール・ノート」とか「アール・ゼロ」と読むのですが、これが西浦さんの記者会見にしばしば登場する「基本再生産数」です。簡単に説明すると、「1人の感染者がある集団に入ったときに何人に感染させるか」を表す数字です。別の言い方をすると、「もし手洗いや予防接種といった対策を全く取らなかった場合、1人の感染者からほかに感染する人数」です。例えば、はしかは「16~21」、風疹は「7~9」、ポリオは「5~7」、インフルエンザは「2~3」。新型コロナウイルスは「1.4~2.5」と見積もられています(WHOの暫定的な見方です)。
予防接種や外出制限といった対策(行動制限)をすることによって R0 を「1」より小さくする、つまり、1人の感染者から新たに感染する人数を「1人」より少なくできれば、感染症は終息していきます。上の不等式が表しているのはそういうことです。
新型コロナウイルスの基本再生産数を「2.5」として上の式にあてはめると…
(1 – p) × 2.5 < 1
これを解くと、p を「0.6」より大きくすればいいということになります。つまり、6割を超える人が行動制限をすれば新型コロナウイルスの感染は終息していきます。新型コロナウイルスのワクチンはまだできていませから、人と接触する機会をこれまでの6割に制限することでこれを達成しようということです。ただし、中にはどうしても人との接触を減らせない人もいますから、専門家会議では少し多めの「8割削減」と言っているということです。「8割」の根拠がお分かりいただけたでしょうか。
こうした数理モデルを使った感染症対策について、西浦さんは去年このコーナーで丁寧に説明していました。中国で大流行していたアフリカ豚コレラや、コンゴで多くの犠牲者を出していたエボラ出血熱のために、寝る間を惜しんで対応しているというお話でした。その1年後に、この日本を舞台にして西浦さんの姿を目にすることになるとは思いませんでした。連日お忙しい西浦さんですが、今回の再放送に際してメッセージをいただきました。
西浦博さんからのメッセージ

久米宏様 堀井美香様
お二人変わらずお元気にされていますか。私は相変わらずですが、最近厚労省生活で太ってきています。行動の自粛で何かとご迷惑をおかけしています。鬱屈とされずお元気に外を歩いていただけているといいなと思っています。
あの平和な出演の後に晴天の下で久喜マラソンを走ってから1年あまりになりました。本当は今年も久喜マラソンに出る予定だったのですが、残念ながら中止になってしまって、また、もし開催されたとしても仕事のために決して参加できない状況になっておりました。また久喜を走りたいと強く感じています。
その間、あの時にお話ししましたように、数理モデルを活用した感染症対策に取り組む機会を得ました。日本と日本国民の皆さんを新型コロナウイルスの流行から守ることに繋がる職責を背負い、日々朝から晩まで霞が関にいてデータ分析と政策フィードバックに取り組んでいます。自分の教室の研究員全てを引き連れて厚労省に詰めています。いつもエラーや瑕疵がないよう、必死にプログラミングのコードやデータの種類に注意してデータ分析に取り組んでいるところです。
今後、少しでもこの感染症の被害にあわれる方が少なく済むように引き続き必死に努力していきます。
西浦博
(いただいた文面の一部を変更・省略してご紹介しました)
次回は、感染症対策専門家会議副座長・尾身茂さん
5月9日の「今週のスポットライト」は、新型コロナウイルス感染症対策で今や時の人となった政府の専門家会議副座長の尾身茂(おみ・しげる)さんのインタビュー。かつてWHO西太平洋地域事務局でポリオを根絶し、SARSを制圧した尾身さんにご出演いただいた昨年8月の対談をあらためてお聞きいただきます。