お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ

伊丹十三とまさかのサンバ~立川直樹さん

コシノジュンコ MASACA

2020年4月12日(日)放送
立川直樹さん(part 2)
1949年、東京生まれ。音楽プロデューサー/ディレクターとして70年代から「メディアの交流」をテーマに、音楽・映画・芸術・舞台など幅広く活躍。また音楽評論家として、ライナーノーツや雑誌の評論、ビートルズやピンク・フロイド、クィーンに関する著書も多数出版されています。

出水:立川さんが音楽評論家として手掛けたCDやレコードのライナーノーツはどのぐらいあるんでしょう?

立川:去年『ライナーノーツ』って本を出したんです。その時に調べたら200枚以上あったんですけど・・・もっとあるかもしれない。すごく書いてたから(^^) 今ますごく仲良くしているLuna SeaのSUGIZOとか、GRAYのTAKUROとかは僕より20歳ぐらい下なんだけど、中学校のころにレコードを買ってものすごい影響を受けたって言うんで、「先生!」って呼ぶんです(^^;)学校で勉強するよりも、レコードがもたらしてくれたものってすごく影響力があったんだと思います。

出水:立川さんが一番多く手がけたのがピンク・フロイド。

JK:大好き~! あの時代が目に浮かぶ。素敵だったわね! あんな素敵な時代、最近ありますか?!

立川:ピンク・フロイドは来年ちょうど、初来日から50周年なんです。初来日の時箱根で野外コンサートやったんですよ。その時デヴィッド・フィルモアってのが本当に美青年で!ギリシャ彫刻の彫像みたい! 10代の時にファッションモデルをやってたんですって。それで音楽が超幻想的で・・・バンドとして一番好きだね!

出水:立川さんは東京・浅草の生まれですが、子供のころから音楽に触れる家庭環境だったそうですね?

立川:小学校のころ、みんなレコードはお小遣いで買うものだったけど、僕はお小遣いじゃなく、家で買うものだった。母が〇〇、おばあちゃんが▲▲、おじいちゃんが□□って。

JK:家族で買うものだったのね!

立川:小学校1年生ぐらいのころレコードを買いに銀座の山野楽器に行ったら、今はもう亡くなられた福田一郎さんっていう有名な音楽評論家の方がいらして。そしたら山野楽器の店長が「この子はうちで番レコードを買ってる小学生だ」って福田先生に紹介してくれたんです(笑)それでいろいろ話をして、翌月ぐらいにまた山野楽器に行ったら、「今度あの子が来たらこれをプレゼントしてくれ」って、レコードの白盤(サンプル盤)を10枚ぐらいくれたんです! へぇ~こういうものがあるんだ、音楽評論家の仕事っていいかもしれないなってその時思いました(笑)

JK:福田先生に会ったのが、運命の分かれ道ね!

立川:福田先生も結構ワガママな人で、みんな怖がってたわけ。それで僕が20歳ぐらいで音楽評論家デビューしたら、「あの時の子か! やっぱりこっちに来たのか!」って(笑)レコード会社の人は、福田先生がワガママで結構大変だったんだけど、僕を味方につけとけば大丈夫だ!ってなった(^^)結構、そういう恩恵にもあずかりました。

出水:中学時代からJAZZが好きだったんですよね?

JK:でもさ、ハートブレイキーとかも最初はみんなJAZZから来てるのよね。

立川:小学生の時に見に行きました! なんだかよくわからないけど、僕コルトレーンも観に行ってるんだよね、サンケイホールで。父親が連れてってくれて。母親はパット・ブーンとかトリニ・ロペスとか、そっち系。で、おばあちゃんはカントリー! あと美空ひばりね。

JK:でもその時代の人にしては新しいわよね。

立川:ハイカラな家だったんですね。得だった。同級生とは話が合わなかったけど(笑)

JK:フランス映画を見たのはいくつぐらい?

立川:中学校ぐらいのときには見に行ってたかな? でも一番印象に残ってるのは、1967年に公開された『男と女』。新宿にアートシアターっていうのがあって、フェリーニとかそういう映画をいっぱいやってた。あの頃の新宿って文化の層でしたね。

JK:立川さん、マサカっていっぱいあると思うけど・・・これぞ!っていうの、何か思い出す?

立川:ひとつねぇ・・・伊丹十三さんと会ったこと。ボリス・ヴィアンやセルジュの潮流で、あの人もひとつじゃないんだよね。

JK:そう。映画俳優で、作家でもあって・・・いろいろ。

立川:自分で音楽もギターも弾くし、好奇心でものも書くし。僕はちょうど15歳離れてたんですけど、『マルサの女』からは『静かな生活』以外は全部僕が音楽監督をやりました。夜中に電話がかかってきたりすると、60回ぐらい鳴るのよ! 絶対に切らない! 面倒くさいな~と思って、しょうがないから電話を取ったら・・・「立川君、サンバなんだよ! サンバが必要なんだよ! サンバ、サンバね!」って言って、ぶちっと切れた。慌ててかけ直したら、出ないの! 確信犯ですよ! 次の日に伊丹さんの事務所のマネージャーに電話して、「昨日伊丹さんから訳の分からない電話がかかってきたんだけど」って話したら、「今日は朝イチで考えたいことがあるから、事務所にはいかないそうです」って(笑)逃亡ですよ! でも、立川君サンバだよ! って言われてたし・・・でもどこに入れるんだろう?

JK:映画の中にサンバを入れたかったわけね!

立川:マサカのサンバですよ!! それで音楽家に連絡して、「伊丹さんが急にサンバだって言い出してさ・・・やるしかないだろ」「やりましょう」ってお急ぎでスコアを書かせて、高田馬場のスタジオにパーカッションを6人呼んで、ダンダカダンタカ演奏させて(笑)それで翌日、伊丹さんのところに「サンバできましたよ!」って持って行った。そしたら嬉しそうに「コレコレ!」ってにやっと笑って「わかんないだろ?」って言うんです。そしたら『マルサの女』の冒頭で、死体が海にあがるシーンがあるんですけど、サンバが流れたんです! その時、この人にはかなわないなって思いました。マサカのサンバです!

立川:でもものすごく音楽のことも分かってるから、『マルサの女』でもガサ入れのシーンの時に・・・4分ぐらいの長いシーンなんですよ。映画音楽って台詞のテープと、ガヤといってSEのテープと、音楽と、3つをひとつにまとめていくんだけど、どうしても「手入れだ、ガサ入れだ!」っていう台詞と、逃げ惑う声と音楽とが、何回やってもうるさくて合わないんです。それで、「伊丹さん、音楽だけにしたらどうですかね?」って。今でいう音楽クリップの走りみたいなもんですよ。4分間音楽とガサ入れの音だけ。そしたらものすごく印象的になって。画期的だったと思う。

JK:そうなんだ! あらためて『マルサの女』観たくなったわ!

立川:あたらめて観てほしいのは『マルサの女』と、あとは『あげまん』。すっごい面白いの! よくできてる!

JK:逆にそういうブームじゃないけど、またやったらいいじゃない? 言われないと忘れちゃうから。もったいない! こういうすごい人がいたんだって。

立川:そうですね。どこがおもしろいのかって、レコードでもここが聴きどころとか、この曲がいいとか、解説があってみたり来たりするほうがすごくいいんです。

JK:今の人たちに伊丹さんのすごさを教えてあげて!

出水:これからやりたいことってありますか?

立川:世の中お店でも何でもいろんなところに行くと、ハードってすごくちゃんとしてる。中で働いている料理人とかソムリエもちゃんとしてるし、料理の食材にもお金をかけてるんだけど、音と音楽と光っていうのがものすごくずさん。意外と有線放送ばっかりで。

JK:こんなところでJAZZ?とかね。

立川:あり得ないよね。小料理屋でJAZZが流れてるってすごく多いです。あれはJAZZって知的に見えるし、ちょっとおしゃれだし、っていう安直なやつ。そういうところでいくと、音楽ソムリエみたいな感じで音楽をちゃんとやる仕事をこれからやりたくて・・・箱根に音楽旅館っていうのを作った。

JK:音楽旅館? 作ったの?

立川:というか、強羅花扇っていう旅館のオーナーと仲が良いので、そこのラウンジにものすごく良いオーディオを入れて、僕がCDを50枚選んで、季節ごとに全部入れ替える。ちゃんとワインリストみたいに作って、部屋でもラウンジでも聞ける。なおかつ、買おうと思ったらそこでオーダーすれば後から送ってくれる、っていうシステムも作った。2月にプレゼンして、4月から本格的にやるんです!

JK:渋谷にもロックバーを作ったのよね。

立川:セルリアンタワーの2FにR261っていうね。今度ご案内しますよ。東京にもロックバーって結構あるんだけど、わりと汚いっていうか、アメリカンロックが多くて。僕はどちらかというとデヴィッド・ボウイとかピンク・フロイドとか、ブライアン・フェリーとかQUEENが流れるようなバーを作りたかった。アンディ・ウォーホールのリトグラフが掛かっている、そういうロックバーです。

=OA楽曲=

M1. Echoes / Pink Floyd
M2. 悪のサンバ / 本多俊之
M3. The Show Must Go On / QUEEN

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。