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倒産した国産サッカーシューズメーカー「YASUDA」を復活 佐藤和博さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
3月28日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、一度は倒産して姿を消した日本初の国産サッカーシューズメーカー「ヤスダ」を復活させた佐藤和博さんをお迎えしました。40~50代以上のサッカー経験者なら誰もが憧れたのがヤスダのシューズ。ところがそのヤスダは、2002年日韓ワールドカップの熱狂のなかで静かに姿を消していました。

憧れの「ヤスダ」は倒産していた


佐藤和博さんは1975年、大阪府生まれ。80年代、マンガやアニメで人気に火がついた「キャプテン翼」に影響を受けた世代です。小学4年でサッカーを始め、埼玉県の強豪・伊奈学園総合高校でフォワードとして活躍。大学、社会人になってからもサッカーやフットサルを続けています。もちろん学生時代に愛用していたのはヤスダのシューズでした。その頃のサッカーシューズは主に牛革製が多かったのですが、ヤスダはカンガルーの革を使っていました。かたい牛革と違って、カンガルーレザーは伸縮性に富むので、1週間も履いていればその人の足の形にしっくりなじむのです。

ヤスダは1932年「安田靴店」として東京・小石川で創業。1936年のベルリンオリンピックで優勝候補のスウェーデン代表を破って、のちに「ベルリンの奇跡」と言われた日本代表チームのメンバーの大半が安田靴店のシューズを履いていました。1960年には日本初のゴム底のサッカシューズを開発して市場を独占。1964年の東京オリンピックでは、安田は大会中にサービスステーションを出すことを許可され、日本を代表するサッカー用品の総合メーカーになっていきます。ところが、80年代になると次第に経営が厳しくなり倒産の危機を迎え、1988年「クリックスヤスダ」として再スタート。1993年に日本初のプロサッカーリーグ、Jリーグが発足すると空前のサッカーブームが起こりますが、海外メーカーが本格的に日本市場に参入するようになります。そして2002年の日韓ワールドカップのとき、ヤスダは社運を懸けてライセンス事業に乗り出しましたが不振に終わり、大会開幕1ヵ月前に倒産。W杯の熱狂のなか、日本のサッカー黎明期から多くの選手を支えてきたヤスダは姿を消したのです。

ヤスダの倒産から15年後の2017年、佐藤さんはフットサルを楽しんでいました。「昔、ヤスダってあったよね。今もあるのかな?」。仲間との会話をきっかけにヤスダについて調べた佐藤さんは、だいぶ以前にヤスダは幻のブランドになっていたことを知りました。その瞬間、佐藤さんのなかに熱い思いが沸き起こってきました。佐藤さんは自身が代表を務める会社で当時、新規事業としてクラウドファンディングを立ち上げようとしていました。そこで、クラウドファンディング事業の第一弾として、ヤスダの復刻プロジェクトをスタートさせたのです。

簡単ではなかった復活プロジェクト


佐藤さんは当初、資金さえ集まればシューズはすぐに作れると思っていました。ところがそれはとんでもない誤解でした。アッパーの形を決める「木型」とソールの形を作る「金型」がなければ、いくら工場に頼んでもシューズは作れないのです。木型と金型はシューズメーカーの命なのです。新しい型を作ろうとすれば巨額の資金が必要となりますし、元の木型・金型の形と違うものになるとそれはもやはヤスダのシューズとは言えません。佐藤さんはかつてヤスダのシューズを作っていた4つの工場を訪ね歩き、福島県の山奥にある工場に奇跡的に残っていた木型と金型を見つけました。

それでも工場は、佐藤さんが考えていた生産数が少量だったため、ヤスダのシューズを作るとは言ってくれませんでした。それでも粘り強く交渉を続ける佐藤さんに再び運が味方します。佐藤さんの実家から古いヤスダのシューズが出てきたのです。かつて学生時代に履いていた25年以上前のシューズ。とっくに捨てられていたと思っていたのですが、しまったままになっていたそうです。工場の人に会う約束の日の2日前のことでした。磨き直したヤスダのシューズを持って佐藤さんが直談判すると、一転、協力してもらえることになったのです。ヤスダのシューズには、多くの人が特別な思いを持っているのです。

運命の日に目標金額達成!


一方、クラウドファンディングでの資金集めのほうでも、不思議な偶然がありました。シューズ復刻プロジェクトの目標金額は750万円。出だしこそ順調だったものの、徐々に伸び悩んでいました。それでもスポーツ新聞が大きく記事にしてくれたことが最後のひと押しとなって、ついに目標額に達しました。それが2018年の4月30日。この4月30日は、奇しくもクリックスヤスダが自己破産を申請したのと同じ日でした。ヤスダが姿を消したのと同じ日に、再生の灯がともったのです。佐藤さんはその年の5月に株式会社YASUDAを設立して、新生・YASUDAのシューズの生産を本格的にスタート。

クラウドファンディングによるYASUDA復活の反響は大きく、サウジアラビアなど海外からも「取り扱いたい」という話がきています。また、佐藤さんが少年サッカーのコーチや審判をしていると多くの人が「それ、ヤスダのシューズですよね?」と声をかけられるそうです。さらには、母校のサッカー部のOB、日本サッカー協会関係者、現役のプロ選手たちが、復活したYASUDAのことを知って集まってきます。今年(2020年)3月には、木型とソールを改良した新作モデル「イノベーター」を発表。新たな歴史が始まりました。

世界初シューズのサブスク&リユース


佐藤さんは復活したYASUDAのサッカーシューズで、サブスクリプションサービスを始めました。1ヵ月ごとに2980円(税別)を支払えば、3ヵ月ごとに新品のシューズが届くというものです。それまで履いていたスパイクはYASUDAが回収して、きれいにクリーニング。それをサッカーシューズが買えない貧しい地域の子供たちに無償で提供するのです。世界にはボロボロになったシューズをいつまでも使っていたり、裸足でボールを蹴っている子供たちが大勢います。復活したYASUDAのシューズが、日本のオールドファンや子供たちばかりでなく、世界の子供たちの足元でも輝きそうです。

佐藤和博さんのご感想


久米さんといえば「ニュースステーション」と「ザ・ベストテン」の印象がすごくありました。その久米さんとYASUDAの話ができると思っていなかったです。でも緊張はしませんでした。久米さんと堀井さんが話題を振ってくださるので話しやすかったです。

久米さんは昔の「安田靴店」のところから触れて、いまの新生・YASUDAにうまく話をつないでいただいて、ありがたかったです。

うちのシューズは、サッカーをやっていない方でも足を入れてみれば、履きやすいというのが分かると思います。久米さんも履いていただいてそこをうまく伝えてくださったので、嬉しかったです。

久米さんは「ゴルフで履けないかな?」とおっしゃっていたんですけど、ゴルフで履くならフットサルのトレーニングシューズがいいと思いますので、ぜひそちらを(笑)。今日は楽しかったです。

「今週のスポットライト」ゲスト:佐藤和博さん(株式会社YASUDA代表)を聴く

次回のゲストは、大阪日日新聞・相澤冬樹さん

4月4日の「今週のスポットライト」には、森友学園問題で命を絶った財務省近畿財務局職員の「手記」をスクープした大阪日日新聞の記者、相澤冬樹さんをお迎えします。元NHK記者の相澤さんは森友学園問題を追っているなか突然報道部門から外されたため、NHKを退職して取材を続けています。

2020年4月4日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200404140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)