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宇多丸、『1917 命をかけた伝令』を語る!【映画評書き起こし 2020.3.6放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、1917 命をかけた伝令』2020214日公開)。

オンエア音声はこちら↓

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのはこの作品……1917 命をかけた伝令』

(曲が流れる)

『アメリカン・ビューティー』『007 スカイフォール』などのサム・メンデス監督最新作。第一次世界大戦を舞台に、若き2人のイギリス兵が、最前線にいる仲間を救う重要な命令を伝達するため戦場に身を投じる姿を、全編ワンカット風の映像で描く。戦場を駆け抜ける2人のイギリス兵を演じるのはジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン。ベネディクト・カンバーバッチ、コリン・ファース、マーク・ストロング……だからこの3人は、『裏切りのサーカス』のトリオですよね。彼らが脇を固める。撮影は名手ロジャー・ディーキンスが務め、第92回アカデミー賞で撮影賞、録音賞、視覚効果賞を受賞したという。まあ非常に高く評価されている作品でございます。

ということで、この『1917 命をかけた伝令』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多め」。そうですか。やっぱりね。賛否の比率は褒めが8割以上。褒めてる人の主な意見は「全編ワンカット風の映像もすごいが、それだけじゃない。美しいショットが多く、カメラワークも見事」「ドラマはシンプルだが、役者たちの熱演や音響の迫力に圧倒される。IMAXで見たら没入度が桁違いだった」などがございます。

一方、主な否定的意見は「リアリティーのある戦場の描写とワンカット風の映像という手法がかみ合っておらず、内容に集中できなかった」とか「もっと戦場にいる感じをじっくり味わいたかったのに、話が意外とスピーディーでそれが叶わず残念」などがございました。

■「無理に映画館に行かせるためではなく、物語を紡ぐための新しい技術」(byリスナー)

代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「天源寺」さんです。「驚くべき撮影と編集がもたらす臨場感とリアリティーを持ちながら、『指輪物語』のような神話性を帯びた生きて帰りし物語。『ゲームみたい』という感想があるとしたら、どれだけゲームだったらよかったか、と思わせる戦争の地獄と無情さを観客に訴えます。私はエンドロール中もさめざめと泣いてしまいました」と。

それでいろんなことを書いていただいておりますが……「『(主人公)スコフィールドの感情が見えない』との指摘もありますが、もしこれ以上わかりやすく描いたらウエットすぎると思います。『ご都合主義の話運びだ』という指摘はすでに感情移入してるので気になりませんでした。革新的な技術だけにとどまらず、非常に映画らしい作品でした。印象的な美しい画づくり。反復する所作やシーンはそのたびに異なった意味を持ちます。オープニングとエンディングの対比には胸をえぐられます。桜も本作の重要なモチーフです。無理に映画館に行かせるためではなく、物語を紡ぐための新しい技術。1日という時間の中で見る成長を遂げる主人公に若手俳優を据え、短いシークエンスで様々な将校を体現する英国の名優たち。私は名作だと思います」という天現寺さんでございます。

一方、イマイチだったりという方……というか、まあ「良くも悪くも」っていう感じかな? 「南向きの鳩」さん。「『1917』を見てきました。ワンカット映像の良いところと悪いところを知ることができる面白い映画でした。出発する時の塹壕内を進むところで集中してしまいました。溝の中という囲まれたな場所をワンカットで進むことで余計な景色を見ることがありません。ただただ主人公を追いかけることに専念することになりました」という。

それでいろいろ書いていただいて。「ワンカットの演出だからこそ戦場にいる感覚を味わえるシーンが多々あったと思います。そして私が混乱したのがワンカットということで、時間経過が分からなくなったことです」。で、いろいろ書いていただいて。「ワンカットなので見ている自分と同じ時間が流れていると思ったら、映画の中の時間は早く進んでいました。シーンが変われば私の中でもリセットができるのですが、カットが変わらないためリセットができませんでした。自分の感覚と映画内の時間とのズレに違和感がありました。この違和感で後半の多くは没入できなくなってしまいました。自分の時間間隔をうまく処理できていれば素晴らしい作品だったと思います。宇多丸さんはこの時間感覚、どのように感じましたか?」というメールなんですけど。

これ、まさに僕が今日の評の中で、非常にあの大きなポイントとして触れようとしていた部分で。だからまあそれを僕はポジティブに捉えているんですけども、まあおっしゃっていることはわかります。その通りだと思います。他にも皆さんね、メールを読ませていただきました。ありがとうございます。

圧倒的な映像はやっぱり映画館で体感してナンボ

ということで私も、『1917 命をかけた伝令』、先週ガチャが当たる前にまず1回、TOHOシネマズ日比谷でIMAXで見て、その後にもう1回、TOHOシネマズ日比谷のIMAXに行って。その後、TOHOシネマズ六本木で、普通の字幕でも見てみました。

あのね、最初に行った時。2週間ぐらい前まではね、本当満席に近いくらいすげえ入ってたのに、今週2回見た時は、どっちもやっぱりかなり空いていて。まあ明らかに新型コロナウイルスの影響かと思いますが。ただ本作、先に言っておきますけども、やっぱりね、圧倒的な映像技術を全身で体感してナンボ、要はやはり映画館、それもできればIMAXとかドルビーシネマなど、現状ベストな上映環境で鑑賞するのがやっぱりそれは望ましい、という作品でもあるので。今、逆に入りがまばらっていうこともありますから、諸々配慮、考慮の上で、ぜひぜひ劇場でやってるうちにウォッチしてください! という風に一応、先に言っておきたいですね。これはね、やっぱり劇場で見てナンボでしょう。

実際ですね、これだけ「映像技術そのもの」にスポットが当たって、見に行く側もそれを前提に、知識として持っている、というケースはこれ、久しぶりな気がしますね。はい。要は宣伝などでもアピールされている通り、全編ワンカット風……厳密に言うとね。ワンカット「風」。要するに、本当は別々に撮ったものを、つなぎ合わせているわけですね。たとえば、人物の背中にグーッとカメラが寄ったりとか、通り過ぎる瞬間につないだり。あるいは、なんか物の横をグーッと通ったりする瞬間とか、あるいは明暗が激しく変わったりして、画面全体が真っ暗、もしくは真っ白になる、あるいは煙がバーッとかかって、画面が真っ白になる、というような瞬間を狙って、つなげている、という。

まあ、ヒッチコックの『ロープ』という1948年の作品が、やっぱりひとつながりの、ワンカット「風」の試みをしてるんですけど。その『ロープ』に非常に近いやり方でね、つないでる作品ですね。あとぶっちゃけ、はっきり言ってそういう、「巧みにつないでる」とかいったレベルではなく、これは私のカウントですけども、これは「カットを割っている」と言っていいと思うという場所が、僕のカウントでは2ヶ所、あります。なので、厳密に言えばワンカットではないんだけど、とにかく全体がひとつながりの流れとして作られている映画ですよ、という。

もちろん全編ワンカット、もしくはワンカット風の映画っていうのは、これまでもいくつかというか、いろいろ作られていて。まあソクーロフの『エルミタージュ幻想』とかね。あるいは2014年の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』とかもそうですし。あるいは白石晃士監督の『ある優しき殺人者の記録』とかね。いろいろありますけども。それで、それぞれ狙いとか醸し出す効果っていうのは違うんだけど、この『1917』の場合はやっぱり、戦争映画という、大がかりな、ものすごく要素が多い撮影でそれをやる、というところで、まずはやっぱりわかりやすいレベルで、すごい! ですよね。やっぱりね。サム・メンデスも、「今まで作ってきた作品の、誇張ではなく50倍、リハーサルした」っていう風に言ってますね。

だから動きの……それでも最後のクライマックス、ワーッて走ってくるところ、主人公が手前にワーッと駆けてくるところで、横に兵士たちがブワーッと行くのに、ぶつかって倒れちゃったりしてますよね。あれは、アクシデントなんだって。で、なのにカットをかけずにそのまま走り続けたから、あの「はっ!」っていう臨場感になっていたりする、ということらしいんですけどもね。

全てがひと連なりの流れであったがゆえに湧き上がってくる「ある感覚」が、作品最大の特徴ではないか

ちなみに第一次世界大戦物……第一次世界大戦っていうのは当然、技術革新も進んだこともあって、史上最も多くの死者を出したという、人類が初めて遭遇する、まあ超悲惨な近代戦争であり。近年また、いろんな作品で題材にされることが増えてきましたよね。まあビデオゲームの『バトルフィールド1』であるとか、あるいは一昨日ね、オープニングでも触れましたけども、ピーター・ジャクソン渾身のドキュメンタリー『彼らは生きていた』。これは本当に、戦争を題材にした映画全体を見渡しても、非常に画期的な、素晴らしい作品なので。ぜひこれね、『1917』とセットで見ていただきたいという風に私は思います。このね、『彼らは生きていた』。

で、まあとにかく、映画で第一次世界大戦物、しかも、塹壕ですね、先ほどのメールにもありましたけども、塹壕を移動するところをわりと長回しで見せる、っていうと、スタンリー・キューブリックの1957年の『突撃』っていうね、カーク・ダグラス主演のあれが、先行作品としてまずは連想するあたりなんですけども。事実、今回の『1917』の監督・脚本・製作のサム・メンデスも、当然『突撃』を、この作品を作るというタイミングで見直したんですって。でも、見直したら、今の感覚で見ると、思ってたよりもその塹壕のショット、当時はすごい長いショットだと言われていたけども、今の感覚で見るとあんまり長くない、ということに気づいた、という風に言っていたという。それを私はインターネット・ムービー・データベースで読みましたが……という。

まあ、サム・メンデス。前作にあたる『007 スペクター』、2015年。あれのオープニング、アバンタイトルの、「死者の日」を舞台にしたシークエンスで、ワンカット風の長回し、かなり手応えを得た、「これでもっと行けるな。長く行けるな。全編行けるな」っていうのを、たぶん『スペクター』のアバンタイトルで手応えを得た、というのは間違いがないところだと思います。

ただですね、全編ワンカット風の作品というのは、さっきも言ったようにこれまでもいろいろあったし、狙い、醸し出す効果っていうのはそれぞれあるんだけど、この『1917』に関してはですね……もちろん、ずっとひと続きの流れで主人公たちを追っていくことによる没入感、臨場感という、まあわかりやすく想像がつく範囲の効果というのも、もちろんばっちりあるわけです。それもすごくあるわけですね。なんだけど、特に映画を見終わってみると、そういう即物的な効果とは別にですね、全てがひと連なりの流れであったがゆえに湧き上がってくる、ある感覚というのが、この『1917』という作品最大の特徴なのではないか、という気がしてくるという。それは何か、というのはこれからお話ししていくんですけど。

今回、公開からわりと時間も経っていますし、あと全編ワンカット風っていうその作り自体もですね、既に多くの方に周知済み、ということもあるので、ちょっと具体的にいろんな展開について触れる部分、いつもよりちょっと多めかもしれません、ということで。はい。ちょっとご了承いただきたいっていうか、全く更地で行きたい人はもちろんね、いつも通りと言いましょうか、まあ20分後ぐらいかな? お会いしましょう、みたいな感じになると思いますが。もしくは後からいろんな形で聞いてくださいね、っていう。こういうことを言うもんじゃないんですけどね(笑)。

■「木」で始まり「木」で終わる、ツイになっているオープニングとエンディング

まず冒頭。一番最初に、画面に映るものですね。お花が咲いているすごくのどかな野原の向こう側、かなり遠くの方に、木が1本あって。それが、画面の中心に映し出されているわけです。サム・メンデス監督、『007 スカイフォール』を僕は20121216日に評しました。その時にも言ったと思いますが、非常にシンメトリックな、左右対称を意識した画づくりと、あとはその左右対称かつ、奥行きを感じさせる構図っていうのが、サム・メンデスはすごく多いんですね。それを非常に得意とする監督なんですが。今回もですね、撮影監督のロジャー・ディーキンスと……もう本当に名コンビですね。

加えて本作では、クリストファー・ノーラン作品などで知られる編集のリー・スミスさん。『ダンケルク』でアカデミー編集賞を取っていますが、そのリー・スミスさんも加えたこの三者……だから、ワンカットだからって編集がないわけじゃないんです。実はこれこそ編集が難しい映画で。サム・メンデス得意の構図とかいろんなものを実現する撮影のロジャー・ディーキンスと、編集のリー・スミスさん、このトライアングルがまずはすごい、ということかもしれないですけど。とにかくそのサム・メンデス作品らしい、実は美しくデザインされつくしたショットっていうのが、しかもひとつながりの動きの流れの中で、次々と提示されていく、っていうことなんですけども。

とにかく最初ね、真ん中に1本、木が映ってるわけです。で、カメラがちょっと引いていくと、左方向に寝転がっているディーン=チャールズ・チャップマン演じるブレイク上等兵と、画面右側で、もうちょっと観客、こっち側、手前寄り、画面右側で木に寄りかかって寝ているジョージ・マッケイ演じるスコフィールド上等兵、っていうのが次々と映し出されるという。これも軽く左右対称、という感じですかね。で、彼らはこの後、そのブレイクの兄も含む多くの兵の命がかかった超重要な指令を伝えるべく、戦地を横断していく、というね。まさに戦場版『走れメロス』みたいなことになっていくわけですけど。

ちょっとね、話が一気に飛びますけども。上映時間約2時間弱後、この映画の本当の終わり、本編の終わりの部分の話に、ちょっと飛びますけど。そこもやはり、野原にポツンと1本立った木、そこに寄りかかるスコフィールド、というところでこの映画、本編は終わるわけですね。つまり、要は最初とはっきり対になってるエンディングなわけです。さっきのメールもありましたけど。で、これによってどういう感じが醸し出されるかというと、あたかも画面に最初に映し出された、「あの木」のところまでやってきた、っていうような錯覚を覚える作りなわけです。

実際は絶対もっと遠い場所のはずなんですね。だって6時間、8時間かかるっていう、順調に行ってもかかるっていう場所なんで。そんな、あそこの木なわけはないんだけど、間違いなく違う木のはずなんだけど、映画的にはあたかも、最初に映った「あの木」が「この木」で、ここまで移動した、っていう話であるかのように感じさせている……ように、明らかに意図的に作っているオープニングとエンディングですよね。つまり、実際に移動したはずの距離よりも圧縮された空間感覚を、最後に改めて感じさせる作りになっている。わざわざ「あれ? こんなに短かったっけ? あれ、そんなはずは……?」って感じがするように、違和感を感じさせる作りになっている。

■映画の最後に浮かび上がる、「映画的体験」の本質のようなもの

同じように、時間もですね、上映時間は119分。本編はもっと短いわけですね。115分ぐらいでしょう? なんだけど、劇中で過ぎてる時間はたぶん、ほぼ丸1日ぐらいですね。1ヶ所、意識がブラックアウトしてるところがあるにしても、それにしても明らかに、劇中で流れたはずの時間より、現実に我々が体験してる上映時間は、圧倒的に短いわけです。つまり、時間も圧縮されているわけですよね。

まとめますけどね、つまり本作『1917』は、一見、全てをひと続きの流れでワンカット風に……全てがリアルタイムで、リアルな空間の広がりと共に見せているように作られている分、最初に見えていた「あの木」が、今ここにある「この木」であるようにあえて錯覚させられるそのエンディングまでたどり着いてみると、実は時間も空間も作為的に圧縮された、完全に人工的な、現実にはあり得ない時空間を旅してきたんだ、っていうことが浮かび上がってくる。

そして、その一定の時間・空間を通り抜けた前と後とでは、全く同じように見える人と場所でも、何かが既に決定的に変わってしまっている、という……つまり、要は「映画的体験」の本質のようなものが、よりくっきりした感慨として浮かび上がってくる。実はこの『1917』というのは、そんな作品なんですね。特にこの最後のところで、「ああ、そういう狙いなのか!」っていうことがわかってくるという。

だからもちろん……たとえばですね、コリン・ファース演じる将軍から指令を受ける。あそこでね、キップリングの引用かなんかして、「なんで2人なんですか?」って、それをキップリングの引用かなんかで煙に巻かれるんだけども。

まあ正直俺も、「いや、2人って……こんな大事なことを伝えるならもうちょっと複数のタマを送れよ?」っていう気もしなくもなくはないけど、その2人を送るということで。それでその作戦室から出たところで、そのスコフィールドかね、ちょっと要するに、あまりにもヤバい任務だから、「おい、ちょっと話し合おう」って言うと、ブレイクが間髪入れず、かぶせるように、「なんで?」って言ったところで、トーマス・ニューマンの音楽とともに、映画全体がにわかに「走り出す」瞬間。あれの高揚感とかですね。

そこからの、最初にあの塹壕から出ていくところ。その手前のところでは音楽が一旦止まって、グッと緊張感が高まったところからの、やはりトーマス・ニューマンが……全編に、非常にミニマルなんだけど、的確にその場のテンションを象徴する、説明している音楽で、シーンごとのモードチェンジを伝えていくという。その語りのスマートさも、ああ、すごくスマートだな、っていう感じで惚れ惚れしますし。

もちろんですね、たとえばグーッと……まあ基本、左から右へ移動です。(観客が)混乱をしないように左から右に移動していく中で、水面スレスレをフーッと、波も立てずに横移動していたかと思えば、そのカメラが今度は、丘をグーッと登って。でね、なんか死体みたいなものにグッと寄っていったかと思ったら、今度はこれを越えて、塹壕の中に降りていく、っていう。もう本当に驚くべきカメラワークの妙に……本当に実際に、アナログに、カメラを手渡しして違う装置にくっつけて、ワーッとやったりとか。

あれですね、『狼の死刑宣告』のワンカットのあれもすごくアナログな工夫をしてましたけど、あれが延々続くような感じで撮っているみたいですけどね。

■要所要所ではっとさせられる、超現実的に感じられる飛躍

もちろんそのカメラワークの妙技は絶品そのものですし。あるいはドイツ軍のあの、イギリスのそれとまた全く違った様式の塹壕。プロダクション・デザイナーのデニス・ガスナーさん、あとはやっぱり衣装のジャクリーン・デュランさんなんかも、本当に見事に隙のない仕事をされてると思いますが。そのドイツ軍の塹壕の中、暗い地下室みたいになってるところで、さっきまでものすごく流麗なカメラワーク、「うわっ、すげえ!」って思っていたんですけども、ここだけはなぜか、あえてものすごく無造作なカメラ位置に、フッと置かれるわけです。

で、そんなカメラ位置に置いて撮っているんですけど、そこに太ったネズミがやってきて、「ああ、ネズミだ。太っているな」なんつって、その太ったネズミのことを目で追っていくと、ちょうど「あっ、罠が仕掛けられている。トラップがある!」っていうのが、その無造作なワンカットの中に捉えられて。というあたりから、見る見るうちに、「あ、ああーっ! ちょ、ちょっと、ちょっと!」っていう……要はワンカットならではの、「本当に目の前でそれが起こっている」感覚ですね。ゆえのショックのデカさ、っていうのもこれ、非常に効果的だったりとかもしますし。

あるいは、あの戦闘機同士の空中戦を遠くに見ていて。要するに全然他人事として遠くに見ているうちに、「うん、うん……うん? ヤバくね、ヤバくね?」っていうね。どんどんどんどんと墜落機が近づいてきて、からの、これはですね、実はなかなかに画期的にリアルな描写なんですけど、あの「顔色」の表現ですね。そこまで、やはりこれも持続する同じショットの流れで見せられているからこその迫力、あるいは、目の前で何か決定的なことが起こってしまった、それをこちら側はただなすすべもなく見ているしかない、という、非常に映画的な感覚っていうのに全編が満ちていて、素晴らしいっていう。

まあこんなことはね、本当に『1917』を見た人全員が感じることなんで、私が改めて説明することじゃないんですけど。それと同時に、この『1917』を特徴づけてるのは、さっきも言ったように、実はリアルタイムではない、人工的な、作為的な時間や空間のその圧縮によって……もちろんこれもその、映画表現の得意技、本質そのものなわけですけど、要所要所ではっとさせられるような、超現実的に感じられる飛躍っていうのがあって。それこそがこの『1917』特有の、ちょっと詩的な感じっていうか、ポエティックな感じにつながっているのかな、って思います。

たとえばですね、軽く丘を越えた先にですね、突如現れる、意外な光景。たとえば「なんでこんなところに?」っていうように、桜の花がフワーッと咲き誇っていたりとか。あるいは、人っ子一人いないと思っていたようなその場所が、カメラがパンしたり横移動したり、あるいは足だけの人物がフレームインしてきたりすることで、ギョッとするような……「あれ? なんで? 実は思ったよりも人がいたのか?」っていう感じがわかったりとか。あるいは、さらに後半に行くにつれてですね、あの照明弾にボーンと浮かび上がる、超巨大な街の廃虚のセット。もうこれ自体が唖然としてしまいますけど。とか、その中にある、あの史上最大級の照明を焚いて作られたという、燃え盛る教会。そのまさに、黙示録的な絵面であるとか。

しかもその、すごく黙示録的な絵面の向こう側から、フーッと黒い影が来たと思ったら、その黒い人影が、そのまま発砲してくる。これ、あの『アラビアのロレンス』のね、オマー・シャリフ登場シーンなんかもちょっと連想させるような、生々しい怖さであったりとか。あるいはですね、やはり桜の花がブワーッと飛び散る中……実はこれ、映画全体の構成も、シンメトリックになってると思います。要するに、前半で桜が出てきた。後半でも桜が出てくる。そして前半で塹壕の長いショットから始まった。後半も塹壕。そして最初は木から始まった。最後も木で終わる。

全体もシンメトリックな構成になってると思うんですけど、桜の花が、やはりさっきと同じくブワーッと飛び散ってるなと思ったら、その中に大量の死体がたまっている、という。これはギリシャ神話のステュクス川っていう、あれをイメージしたという、もう完全にあの世感な光景であるとか、どんどんどんどん超現実的なビジョンも増えてくる、という。で、そんな中で、特に主演のジョージ・マッケイの、これは僕の感じ方なんですけど、なんていうのかな、非常に「絵画的な顔立ち」っていうのかな。絵っぽいですよね。あの人の顔ってね。

■「まるで119分のような丸1日」を感じさせる。観客の脳内に残る夢、記憶としての映画。

なんかそれがすごく端正にハマっているなと。元々はあのトム・ホランドがオファーされていて……トム・ホランドがやれば、もっと親しみやすい、感情移入しやすい感じにはなったと思うけど、それとは違う、なにかこう絵画的なニュアンスみたいなのを強めていて。本当に素晴らしかったと思いますし。あと、その彼が冒頭から、胸元に、青いブリキですかね? ブリキの薄いケースに入れて、何かを大事に持っている、っていうのがある。それで、劇中で周りの人が「故郷」とか「家族」の話題っていうのを出すたびに、どうやらそれに……故郷とか家族というものに対して複雑な思いを抱いているらしい、そのスコフィールド上等兵がですね、その青いブリキケースをあるかどうか触って確認したり、出してみたりとか、常に家族とか故郷の話が出た時にそれを意識してみせる、というのが示される。

当然中盤、「ある人たち」との出会いっていうのも、まさにそれの伏線になってますね。で、その中身が何なのか?っていうのは、最後の最後まで観客には明示しないでおいて。その最後の木のところで、初めてその中を見せる、というあの着地。実に上品な語り口だな、という風に思ったりします。

ということでですね、まあ「第一次世界大戦の本当のリアル」みたいなことで言えば、正直ですね、さっき言った『彼らは生きていた』っていうね、ピーター・ジャクソン渾身のドキュメンタリーに、大抵の映画はも負けてしまうだろうというぐらい……だからまずはこれをね、『彼らは生きていた』、そのリアルが感じなければ、そっちをぜひ見ていただいて。

ただ、本作『1917』の方はむしろ、さっきから言ってるように、人工的、仮想的に作り上げられた一定の時空間としての「映画」……あるいは、本作で言えば「まるで119分のような丸1日」っていうのを感じさせる、映画を見終わった観客の脳内のみに残る夢、記憶としての映画、っていう、まあやっぱりその映画というメディアの本質をくっきり、より分かりやすく浮かび上がらせる一作、というところに最大のキモがある、という風に私は思います。

もちろんでも普通に、地獄巡りライド映画として、全編きっちりエンターテイメントとしてもよく考え抜かれてて、面白いし。あと、「あの人がこんなところに?」的な、やっぱりそのスターキャメオ出演映画としても、なにげに愉快だったりとか、っていうところで。

あとはやっぱり、とにかく「よくもまあ、こんな手間のかかるもんを作ったものよ」というその一点だけでももう、入場料分ははるかに超えた中身だと思いますし。とにかく、エンタメ的にもアート的にもレベルが高い!っていうことで。わかっちゃいたけども、僕はやっぱり想像をさらに越えて、すごいレベルの作品をサム・メンデスは出してきたな、っていう風に思います。映画館で見る作品として、これはちょっと文句なしにおすすめと言わざるを得ない。もちろん好き嫌いのテンションの差はあると思うけど、これはちょっと評価しないのは難しい1本じゃないでしょうかね。ぜひぜひ劇場でやっているうちにベストな状況でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週のこのコーナーはお休み。再来週の課題映画はまだ未定です

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。