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「映画『ジュディ 虹の彼方に』を見る前に知っておきたいジュディ・ガーランドのこと」(高橋芳朗の洋楽コラム)

ジェーン・スー 生活は踊る

音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム(2020/03/06)

「映画『ジュディ 虹の彼方に』を見る前に知っておきたいジュディ・ガーランドのこと」

高橋:本日はこんなテーマでお送りいたします! 「映画『ジュディ 虹の彼方に』を見る前に知っておきたいジュディ・ガーランドのこと」。

1940年代〜1950年代のハリウッドを代表する伝説のミュージカル女優ジュディ・ガーランドの波乱の生涯の最晩年、1968年のロンドン長期公演の日々を描いた映画『ジュディ 虹の彼方に』が本日より公開になりました。先日の第92回アカデミー賞でジュディを演じたレネー・ゼルウィガーが主演女優賞を受賞したこともあって公開を楽しみにしていた方も多いかと思いますが、スーさんはすでにご覧になられたんですよね?

スー:はい。もうこれは深く深く胸に刺さりました。人生、どんな栄華を極めても思い通りにいくわけではないということ。堀井さん、ジュディ・ガーランドは何歳で亡くなったと思います?

高橋:それが47歳なんですよ。

堀井:ええっ? 私と同い年だ!

スー:そうなんです。私たちぐらいの歳なんです。この歳で命を落としてごらんなさいよ。子供たちもまだ小さくてさ。

高橋:当時ジュディにはまだ幼い子供がいたんですよね。しかも、多額の借金を抱えていたことから離れ離れで生活することを余儀なくされて。

スー:空を高く見上げちゃうよね、堀井さん。

堀井:「もうちょっと待って!」という感じですよね。まだいろいろとやっていないことがたくさんある。

スー:でもね、運命は待ってくれないの。

高橋:この映画、僕もひと足先に見させていただいたのですがスーさんと同じくめちゃくちゃ感動いたしまして。もう人生で大切な一本になりそうな勢いですね。本日はそんな映画『ジュディ 虹の彼方に』を鑑賞するにあたって、ジュディ・ガーランドのこれだけは知っておきたいというポイントを中心に話を進めていきたいと思います。

まずはジュディ・ガーランドのプロフィールを簡単に紹介しておきましょう。ジュディは1922年6月10日、アメリカはミネソタ州生まれ。1939年、17歳のときにミュージカル映画『オズの魔法使い』で主役のドロシーを演じて一躍人気スターになりました。代表作は1944年の『若草の頃』、1948年の『イースター・パレード』、そしてレディー・ガガの主演によるリメイク版の記憶も新しい1954年の『スタア誕生』など。最初にもお伝えした通り、1940年代〜1950年代のハリウッドを代表するミュージカル女優と言っていいと思います。ちなみにこの劇中にも登場しますが、女優/歌手のライザ・ミネリはジュディの実の娘になります。しかしすごい親子!

スー:どうなっているんだ?って感じですよ。

高橋:そんなジュディ・ガーランドについて、この『ジュディ 虹の彼方に』を見る上でぜひ念頭に置いてご覧になっていただきたいことは、彼女が最も有名なゲイアイコンであるということ。死後50年たった現在もなおLGBTQコミュニティから熱烈に支持されているゲイアイコンのパイオニアであるということです。1960年代に刊行されたアメリカの歴史あるゲイ雑誌『The Advocate』はジュディ・ガーランドを「The Elvis of homosexuals」(同性愛者たちにとってのエルヴィス・プレスリー)と評したそうですが、このフレーズからLGBTQコミュニティにおけるジュディのポジショニングがよくわかるのではないでしょうか。ほら、劇中にジュディのコンサートに足繁く通う中年のゲイカップルが出てくるじゃないですか。

スー:はい、いますね。

高橋:そのゲイカップルは物語のなかで非常に重要な存在になってくるわけですが、彼らがジュディに心酔しているのはそういう背景があるから、ジュディがゲイアイコンだからなんです。つまりジュディは後世になってからゲイアイコンとして評価されたのではなく、1960年代後半の晩年にはすでに当時まだまともに人権がなかったゲイの人々の心の支えになっていたと。それはジュディ自身が同性愛に深い理解を示していたこと、それからこれはのちほど触れますが、さまざまな抑圧と戦う彼女の壮絶な生きざまが彼らの共感を集めたことに起因しています。それにしても、この映画の舞台になっているイギリスでは1967年まで同性愛が刑法犯罪だったというね。にわかには信じがたい話ですが。

スー:信じられないよね。その片鱗がうかがえるシーンもあるんだけど、あれは胸が痛かったな。

高橋:そんななか、ジュディが睡眠薬の過剰摂取によって47歳で亡くなった1969年6月22日の6日後、1969年6月28日にはニューヨークで「ストーンウォールの反乱」と呼ばれる同性愛者たちによる抵抗運動が起こっています。これはジュディの死が当時虐げられてたゲイコミュニティの団結を高めた結果起こった運動とも言われていますが、現在世界各国でゲイプライドパレードが6月に開催されているのは1969年6月に起きたこの「ストーンウォールの反乱」が由来になっています。

そしてその「ストーンウォールの反乱」の翌年の1970年にはニューヨークで最初のプライドパレードが開催されていますが、このときに歌われてのちにゲイアンセムになるのがジュディが17歳のときに『オズの魔法使い』で歌った曲、「あの虹の向こう側にはすべての夢が叶う場所がある」という歌詞でおなじみの「Over the Rainbow」(邦題「虹の彼方に」)になります。LGBTQの社会運動のシンボル、性の多様性を表わすレインボーフラッグも「Over the Rainbow」から着想を得たという話がありますから、LGBTQ運動の根幹を成している要素の多くがジュディに関連しているということですね。

では、その同性愛解放運動のシンボルになった「Over the Rainbow」を聴いてみましょう。女性アーティストとして初めてのグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞した1961年のカーネギーホールのコンサートの模様を収めたライブアルバム『Judy At Carnegie Hall』での感動的なパフォーマンスです。

M1 Over the Rainbow (Live) / Judy Garland

高橋:この『ジュディ 虹の彼方に』を見るにあたっては、いま話したような「ゲイアイコンとしてのジュディ・ガーランド」という視点を持って臨んでいただきたくて。それによって、この映画は「ジュディ・ガーランドという偉大なエンターテイナーの伝記映画」以上の意味を帯びてくることになると思います。劇中のレネー・ゼルウィガー演じるジュディにこんなセリフがあるんですよ。「ゴールに到達することがすべてじゃない。夢に向かって歩いていくことが大切なんだ。希望を抱いて人生の道をコツコツと歩いていれば、もうそれだけで十分だと思う」。このセリフに象徴されるように、『ジュディ 虹の彼方に』という映画は人生を肯定してくれるエンパワメントムービーとしての側面もあるのではないかと。

そのセリフに通ずるような、ジュディ・ガーランドのこんな名言も紹介させてください。「Always be a first-rate version of yourself, instead of a second-rate version of somebody else」。「誰かの真似をするぐらいなら、いちばん素晴らしい自分でいよう」みたいな意味になるのかな? これはすごく勇気が湧いてくる言葉として個人的なお気に入りなんですけど、こうしたジュディの意志をこの映画はしっかりと継承していると思います。特にジュディが1950年に発表した「Get Happy」を歌う場面はこの映画のハイライトと言っていいでしょうね。

「Get Happy」はこんな歌詞の曲になります。「悩みなんて忘れて幸せになろう。不安なんて吹き飛ばせ。ハレルヤと叫んで最後の審判に備えなくちゃ。太陽は輝いている。さあ、幸せになろう。きっと神様はあなたに手を差し伸べてくれるから」。この「Get Happy」のシーンを見れば、なぜジュディ・ガーランドがゲイアイコンとして愛され続けているのか、その理解がぐっと深まるんじゃないかと思います。では、劇中で披露されるものとはアレンジが異なりますが、ジュディが1950年に映画『Summer Stock』の挿入歌として歌った「Get Happy」を聴いてください。

M2 Get Happy / Judy Garland

高橋:先ほどエンパワメントムービーの側面もあるとは言ったものの、この映画には見ているのがつらくなってくるような悲しいシーンもあって。ジュディが幼いころからスレンダーな体型をキープしつつ不眠不休で働けるように、映画スタジオから薬漬けにされていた様子が彼女の回想としてところどころに挟み込まれるんです。

スー:なにか食べようとすると制止されたりね。まだ育ち盛りなのにさ。

高橋:ジュディの娘のライザ・ミネリは「私の母はハリウッドに殺された」と発言しているぐらいなんですけど、この映画ではそういったかつてのハリウッドの闇も描かれているんですよ。

ちょっと話は変わりますが、先日2月14日にニューアルバム『Changes』をリリースしたばかりのジャスティン・ビーバーがインタビューで16歳でデビューした当時のころを振り返って「まだ右も左もわからない若いころにいきなり業界に放り込まれたのは本当につらい体験だった。たくさんの裏切りにあったし、もう生きているのが嫌になった」と涙ながらに語っていて。このインタビューを読んだとき、まさに映画で描かれているような少女時代のジュディのエピソードを思い出したんですよ。ある意味で同根の話なのだろうと。

スー:いわゆる「消費する」ということですよね。人を物として消費していく。容赦ないですからね、この時代のショウビジネスでは特に。

高橋:ここ数年、アメリカのエンターテイメントでは映画業界も音楽業界もかつての悪しき慣習を改めていこうという機運が高まっているじゃないですか。そういうなかでこうしたショウビジネスのダークサイドと正面から向き合った映画が作られたのは意義深いところもあるんじゃないかと思っていて。これはハリウッドやアメリカのエンターテイメント業界の反省とも受け取れました。

ほかにもジュディがハリウッドから受けた仕打ちとしては、彼女が1954年に『スタア誕生』で薬物中毒からカムバックを果たしてアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたとき、もう受賞が確実視されていたにも関わらず業界の思惑が働いてジュディに賞を取らせなかったという話があるんですよ。要はジュディはハリウッドから干されてしまったわけですが、それがきっかけで彼女の人生の歯車が狂っていったとも言われていて。

だから今回、レネー・ゼルウィガーのオスカーの主演女優賞受賞はジュディが果たせなかった夢の66年越しのリベンジとも言えるのではないかと思います。そしてこれは同時に、大きな転換期を迎えたハリウッドの変化を象徴する出来事にもなるのではないかと、そんなことも感じましたね。というわけで、最後はジュディが憑依したような鬼気迫る演技でオスカー像を手にしたレネー・ゼルウィガーの役者魂に敬意を表して、彼女の素晴らしいパフォーマンスで締めくくりたいと思います。

M3 The Trolley Song / Renée Zellweger

スー:レネー・ゼルウィガー、こんなに歌が歌えたんだね。知らなかった!

高橋:ジュディ・ガーランドは1940年代〜1950年代が絶頂期のエンターテイナーなので、この映画に関してもちょっと縁遠く思っている方もいるかもしれませんが、いま話してきたように現代につながるテーマも盛り込まれた素晴らしい映画なのでぜひご覧になってみてください。『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』と比べてもまったく遜色ない音楽伝記映画の傑作です!

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当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

3月2日(月)

(11:07) Shake it Off / Nick Kroll & Reese Witherspoon
(11:26) Happy / Pharrell Williams
(11:40) I Want Candy / KIDZ BOP Kids
(12:14) Rockin’ Robin / Michael Jackson

3月3日(火)

(11:07) Shake it Off / Nick Kroll & Reese Witherspoon
(11:26) Happy / Pharrell Williams
(11:40) I Want Candy / KIDZ BOP Kids
(12:14) Rockin’ Robin / Michael Jackson

3月4日(水)

(11:07) Try Everything / Shakira
(11:26) How Far I’ll Go / Alessia Cara
(11:38) ゼロ / イマジン・ドラゴンズ
(12:14) Little Bitty Pretty One / Bobby Day
(12:50) Mr. Lee / The Bombettes

3月5日(木)

(11:06) if I Didn’t Have You / Billy Crystal & John Goodman
(11:26) Winnie The Pooh / Zooey Deschanel & M. Ward
(11:35) Under the Sea / Samuel Wright
(12:11) You Can Get If You Really Want / Desmond Dekker
(12:20) Wonderful World, Beautiful People / Jimmy Cliff
(12:48) Woman Capture Man / The Ethiopians