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一夜漬けで憧れのスカラ座にマサカの合格! ~樋口達哉さん

コシノジュンコ MASACA

2020年2月23日(日)放送
樋口達哉さん(part 1)
1969年、福島県生まれ。武蔵野音楽大学・大学院を卒業後、イタリアのミラノに留学。カルーソー国際声楽コンクールなど受賞歴多数。1998年にはハンガリー国立歌劇場『ラ・ボエム』のルドフル役でヨーロッパデビューを果たし、国内でも新国立劇場や二期会を中心に活躍されています。

JK:考えてみれば樋口さんとは長いですよね。いつどこでこういう風になったのかなぁ?

樋口:覚えてらっしゃいます? 2010年の秋なんです。約10年。先生のオペラ『蝶々夫人』を、長崎のハウステンボスで演奏した時に、ピンカートンの役をやらせていただきました。

JK:そうそう。ピンカートン役がぴったりでね! この前、宮本亜門さんの舞台でもピンカートン役で。ステージで見るとやっぱり大きく見えるわね! 声に貫録があるっていうか。良かったですよ! オペラって、歌は当然だけど、演技ができないとオペラじゃないじゃないですか。

樋口:よくぞ言ってくれました! 嬉しいです!

JK:演劇大好きだったでしょう? だからオペラ向きだと思って。やっぱりそうだった。子供のころ演劇やってたっていうのが、何よりの武器ですよ!

樋口:演劇はやってないんですけど(^^;)見るのが好きだった。

JK:あら(^^;)でも、好きこそものの上手なれって言うじゃない!

出水:樋口さんは二本松市のお生まれですが、当時から音楽が好きだったんですか?

樋口:子供のころは本当に周りが畑や田んぼがありましたので、沼でザリガニを取ったり、毎朝カブトムシやクワガタを取りに行ったり。当時夏休みはラジオ体操やってましたからね。5:30とかに早く起きて、木をガン!と揺らしてカブトムシを落とす・・・そういうような少年時代でしたね。ただ僕は覚えてないんですけど、僕がエレクトーンをやりたいって言ったそうです。物心ついたときからエレクトーンを弾いてた。不思議ですよね。なんの影響なんでしょう? 親に言わせれば、別にやらせたわけでもなく。

JK:それって家にあったんですか?

樋口:いや、なかった。それで買ってもらって。当時は珍しく、先生が家に来てくれて教えてくれた。男の子でしょう、音楽やってる子って少ないでしょう。外で遊んでると、「あ、おけいこの時間だ!」と言って、途中で遊ぶのをやめて、っていうのが僕の音楽との出会い。

JK:好きとか嫌いとかじゃなくて、自動的にそういう環境になってたのね。やっぱり親ですよ。仕組んだのは。

樋口:だけど親は全く音楽とは関係ないんですよ。公務員ですから。県庁と役場っていうお堅い仕事。それを見ていて、僕は子供心にそれはやだなって思ったんじゃないですかね? 

出水:でも、外で遊んでいてもエレクトーンの時間にちゃんと帰るっていうことは、それだけ熱中してらしたんですね。

樋口:当時弾いてたのがクラシックとかではないんです。いわゆるポピュラーな音楽、ビートルズのLet It Beとか。

JK:そういうの小学校から? もしかしてピアニストになれるかも、みたいだったの?

樋口:いやぁ・・・神童と呼ばれて・・・はいないですけど(^^;)でも、ピアノをやっていたら、どれだけ今に役立っていたかって思うんですよ。エレクトーンはタッチが軽いので、触っただけで音が出ちゃうんです。それに対してピアノはある程度の圧がないと弾けないので。その後音楽大学に進むのにピアノを習ったりしたんですけど、楽譜は読めたんですが、弾く指の感覚が全然わからないんですよ。全く弾けない。いまだに弾けない。

JK:そんなに違うものなのね。それでどうして声楽になったんですか? 歌は音楽の時間は1等賞?

樋口:小学校の卒業アルバムでよくあるじゃないですか、「将来の夢」。僕ね、「芸能人」か「音楽家」って書いてたんです。だから、そういうの何か意識してたんですよ。僕の小学校時代はアイドル全盛期時代ですから、憧れてたのはジャニーズですよ!

JK:じゃあ、もしかしたらジャニーズだったかも?!

樋口: いやいやいや(^^;)笑えないです。

出水:イタリアのミラノに留学したきっかけは?

樋口:幼少時代から音楽やってて・・・という流れから、東京に出たいと思って。クラシックをやりたいというよりは、東京に出たい、という不純な動機で音楽大学入りました。でもオペラちっともわかりません、クラシックちっともわかりません。でもわからないからこそやりたくて4年間一生懸命やりました。4年間やるとやっぱり変わるもんですね、好きになるんですよ!

JK:でも、音大に入るって大変じゃないですか?!

樋口:まぁそれは僕に実力があったってことですかね・・・うそうそ(笑)一通りあるんですよ、ピアノの試験もありますし、音を聞いて楽譜に落とす聴音って試験もありますし。もちろんメインの歌の試験もあります。それを何となく勉強して、ギリギリ受験に間に合ったと言う感じですね。何もわからずに入学して、わからないからこそ知りたくていろいろ勉強して、大学院にも入学したくなるんですよ。研究すればするほどもっともっと知りたくなる。じゃあオペラはどこで生まれたんだ? あ、イタリアで生まれたのか! じゃあイタリアに行きたいな!・・・って。単純ですよ(^^)で、イタリアってどんな国なんだろうって考えたときに、ミラノのスカラ座にに行きたいなって。直球ですよ!大学院を修了したあとに絶対イタリアに行くぞ!と。

JK:迷わず! 一番エラいところに! それでアルバイトしながら?

樋口:裕福な家庭だったら親のすねをガリガリかじりますけど、そうもいかないじゃないですか。音大、それも私立ですから、授業料もハンパないっすよ。それを6年間じゃないですか。留学までの期間にいろいろしました。珍しいところでいうと、着ぐるみ。ナントカショウの怪獣役。子供に蹴られて、パンチされて・・・あとママさんコーラスとか専門学校とかで合唱を教えてたんですけど、留学直前は工事現場の旗振り(笑)外にいるでしょう、外なのに日焼けするんですよ。なんで焼けてるのって聞かれると「スキー焼けです」なんて言ってみたり(笑)

出水:ふふふ(笑)

JK:その経験ってまさか今はできるわけないけど、若い時にいろいろやるっていうのはいい経験ですよ。

樋口:いい経験っていう意味で言うと、イタリアに留学した後もやっぱりお金に困るわけですよ。まじめに明日何食べようか、ってなるんです。そういう時にイタリアで仕事して、1年ぐらいは歌以外のことで生活してました。もちろん音楽の勉強も大事だけど、まずイタリアに住みたいと思っていたので、しがみつきたい。それで友達に紹介してもらって、日本から来る観光団体の案内とか。空港からホテルにお連れしてチェックインして、帰りはホテルから空港へ手配したり。

JK:じゃあ観光のお勉強もしなきゃいけないじゃないですか!

樋口:もちろん添乗員じゃないから、各都市を回るわけじゃないですし、免許がないから送迎だけ。いろんなことをしてましたね。本末転倒みたいな時期もありました。

JK:それで憧れのスカラでしょう?

樋口:憧れのスカラ座にオーディションがありましてね。夢に見た劇場ですよ! 当時の僕の師匠から夜、電話がかかってきましてね・・・「明日スカラ座のオーディションあるんだけど、行けるか」って。明日ですよ! 「は、は、はい」って言って。送迎のアルバイトが入ってたんですけど、友達に代わってもらってオーディションに行きました。それがなんと合格!!

出水:今日の明日で?!

JK:鳥肌ですよね! 一気に合格! 何を歌ったんですか?

樋口:合唱団のオーディションだったんですけど、とある演目の合唱のパート。それから自分の得意な1曲。それから初見で楽譜を見て歌う・・・それがナントカできたんでしょうね。

JK:これこそまさに人生のマサカよね!

樋口:本当にマサカでしたよ! 留学して丸2年ぐらい経って、何にも音沙汰がなくて、オーディションやコンクールも全部落とされて。そんなときにマサカなことが起きた。2年間無駄じゃなかったな、って。

JK:一等地のスカラの中についに入った!

樋口:合唱団として1年更新で契約するんですけど、自分のロッカーとか机とかあってね。嬉しいもんですよ!

=OA楽曲=

M1. 『トゥーランドット』 ~ “誰も寝てはならぬ” (プッチーニ) / 樋口達哉

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。