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  • コラム

【若狭湾の日】不老不死の少女の伝説がリアルに残る古刹

若狭湾の日

若狭には、「パワースポット」と呼ばれる場所がいくつもあります。そのひとつが、小浜市の「空印寺(くういんじ)」。ここには、少女のままの美しい姿で長生きをした女性、八百比丘尼(はっぴゃくびくに)の伝説が残されています。

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その伝説とは、「ある長者が海の中の竜宮に案内されて熱烈な歓待を受け、土産に人魚の肉をもらい自宅に持ち帰った。16歳の娘が人魚の肉とは知らずにそれを食べてしまうと、以降、不老の身に。120歳を過ぎて諸国を巡遊し、ついに800歳で故郷の若狭に戻り、洞窟に籠って生涯を終えた」というもの。

人魚の肉を食べたばかりに老いることなく800年も生きたなんて、うらやましいような、気の毒のような・・・。八百比丘尼の伝説は日本各地に残り、土地それぞれのバリエーションがありますが、「出身は若狭」という点は共通しています。

「空印寺」に残る掛け軸に描かれているのは、海の中で歓待を受ける長者や、ご馳走に人魚を調理している図。これを観ると、リアルなイメージが湧いてしまいます(とても貴重なもので、現在はコピーを公開)。

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境内には八百比丘尼が長い人生の最後に籠ったと伝わる洞窟もあり、見学することが可能です(悪天候時をのぞく。拝観料あり)。

奥行きが5メートルほどの洞窟に入ると、薄暗いなかに、「八百比丘尼」と刻まれた石碑が。この石碑にも、不思議な話があります。江戸時代初期、空印寺5代目住職の夢枕に3度も八百比丘尼が立ち、「魂が落ち着く場所がなくさまよっている」と訴えたため、ご住職が境内の洞窟に彼女の名前を彫った石を安置したところ、夢枕には出なくなったのだといいます。

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八百比丘尼のストーリーをきくと、なんとなく妖怪話を想像してしまいますが、八百比丘尼は美人で7回も結婚したと伝えられています。さらに、各地で橋を架けたり井戸を掘ったり、神社仏閣を建てるなど、慈善事業に尽力したとも。長生きゆえの豊富な知識を、世のため人のために生かしたのでしょうか。

一方では、父母や夫や子、孫までが亡くなっても生き続けるその人生は、辛いことも多かったことでしょう。周囲の人間が亡くなっても、なお自分だけが生きていることに苦しみを感じ、人を助けることに生きる価値を見いだしていたのかもしれません。

そんな八百比丘尼にあやかり、いつまでも若々しくいられるようにと、願をかける女性もいるという空印寺。本堂を拝観すると、八百比丘尼の伝説をモチーフにした、可愛らしいクッキーもいただけます。

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空印寺と合わせて立ち寄りたいのは、歩いて5分ほどのところにある、白い砂浜の「人魚の浜」。八百比丘尼の伝説にちなみ、人魚の像を置いた「マーメイドテラス」は、夕日のスポットとして知られています。このテラスから小浜公園までの散策道も、なかなか気持ちのいい散歩コース。小浜公園近くには、かつての茶屋街「三丁町」があり、格子戸の家々が軒を連ねる街並みを眺めながら歩くことができます。

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