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損害保険

森本毅郎 スタンバイ!

忙しい朝でもニュースがわかる「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)8時からは、話題のアンテナ「日本全国8時です」

全国ネットで、日替わりゲストとともに放送。
毎週木曜日は、東京大学名誉教授、月尾嘉男さんの「雑学コラム」!

月尾嘉男

解説は東大名誉教授の月尾嘉男

1月30日(木)は「損害保険」

★地球環境問題

先週の21日から24日までスイスのダボスで、「世界経済フォーラム(WEF)年次総会」、通称「ダボス会議」が開かれましたが、この会議を創設し会長を務めているクラウス・シュワブ氏が「地球温暖化を1・5度以内に抑えるという取り組みは危険といってもいいほど不十分である」と総括しているように、話題は地球環境問題が中心でした。

ニュースになったのは、昨年9月にニューヨークで開かれた「国連気候行動サミット」と同様、スウェーデンの17歳の活動家グレタ・トゥンベリさんと、トランプ大統領を先頭とするアメリカの政権幹部との対立で、ムニューシン財務長官は「彼女は大学で経済学を勉強してから講釈をしたらいい」という失礼な発言までしています。

地球温暖化は日本にとっても脅威ですが、より差し迫った日本の脅威は先週の金曜日の24日に政府の地震調査研究推進本部が発表した南海トラフ地震による津波の発生確率です。

★南海トラフ地震

日本列島の南側の伊豆半島の付根あたりから九州の西側まで、ユーラシアプレートの下側にフィリピン海プレートが沈み込んでいますが、その境界が南海トラフと名付けられています。

沈み込んでいくフィリピン海プレートに引きずられてユーラシアプレートも沈み込んで行きますが、それが跳ね上がった時に巨大地震が発生します。

もしM7・6からM9・0の地震が発生した場合、太平洋に面した沿岸に高さ3メートル以上の津波が到来する確率を表示したのが先週の内容です。

伊豆半島の南側、静岡県の太平洋岸、紀伊半島の南側、四国の南側はすべて30年以内に確率26%以上という予測です。

これに対処するためには、公的機関や住宅を高台に移転する、防潮堤を高くする、それができない場所では津波避難タワーを立てるなどの政策が進められていますが、それでも被害は避けられないので、もう一つの手段として保険に加入するということも必要です。

★生命保険の日

随分遠回りしましたが、明日1月31日は保険に関係のある日です。

明治15年に生命保険金の受け取り第一号が現れた日で、「生命保険の日」になっています。そこで今日は生命保険と並ぶ、もう一つの主要な保険である損害保険について考えて見たいと思います。

生命保険は17世紀のイギリスで最初に登場したとされていますが、損害保険ははるかに長い歴史があります。古代に地中海一帯で海上貿易が盛んになると、事故が発生した時は「荷主と船主が損害を分担する」という「海上保険」の元祖が登場し、14世紀以後の大航海時代になると金融業者が仲介し、航海が失敗した時は金融業者が荷物の代金を支払い、成功した時は金融業者が手数料を受け取るという、現在の損害保険に近い仕組みができました。

つまり海上保険が先行したのですが、17世紀後半に陸上での火災を対象にした「火災保険」が登場します。その契機となったのが、1666年に発生した「ロンドン大火」です。これは西暦46年にローマが消滅した「ローマ大火」、江戸時代の1657年に発生した「振袖火事」とも言われる「明暦の大火」と並ぶ世界三大大火の一つで、ロンドン市街の85%が焼滅したとされています。

これを契機に1681年に「ファイア・オフィス」という会社が創業し、火災保険を始めました。日本でも「無尽」や「頼母子講(たのもしこう)」のような相互扶助の仕組みは平安時代からあったようですが、現在のような保険制度が登場したのは江戸末期の1859年に外国の保険会社が損害保険を始めたのが最初です。

それを参考に明治になった1879年に「東京海上保険」、1888年に「東京火災保険」が創業します。

★地震保険

ここまでの説明でお分かりのように、損害保険のうち海上保険と火災保険は歴史があるのですが、地震保険はなかなか登場しませんでした。

それは掛ける方からすれば、いつ発生するか分からない災害に掛け金を支払うのは損だと思うし、引き受ける保険会社にすれば被害が巨額になりすぎて引き受けられないということになるからです。

例えば1923年に発生した関東大震災の損害はおよそ50億円でしたが、これは当時の国家予算の3倍以上です。現在に換算すれば300兆円になります。

地震の被害は免責でしたが、火災の被害は16億円になり、これは損害保険会社の総資産の8倍でした。これを支払うために保険業界は政府から借金をして支払い、ようやく1950年に政府に全額を返済しました。

そこで1930年頃から火災保険に地震保険も付帯する案が何度も検討されますが、一時的に実施されたことはあるものの、保険会社の反対で恒久的な制度にはなりませんでした。

これを制度にしたのが田中角栄大蔵大臣です。

1964年に新潟地震が発生し田中大臣の地元が被災しました。そして絶妙のタイミングで、当時、大蔵委員会で保険業法改正法案が検討中で、新潟地震の3日後に可決されました。

そこに「すみやかに地震保険等の制度の確立を根本的に検討し、震災国というべき我が国の損害保険制度の一層の充実を計るべき」との付帯決議がなされ、1966年から地震保険が発行されました。

しかし、単独の地震保険ではなく、火災保険に地震保険を付帯することが可能になったのですが、地震保険の趣旨は被災後の生活再建に役立てることを目的とした保険で、住宅を再建するために十分な保険金が支払われるとは限りません。

そのために損害保険会社は地震保険を補償する目的で独自の特約保険も用意しています。

物理学者で地震や火山や台風などの被害についても調査した寺田寅彦に「天災は忘れた頃にやってくる」という名言があります。

現在、地震保険の日本全体の世帯の加入率は31%強ですが、先週の政府の南海トラフ地震による津波発生の発表もありますから、寺田寅彦の言葉を思い出しながら地震保険も検討されたら如何でしょうか?

月尾嘉男の「日本全国8時です」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200130080130

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