お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ
  • 音声あり

口の中は家庭環境を映す鏡 「よだれ」研究でイグ・ノーベル賞を授賞した渡部茂さん(明海大学教授)

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
1月11日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、ユニークな研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」を去年(2019年)受賞した明海大学教授・渡部茂(わたなべ・しげる)さんをお迎えしました。賞に選ばれたのは、それまで誰も調べたことがなかった「子供のよだれの量」の研究。どうしてそんなことを調べたのでしょう。

なぜ唾液を研究したのか


ユニークな研究に贈られるイグ・ノーベル賞。日本人の受賞が多いのですっかりおなじみですね。アメリカのハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の教授たちが選考委員となって(その中にはノーベル賞受賞者もいるそうです)、毎年1万点近い対象の中から、面白いのに埋もれている研究に光を当てています。ただ、イグ・ノーベル賞は「くだらない研究」「ふざけた研究」というふうに誤解されているところもあります。この賞の選考基準は「まず人々を笑わせ、それから深く考えさせる業績」。今回受賞した渡部さんの研究がまさにそうです。

渡部茂さんの本業は小児歯科医。1951年、福島県で生まれた渡部さんは、1971年、この年新設された岐阜歯科大学(現・朝日大学)に入りました。渡部さんが歯科医の道へと進みだした1970年代というのは、実は日本の歯科医療の大きな転換期となった時代でした。

子供の虫歯は、戦後の高度経済成長期を迎え食生活が豊かになった1950年代半ばに急増。60年代になると、治療していない虫歯のある子供の割合が70~80%に達しました(幼稚園・小学生では80%以上、中学・高校生は70%近く)。その頃は歯科医の数が少なかったため、歯科医院は半年待ちということも珍しくなかったそうです。「虫歯の洪水」と言われるほど子供たちの虫歯が蔓延し、社会問題になりました。これはなんとかしなければいけないということで、1970年、厚生省(当時)は、人口10万人に対して36.5人だった歯科医の数を15年間で50人にまで増やす目標を掲げました。その結果70年代に全国で歯学大学・大学歯学部が急増したのです。それでも、虫歯の洪水と言われる状況は80年代初めまで続きました。

渡部さんは子供の虫歯の予防に取り組むようになり、そこで注目したのが「唾液」でした。唾液には酸を中和して虫歯を防ぐ働きがあります。でも当時は分かっていないこともたくさんありました。それで唾液の働きを解明する一端として渡部さんが調べたのが、子供の唾液の量でした。当時は、子供が1日にどれくらいの量の唾液を出すのかという基礎的なデータすらありませんでした。歯科医の間では「大人が1日に1~1.5リットルの唾液を出す」と言われていましたが、そのことを示した文献や論文はなく、いわば通説に近いものでした。渡部さんは5歳の子供30人を集めて唾液の量を調べることにしました。

子供の唾液をどう量る?


実験のやり方はこうです。まず、クッキー、漬物、ソーセージ、白ごはんなど6種類の食品を用意して、それぞの重さを量っておきます。それを子供たちに噛んでもらい、飲み込む直前にコップに吐き出させ、また重さを量ります。重さの差から唾液の量が分かるというわけです。

でも実際にやるとなると大変。一度に口に入れる食品の量や飲み込むまでにかかる時間は個人差がありますから、まず30人の子供ひとり一人のクセを把握しておくことが必要になります。この子はごはんを何グラムぐらい口に入れるのか、何回ぐらい噛んだら飲み込むのか。ソーセージの場合はどうか。漬物だったら…。そういうことを全員について調べておいて、「あなたはごはんを10グラム、13回噛んだらコップに出してね」「あなたは7グラム、15回噛んだら出してね」とやるわけです。

ところが相手は5歳の子供ですから、うっかり食品を飲み込んでしまったり、なかなか言うことをきかなかったりします。そうなるとまたやり直し。さらに、噛んだ食品を吐き出しても全てがコップに出るとは限りません。わずかに口の中に残ってしまうこともあります。そのロスする分まで厳密に計算しないと、正確な唾液量は量れません。渡部さんはロスを計算する数式を考案したそうです。こうした実験を4年間に渡って繰り返した結果、子供が1日に出す唾液の量は約500mlということが分かりました。世界で初めて子供の唾液の量を正確に調べることに成功した渡部さんは1995年、これを論文にまとめて発表しました。

「それが24年後、イグ・ノーベル賞としてスポットライトを浴びることになるとは、全く想像していませんでした。マイナーな研究に光を当てていただいて、本当にありがたいです」(渡部さん)

虫歯が「虐待」「貧困」のSOSに


渡部さんが唾液を研究したのは、子供の虫歯ゼロを目指してのことだったのです。その頃(1990年代)になると、国や全国の歯科医たちの取り組みが実を結び始め、治療していない虫歯がある子供の割合はようやく50%ほどに下がってきました。2000年代になると、虫歯が全くない子供が増え始めます。そして現在では、虫歯が全くないという子供が60~70%に達するまでになっています。

ところがその一方で、時代に取り残されたかのように虫歯が極端に多い子供の存在がいます。「虫歯が子供たちのSOSのサインになっていることがあるんです」と渡部さんは言います。

契機となったのは「児童虐待防止法」の施行でした(2000年)。保護された子供を検診してみると、非常に虫歯が多いそうです。虫歯の背景に虐待、ネグレクト、貧困といった家庭の問題があることが浮き彫りになってきたのです。渡部さんは4年前に「日本子ども虐待防止歯科研究会」を設立。虫歯が多い子供が来院した場合、デンタルケアを指導するだけでなく、家庭環境を調査するように取り組んでいます。

「口の中は家庭環境を映し出す鏡です」(渡部さん)

渡部さんが「子供のよだれ」を研究するようになった動機や時代背景、そして新たに見えてきた家庭の問題との関係を知ると、「まず人々を笑わせ、それから深く考えさせる業績」に贈られるというイグ・ノーベル賞は、まさに渡部さんにこそふさわしいことがお分かりいただけるのではないでしょうか。

渡部茂さんのご感想


口の中で唾液がどう出るのかということからまず聞かれたのでびっくりしましたねえ。難しく言えば「口腔内の部位特異性」には唾液が非常に関係しているということなんですけど、上の前歯がどうとか結構詳しく聞かれましたね。

久米さんにリードしていただいていると、話が順番にうまくいくんですよ。素晴らしいなと思いましたね。「ニュースステーション」で見ていた方と対面でお話しできるというのは本当に幸せに思います。今回は、こういったマイナーな研究を取り上げていただいてありがとうございました。

「今週のスポットライト」ゲスト:渡部茂さん(イグ・ノーベル賞受賞者)を聴く

次回のゲストは、地震学者のロバート・ゲラーさん

1月18日の「今週のスポットライト」には、地震学者で東京大学名誉教授のロバート・ゲラーさんをお迎えします。ゲラーさんは地震予知について、長年批判的な立場をとっています。また、日米の政治や社会問題に対してもツイッターなどで舌鋒鋭いコメントを発信しています。

2019年1月18日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200118140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)