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ソロパートなのにテノール不在! さあどうする! ~小林研一郎さん

コシノジュンコ MASACA

2019年1月5日(日)放送
小林研一郎さん(part 2)
1940年、福島県いわき市生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科・指揮科を卒業後、第1回ブダペスト指揮者コンクールで第1位特別賞を受賞。これまで世界有数の音楽祭に出演し、国内外数多くのオーケストラの指揮者を歴任する、日本を代表する「炎のマエストロ」です。2013年、旭日中綬章を受章。

出水:今日は小林さんの原点についてお話をお伺いしたいと思います。原風景はどんなものを思い浮かべますか?

小林:戦争の風景ですね。B29が来て逃げ惑う人々、防空壕に一目散に向かう人・・・そういう中で、高校の体育の先生だった父は僕を小学校に連れて行って「研一郎、これを聴いてごらん」といってピアノをぽろんと弾いてくれたんです。それが子供心に、音に対する美しさに全身で憧れる、という心が育ちました。

JK:へぇー! でもお父さま、スポーツ系ですよね?

小林:実は亡くなった時までわからなかったんですが、弔辞の時に「君は音楽家を志していたね」って言われて。父は僕に音楽をさせまいとしていて、僕が一生懸命やればやるほど「ダメだ」と言っていたのが思い出されます。しかしNHKのコンクールで僕の作品が流れたとき・・・。

JK:中学校の時に作曲したのがNHKで流れたの? どんな曲ですか?

小林:♪ピアノ♪ ・・・こういう簡単な曲です。

JK:これってすごく素敵! 中学校の教科書に入れてもらいたいです! こういう少年がいたってことを中学生にしっかり言わなくちゃだめですよ。

小林:その時評論をしてくださった方が「こういう少年は珍しい、みんなで育て上げてくれ」って言ってくださって、それを聞いた父親が、ピアノを買ってくれたり、東京のピアノの先生に師事させてくださったり、ピアノの先生を2~3人お願いしてくださったり。

JK:急に変わっちゃったのね(^^)お父さまも認めてくださったんですね。

出水:当時は作曲を目指していらしたそうですが、指揮者を目指したのはいつぐらいなんでしょう?

小林:一応藝大の作曲科を卒業するんですが、当時は現代音楽が・・・こういうこと言っちゃいけないんだろうけど一番腐敗した状態でした。音を全部ぶつけてハンマーでたたくようなことがあったり、ピアノの前に座って4分50秒じっと音を出さないでそのまま帰ってしまうような演奏会が横行していたんですね。こういう世界に自分の身体を置くのは苦痛だ、と。僕が愛してきたベートーベンやブラームスの作品を演奏するほうに回ることができたら、僕には生きる道があるかもしれない。それで2年間苦渋の時を過ごして、もう一度指揮科を受験して卒業した。26歳ぐらいで高校生の子たちと受験していた覚えがあります。

JK:そういうことなんですね。指揮者によって曲は変わるものなんですか?

小林:激しく変わります! 表現力と言い、強さと言い、弱さと言い・・・豊穣に響く音をどれだけ指揮者が要求するかによって、オーケストラはたちどころに音を変えてくれます。オーケストラは天才の集団ですから、たとえば今日のコバケンがダメだったら、ダメなりの音しかくれません。

JK:うわ~すごい。息をしているみたいね。息がひとつになって、って言う感じがしますね。だけどオーケストラって人数が多いから、100人いたら100人の耳があるわけでしょう?

小林:でもトータルとして聞こえてまいりますので。誰かがちょっと間違えても、すっと枠の中に入ってきます。ですから、間違えた音を指示するのが指揮者の仕事だと思ってたら大間違いです。

JK:そうなんですね。つまり指揮者によって音の感情が違うわけですね。先生はオペラの指揮はやらないんですか?

小林:あまりしませんね。一番困ったことは、イタリアでオペラを指揮したときに新聞記者がまいりまして、インタビューに答えてくれって言うんです。でも僕はイタリア語はちゃんと話せないから通訳付きでお願い、って言ったら、ああそうって言って帰っちゃったんです。そしたら次の日の新聞に、「イタリア語もまともに話せない指揮者が、私たちの国のオペラの指揮をふるのか」って出ちゃって。当日コンサートの初日、指揮台に立っても拍手が来ないんです。

JK:あらーっ!

小林:ですが、その時のオーケストラが素晴らしい演奏をしてたんですね。最初の序曲が終わって、その瞬間に全員が総立ちになって「ブラボー!」 それでイタリア人の心が良くわかりました。

JK:良かった! 言葉じゃないですよね!

JK:先生、何かピーンとくるマサカの思い出、ありますか?

小林:ドラマがあります。その日はアムステルダムのコンサート旅行でベートーベンの第九交響曲の演奏会でした。生放送だったんです。1楽章から2楽章、すばらしい演奏だったんです。2楽章と3楽章の間にソリストが4人登場するんですが、でも3人しか入ってこない。テノールがいないんです。

JK:ええっ?

小林:係が僕のほうにマルを出しているので、ちょっとトイレにでも行って後に入ってくるんだろうと思ったら、4楽章になっても入ってこない! そのうちにテーマが流れ出して、1人欠けたまま音楽が流れだした。「神の前に立つ」っていう歌詞のところで荘厳な光があふれて、辺りが特殊な空気に包まれて音が鳴り渡る!・・・そして一瞬の静けさ。新しい誕生、新しい命の息吹」という歌詞の後がテノールのソロなんですけど、さすがにオーケストラだけで行くことはできない。それでディレクターが会場いっぱいの人たちに向かって、「ホテルを出た彼がまだ着いていない。悪いけど、このコンサートはなしにしてもらえないだろうか」 そしたら聴衆は立ち上がって「何でもいいからやれ! テノールはいらない!」って全員が叫ぶんです! その光景たるや、独特の世界でした!

JK:へぇー!! 世界中にそんなことないじゃないですか?! その方は最後に来たんですか?

小林:結局現れなくて(^^)ソリストだけのところはまだ何とかなるんですけど、4人のソリストが1人ずつ歌うパートがあって、ソプラノ、アルト、その次にテノールが出なきゃいけないんですね。そこは僕が歌いました!

JK:おお~っ! \(^o^)/

小林:そういうときって声が出るもんですね! アアア~ッって(笑)そしたら、「えっ
テノールはいないんじゃない? どうして声がするんだ」って皆さんが首をかしげて(笑) すり鉢状の会場だから、どこから声が出てるのかわからないから(笑)だから、その時の曲の終わりは、まるで地響きがするような・・・第九で地響きがする経験って他にはないんですけど、すべての方々が夢中になって、豊穣な音に包まれました。

JK:お客様もビックリですね! もしやダメかと思ったら、すごい場面に出会ったっていうか。あっら~! 最悪な場面を神が救ってくれましたね。

小林:おっしゃる通りです。

JK:私もファッションショーの真っ最中に停電になったんです。似たようなもんでしょ(笑) 止めるかって言われたんだけど、カメラマンっていい作品しか写真撮らないんですけど、停電になったからみんながフラッシュ炊いてくれて! 逆に良かったなぁって。いざとなったら、とっさの出来事がプラスになるっていうか。返っていい思い出ですね。


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日本フィルハーモニー交響楽団小林研一郎80歳(傘寿)記念&チャイコフスキー生誕180周年記念チャイコフスキー交響曲全曲

日時:2020年4月7日(火)9日(木)10日(金)11日(土)12日(日)
会場:サントリーホール

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出水:小林さんは今年80歳を迎えられます。傘寿おめでとうございます! 10月にはロンドンでも演奏を控えていらっしゃるんですよね?

小林:ロンドンフィルハーモニーで演奏会をした後に、アビイロードスタジオで・・・

JK:ビートルズの?! うわ~すごい!

小林:はい、ビートルズの写真がうわーっとあるところで録音をやります。マーラーの1番と5番、それと数曲やります。

出水:指揮は非常に体力を使うというイメージがあるんですが、鍛えてることってありますか?

小林:奥さんの言葉ですね。「ゴルフに行ってきなさい」「とにかく歩いてきなさい」って。それと、彼女の作る朝食でしょうか。それが僕のエネルギーの源です。

JK:奥様の愛ですね!

=OA楽曲=

M1. ドヴォルザーク:交響曲第 9番・第4楽章抜粋 / 小林研一郎指揮・チェコフィルハーモニー管弦楽団

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。