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コバケンが語るベートーベン愛 ~小林研一郎さん

コシノジュンコ MASACA

2019年12月29日(日)放送
小林研一郎さん(part 1)
1940年、福島県いわき市生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科・指揮科を卒業後、第1回ブダペスト指揮者コンクールで第1位特別賞を受賞。これまで世界有数の音楽祭に出演し、国内外数多くのオーケストラの指揮者を歴任する、日本を代表する「炎のマエストロ」です。2013年、旭日中綬章を受章。

JK:私、いつもコバケンさんって呼んでて、すみません(^^;) 大先生を捕まえて。でも、コバケンさんって言うとみんなパッとわかるからね。

小林:いえいえ! そのほうがありがたいです(^^)

JK:私がお会いしたのは、2011年の311の時。私たち合唱団のチャリティコンサートの指揮者だったんですよね。その時私たちが集めた現金の1/3を福島県にって先生にお渡しして。全額と思っていたと思ってたんですけど・・・でもけっこう集まったんですよね?

小林:本当にありがとうございます。すごくたくさんいただきました! あのあたりの高校生にお琴を送ったり、ピアノを送ったり。私たちのボランティアの活動について、皆様方感謝してくださって。ありがたいこと
JK:また次の311のときもサントリーホールでやりますからね。ずっと続けていかないと。

出水:私もコバケンさんと呼ばせていただいて・・・ジュンコさんもコバケンさんの年末の第九コンサートに出演するはずだったんですよね?

小林:もうワクワクドキドキで嬉しかったの! そしたら最初の練習でいないじゃありませんか!

JK:ごめんなさ~い! 違うのよ、私暗譜って聞いたんで、もう無理って思って。ずいぶん前に1回出たことあるんですよ、西村智美さんの時にね。4000人の中にすぽっと入るなら大丈夫かなと思って。でも暗譜って聞いて、悩んじゃって。ごめんなさい。

小林:余計なことしたかなぁ(^^)歌わなくてもよかったのに。1人だけスポットライトを当ててね、歌詞の意味を教えて、とか聴こうと思ってたの。

JK:ああ、そうだったの! 私ったらごめんなさいね! でも第九っていうと、なんで暮れに歌うんでしょう?

小林:忠臣蔵が1年間に1度、12月14日でしたっけ? そういう「1年に1度」にちなんで、外国だったら何が一番インパクトが強いか? じゃあ第九交響曲をやろう! っていう説もあります。

JK:先生はもう何年やってます?

小林:僕はもう500回を超えました! おそらく世界で一番振ってて、2番手は200回ぐらい下だと思います。ただやればいいってわけじゃないですけどね。

JK:500回! でもおかげで、日本中知らない人はいないんですよ。すごく日本的だなって思うんです。日本のオリジナルになっちゃった。でも、もともとの歴史は徳島でしょう?

出水:徳島が最初なんですか?

小林:かもしれません。あそこに捕虜としていた人たちが、1年に1度ぐらいは歌わせてほしい、という希望があったという風に聴いていますが、正確なところは分かりません。

JK:私も現地に住んでる叔母さま方が。すごく上手なんです。捕虜の方々から教えていただいたのがずーっと今でも続いているんです。びっくりでしょ?

出水:コバケンさんにとっては第九はどのような1曲なんですか?

小林:小学校4年生にさかのぼるんですけど・・・ぽんっとラジオをつけたら、こういう旋律が流れてきたんです。(♪ピアノ♪)第九のはじめのフレーズを聴いて、これって何なんだろうって思いました。そしてだんだん聞いていくうちに涙がこぼれて、畳の上に水たまりができました。

JK:エーッ!!

小林:その感動たるや! そしてその時僕は、絶対に作曲科になるって思ったんです。ころりと態度を変えて、「お母さん、僕に五線譜を作って」って。ガリ版で五線譜を作ってもらって、そこに楽譜を描き続けた。そこから勉強する日々が始まりました。

JK:4年生から! 天才っていうのはそこから始まったのね。

小林:いや、そういうことじゃなくて、とにかく書きたくてしょうがなかった。作曲ってどういうものかって自分で探りながら。うちの書棚に音楽所がいくつかあったんです。それをひも解いていくうちに、これはこうなんだ、とかだんだんわかり出すんですよ。3か月、半年、1年といくうちに、自分でも曲ができるようになる。嬉しくてしょうがないって感じでした。

JK:えぇ~! 別格ですね。そんなの聞いたことがない。

小林:夜も寝ないで(笑) 父親が寝てるときにこっそり起きて、夜中の2時ごろから4時とか5時まで、街灯の光で作曲する方法を学びました。そういう少年時代でした(笑)

JK:なんかもうベートーベンかコバケンか、って感じね! めったにいないですよ!

出水:コバケンさんから見たベートーベンってどんな作曲家ですか?

小林:僕ね、ベートーベンの目を見てみたいんです。目を見て話ができたら嬉しいなって。ベッティーナ・ブレンティーノっていうゲーテの恋人がいるんです。ゲーテとベートーベンは仲違いしてしまったことがあって、でもゲーテはベートーベンを尊敬していた。メンデルスゾーンを自宅に呼んで音楽の話を聞いたんですが、そこでメンデルスゾーンはベートーベンの「運命」を弾いたんです。その瞬間ゲーテは立ち上がって髪をかきむしり、檻の中の熊のように徘徊し始めました。それを見ていた恋人のベッティーナ・ブレンティーノが、ベートーベンってどういう男なんだろう、と思ってこっそり訪ねに行くんです。

JK:ワオ。こっそり!

小林:隣の家の人に聞くと、「彼は耳が聞こえないから入っていいよ」っていって、中に入って行った。その時ベートーベンは西日を浴びて、まるでジュピターのように椅子に座っていて、何かを弾いていた。ベッティーナはぐっと近づいて、1mぐらいでしょうか、突然ベートーベンが振り向いたとき、世界は消えてしまいそうでした・・・そんなとっておきの話があるんです。

小林:ロマン・ローランがそのように書いてくれた文章とか、いろいろ残っているんですが、そういう話を小学校4年生の時に読んだんです!

JK:なんかもう、ませてるわね!

小林:ませてたことで助かっています(笑) 皆さんより首ひとつ大きくて、のどぼとけも出ていて、中学校1年生に間違えられるほど大きかったので、成長が他の人とは違う方向に向かっていた。神様の恵みかな?と思っています。

出水:それだけ敬愛していらっしゃるベートーベンの曲を指揮するときは、他の曲と比べて心持も違ったりするんですか?

小林:500回ぐらい第九を指揮していると言いましたが、朝の4時に起きてじーっと向き合っていると、僕は「ベートーベンが下りてきた」と言っているそうなんですね。毎回新たな発見がある。

JK:皆さんにお伝えしているのは・・・ベートーベンの心ですか?

小林:「ダヴィンチ・コード」というのがありますけれど、そういう秘密に守られている部分に刹那でもいいから触れてみたい、というのが指揮者の大きな願いです。でもたいていそれは跳ね返されてしまって、たいていはNOという答えしか返ってきません。でも一瞬だけ・・・たまにふと旋律が浮かんで、「こういう声で歌っちゃいけない、この場合は伸ばさなきゃいけない」と思って、変えちゃうんです。すると翌日、「変えちゃいけないよ、研一郎」という声が聞こえてくる(笑)

JK:ベートーベンと直結ですね!

小林:そうありたいと思っています。三枝先生が12月31日に企画してくださった、ベートーベンの交響曲第1番から9番までを通しで演奏する演奏会があります。午後1時から始まって、1番、2番、3番・・・と振っていって、11時58分ぐらいに第九が終わる。その時いつも感じるんですが、私はくたびれないんですよ。まったくくたびれない。

JK:くたびれない! 肉体よりも気持ちのほうがイキイキしてくるんでしょうね。

小林:そうなんでしょうね。お医者さんが言いました、この人は宇宙人かもしれないって。なぜなら、運命から6番、7番といくにしたがって、バイタルも血圧も安定して、一番いい状態になって第九に向かっていくから、と。さらに研ぎ澄まされた世界に皆さんを誘っている、と言ってくださるお医者さんもいます。

JK:1番から9番までベートーベンが作曲したのって22年間ですよね?

小林:54年間。まあ、生まれたときからという意味ですけど。その間に神から受けた精神状態というのはいつも祈りに似て、研ぎ澄まされていて、多くの人に独特のものを与えてくれる。だから例の美しい旋律が出てきたとき、ベートーベンがどれだけ喜んで、シラーの詩が自分の彼の願いなんだ、ということに気が付いた。その時彼は夜も寝ずに、ひたむきに打ち込んで全世界にシグナルを発信しようとしたんだと思います。

=OA楽曲=

M1. ベートーヴェン第9番・第4楽章抜粋 / 小林研一郎指揮・チェコフィルハーモニー管弦楽団

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。