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政治とメディアの2019年を振り返る 山田健太さん(専修大学教授)

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
12月28日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、表現や言論の自由に関わる社会の出来事を研究している専修大学教授・山田健太さんをお迎えしました。

山田さんは1959年、京都府生まれ。「表現の自由」「言論の自由」に関わる社会の動きを研究しています。特に表現・言論の自由を支えるジャーナリズムに危機感を持っていて、『沖縄報道 日本のジャーナリズムの現在』(ちくま新書・2018年)、『見張塔からずっと 政権とメディアの8年』(田畑書店・2016年)、『放送法と権力』(田畑書店・2016年)などの著書があります。このコーナーへは2017年10月の衆議院議員総選挙の直前にお越しいただき、選挙報道についてお聞きしました。今回は「桜を見る会」をめぐる問題、官邸と記者と関係、あいちトリエンナーレの中止騒ぎなど、いろいろあった2019年を振り返って、政治とメディア、そして表現の自由について伺いました。

「表現の自由」と「寛容さ」


「2年前と比べて日本の表現の自由度というのは、どんなもんですか」(久米さん)

「そんなに変わっていないとは思うんですが、社会全体に表現の自由がいまよくないんじゃないかという気持ち、あるいは空気が広がったというのは変わった点だと思いますね。例えば今年のニュースで言うと、桜を見る会の問題にしろ、あいちトリエンナーレの問題にしろ、これは偶然起きたのではなくて、起こるべくして起きた事件だと思うんです。それが可視化されたと言いましょうか、社会全体に『やはりこれはおかしいんじゃないか』という気持ちが高まってのことだと思います」(山田さん)

「ぼくは、昔からぼく個人が非難されることに関してはかなりマゾでして、快感を覚えたりするんですが(笑)、ネットなどであまり根拠がなさそうなのに人を非難している書き込みだとか、寛容さに欠ける書き込みがかなり多い増えてきているという実感はかなりあるんです。少し寛容性が日本人はなくなってきたのかなと思うんですけど」(久米さん)

「私もそう思いますね。我慢がないんですかね。特に表現の自由の場合、みんなが少しずつ我慢をすることによって成り立っているんですよね。みんなが本当に好きなことを全部言ってしまったら当然けんかになるわけで。それは友人関係もそうですし、隣りの国の関係もそうかもしれません。言っていいことといけないことを自分なりに判断して、ちょっと我慢するということができるのが成熟した社会でもあるし、成熟した大人だと思うんですけども、最近はそれがなくなってきてしまって、みんな自分が言いたいことを全部言ってしまう。自分の感情を全部ぶつけてしまうということが起きているもんだから、だんだん社会がギスギスするし、非常に息苦しい、生きづらい社会になっているんじゃないでしょうか」(山田さん)

バラエティでもっと政治を語れ


「民放でバラエティに出ている芸人さんたちって実は政治と深く関係を持っている方たちなんですよ、よく考えると。彼らは日本国の発言の自由度とか、自由業の税制とか、暮らしてる町とかマンションの管理状態とか、あらゆる政治と深く関わっているにもかかわらず、政治の話というのがお笑い番組の中にほとんど出てこない。どんな人間だって政治に関りのない人間っていないはずだから、ちょっと自分の日常生活を考えれば政治の話って出るはずなのに、それをしないってやっぱりヘンだという投稿があったんです。ぼく、深く頷いたんですよ。これヘンだなって。そこまで政治の話をしないようにしてテレビをやってて、面白くないだろうって、ぼくは思うんですけど」(久米さん)

「どうしたら変わるんでしょうかね。むしろその場合、久米さんに変えていただかなきゃいけないと思うんですけども、なかなか変わるきっかけが見つからずに、どんどんいま状況は悪くなっているような気がしますね」(山田さん)

「だって政治に関りを持っていない人間って1人もいないですよ。全員影響を受けるんですから。どんな法律ができるかにもよって影響を受けるし、地方自治体のサービスをどうするかとか。国民すべて影響を受けるのに、彼らの仕事場である放送の場で言わないって、ヘンですよね」(久米さん)

「いくつかポイントがあるかと思うんですけど、研究者として言うとするならば、たぶん2つは言えると思うんです。まずひとつは、やはり政治とメディアの関係が近くなってきているということ。それは政治家あるいは政府のメディア戦略というものがいま非常にうまくなってきていて、うまくメディアを使いながら、あるいは特定のメディアを味方につけながら、自分のしたいことあるいは言いたいことを広めていくという戦略がこの5年ぐらい、2014年、15年以降、非常に巧妙化してきているし、強くなってきている。それに知らず知らずに乗っかって、だんだん後に引けなくなってきてしまっているという状況がまずひとつあると思いますね。それからもうひとつは、政治家が非常に強い言葉を発言をすることに対して、だんだんまわりが慣れてしまっていて、『政治家があんなことを言っているんだから、それに従うのがいいかな』とか、あるいは『政治家が言ってるんだったら、反対することは言わないほうがいいかな』という空気が広まってしまっている。強い言葉というのとはちょっと違いますけども、政府の『閣議決定』というのも面白くありませんか? 次から次へといろんなのが出てきて」(山田さん)

「反社(反社会的勢力)の閣議決定とか(笑)」(久米さん)

「反社の閣議決定もあるし、憲法違反かどうかの閣議決定もあるし、自衛隊派遣の閣議決定もありますけれど、これって本来は国会で議論することであったり、社会全体で議論することというのがあるはずなんだけれども、なんか一方的にぽっと決めてしまって『もうこれで議論はありません。みなさんこれに従うように』と。そのへんが今までと違うレベルにきてしまっていて、そうなると放送する側も『もう、それ決まった話だし、とやかく言ってもしょうがないよね』みたいな雰囲気が強まっているんじゃないかなという気がしています。健全なジャーナリズムがあるとするなら、そこはジャーナリズムの在りようとしては早く元に戻すというか、自由度を広めていかないと、番組を作ってる本人がつまらなくないですかね。番組を作っている人たちがつまらなければ、聞いてるほう、見てるほうはもっとつまらないですよね。つまらないから見るのやめよう。そして、どうせ見られていないならどうでもいいや、と。そういう悪循環に入ってしまっては困る。やっぱり面白い番組を作ってくれないと困るわけですよね」(山田さん)

政治家の国語力


「ぼく、政治家の国語力にもがっかりしてて、最近、幼稚な言葉しか使わないんですね。政治家が逮捕された理由についてひどい言い訳をして、もうちょっとちゃんとした言葉で反論してもらいたいなと思うんですけど。政治家が原稿を読むときは別にして、自分の言葉でしゃべる時の言葉遣いが実に幼稚で、辞書を引いてみようかななんていう人は言葉を使う人は、ちょっと前まではいたんですけど、残念ながら読み間違いだったりして(笑)。ああ、こういう日本語いいなあっていうような言葉遣いをする政治家が絶えていないんですよね。国会議員がだめだったら県会議員もだめだし、商店街のおばちゃんたちもだめだし。日本全体の国語力が落ちてると、深く考える力がなくなっていくという気がするんです。政治家の責任って、惚れ惚れするような演説をするというのがひとつの責任だと思うんですよ。聞いてて、おおー、この5分間の演説すばらしいって…そんなの日本で聞いたことないですから、最近。ほんとに」(久米さん)

「最近はもう政治家が街頭演説するっていうとヤジを排除するかどうかが話題になるぐらいで、その演説の中身については議論にならないですからね」(山田さん)

「国語力のテストなんかは、議員にはないですね?(笑)」(久米さん)

「したほうがいいのかもしれませんけど(笑)。ただ、最近のニュースで言うならば、この間延期になった記述式の国語(大学入学共通テストの国語の記述式)。私が考えるには、記述式をやること自体がすごく危ないと思うんですね。要するに、思考って自由じゃなきゃいけないじゃないですか。自由な思考を型にはめるというのが記述式で答えを1個にするということですからね。そういうことをしようと思うこと自体、そもそも相当な国語力なり言語力の貧困さを表しているというか。自由な発想でなくて、すべてを型にはめていきましょうっていうことを考えるんだったら言葉自身も面白くなくなるし、含蓄のある言葉もなくなってしまうしということだと思うんですね」(山田さん)

言い続けることで社会は変わる


「2000年ぐらいから日本社会はだんだん表現の自由度が落ちてきているんですね。なんでもお上に従うというか、任せましょうとか。あるいは変な義侠心というか、社会をひとつにまとめなきゃいけないとかルールを1本にしなきゃいけないという感じが強まってきている。でも、それってそろそろ限界なんだよねってことにみんなが少し気づき始めていることではあると思うんです。そうしたらばその気づきをもう一歩先に進めて、じゃあ少しずつみんなで変えていこうということをしないといけないかなとは思いますけども」(山田さん)

「割とみんな無反応なんですよね。辺野古の基地が、とてもじゃないけどこの期限じゃできないし、予算は3倍以上かかっちゃうと言われても『へー』。福島第1原発のデブリの取り出しが何年間か延びるかもしれないんですって言われても『へー』。大問題なのにみんなあまり感じないんですよね。おかしな話だと思って」(久米さん)

「でも、ぼくは楽観的なせいもあって、それでも希望を持っているんですね。例えば沖縄の問題で言うならば、10年前は『国家安全保障上の理由だからやむなし』という声が全国を覆っていたんですね。でもいまは、日本の新聞は50社あるんですけどそのうちの9割以上の新聞は『国家安全保障上の理由でやむなし』なんて書いてないです」(山田さん)

「なるほど」(久米さん)

「みんな『民意は大事にしよう』って言ってるんです。10年間で変わったんですね。そういうふうに言い続ければ、あるいはみんなが考えるようになれば、少しずつやっぱり社会は変わっていくというふうに信じたい。じゃあ誰が言っていくかというと、本当は政治家も言ってもらわなきゃ困るんだけども、それはやっぱりジャーナリズムの役割。それはNHKに任せるんじゃなくて、民放も頑張る。例えば沖縄だったら、沖縄の民放、大きな放送局もとっても頑張ってるし、良い番組を作ってますね。そういうふうにジャーナリズムが頑張ることによって社会って変わっていくんだという実感も一方ではあるわけで、だめだ、だめだと言っていても世の中変わらないし、暗くなるばかりですから、少しずつ自分が変えていく」(山田さん)

山田健太さんのご感想


今回2年ぶりにお会いしましたけども、久米さんの危機感はさらに高まっているというのが第一印象です。その危機感というのは、社会が壊れていっているのではないかという思い。そして、それは政治の責任が大きいのではないかという危機感でもあるし、そういうことが社会でなかなか共有化されず議論されないという危機感でもある。さらに言うならば、放送ジャーナリズムの中できちんと実現できていないという危機感でもある。そういう危機感が高まっているのかなと思いました。私も同じ思いです。

ただ、こうした空気は必ずしも変わらないものではなくて、変わると思っています。辺野古の問題は、地元の新聞やテレビやラジオが一生懸命報道したことで沖縄の思いが全国に広がりました。やはり言うべきことを諦めずに言い続けることが大事なんだと思います。そういう点で言えば、久米さんの思いがこの番組から広がることを期待しています。



「今週のスポットライト」ゲスト:山田健太さん(専修大学教授)を聴く

新春1/4の放送は特別企画!

来年1月4日は特別企画をお送りします。「今週のスポットライト」は1月11日からゲストをお迎えします。今年1年間、ご愛聴いただきありがとうございました。来年もどうぞお楽しみに!

2020年1月4日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200104130000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)