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車いすで世界一周ひとり旅 三代達也さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
12月21日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、車いすで世界一周ひとり旅を経験した〝車いすトラベラー〟三代達也(みよ・たつや)さんをお迎えしました。バイク事故で車いす生活になった三代さんは事故から10年後、介助なしで世界一周の旅に出ました。「人生終わった…」と死ぬことばかり考えていた日々からは考えられないチャレンジ。そこには人生の「師匠」との出会いがありました。

毎日死ぬことを考えていた


三代達也さんは1988年、茨城県日立市生まれ。現在31歳。18歳のときにバイク事故で頚髄(けいずい)損傷。首から下を動かすことができなりました。「あなたは一生、ベッドの上で過ごすことになる。運が良ければ車いすに乗れるかもしれない」医師からそう告げられたとき、三代さんは意外にもあっけらかんとしていました。学校では運動が苦手だったけど、もう運動しなくていいのか…そんなことを思ったそうです。もっとも高校へは半年で行かなくなり、1年で退学していました。髪を金色に染め、アルバイトとバイクに明け暮れる三代さんを見て泣いていたお母さんは、医師の言葉を聞いてまた泣きました。

「こんなに自分の身体は動かないのか」リハビリが始まってからようやく三代さんは医師の言葉を実感しました。「車いす生活になる」と言いますが、車いすにさえ乗れないのです。いつかまた動けるようになるんじゃないか…そんな淡い希望は消えていきました。なんとか車いすに乗れるようになってからも、いえ、むしろ車いすに乗れるようになってから、また希望を失いました。同じことの繰り返しが嫌で高校を辞めたのに、これからはずっと同じような毎日しか続かない…。気がつくといつも病院の階段の前に来ていました。

「明日も同じような人生になっちゃうだろうから、だったらあまり楽しくないし、このまま階段から落ちて楽になっちゃったほうがいいのかなと思ってました。多感な時期だったのでだいぶ落ち込みましたね。」(三代さん)

人生を変えた〝師匠〟との出会い


それでも三代さんは2年間のリハビリを経て、20歳のときに東京でひとり暮らしを始め、その後、会社にも勤めるようになります。23歳のとき、夏休みを利用して車いすで介助なしのハワイひとり旅を経験。それが三代さんを「旅」へ向かわせる大きなきっかけになりました。会社を退職してロサンゼルスに短期留学、オーストラリアにも半年滞在。そして、2017年、28歳のときに、車いすで世界一周ひとり旅に挑戦。途中、体調が悪化して死ぬ思いで一時帰国を余儀なくされるアクシデントもありましたが、9ヵ月かけて23ヵ国42都市を回りました。

毎日、死ぬことばかり考えていた三代さんをここまで行動派に変えたのは、ひとりの〝師匠〟との出会いでした。静岡・伊東にある頚髄損傷者を対象にしたリハビリ施設で同部屋になった男性。工務店の社長で、父親と同じくらいの歳に見えたその人は、「お前、甘ったれてるなあ」と声をかけてきました。それからも遠慮なく厳しい言葉を投げかけてきました。茨城の実家に帰省するため家族に迎えに来てもらうと言ったら「ひとりで電車で帰れば?」。リハビリ施設を出たあとは実家でDVDでも見て暮らすと言ったら「お前、それでいいの? 東京でひとり暮らししろ」。会社に就職して在宅で働くようになったことを報告すると「在宅かあ…」。

「師匠にそう言われて、そのときは意味が分からなくて。でも在宅で働いていたら『あれ、おかしいな』って。いろんなコミュニケーションをとれるようになってきたのに在宅で働いてたらまたひとりになっちゃって。それで結局、通勤になって。そうやってだんだん成長していきました。彼がいなかったら、家にひきこもってたかもしれないですね。師匠の言うことは、当時は全く理解できなかったんですけど、あとになって、全部ステップだったんだなと思います。いまも相変わらず厳しいです。ただぼくが落ち込んでたり大変なときは『お前だったらできる』というようなサポートもしてくれます」(三代さん)

せっかく生かされた人生、車いすトラベラーとして発信


師匠のほかにも三代さんの背中を押してくれた人たちがいました。会社で働くようになったのは車いすバスケット(ツインバスケ)の仲間の誘いでした。その会社の同僚は、初めての旅、それもいきなりハワイ旅行をすすめてきました。

「そういうことの繰り返しで、想像していないことをどんどん振ってくる奴らが現れるんです、ぼくの人生。ぼくは最初、できなり理由をどんどん並べて、英語できない、しゃべれないとか、海外のバリアフリーがどうなってるか分からないと言ってたんですけど、その人が『ハワイだったらバリアフリーだって聞くけどなあ…』って。言われて、じゃあ行ってみようって」(三代さん)

ハワイで海外の楽しさを知った三代さんは、会社を退職してロサンゼルスに短期留学。さらにオーストラリアでワーキングホリデーに挑戦。結果的には働くことはできませんでしたが、半年間バックパックの旅を続けました。これが三代さんを「車いすトラベラー」へと代えることになります。

「どうして世界一周しようと思ったんですか?」

「帰国してまたサラリーマンになったんですけど、なんか学校に行ってるときと似たような感覚になっちゃって。毎日パソコンの前に行くと『こんにちは』『よろしくお願いします』って言って、仕事があって、『終わりました』『ありがとうございました』って…。あれ? これ、ぼくじゃなくてもよくないか?」(三代さん)

「高校だってルーティンがいやで辞めたんだもんね。サラリーマンはルーティんだもんね」(久米さん)

「ぼくは一回死んじゃって生かせてもらった人生なのに、なんかおれの人生、面白くないなあって自分で思っちゃって。そこから自分会議みたいなことが始まって」(三代さん)

「自分会議っていうのは、自分の頭の中で会議をするの?」(久米さん)

「はい。『お前、いま人生楽しんでるか?』『いや、あんまり楽しんでないな』みたいなやりとりがあって、『じゃあ、どうすれば楽しめるんだ?』『いままでの人生でいちばん輝いていたときはいつなんだ?』って」(三代さん)

「いつだったの?」(久米さん)

「それはやっぱり旅をしていて次のページが分からないような人生がいちばん面白かった。でも『お前、また旅かよ?』ってまわりりにまた非難されるぞ…って。そしたら、いままでの旅って、全部自分のための旅だったんですよ。だけど、こんな楽しい旅を、ぼくはこの体だからこそ発信して、車いすでもこんなに楽しめるんだっていうような、そんな旅にしたいなって思いついたのが、世界一周だったんです」(三代さん)

「また旅に行きたいですか?」(久米さん)

「旅は面白いです。そして、旅を通じたこういったお仕事も本当に楽しい。何が起こるか分からない」(三代さん)

三代達也さんのご感想


親に泣かれた話をいきなり持ち出されて、出鼻をくじかれた感じですね(笑)。いままでの取材ではそれなりにぼくの流れに合わせてくれる感じだったんですけど、「うおっ、どうなるんだ今日は?」と思いましたね。でも、あえて親の話から始めたところがぼくの本当の気持ちみたいなものが話せてよかったかなと思います。親の話ってあんまりしないので。

あとは、お金の話をしたのも初めてかもしれないですね。講演会では時々話すんですけど、お金が普通の旅よりかかる理由。一般の人なら200万円で行けるけどぼくが僕が500万円かかる理由とか、そのお金はどこから出てきたのかとか、そこはちゃんと伝えないと「お金持ってるからそんな旅ができるんだ」って思われちゃうので。
楽しかったです。ありがとうございました。


「今週のスポットライト」ゲスト:三代達也さん(車いすトラベラー)を聴く