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放送中

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歴史に埋もれた「慰問雑誌」を知っていますか?

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
6月11日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、慰問雑誌を研究している押田信子さんをお迎えしました。

押田信子さん

押田さんは大学を卒業後、出版社勤務、フリーのライター・編集者を経て、2006年、56歳の時にご自身の蓄積のために学びなおそうと上智大学大学院に進みました。そして近現代の女性劇作家であり、また多くの女流作家を世に送り出した長谷川時雨(はせがわ・しぐれ)を研究するのですが、そこで存在を知ったのが「慰問雑誌」でした。

様々な慰問雑誌

慰問雑誌とは前線で戦う兵士のために作られた大衆娯楽雑誌の総称です。日中戦争の頃から軍部をはじめ民間の出版社からも様々な慰問雑誌が発行された中で内容・部数ともに他を圧倒していたのが、陸軍の『陣中倶楽部』と海軍の『戦線文庫』です。

巻頭から目を引かれる当時の女性映画スタアたちのグラビア、内閣総理大臣や軍幹部から、思想家、作家、芸術家、落語家や喜劇人にいたるまで当時の錚々たる人たちの言葉、恋愛小説、時代小説、浪曲、映画評、ゴシップ記事…あらゆる娯楽がこれでもかといわんばかりにぎっしり詰め込まれていました。驚かされるのは、これだけ人手と時間と物資とお金がかけられた雑誌が、日中戦争から太平洋戦争にかけて日本が経験した最も苛烈で悲惨な7年の間、一度の休刊もなく毎月発行され、戦地の兵士たちに送り続けられていたというその事実。娯楽と活字に飢えた兵士たちは、内地から届いた慰問品の中からこれらの雑誌を見つけると、歓声を挙げ、拍手をもって喜んだそうです。

グラビアも豊富

それだけ戦地の兵士たちに熱狂を持って読まれていた慰問雑誌ですが、戦争が終わるとこつぜんと歴史から姿を消し、その存在はほとんど忘れ去られています。押田さんは、戦後70年を経た今こそこうした慰問雑誌に光を当てることには非常に意味があると言います。まだまだ分からないことが多い慰問雑誌ですが、押田さんがここまでの研究成果をひとまずまとめた『兵士のアイドル』。そこにはこれまで語られることのなかった戦時中の人々の姿が見えてきます。そして国民を戦地に動員した政府・軍部の思惑も見えてきます。

スタジオ風景

押田信子さんのご感想

押田信子さん

久米さんは私の本をよく読んでくださったようで、慰問雑誌についてよくお調べになっていましたし、「恤兵(じゅっぺい)」についても興味をお持ちなっていましたね。特に私が言いたいと密かに思っていたこと――慰問雑誌を読んだ方を見つけてぜひお話したいということを、久米さんにおっしゃっていただいて、こんなに嬉しいことはないですね。

今回の放送で、慰問雑誌やに少しでもご興味がおありの方がいらっしゃったら嬉しいです。ありがとうございました。