お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ
  • 音声あり

年賀状は毎年「今年は会いたいね!」でOK 手紙文化研究家・中川越さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
12月7日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、有名無名を問わず様々な人たちが書き残した手紙を研究している手紙文化研究家の中川越(なかがわ・えつ)さんをお迎えしました。師走に入ると年賀状の準備。でも面倒くさい…。でも中川さんのお話を聞いて、年賀状や手紙を書くことが楽しかった頃のことを思い出しました。

中川越さんは1954年、東京都生まれ。現在、東京新聞で「手紙・メール 伝える工夫」というコラムを連載するほか、これまでに手紙やビジネス文書の文例集を50冊ほど出版。文豪たちの手紙に関する本も多く、夏目漱石や芥川龍之介、三島由紀夫といった作家たちの 「言い訳」の手紙を集めた 『すごい言い訳!』という本を今年出版しています。毎年この時期は、年賀状の書き方や年賀状の断り方についての相談も多いそうです。

年賀状は毎年同じでもOK


年賀状を書くことが面倒だと感じるのはどうしてでしょう。数が多いということに加えて、新年の挨拶に一筆加えるとしたら何を書こう…と考えてしまうからではないでしょうか。毎年同じことを書くのもなあと思うとなかなか書けないものです。でも、毎年同じことを書いていいんです! それは、手紙の原点は「消息」だからです。

「『消息』を〝しょうそこ〟と読ませて、それが手紙のことを表した時代があったんです」(中川さん)

「消息って、手紙のことなんだ。生きてるよっていうことを知らせるのがそもそもの手紙。ということはつまり、年賀状の精神はそこですかね」(久米さん)

「ええ。存在自体を明確に伝えるということが何よりのプレゼントになって、それをお互いの喜びにし合えるというのが人間関係の原点。そう思わせる言葉ですよね、消息って。だから、そこに余計な言葉を付けて、この人に出しておけば得するんじゃないかとか、儲かるんじゃないかとかいうようなものは、生活の中で必要なものかもしれないけれど(笑)、でも原点は『本当にこの人がいてくれてよかったな』というのを思い合えること。それが一年に1回でも。『今年こそ会おうよ』って毎年書いて何十年も会わない人もいますけど、でもそれを喜び合えるというのは幸せなんじゃないかなという気がしますよね」(中川さん)

「この人がいてくれてよかったな…と心から思える人だったら、そんなに何人も出さなくてもいいんじゃないかって思いますね(笑)」(久米さん)

文豪たちのチャーミングな言い訳


手紙を書くのは、弁明・弁解・謝罪をしなければならないケースということもあります。中川さんが今年出版した『すごい言い訳!』という本には、ユーモラスでチャーミングな文豪たちの言い訳の手紙がたくさん集められています。

例えば、美文で知られる泉鏡花。夏の暑い盛り、編集者に原稿を催促された鏡花は、こんな言い訳の手紙を送っています。

「涼風たたば十四五回もさきを進めて其のうちに一日も早く御おおせのをと存じ いろいろ都合あい試み候えども…」

夏の暑い盛り、新聞連載の原稿が一向に進みません。涼しい風が吹いて仕事がはかどれば14回、15回も先まで書き進め、一日も早くお申し越しの原稿をといろいろ都合をつけようとしましたけれど…。要するに「締め切りが守れないのは、暑くて仕事がはかどらないからだ」というだけのこと。でもそれを流れるように美しい言葉で綴られると、編集者も許してしまったのではないでしょうか

石川啄木は親友の金田一京助に借金を頼む手紙を送っています。

原稿の締め切りに遅れたからって出版社が原稿料の支払いを遅らせるっていうんだ。おまけに別の出版社からの原稿料も遅れて、誤算だらけだ。ぼくは別にいいんだけど、大家は困っちゃうし、仕送りを当てにしている実家も困ってる。1月にはぼくの詩集が出るし、いま書いている小説の原稿料も入ってくるだろうから、15円だけ貸してくれないか。

こんな感じなのですが、実はこれ、全部ウソ。それでも金田一は(おそらくウソだとわかっていながら)お金を貸してあげたそうです。

『書翰文大観』が教えてくれたこと


手紙文化研究家として手紙の良さを伝えている中川さん。小さい頃から文芸が好きな本の虫かと思いきや、ずっとバスケットボールに熱中していたスポーツマン。高校時代は文学とは無縁で、手紙もほとんど書いたことがなかったそうです。高校3年で失恋を経験してからドストエフスキーやマルクスを手に取り、大学時代は哲学書や文学作品を読み漁るようになりますが、手紙は相変わらず書きませんでした。中川さんが中学・高校生だった頃、日本は学生運動の嵐。自分よりひと世代上の大学生たちが「世の中は本質を見ることが大事。形式なんてくそくらえ!」と叫んでいるのを見て、手紙なんて形式に縛られている最たるものだと思っていたのです。

そんな中川さんでしたが、大学を卒業して本の編集の仕事をするようになると、儀礼的な手紙を書くことが増えました。そしてあるとき、手紙の文例集を作ることになり、いよいよ手紙というものに向き合うことになります。文例集にはよく「拝啓で書き始め、敬具でおわる」「時候の挨拶を書く」といったこと書かれていますが、その根拠については説明がありません。根拠が分からないままもっともらしいことを書きたくなかった中川さんは作法のルーツを求めて、古本屋をめぐって手紙の指導書を探しました。そして『作法文範 書翰文大観』(さほうぶんぱん・しょかんぶんたいかん)という1916年(大正5年)に出版された本を見つけました。


この本の巻頭に「言霊乃佐吉播布国」(ことだまのさきはふくに=言霊の幸わう国)という言葉がありました。これは「言葉によって幸せになる国」という意味で、万葉集の頃から日本の別称として使われてきた言葉です。まさにこれが手紙の役割だと中川さんは思ったそうです。もちろん形式も大切ですが、いちばん大事なことは、本当に相手に伝えたい気持ちを言葉にするということ。『書翰文大観』との出会いをきっかけに明治・大正から昭和にかけて出版された様々な手紙の文例集を収集して研究してみると、形式通りの手紙は、実はそれほど多くないそうです。

手紙を楽しもう


放送のあと中川さんに、手紙を書くことを楽しむコツを教えていただきました。

「手紙で大切なことは、始めと終わりに相手に対する『敬意』を書くこと。敬意というのは、拝啓とか前略ということだけではないんです。そういう気持ちを書くということ。例えば、尾崎紅葉は、松茸をもらったお礼の手紙で『来た! 来た 来た!! 有難うござりまする』と書いています。拝啓もないし、時候の挨拶もない。いきなり雑に書き始めています。けれど、嬉しい気持ちがとても伝わってきますよね。そして最後は丁寧に終わっている。漱石も、途中はかなりくだけた文章を書いていて、最後は『妄言多罪』(もうげんたざい)という丁寧な言葉で相手への敬意を示して終わっています。本当に大事なことは、気持ちの躍動を伝えることです」(中川さん)

中川越さんのご感想


久米さんはエンターテインメントでも報道でも時代を作ってきた方で、しかも、私たちの前の世代で本質的なことを忘れずに闘い続けてきた方だという敬意もありましたので、初めは非常に緊張しました。でもお会いしてみて、人に対する思いやりといいますか、非常にスマートで、包み込むような温かさを感じる方だなと思いました。

私の書いたものを非常によく読んでくださったり、私が伝えたかった肝心なところを的確に面白がってくださったことによって、私自身の存在が認められたという安心感を得られたというのがいちばん大きかったですね。私の本(『すごい言い訳!』)から、久米さんは森鷗外や泉鏡花の手紙の話をしましたけど、渋いところを選ぶなあと思いました。いかにも面白い言い訳というものではないんですけど、これを分かってくれるんだなあと嬉しくなりました。

手紙でもそうだと思うんですけど、本当にその人が自分を尊敬しているかとか快く思っているかというのは、いくら美辞麗句を並べても伝わらない部分があります。それこそ言霊ではないですけど、本気でそう思っているかどうかによって使った言葉に命が吹き込まれる。そういう面で久米さんは、私に対して関心を持ってくださったということが非常に伝わってきました。それがお会いしていちばん嬉しかったと思えるところですね。今日は成果を挙げられたか自分では分かりませんが、私自身は楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。


「今週のスポットライト」ゲスト:中川越さん(手紙文化研究家)を聴く

次回のゲストは、『ひきポス』編集長・石崎森人さん

12月14日の「今週のスポットライト」には、ひきこもりの当事者が 自分の体験や思っていることを書く『ひきポス』という雑誌を創刊した石崎森人(いしざき・もりと)さんをお迎えします。ひきこもりの方たちが何を考えているのか、どんなことに生きづらさを感じているのか、家族でもなかなか知ることができない当事者の声を読むことができるのが『ひきポス』です。

2019年12月14日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20191214140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)