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宇多丸、『CLIMAX クライマックス』を語る!【映画評書き起こし 2019.11.8放送】

アフター6ジャンクション

  

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、CLIMAX クライマックス』2019111日公開)。

オンエア音声はこちら↓

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞して評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのはこの作品……CLIMAX クライマックス』

はい。セローンの「Supernature」というこの曲が非常に印象的に使われます。『カノン』『アレックス』『LOVE 3D』『エンター・ザ・ボイド』など……まあ長編はそれだけですけども、様々な問題作を手掛けてきたフランスの鬼才、ギャスパー・ノエの最新作。

雪が降る山奥の廃墟に集まった22人のダンサーは、海外公演に向けての最終リハーサルを終え、打ち上げパーティーを敢行。しかし、何者かが酒にLSDを混ぜたことから、悪夢のような一夜が始まる。主な出演は『キングスマン』や『アトミック・ブロンド』に出演したソフィア・ブテラさん。ソフィア・ブテラさんはずっとダンスをやられてて、そちらの腕前も持っていて、ということらしいですけどもね。そして、彼女以外のキャストはプロのダンサーたちが出演しているということです。プロのダンサーとかDJとかが出演している、ということです。

ということで、この『CLIMAX クライマックス』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「少なめ」。でも公開館数の規模がね、あんまり大きくないですからね。「やや少なめ」といったところなので、結構健闘をした方ではないでしょうか。

賛否の比率は、「褒め」の意見が7割ほど。褒めている人の主な意見は、「最悪にして最高のトリップ体験。衝撃度では今年ぶっちぎりの1位」「ダンサーたちの人間離れした動きがキモすごい」「映画を見ながら『早く終わってくれ』と思いつつ、見終わったらまたすぐ見たくなっている。中毒性がある」といったあたりでございます。特にこの「Supernature」この場面は、何度でも見たくなる高揚感がやっぱりありますね。

そして、否定的な意見としては「ひたすら露悪的だが、とにかく冗長でダレる」「良い悪いは別にして嫌いな映画」などございました。まあ、ギャスパー・ノエ映画ですからね(笑)。7割が褒めっていうのは、結構いい線行っている方じゃないか、って気もしますけど。というところでラジオネーム「ゼキ」さん。この方は褒めですね。

■「やりたい放題か!(褒めています)」(byリスナー)

「本作がギャスパー・ノエ作品ほぼ初体験となりました。簡潔な感想としては、いい意味で『なんじゃ、こりゃ?』。衝撃度のみなら今年ナンバーワンといったところです。ダンスにあまり興味のない自分も『人間の身体ってこんなに動くの?』と圧倒され、目が離せなかった前半のダンスシーンから一転、挑発的、露悪的、アーティスティックなタッチで徐々に地獄絵図へと変容していく中盤以降は、『やりたい放題か!(褒めています)』と作り手に喝采を送りたくなりました。

多用された長回しも、ホールをいったん離れて個室でゴショゴショと5分ほどのやり取りを経てホールに戻ってみると『うわっ、さっきよりもさらにひどいことになってる!』『おいおい、次に戻った時にはあの空間はどうなっちゃっているんだよ?』というお化け屋敷のライブ感に近い効果を出していたと思います」ということでございます。

一方、ダメだったという方。ラジオネーム「音聞き夫」さん。「監督の前作『LOVE 3D』が好きな作品だったので今回も映画館に足を運んだのですが、本作は自分史上に残る嫌いな映画でした。冒頭、いきなりエンドロールから始まるという悪い意味で鳥肌の立つような演出から始まりますが、これの意図は何だったのでしょうか?」。まあ、ギャスパー・ノエはそういうことをよくやりますけどもね。

……もし映画のラストをスパッと終わらせたいという意図だとしたら最後、扉が開いてから(エピローグにあたる部分)が長すぎると思います。その後、オープニングで登場人物の面接映像が流れますが、人数が多く、みんなほぼ平等に扱っているため最後まで全員覚えきれませんでした。そこからさらに始まる打ち上げシーンでのいろんなペアの会話シーンがただただただ長いだけで睡魔に襲われます」というね、いろんなことを書いていただいて、最後は「なんのメッセージ性もない自己満足の映画に感じました」という風におっしゃっております。はい。

■単に露悪的ではない、毎回ちょっとグッとくるギャスパー・ノエ作品

ということでみなさん、メールありがとうございます。ということで私も『CLIMAX クライマックス』、ヒューマントラストシネマ渋谷で2回、見てまいりました。ギャスパー・ノエ監督作、ウィークエンド・シャッフル時代、シネマハスラー時代から数えても、僕が映画時評で扱うのはこれが初めてになるんですけども。僕個人はですね、彼の名前を最初に世界的なものにした1991年の中編で『カルネ』という作品があるんですけども、これ、どこかでその評判を聞いたとは思うんですが、どこで聞いたのか忘れちゃいましたけども、東京では1994年に俳優座シネマテンで公開されたんですよ。

で、それをそのタイミングで見に行って以来……かなり寡作な人と言っていいと思うんですよね。長編がまだ、今回のも含めて五作しかないわけですから。なんだけども、まあ新作をいつも楽しみに待って、見るたびに、「ああ、ギャスパー・ノエはやっぱり面白いな!」っていう風にね、毎回毎回楽しんでいる、というぐらいにはずっとファンでございます。アルゼンチンの方なんですけども、ずっとフランスに住んで、映画を作り続けているという。

とにかく毎作、大いに物議を醸し出す。非常にコントラバーシャルであるという。まあ観客の神経を逆撫でするような、題材もそうですし、物語もそうですし、あとは描写や演出もそうですし……っていうところで、常に観客を挑発し続けてきた作家、っていうことですね。エグい性描写、あるいはエグい暴力描写とかね。まあドラッグ描写もありますし。あとはその、映画の文法を脱構築するような、ギョッとするような仕掛け……さきほど言ったような、エンドロールっていうか、スタッフクレジットのロールから始まる、とかね。そういう仕掛けとか。

あとは字幕がバーンと出る、とかね。そういうちょっと奇をてらったような仕掛けもあるわけですね。当然、好き嫌いは激しく分かれるわけです。嫌いな人が「本当に大嫌い!」って言うのも当然だとも思うんですけどね。ただ、そういう露悪的と言っていいようなスタンスの根っこには、僕個人がギャスパー・ノエ作品に感じることですけども、実はわりとロマンティックだったりセンチメンタリックだったりな、まあ性愛観だとか人生観だったり、があるように個人的には感じます。

たとえばですね、エグさで言えばもうギャスパー・ノエ作品中でもぶっちぎりナンバーワンであろう、『アレックス』という2002年の作品があります。これ、再編集版がベネツィアかなんかで上映が今年されたみたいですけども。僕自身『アレックス』は、二度と見返したくない級なんですよ。すげえいい映画だとも思うけど、二度と見返したくない。けども、あの作品でさえ、本質としてはやっぱり、人生の取り返しのつかなさをめぐる、すごく悲しく切ない話でもあるな、という風に思います――取り返しのつかなさに関する話という意味では、今回の『CLIMAX クライマックス』もそうかもしれませんけども――だと思っていて、そういうところがやっぱり、単に露悪的とは違うその良さがあるな、という風に僕は個人的には思っていて。毎回、ちょっとグッとくる、というようなところがありますね。

■この映画をひと言でいえば……「こんな打ち上げはイヤだ!」

そんなギャスパー・ノエ監督の、3年ぶりの最新作ですね。公開スパンも彼としては比較的短めな上に、撮影期間も、わりとサクサク撮って、15日で撮っちゃった、みたいなことらしいんですけども。さらに、しかもギャスパー・ノエ、次の新作『Lux Aeterna』という中編が、もう今年のカンヌに出品されてたりする。だからいままでの寡作ぶりからすると、ここに来てものすごいペース、乗りに乗っている状態、っていう感じだと思います。

で、実際に今回の『CLIMAX クライマックス』はですね、過去のギャスパー・ノエ作品との共通点も、もちろん多数あるんですね。もう見ればギャスパー・ノエ作品だとわかる共通点が、いっぱいある。まず、クレジットの出方ね。さっきから言っているのも含めた、クセが強すぎな文字演出。まあゴダールっぽいと言われることが多いみたいですけども、本人は「こんなの、無声映画時代からやっているだろうが!」みたいなことを言っていますけどもね。まあ、非常にクセの強い文字演出。

あるいは、非常に印象的な俯瞰ショット。これは、『エンター・ザ・ボイド』ぐらいからすごく顕著になったかな。俯瞰ショットが非常に印象的だったりとか。あるいは、できるだけカットを割らない、長回しの多用。これ、『アレックス』とかは本当にそこが嫌(さをより醸し出す演出)でしたけども。であるとか、あるいは『エンター・ザ・ボイド』『LOVE 3D』から続く、ドラッグ描写。今回はLSD、っていう感じですけども。あとは、これもなぜか頻出する近親愛描写というか、近親愛設定。ちょっと近親相姦的な関係を描くことが結構多いという。今回の『CLIMAX クライマックス』にも出てきますね。

とか、果ては『カノン』でもやっていた……今回『カノン』を見直して「ああ、この時からやってたわ」っていう、「妊婦になんてことをする!」っていう展開とかですね。とにかく見ればそれとわかるギャスパー・ノエ印の要素は、今回の『CLIMAX クライマックス』にも、もちろんたくさん入っています。ただ同時に、「ギャスパー・ノエ作品としては」ということですけど、今回の『CLIMAX クライマックス』は、ひょっとしたらいちばん「見やすい」1本になってるんじゃないかな、これでも……(笑)、っていう風に私は思いますね。

前作の『LOVE 3D』が、全体にですね、どっちかっていうとダウナーな、わりとしょんぼりしたトーンの作品だったんですけど、それとは対照的に、今回はとにかくアッパー! ハイテンション!っていうことですね。あと、その見やすさの部分で言うと、ある種今回は、ジャンル映画的な枠組みを使っているわけです。閉鎖空間パニックホラー的な……まあ奥深い雪の中に囲まれた、人里離れた廃墟、あれは学校か体育館の跡かなんかなんですかね? みたいなのを使って、そこの中で、人々が怖い目にあう。ただし襲ってくるモンスターは、怪物ではなく人間同士、もしくは自分の内側から出る、内なるデーモンっていうところですよね。

まあ、とにかく閉鎖空間パニックホラー的な、ジャンル的な枠組みも使っていることもあって、言っちゃえば、わかりやすい「面白さ」みたいなものもある。要するに「誰が生き残るんだ?」とか「誰がやられてしまうんだ?」みたいな、そういう面白みもある。一言で言えば今回の映画ね、さっきから言っています、「こんな打ち上げはイヤだ!」っていうね(笑)。邦題をつけるなら『地獄のパーティー』っていう感じじゃないですかね。RHYMESTERの『HEAT ISLAND』というアルバムが最初、仮題でね、『パーティー地獄』っていうタイトルがついていましたけども。まさにパーティー地獄!という作品です。

■登場人物たちの多くは演技未経験のダンサーたち。しかしその台詞は……

順を追って話していきましょうね。まあ非常に構成がわかりやすくて、大きく、プロローグとパーティー序盤、パーティー中盤、パーティー終盤、エピローグ、という非常にわかりやすい構成になっています。まず最初ね、エリック・サティのご存知「ジムノペディ」を、ゲイリー・ニューマンさんという方がアレンジしたバージョンが物悲しく流れる中、わりと高めな位置からの俯瞰のショットで、真っ白な雪の、雪原の中を、どうやら、血まみれらしい女の人が……ちょっと顔とかまではよく見えないぐらい離れているんですけども、女の人が、明らかにどこからか逃げてきたらしい薄着。

ほうほうのていで逃げてきたらしい薄着で、画面上から下に向けて、ヨロヨロヨロヨロと歩いてくる。で、途中でバタッと倒れて……いわゆる雪の上でやる「天使の羽」ってあるじゃないですか。(雪上に寝転がり手と足で羽のような)形を作る、あの天使の羽的なポーズをとったところで、いったんさっきの俯瞰のカメラが180度転回して、1回止まってくれるんだけど、再び女の人が泣き叫びながら歩き始めたところで、結局カメラはグーッと下におりて……女の人が(画面の)下におりようとしてるのに、結局上に引き戻される、みたいなカメラワークになっている。

つまりどうしても下界、シャバに戻れない、という印象を与えるオープニングショットになっているわけですね。そこで「96年に実際に起こった事件を元にしています」という字幕が出る。これ、驚きですね。その字幕が出てからの、先ほどのメールにもあった通り、普通ならばエンドロールで流れるようなクレジットが先にサーッと流れるという。まあ、でもとにかくこの最初の雪原のくだりが示しているのは、最初に、ホラーで言う、いわゆる「ファイナルガール」ですよね。

最後に生き残るであろう女の人の姿を見せておくことで、言ってみればジャンル的なね、「ファイナルガールが出てくるような、生き残りホラーですよ」っていうことも宣言してるし。「これからその、ホラー的な惨劇が始まりますよ」という、ジャンル的な開示というのかな。みたいな機能になっているわけです。これがまた、非常に見やすくなっていますね。あれが最初についていることで全体が、「だってこれ、いまこうなっているけど、最後はああなるんでしょう?」っていう、非常に見やすいことになっていると。

で、そこから時間軸がどうやら巻き戻って、メインの事件が起こる前、ダンサーたちの面談映像、インタビュー映像が映し出される、おそらくは96年という設定のテレビ画面。しかも、その横にはいっぱいVHSビデオとか……これ、絵面として、みなさん覚えてます? ジョーダン・ピール監督の『アス』のオープニングと、非常に似てますね。画面があって、横にインスパイア元であろう作品がズラッと並んでいる。今回で言えば『サスペリア』。特に僕が連想したのは、この間やったリメイク版の『サスペリア』ですね。ダンスそのものが呪術的なニュアンスを帯びてくる、っていう意味では、リメイク版の『サスペリア』のニュアンスも感じましたし。

あとは『ポゼッション』であるとかですね、あとはやっぱり『ソドムの市』ですよね。閉鎖空間の内側で非常に惨劇が起こる、とか。あとは『切腹』であるとか、いろんなのが並んでいますね。そういう絵面、ちょっと『アス』とも似た、テレビ画面の絵面がある。で、そこのインタビューの会話は、なんてことのない会話に見えるんだけど、当然登場人物たちそれぞれの紹介になっているわけですけども、そのやりとりを含め、後ほど出てくる10分間の集団ダンスシークエンス以外はですね、驚くべきことにセリフは全て、即興だそうです。脚本は5ページしかない、っていうことらしいんですね。

しかも、先ほども言った通り、その振付師役のソフィア・ブテラとDJダディっていう役柄のDJ/プロデューサーのキディ・スマイルさん以外は、演技素人の本物ダンサーたちだ、っていうことなんですよね。にもかかわらずあの、即興演技で組み立てられたと思えないその自然なあれ……順撮りで作られたから、ということなのか、たとえばさっき言ったインタビューシーンの中のセリフは、実は後の展開の伏線にしっかりなってますよね。

たとえばドラッグとか暴力の暗示、っていうのがすでにされてますよね。暴力的なことになる人はやっぱり暴力的なことをあそこでも言っていますし。あるいは、なんか不自然な妹への干渉……「えっ、ニューヨーク? 誰と行ったの?」みたいなのがあったりとか。そしてそれこそ、これみなさん、この97分間あるこの映画のラストカットの、種明かし……でもね、種明かしされても謎が深まるタイプのラストカットなんですけども。ラストカットの、実はやっぱりちゃんとフリになってるわけですよね。(ラストカットで)横に置いてある本……後ほどそれにも触れますけども、とにかくラストカットにつながる発言を実はここでもしっかりしていたりするので、気を抜かずに見ておいてください。

■ダンスのポジティブさから「飲むべ飲むべ!」へ移行する序盤

さあ、そこから本編。本作を見た誰もが、まずは圧倒されてしまうであろう場面でございます。フレンチディスコ、77年の名曲。もう1回流そうか? セローンの「Supernature」に乗せて、10分間ノンストップの集団ダンスシークエンスが始まるわけですね。(BGMを聞いて)はい、来た来た来た! これに乗せて、10分間ノンストップで、その22人が踊りまくるという。「クランピング」とかね、「ワッキング」とか、「ヴォーギング」とか、あとは体自体をグニグニグニグニと動かす「フレクシング」っていう技とか……またこのフレクシングの使い手の人が、後半、パーティーが悪夢的なノリになっていくにつれて、このグニグニの人が映るたびに、マジでホラー的な気持ち悪さ、本当に『デビルマン』のサバト実写化、みたいな感じをすごく増幅しているんですけども。

とにかくクランピングとかワッキングとかヴォーギングとかフレクシングとか、様々な技、ダンススタイルが、複雑に入り混じる、本当に圧巻のパフォーマンスが繰り広げられる、という。ニーナ・マクニーリーという方の振り付けなんですね。とにかくここ、単純にダンスパフォーマンスとして、素晴らしいんですね。躍動する肉体が放つエネルギーが……ここでは要するに、全員がすごく複雑に動き回って、見事にオーガナイズされて、ポジティブなパワーを生み出しているわけですよね。ダンスとか音楽というものが生み出す、ポジティブなパワー。

でもですよ、音楽とダンスによってもたらされる、解き放たれる人間の根源的なエネルギーっていうものは、カオス化した状況下で、悪い方向にぶつけられたら、まさしく「バッドバイブス」を生むことにもなり得る、という話なわけですよ。なので、このツカミのダンスシーンのグッドバイブスぶりはですね、次第にそれが崩壊して、バッドバイブスに支配されていく後の展開を、鮮やかに際立てる役割も果たしている。つまり、あんなに一糸乱れぬ協調ぶりを見せていた人たちが、こうなってしまうのか……という感じを出せる。

ともあれ、そのセローンの「Supernature」に乗せたパフォーマンスが、まさにニューヨークエンディング(※RHYMESTER用語で、パフォーマンスを爆発音のSEで終えること)的に、「ドーン! 決まったー!」って……で、一同「よーし、飲むべ飲むべ!」って。その、ずっとカメラが正面から映してて、ちょっと時々俯瞰になったり、縦にずっと動いていたカメラが、そこで初めて横の動きで、右にパッとパンした瞬間に、「飲むべ飲むべ!」って、一瞬で打ち上げモードに変わる、という。これがまた笑っちゃうんですけども。

で、そこからDJダディさんが曲をかけて。マーズの「Pump Up the Volume」とかですね、リル・ルイスの「French Kiss」とか、非常に、まあ一応96年という設定に合わせて、ちょっと懐かしいような感じのダンスミュージックが流れる、という。まあ音楽的な楽曲解説に関しては、僕もあんまりそのフレンチハウス、フレンチタッチについてそこまで詳しいわけじゃないので、これは三田格さんのパンフの解説がすごく詳しいので、詳しくはちょっとこちらなんかを読んでいただきたいんですが。で、パーティーが始まる。ここからまたずっとカットが途切れないまま、ずっと続くわけですね。カメラはそれぞれのキャラクターをずっと追いかけながら、人物紹介とそれぞれの立ち位置説明的なものを手際よく済ませていく、っていうことですね。

もちろんね、性格とかもそうですけど、問題のサングリアをですね、飲む人と飲まない人、とか。それぞれのテンションとか立ち位置、力関係みたいなものを、そうやって見せていく。特に気になるのは、やはりこの場にですね、まだちっちゃい男の子がいる、っていうことで。ティトくんね。あれ、3つとか4つとかそんな感じ? 5つとかそんな感じかな? ティトくん。で、その彼、ティトくんをめぐって女性2人が交わす会話もですね、たとえばそのソフィア・ブテラ演じるセルヴァさんという振付師が、中絶経験の有無について問われる。で、その反応とかがですね、後々に彼女が、後半でパットトリップ状態に入ってしまって、錯乱状態になってしまう中で、ティトくんの悲鳴を聞いている時、彼女にはどう聞こえていたか、みたいなのの、やっぱり伏線になっていると思うんですよね。

で、その会話に来たところで、いかにもギャスパー・ノエ!的な字幕がブツッと挟み込まれて……ということです。ここでまず、パーティー序盤が終わります。

次第に暴力的なニュアンスを色濃くしていく中盤

で、パーティー中盤。ここはひたすらダンサーたちの、即興だというその会話パートになるわけですが。ただここも、一見冗長な会話に見えるかもしれませんけど、違うと思います、僕は。たとえば、わりとマッチョなあの男性2人チームがいますね。最初は他愛もないエロ会話なわけですよ。「いやー、ヤリてえな! イイ女ばっかりいるぜ!」みたいなことを言っているんだけども、だんだんその会話が、次第に暴力的なニュアンスを色濃くしていったりとか。やっぱりだんだんと……で、最終的には惨劇になることを、我々は知っているわけですから。だんだん惨劇への予感、緊張感が、実はね、あのしょうもない会話の流れで、だんだんだんだん積み重なっていく、ということですね。

おそらくこれは、即興演技をずーっと撮って、その後の編集が上手いんだと思うんですよ。そのニュアンスに合ったところを重ねているんだろうと思うんですけども。そして再び、ダンスパートが来ます。俯瞰ショットでね。ただし今回、今度は完全フリースタイルです。それぞれのスキルを順に見せていく、という感じ。そしてやはり、そのダンスそのものも、次第に荒々しく、暴力的に、あるいは性的にむき出しに、本性のようなものを出してくるようになってくる、ということですね。

で、ここで満を持したように、メインキャスト、スタッフのクレジットが、バーン、バーン!って出てくるという。ここにですね、僕はギャスパー・ノエの「ドヤ!」を感じましたね(笑)。「さあみなさん! ここから始まりますよぉ~! 本題の惨劇が……嫌な感じ、バッドバイブス、始まりますよぉ~!(ダーン!)」って。でもたしかに、非常にアガるクレジットシーンだったと思いますね。で、そこからついに、そのサングリアに、どうやらLSDかなんかを盛られている、っていうことにみんなが気づきだし、集団ヒステリー的な吊し上げであるとか、もともと抱えていたネガティブな感情がむき出しになったが故の、暴力の発露であるとかですね。

あるいはその、ギャスパー・ノエ作品らしい、「パニックの最中の完全に間違った判断」とかですね、それらの連鎖の果てに、今度は、外側の人たちみんなも怖いけど、自分の内側から湧き出てくる、デモーニッシュな衝動、負の衝動、それに操られてしまうがごときバッドトリップ状態……まさにパーティーは地獄と化していくわけですね。ここもずっとショットが、ロングショットで連なっていって。この空間の連なり感がまたね、「どこまで奥があるんだ? (悪夢的様相を増してゆくメインフロアに)また戻るのか?」みたいな感じ。照明の感じも変わったりして。

で、ただね、今回の『CLIMAX クライマックス』は、これまでのギャスパー・ノエ作品に比べると、たとえば『エンター・ザ・ボイド』とかが完全にその主観的な、憑依した状態の視点をずっと保っていた作品だったのに対して、あくまで今回は外側から、客観的な視点で見せるところを徹底しているわけです。たとえば、そのソフィア・ブテラさんがですね、どういうビジョンを見てこのバットトリップ状態になってるのか、っていうのは、我々にはわからないわけです。

だからこそ彼女が、「ギャーッ!」となった後、森の写真が貼られている壁を見て、「はっ、あら、森。いい感じ~。なんかちょっとエロい気持ちになってきちゃったわ……ってストッキングに手を突っ込んだら、ハッと気がついて、「ああっ、手が動かない! ああ、手が……ギャーッ!」ってなって。で、洗面所に駆け込んで、洗面所の鏡を見たらまた、「ドキーッ!」ってなっていて。そういう様子、その七転八倒が、非常に哀れでもあり……自分で自分をコントロールできない人、哀れでもあり、正直ちょっと滑稽でもある、というような感じだと思います。

ということで本作は、LSDによるバッドトリップを描いていますが、泥酔して暴れたりしたことがあるような人は、みんな他人事ではございません!ということで。しかも本作は、俺たちみたいに自分で酒飲んでこうなっちゃったわけじゃなくて、誰かに盛られたLSDだから。とても悲しい感じになる。これ、三宅隆太さんの『細かくて伝わらない、映画の苦手な場面』に通じます。要するに、自分がコントロールできない、っていう状態になってしまう。

■最後は文字通り「天地がひっくり返ったような」状態に

で、最終的には文字通り「天地がひっくり返ったような」騒ぎになってゆきます。まあ『デビルマン』のサバトの実写化みたいな。ただ正直あのシーン、ちょっと見づらすぎて……っていう感じで、ちょっと長く感じる方もいたかもしれない。僕も「ちょっとここ、全然なにが起こっているのかよくわからねえな」っていう感じがしましたけども。ただ本作、さらに切ないのは、そこから翌朝、シラフの視点……つまり、打ち上げ後の、白んだ朝の状態を見せるという。ここが残酷ですよね。あのカオスのまま終わったんならまだしも、何があったのかというその後を、客観的にさらにまた見せるという。

ストーンズの『悲しみのアンジー』のカバーバージョンに乗せて、全ては後の祭りという悲哀も漂う、という感じです。そしてさらにラストカット。言っちゃえばネタばらしなんだけども、ネタばらしをした後も、むしろ謎が深まる。みなさん、その映る人物の、アクションがひとつのネタばらしなんだけど、同時に、画面左側に置いてある本。これ、最初のインタビューを思い出してください。これ、左側の本に注目、みたいな感じでございます。ということで、非常にシンプルな一直線構造、ジャンル映画、ホラー映画的な楽しさもありつつ、結局のところ他のどの映画とも似ていない、他の誰も作らない、ギャスパー・ノエならではの1本になっている。

しかもそのジャンル映画的な枠組みもあって見やすい、ということで、ギャスパー・ノエ入門用としてよろしいんじゃないでしょうか。「打ち上げ映画」にまたひとつのね、なんか嫌な金字塔が立ってしまいました、という感じです(笑)。あと、やっぱり映画っていうのはこうやって、見たことがないショック、受けたことがないショックを受けるためにこそ、映画館に通っているところもあるな、ということを思い起こさせる。やっぱりギャスパー・ノエ、面白いなと思いました。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ターミネーター:ニュー・フェイト』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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