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復活! いまが人生最強、大黒摩季さん

コシノジュンコ MASACA

2019年11月3日(日)放送
大黒摩季さん(part 1)
北海道札幌市出身。1992年にシングル「ストップモーション」でデビュー。2作目のシングル「DA・KA・RA」をはじめ、「夏が来る」「ラララ」などのミリオンヒットを立て続けに放ち、1995年のベストヒットアルバム『バックビート#1』は300万枚を超えるセールスを記録しています。2010年に病気療養のためアーティスト活動を休止。2016年8月、ライジングサンロックフェスティバルを皮切りに、音楽活動を再開しています。

JK:わぁい! 大黒摩季が来ました!

大黒:ありがとうございます。次原悦子さんっていう私たちのファミリーの長女みたいな人がいて、そこの家にみんな集まって盛り上がっているときにジュンコママと知り合って。

JK:その当時、大黒摩季は有名じゃない? 神田うのも有名じゃない? 川島なお美さんもいて。ふつう夫婦って「●●夫妻」って言われるけど、私たち女性のほうが有名だから「妻夫」が当然でしょう、て言ってたの覚えてる?

大黒:お父さんたちが言い出したのよね。妻たちは忙しくて地方に散ってて、旦那さんたちは暇だからその間集まろうとか言って(笑)「妻夫の会」とか言って勝手にあつまってたんですよね。

JK:そうそう。大黒摩季・・・って、私なんかは呼び捨てしちゃうけど

大黒:でもあの家族感がすごく居心地がよくて、よく遊んでもらってました。イベントごとに呼ばれるメンツはいつも一緒だからね(笑)必ず同じチームが呼ばれるのよね。

出水:そんなに仲がいいということは、大黒さんの休養中はかなりご心配されていたんじゃないですか?

JK:6年も何してたの? 私なんか6年も無理だな。小学校全部じゃない。

大黒:いや、私も終わったと思ってましたよ! 女子的病気、内膜症とかいわゆるバリューセットみたいな感じで、子宮系疾患のセットだったんですよ。それを押してツアーをずっとやってたら本当に悪くなっちゃって、腹膜炎を頻発するようにしてて。

JK:でもそういうのを見せないからすごいね。哀しい思いをしたっていうんじゃなくて、元気な病人ていうか、その間も活躍してたじゃない?

大黒:元気な病人ね(笑)でも無理くりやってたんですよ。その後ちゃんとオペして今は全快してるんですのでパラダイスです! 痛くない毎日って最高ですよ!! だから今までの人生で一番肥えてるもんね。成長期(笑)

JK:今いくつよ?

大黒:えーと今年50になります(^^)40代のベテランから50代の若手になれてフレッシュな気分!

JK:まぁ可愛いもんね(笑)それが一番ノッてるってこと。元気が一番! それが摩季の特徴なんだから。

大黒:最近ブイブイしちゃっていい感じよ(笑)

出水:2010年から6年間、アーティスト活動を休止している間、北海道の長沼中学校の校歌や、東日本大震災で被災した福島県須賀川小学校へ応援歌の歌詞を寄贈されていますよね。

大黒:校歌は校長先生やご父兄の方たちが誰に校歌を作ってもらおうか、という会議をしたときに、北海道番付でドリカムはギャラが高いからな~、GLAYはもういないからな~、とかそういう中で、私の名前をご指名いただいた(笑) ひとつで2度オイシイじゃないですか、作詞作曲全部1人でやるなんて。

JK:永遠に残るわよね、その学校の歴史になるわけだから。

大黒:あれ感動しますよ! 歌碑! 運動会とか体育館とか。私高卒なんですけど、文化勲章でももらった気になりますからね(^^)永遠に残るから、責任あるんですよ。

JK:いいじゃない! ちょっと背伸びっていいわよ。

大黒:そうですよね! いつもふくらはぎ突っ張ってる感じだけど(笑)

JK:私はハイヒールだけどね(^^)

大黒:でも本当その時から、深酒するのやめよう、とかね(笑)

JK:考えてみると、そういうことすると悪いことできないもんね! 自分のためにも良かったわね(^o^)

出水:実際にそこの生徒さんたちと歌の練習をしたり、歌ってる姿を見たりしたんですか?

大黒:もちろんですよ! 教務の先生方と一緒にお子さんたちと向き合うこともそうだし。

JK:子供たちの声って、黄色い声って感じ? 可愛いのよ!

大黒:カワイイ。まぁ大人になってどんどん低くなっていくんですけど、女の子は小っちゃいころがMAX高いんですよね。男の子はまだ声変わりしてないから、女の子と同じ高さで。男の子の声変わり前、超カワイイですよー! 毎年毎年生えてきますからね、タケノコが(笑)抜かれてもまた生えてくる(笑)

JK:毎年新しい黄色い声が入ってくるのね(笑)

大黒:私もともとクラシックをやってましたので、合唱の譜面とか書くのが超幸せなんです。

JK:ピアノも小っちゃいころからやってたの?

大黒:まぁピアニストみたいには弾けないけど、曲作ったりアレンジしたりする程度には。

JK:じゃあ曲作るときはピアノ?

大黒:ギターも持つけど、ほぼほぼピアノですね。

出水:校歌や応援歌はあまり難しくないキーの設定なんですか?

JK:単純じゃないと覚えらんないもんね?

大黒:そうですね。でもね、最近の子はナメてると「できちゃうんだけど?」みたいな顔される(笑) それこそ少々背伸びさせる。大人になりたいじゃないですか。だからナメてかかると「ツマラン」って言われるので、ちょっと背伸び。ただ、5~6年生になると声変わりチームも出てくるんですよね。だから、どっちにいってもみんなが歌えるようなキー設定にして。そこのところはギミカルなんですよね、校歌を書くっていうのは。ポップスと違って制約だらけなので。

出水:そして2016年にはその北海道で、ライジングサンロックフェスティバルで復活されました。

JK:6年間病気で休んで、初めて大きいステージに出て。どんな気分ですか?

大黒:実をいうと怖がりなんで、1-2ステップにしてたんです。メディアにのったのはライジングサンなんですけど、ファンクラブの人たちと一緒にいわゆる産声ライブって言って、6年ぶりにひと声出すのを沖縄からシッポリ始めて。その後に、自分が高校生のときにやってたライブハウスでやって。ホップ・ステップ・ジャンプでライジングサン。本当に怖がりだから、いきなり東京で勝負する勇気がなかった(笑)

JK:だけど札幌は都会じゃないですか。

大黒:そうですけど、やっぱり泣いちゃう。出た瞬間に「おかえりー!」から入ってくるから。

JK:ああ、そうか!

大黒:札幌に帰ってきた「おかえり」と、業界に戻ってきた「おかえり」とでは、「おかえり」の絶叫は今でも覚えてます。

JK:でも泣いたら歌えないじゃない!

大黒:そこはこらえますね。泣いてグチャグチャになるのは大黒摩季のキャラじゃない(笑) 許されないっていうか。だから涙こらえてがーっと歌いましたね!

JK:それはやっぱり感動ね。

大黒:ライジングステージって3ステージあって、一番大きなところは千春さんとかBzが行くんですけど、私はレッドステージっていって2番目に大きいところで、若手が最初のほうに出てて、その最後だったんです。そしたら最初はメディアだけだったんですけど、音がなったらあれよあれよと、パイソンの群れみたいにいろんな人が来てくれて、道路まで満杯になっちゃって! さすがに泣けてきましたよね。

JK:やっぱり挑戦っていいわね。思いっきりやるべきよね。それでその波にずーっと乗ってるわけね。

大黒:そこから47都道府県のご挨拶めぐりを85本やりましたね。ちょっと最後は病んじゃったけど(^^;)3日にいっぺんぐらい歌ってましたもんね。修行しましたよ!

JK:声って毎日出してるけど、ちょっとお休みしないとマズいんでしょ?

大黒:そう。年齢との闘いもあって。でも超えましたね! 多分いま、人生で最強です。体と声は!

=OA楽曲=

M1. ら・ら・ら / 大黒摩季

M2. 女はつらいよ / 大黒摩季

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。