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ニュースのその後 #6 〜スーパー堤防編〜

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日々新しいニュースが飛び交う中で、忘れかけていた出来事を思い出し、その後を追う金曜日のプロジェクト「ニュースのその後」。

6回目は、
ニュースのその後〜スーパー堤防編〜

先日、甚大な被害をもたらした台風19号。

大雨による河川の氾濫が大きな問題となり、堤防やダムなど、治水についての関心が高まっている中「スーパー堤防」という言葉を久しぶりに思い出した方も多いのでは?
数年前も話題になったこの事業、現状はどうなっているのでしょうか?

ということで、江戸川区の元土木部長で、現在はリバーフロント研究所技術参与の土屋信行さんにお話を伺いました。

▼そもそも「スーパー堤防」とは?

事業そのものは、32年前に当時の建設省が始めたもの。地球温暖化などの様々な気候変動で想定外の洪水が起こった際、堤防が壊れてしまうと大変な被害になるので、“壊れない堤防”を作りましょうという構想ができ、『想定外に対応した堤防』を作りたいということから始まった。

堤防の形としては、河川の反対側の斜面を、3%以内の非常に緩やかな勾配(例:堤防の高さを10mとすると、幅が300m)につまり、堤防の高さに対して幅を30倍にし、堤防沿いの土地全体を盛り上げて、その上に町を作るというもの。

▼2010年の民主党の事業仕分けのとき、蓮舫さんが“200年に1回の災害が来るかもしれないからスーパー堤防を整備したいという前提は百歩譲って納得するが、400年かかる、12兆かかるのは、現実的か?”というような意見をして話題になりましたよね?

実は、“400年”というのはとても時間がかかるという意味で、なかなか沢山の予算をつけられなかったことも要因の一つだった。さらに、当時の計画では関東と関西で計800km以上が整備の対象になっていて、また盛り土をした上に住民の方々に住んでもらうには3年程別の場所に移って頂く必要があるため、対象地域の住民の皆さん一人一人と話し合いをして納得して頂くまでが、最も時間がかかる部分でもあった。最終的に、納得して頂いたところに予算をつけるという形だったため、とにかく時間もお金もかからざるを得なかったので一旦中止になったが、よくよく考えたらやっぱり安全の為には大事だと、再開を決めたのも実は民主党だった。

その後、大阪と東京のゼロメートル地帯に沢山住んでいる所を優先し、当初の800kmを120kmに絞り、概ね50年ぐらいでまとめようとスピードアップの見直しをされ、現在も事業は進んでいる。スピードアップのための改善としては、スーパー堤防事業には安全な町作りと町の再開発という面も付随するので、地域周辺の民間の事業(例:聖路加国際病院の立て替え)に合わせる等、地域に関わる様々な機関と協力して進められている。