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「尖った笑い論」

東京ポッド許可局

TBSラジオから、全国16局ネットでお送りしている「東京ポッド許可局」。マキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオが10月14日の放送で話し合っていたテーマがコチラ。

マキタ:昨今のお笑いのことについてちょっと話してみたいなって思うんですよ。お笑い語りっていえば実は『東京ポッド許可局』だったりするじゃないですか。

タツオ:やったね。さんざんやってきたね。

マキタ:初期の初期ですけども。ポッドキャストで我々、集まって。

タツオ:2008年、9年、10年。

鹿島 :もうM-1グランプリが終わったらみんな黙って、なにも感想も発さずにマキタさんの家に集まって。ヨーイドンでね。最近僕、「真面目にM-1を見る人」っていうのをやっていますけどもあれ、10年前の僕らのことですよ。

マキタ:元祖は我々だよ(笑)

鹿島 :自戒を込めてやっているわけです。「なにやってんだ、こいつらは?」っていう。

マキタ:当時はいろいろとあったと思うんですよ。まず2つあったというか。僕らが普段、お笑いに関して当たり前のように…特に話の合うこういう3人とかで、我々の理屈で話たりするという。でも、これはある種のタブーだった。それを嫌う人たちの方がほとんどだったので。

タツオ:さんざん言われましたしね。

マキタ:で、「そうではないものでも面白いものは面白い。お笑いを語ることは面白いですよ」っていう。自分たちは芸人であるっていうことは一旦置いておいた上で、「お笑いを語ること自体、面白くない?」って。

鹿島 :ライブが終わった後、よくずっと昔からしゃべってたもんね。

マキタ:そうそう。もうひとつ、大きかくあったのはM-1っていう番組自体が面白かったから、語らざるをえなかったっていうのはあると思うんですよ。これは。ただ一視聴者としてそうならざるをえないぐらい、魅力的だったと思うんですよ。明確なルールがあったり。

マキタ:あの当時はたとえば結成10年以内の若手芸人が4分という時間内で漫才を……「新しい漫才を創造せよ」というような、そういう紳助さんからメッセージがあった上で行われていたし。その中でいろいろとイノベーションが起こっていった瞬間とかを、それこそ最初から見ていくと本当に劇的にいろいろと新しいモードみたいなものとかが提示されていったから。それはもう自然とか語れたよね。

鹿島 :あと、ヒリヒリしてたからね。なんかすごいものを見てしまったっていうね。それはやっぱり語りたいよね。

マキタ:で、行くところまで行って、一段落済んで。またM-1も終わったり。たとえばその象徴は笑い飯がなかなか優勝できなかったのが最後、笑い飯が優勝して終わって……なんていうところまで見届けて。

タツオ:まあ、主人公ですよね。

マキタ:で、これがまた我々の実人生の面白いところで。俺ら、仕事が好調になってきちゃって。忙しくなってきて。で、なんかお笑いを語るということ自体にあんまり興味をなくしていきませんでしたか?

鹿島 :たしかにそうなんです。次第に自分のその汁の食べ方とかね、自分の話で。それでよかったりなんかしてね。楽しんでいただいて。

タツオ:だからTHE MANZAIになったタイミングぐらいで「もういいかな?」みたいな。俺個人で言えばトレンドみたいなものがなくなって。すごいフラットに、本当に演芸のタイムみたいな感じになったので。別にこれはこれでいいし、特に語るほどでもないのかなって。

鹿島 :だから、俺らもM-1に育てられたんだよね。

タツオ:なに言ってんだよ(笑)

鹿島 :M-1が生んだ怪物なんだよ、俺らも(笑)

鹿島:だって考えてくださいよ。10年前を……怪物ですよ。こんなの。怪物。どうするんだ、もうこんなに大きく育っちゃって。

マキタ:フフフ、上手、上手。PK、いいよ。PK、いいぞ!

鹿島 :で、最終的には日清さんが。あんな1000万とかやっていたのが。10分どん兵衛なんて。

マキタ:我々をスポンサードしたんですよ!

鹿島 :Win-Winみたいな。まあ、だいたいおじさんが「Win-Win」って言う時は怪しいんです。気をつけた方がいいですよ。お菓子の下から金貨が出てきたり。怪しいですけどね。

◆行くところまで行ったお笑いと「お笑い語り」

マキタ:でさ、ちょうどTwitterがだんだん台頭してきた時、お笑い語りを結構短い中で、自分の脊髄反射的に反応できるものとしてやっていた時に、俺は気持ちが引いたのね。「一緒じゃねえ」っていう変な自意識もありまして。そういうのもあって興味をなくしていったこともあったんだけど。でもそれも経過して、いまや塙くんとかが本当にM-1とかを……漫才で第一線級で活躍してる彼が出してる本とか結構売れて。

タツオ:『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』ね。

マキタ:で、俺も読みましたけどすごく実に面白いし、明晰でね。本当にお笑いのど真ん中で、しかも演芸場にずっと出続けている…

鹿島 :で、なんだったら俺らが語っていた10年前のM-1の、まさに主人公だもんね。語られる側の人が語り始めたっていう。言ってみれば、僕らがずっと歌を歌っていて、「本人登場」みたいな感じ。だから僕は正直、塙くんの本とかホッとしてます。ちゃんと本物にバトンを渡せたっていうか。俺ら、すごいこれまでに耕しておいたから……っていう。そういう感じ、ないですか?

マキタ:あります。で、やっぱり本人が語っているんだったらもう語る必要も全くないなっていう感じが。

タツオ:2008年のM-1の決勝のファイナリスト3組に入ったからね。オードリーとナイツとNON STYLEだったからね。

マキタ:で、その時はNON STYLEが優勝をしたんだよね。で、その手数論がピークに来ていた時だよね。きっとね。で、漫才の工夫をナイツもやって。これ以上、ボケ数が増やせないっていう臨界点まで持っていったはずなんだけど、あの時にNON STYLEがもうそれを上回るボケ数で。あと、ノーミス。ものすごい精緻でよくできていて正確無比な漫才をやることで優勝したりとかして。あそこがまたちょっとモードとしては面白かった。

鹿島 :俺、自分でしゃべっていて、でもタツオとかマキタさんの話も聞けるじゃない。なんかM-1と許可局がセットで。「ああ、これは面白い場にいるな。面白い番組だな」って思っていたよ。本当にあの、週刊プロレスのいい頃だね。試合そのものもいいんだけど、早くこれをどう見たのかを知りたいっていう。

タツオ:で、翌年にちゃんとスリムクラブとかが入ってきてね。

鹿島 :だから、俺らM-1だよ。

タツオ:フフフ、「うちらM-1だよ」ってなんだよ(笑)。

マキタ:人はそれを「活字漫才」とね…。まあ、俺らが言っていただけだけども。それで、そういうことをやっていたものが、ひとつアングラのとんがったインタレスティングな面白いものの提示だったと思うんですけども。それを本チャンの人たちがやってさ。俺もいくつか、アメトーークでお笑いのことを……たとえばツッコミがすごい芸人とかって語り合って。イチャイチャしながらやっていたりするわけでしょう?ゴッドタンもやってたりするでしょう。お笑い芸人がお笑いを存分に語るみたいな。それがさ、テレビっていう現場で行われるぐらいになったってこれさ、すごくない?

タツオ:まあ、手品師がいきなりタネの話をしてるからね。もう終わりだよね。

マキタ:だから、行くところまで行ってるんだと思うんですよ。その揺り戻しじゃないけども。キングオブコント2019、どぶろっくがドシモネタで優勝してるんだよ。

タツオ:必然。だから俺もああいうのって必然的なものだと思うんですよ。お笑いが高度になりすぎて、もうお笑い芸人が手の内を明かすようにしてそれを話し、またそれを視聴者が楽しみにして見ているっていう状況は令和のこの時代にあって、日本のお笑い、成熟の極みじゃないかなって。で、それの揺り戻しでものすごく古式ゆかしい、お年寄りから子供まで嫌ったり大絶賛するようなシモネタが受けるんだよ。

鹿島 :だから考えすぎてガラガラポンになった感じですよね。いいですよね。M-1、お笑いコンテストを真面目に見る人がピークに達してシモネタが勝つっていう……まあ、シモネタっていうか音楽ネタですけど。あれが勝つというのはすごく痛快というか、象徴というか。なにも言えなくなるじゃないですか。「シモネタなんかやるな!」とか。それは正論のツッコミなんだけど、それをひっくり返しちゃうっていう。

◆音楽分析系のテレビ番組の流行

マキタ:いま、(お笑いと同様に)いっぱいそういう音楽アナリーゼ的な番組とかが結構流行っていたりするんですよ。他にもいっぱいあるんですよ。

タツオ:YMOもね、スコラっていうのをやっていましたしね。

マキタ:亀田誠治さんもNHKで番組をやっていました。

タツオ:楽理みたいなね。

マキタ:そう。ヒャダインとかがそういうのを分析チックに紹介したりとかする番組もあるんですよ。分析系のネタが流行っているのはJ-POPも行くところまで行っているんだと俺は思うんですよね。飽和して。で、こういう状況とか俺はいいことなのか悪いことなのかはよくわからないけど、これは成熟なんでしょうか、タツオ先生。

タツオ:この流れを悲観するよりは楽観的にというか。前向きにとらえた方が面白いかなと思うんですけど。たとえばその「笑理」みたいなね。音楽の理論で「楽理」みたいなもの、笑理みたいなもの。僕も研究してましたし、論文も書いたりしていますけども。そういうものが表に出てくることで1個、ステージが進んだかなっていうことはあるんですよね。それは野暮ですけども。

タツオ:手品師が手品のタネを発表して、もうシェアをして。じゃあ、もう次はどの手があるのか?っていうと、タネはわかっているのに何度見ても見事な手品か、やっぱり見たことがない手品の2種類が残ると思うんですね。そう考えると、どぶろっくの優勝っていうのは「揺り戻し」っていうよりかはタネがわかっていて、1個フィルターが入ってるんですよ。つまり、視聴者が普通のシモネタとして受け止めて笑ったんじゃなくて、「シモネタかよ(笑)」が入ってるんですよね。

だから、突っ込めるんですよ。下に見れるんですよ。安全に笑えているんですよ。つまり、初めて「くだらない」っていうものの存在に気づけた瞬間だと思うんですね。「面白い」を突き詰めてる人って面白いことしか考えてなくて、「くだらない」に神経を払ってなかったと思うんですよ。

鹿島 :それこそ「真面目に見る」っていう価値観がね。

タツオ:俺はずっと言ってるんです。「くだらないがすごい強い」って。で、もっと言うと、テレビでのお笑いはここで終着駅だと思うんですよね。というのは、普通の理屈で考えればですよ、行き着く先はテレビのお笑いは「シモネタ」「ダジャレ」「モノマネ」「動き」「顔」。これに勝てるものはなくなるので、おしゃれな言葉のやりとりや構造主義的なネタの構成、あとは単純にネタの良し悪しっていうことも含めてですけど。

タツオ:シチュエーション物とか。というのはもう「演芸」っていうジャンルにどんどん組み込まれていくと思うんですよね。で、テレビのお笑いっていうのはやっぱり目で見て瞬間にわかるものっていう風になると、くだらないもの。あるいは即座に理解できるシモネタというものになりますよね。じゃあ、今後どうなるかっていうことを考えると、たぶんメディアを変えてネットが主流になると思います。そうすると、「みんながわかるもの」っていうよりはニッチなものでも強いものっていう。

鹿島 :『全裸監督』現象ですね。「そこで自由にやってください」っていう。そうだね。

タツオ:で、実際にYouTuberとかは、もはやそういう領域で戦っていて、知っている人は知っているけど、知らない人は全く知らない。でも今、スポーツ全般がそうなってるように…「お笑いもやっぱりスポーツと肩を並べるべきだ」って松本さんが考えたようにね。やっぱりスポーツとして分母が限られたところでの勝負っていうことになっていくと思うんですよね。実際は『ドキュメンタル』とかもネット配信ですし。徐々にネット配信とかYouTubeとかでネタをやっていくっていう人が増えて、一定の分母に支えられる人。だから東京ポッド許可局のビジネスモデルと同じなんじゃないですかね。我々はちょっと早かったんだと思うんですよ。

鹿島 :確かにそうだね。そうなるともう「なんとしてもテレビに出たい!」っていう価値観じゃないもの。「じゃあ、こっちの媒体でいいじゃない」って選択できる。そういう、今までの二択みたいなものじゃなくてね。

タツオ:芸人に求められるのはキャラが濃いか、空気を読めるかの二分法になっていくと思う。テレビ的には。ということは、もう「ダメよ、ダメダメ」みたいな…やっぱりノベルティですよね。企画物じゃないですか。だからあれ、毎年コンビ名すら変えて、キャラも変えれば永遠に無尽蔵に出てくるわけですよ。

鹿島 :あともうひとつ、健康バラエティみたいなものが受けてるってのは、見てただ終わるんじゃなくて「得をする」ことじゃないですか。得をするっていうのがもしかしたらさっきマキタさんが言っていたような、お笑いの「実はじゃあ、これのタネ明かしをします」みたいなもの。そうすると、見て得をするじゃないですか。賢くなったような気がするじゃないですか。視聴者側は。

タツオ:そうなると、もうプログラムしてる側の芸人がいろいろ考えてる賢い生き物だっていうことも、そして台本が存在するものだっていうことも全部バレてるじゃないですか。「いや、それ面白くねえよ!」っていう。もうそれ、お笑い疲れするからシモネタも受けるよっていう。「シモネタかよ!」ってみんなが突っ込めて安心できる。緩むじゃん。

◆「尖った笑い」

マキタ:俺、それに連動して言うと最近、「尖った笑い」みたいなことが表に裏に言われたりする。俺、しばらくあまり若手芸人と絡むこともなかったんですけど。たまに若手芸人とかと絡んだ時、俺らしくちょっと言葉を立てた言い方、あるいは時事ネタみたいなことも含んだ上でやると、「尖ってますねー!」みたいな感じで若手が突っ込んでくる。つまり「尖ってますね」マークを付けることで「そっち側ね」っていう扱い方をする傾向にあるんですよ。

タツオ:いろいろ間違ってるね。まず先輩のネタに「尖っている」って評価を後輩が言っちゃダメでしょ? まず。「お前がなんで評価を出す側なんだ?」っていう。

マキタ:「それ、パワハラじゃない?」っていう(笑)

タツオ:笑いは本当はそもそも尖ってる。だから「尖った笑い」っていう言葉があるっていうことは、「尖ってない笑いが好まれてる」っていうことですよね?

鹿島 :好まれているから、その中からファミレスのメニュー表みたいに「じゃあ、これを選ぶ」とか、そういうことですか? でもマキタさんとかは「やらざるを得ない」っていうのもあるじゃないですか。

マキタ:そうそう。やらざるを得ないとか言わざるを得ないっていう言葉しか、俺はもう残しちゃいけないと思ってるんだけど。その説明、今からさせて。そういう若手芸人で、既に「尖ってますね」っていう言葉を選んでいる時点で、あんまりこの子は才能がないんじゃないかなって僕は思うんですよ。つまりね、そんな俺、ディフェンシブな言葉には興味がないんですよ。わかります?

マーケット的な判断で「お客さんにはこういう傾向のものが受ける」っていうことを情報としていっぱい持ってることの方が、プロの芸人らしくていいことだとは思いますよ。だけど、それよりも前にあるべきことはまず、自分はなにを面白いと思っているのか?っていうこと。「尖っている」ということが受けないからっていうことだけで、自ずとそういうものを除外していくセンスっていうのはつまんないし、ダメだと思う。その人間には俺、オピニオンはないと思うんですよ。

タツオ:まあ旧テレビ的発想ですよね。

マキタ:そんなの、ダメじゃないですかっていうことですよ。でも、発する側は…俺は思うんですけども。致し方なく言えるかどうか。つまりね、結論を先に言うと、もう「笑わす」っていう姿勢がダメなんじゃないかと思うんです。自分が本当に思っているオピニオンで、主張があった上で、それとつながった肉体を持った言葉で笑われるっていう態度が、俺は一番「ネオ道化」だと思うんです。その方がピュアだし、本当はお客さんが見たがってるものだと思う。だから、変な精神論ですけど責任が取れないような毒舌はダメ。

マキタ:自分の肉体を通した言葉での毒舌だったらアリだと思うんですよ。尖っていたってアリなんですよ。あとは結局、芸人は受けなかったらダメだし。そういう判断も自分ではできると思うんですけど。とはいえ、本当にいま俺、煎じ詰めていくと、そういうピュアな発信とかピュアな精神性に基づいた上での発言をした時に、結果的に「コイツじゃしょうがねえや」っていうところまで持っていけるのが芸の力だし。あるいはそういう信念がコミカルになってる、転じているもの。笑わせるんじゃなくて、もう笑われるっていうところまで行かないと、価値がないんじゃないかって。

タツオ:そうですねえ。

マキタ:だからディフェンスが強くなっていっちゃってる。信念で笑われることを突き詰めていくオフェンス力がないと、芸人としてはつまらないんじゃないかなって。

鹿島 :マキタさん、ネタに関してはそういう現象、すごくよく分かるんですよ。で、その結果、芸人らしき…もう本人が好きでやってるだけなんだから…って言うので、結局笑われてる、面白がられてるっていうのって、本ネタとは別として「◯◯芸人」ってそこに、まさにあるじゃないですか。例えば、家電芸人とかバーベキュー芸人とか。でも、ただ好きなだけで本人はそれで売れようとは…。人様の前でしゃべってお金もらおうと思ってない。ただ好きだけ。

鹿島 :だけど、周りが「様子がおかしいからお前、ちょっとそれをしゃべってごらん」っていうので成り立って。それでひとつのビジネスになる。それってまさに芸人性そのものじゃないですか。◯◯芸人の方が。ネタの話になると、そういうややこしい、わかってない解釈とか入ってきちゃうから。で、その「尖ってますね」っていう言い方とセットになっているのが、お笑いが特に好きではない文化人とかが「なんで尖った笑いをやらないんだ!」っていう(笑)それとセットなんですよ。その2つのセット、僕は本当にいらないと思っていて。それでそこでの論争みたいなのがやんややんややっていて。

タツオ:「日本のお笑いは未熟だ」みたいなね。

鹿島 :いやいや、本当に勘弁して。だってお前、お笑い好きじゃねえだろ?見てねえだろ?っていう。

タツオ:マキタさんがいま言っていたことを若手に求めるのはちょっと酷かもしれないね。その、「言ってることとその人を一致させるのが本来だ」っていう話じゃん。それは「ヒューマン(Human)」だから。「Humor」だから。

マキタ:ユーモア(Humor)の語源ね。

タツオ:到達だよ。それは、ゴールだよ。

鹿島 :だから、この映画のタイトルを言っていいですか?『東京アディオス』っていう映画。大塚恭司監督、僕らお世話になりましたよね。仕事のない時に。あの人、本当にそういう芸人が大好きなんですよ。もう後がない芸人っていうか、世間的には地下芸人って言われるような。でも「なんで?」って言ったら、やっぱり映画を見てもそうなんですけど。バイトに追われてバイト先ではさ、すごく年下にこき使われて。で、家族はもうだっていい年まで芸人を売れずにやってますから。

家族も面倒見なくちゃいけない。で、「あんた、何を東京でやっているの?」って言われつつも、「いや、俺はネタをやるんだよ!」ってシモネタをやってるわけです。もう傍から見れば「なんでこの人はこれを…?」って。でも、それしかないからたぶん大塚さんみたいな人から見ると、たまんないんだと思うんですよ。いちばん芸人性を感じちゃうんですよね。だってメリット・デメリット関係なくてやっていたじゃないですか。でも、考えてみたら俺らだってそうだもんね。最初はね…

「尖った笑い論」。実際の音声の全編は、ラジオクラウドでお聴きください。