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エルトゥールル号遭難事件をご存知ですか?

檀れい 今日の1ページ

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女優の檀れいが毎回、その日にまつわる話題や風物詩などを交えてお届けする「檀れい 今日の1ページ」。今日は、「日本とトルコ共和国」をつなぐ歴史の物語をご紹介しました。

今から129年前、1890年・明治23年の9月16日の夜半過ぎ、当時のオスマン帝国、現在のトルコ共和国からの使節団を乗せた軍艦「エルトゥールル号」が和歌山県串本町の紀伊大島沖で座礁する事件が発生しました。

猛烈な台風によって、岩礁に激突した船は、蒸気機関が爆発。船体が真っ二つに割れ、沈没してしまうほどの事故で「オスマン・パシャ提督」が率いる600名以上の使節団のうち提督を含む多くの乗組員が亡くなる悲しい出来事となりました。ただ、付近の住民の懸命な救助活動で69名の乗組員が救われたことは不幸中の幸いでした。この生存者たちは、手当てを受けたのち、日本の海軍の巡洋艦によって帰国の途につくことになった・・・これが「エルトゥールル号遭難事件」のあらましです。

もちろんオスマン帝国側も日本への大きな感謝の気持ちを表しました。
船が沈没するほどの嵐の中、自らの危険を顧みずに村人たちが救助に当たってくれたことを知っていたからです。トルコと日本の友好はこのことをきっかけに生まれ、また、トルコの歴史の教科書でも紹介されていることから「トルコは親日国」と呼ばれるほど日本への親近感は高くなりました。

月日は流れ、1985年・昭和60年の3月。
イラン・イラク戦争のさなか、当時のイラクのフセイン大統領が「48時間後にイランの上空のすべての飛行機を撃墜する」と表明。〝すべて〟とは民間の飛行機を含めてのことです。各国はイラン在住の自国民のための救援機を派遣し対応しましたが、日本は自衛隊機の派遣が当時の法律では叶わず、イランに住む日本人およそ200名が孤立してしまいました。

時間内に空路での脱出か。それとも戦火のイランに取り残されるのか。
タイムリミットが迫るなか、手を差し伸べてくれたのはトルコ政府がチャーターした「トルコ・エアライン」の飛行機でした。イラン駐在の日本大使がトルコ大使に救援を依頼したところ、トルコ国民の脱出を陸路に振り替えてまで飛行機を用意してくれたのです。

日本からの感謝に対し、トルコ政府はこう答えたそうです。
「エルトゥールル号のお礼です。私たちは日本の恩を忘れていません」

TBSラジオ「檀れい 今日の1ページ」月~金曜日 朝6時20分頃~放送中です。
ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。
パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。