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宇多丸、『ライオンキング』を語る!【映画評書き起こし 2019.8.23放送】

アフター6ジャンクション

 TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、『ライオン・キング』201989日公開)。

オンエア音声はこちら↓

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞して評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのはこの作品『ライオン・キング』。(サントラが流れ出す)……ちょっとこう、笑っちゃうぐらいの、なんていうんでしょう、古典感なんでしょうね。あまりにも古典すぎてというか。1994年のディズニー長編アニメーション映画『ライオン・キング』を『アイアンマン』や『ジャングル・ブック』などなどのジョン・ファヴローがフルCGで超実写化。

アフリカのサバンナを舞台に、幼いライオン「シンバ」が困難を乗り越え王へと成長していく姿を描く。動物たちの声をドナルド・グローヴァーやビヨンセ、セス・ローゲンなどが演じた、ということございます。ということで、この『ライオン・キング』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。ただしですね、メールの量は「普通」! 『ライオン・キング』、超拡大公開をドーンとやってね、興行収入もいまのところ今週は1位だったりしますけども、普通ということで。

賛否の比率は「褒め」が3割、両論併記が2割、否定的感想が5割。賛否両論というより、否定的意見がはっきり多いムードという感じでございます。褒めている人の主な意見は、「とにかく映像がすごい。動物がめちゃくちゃリアル」「音楽も豪華ですごい」。この2点にほぼ集中しております。否定的な意見は、「映像はすごいけど肝心の話が昔のまんまでつまらない。そもそも話自体がもう古いのでは? リアルな映像でそれがより際立ってしまった」「リアルになった分、動物たちの感情表現が乏しく、分かりづらくなった」などなどがございました。

■「無理に過去のディズニー的な枠に収めた話をいまやる必要があったのでしょうか?」(byリスナー)

代表的なところをご紹介いたしましょう。褒めている方。「ヒトミッティ・スカンク」さん。「音楽好きで動物好きな人なら、ただただ悶絶の映画であります。さすがディズニー、鑑賞したらやっぱりめっちゃ面白かったです。まずは音楽がすごい。ファレル、エルトン・ジョン、ビヨンセなど超一流のミュージシャンばかり。音楽好き人間の私はエンドクレジットも最後の最後までノリノリで体を揺らしたりしてかなり楽しめました。そして映像の素晴らしさは、大自然の中に自分がいて、まるで本物のライオンがすぐそこにいるかのよう。モフモフもついにここまできたかと思いました。圧倒されるくらいの美しい映像だけでも劇場に足を運んだ甲斐があったというものであります。動物好きの私は終始悶絶です。

映像が本当にリアルすぎるゆえ、子供たちはこの映画を見て、『ライオンって王国を作ってて、王位継承システムなんだ』と思い込んでしまうかも、というおそれが出てくるほどです。ライオンに見せてやりたいと思います」。なんだ、そりゃ(笑)。

あと、もう一方でダメだったという方。「オムライス食べ太郎」さん。「さすが超実写版を宣伝するだけのことはあるなと思います。が、リアルになりすぎて(顔に傷が入っている悪役の)スカーくらい特徴がないと、どのライオンが誰なのかわからないし、特にメスライオンはなかなか見分けがしづらい。表情の変化などアニメ的な演出もないので、歌のシーンがなんだか地味で物足りなく見えてしまいました。

しかし個人的には見た目の問題よりも、オリジナル版のほぼそのままの話の展開がすごく時代遅れな内容になっていることの方が気になりました。(こちらもディズニーの傑作アニメーションである)『ズートピア』で肉食動物と草食動物の関係について扱ったり、最近の作品では既存の価値観からの脱出をテーマにしているのに、生命の循環を無理に過去のディズニー的な枠に収めた話をいまやる必要があったのでしょうか?」ということでございます。

ということでみなさん、メールありがとうございます。

■今回のリメイクは限りなくオリジナルに忠実な「超実写版」

私も今回『ライオン・キング』、TOHOシネマズ六本木で2……ただ、時間がなくてちょっと今週、ごめんなさい、英語字幕版しか見れておりません。2回見ましたけども、吹き替えが見れていなくて申し訳ございません。まあまあ(お客さんは)入ってましたけどね。ただ今週、僕はようやく(現在劇場公開中のリメイク版)『アラジン』を見たんだけど、(公開からかなり経っているはずの)『アラジン』が、満席だったんですよね。それに比べるとやっぱりね、なんか場内の熱気みたいなものは、ちょっと低めに感じましたけども。

『ライオン・キング』。オリジナルは言わずと知れた1994年、いわゆるディズニー・ルネッサンス期という……ディズニーは一時期すごく落ち込んでたんだけど、復活を遂げたディズニー・ルネッサンス期を代表するメガヒット作。どれだけメガヒットかというと、これはWikipedia情報でございますが、物価上昇率を計算に入れたランキングでは、映画史上最も観客動員数が多かったアニメーション作品、という。インフレを考慮しなくても3位。そして、セルビデオという意味では全映画中1位。サントラもアニメーションでは1位、というWikipedia情報でございます。

で、さらに、元のアニメーションもすごければ、みなさんご存知の通り、1997年初演の舞台ミュージカル。日本でも劇団四季が1998年から現在に至るまで上演し続けていて……なんていう説明もいまさら不要なほど、とにかく誰もが何かしらの形では触れたことがあって、いまも愛され続けている、ビッグタイトル中のビッグタイトルなわけですね。

で、それをここに来て、先ほどから言ってる日本の宣伝文句で言う「超実写版」……要は実写と見まごうばかりのフルCGでリメイク、ということです。まあみなさんご存知の通り、これもね、近年ディズニークラシックの実写リメイクとか、後日譚、あとは現代風アレンジ版っていのが連発されている流れがあるわけですけど。その意味では今回の超実写版『ライオン・キング』、その中ではですね、少なくともストーリーなど……ストーリーはもう本当にシンプルな、いわゆる貴種流離譚ですよね。

ちょっとシンプルすぎるきらいがあるっていうのは、僕はちょっとこの話、気になるんだけど、まぁ貴種流離譚。そのストーリーなど、作品の骨格に関しては、限りなくオリジナルに忠実な部類と言える。まあたとえば、それこそオリジナルまんまの部分で言うと、ムファサっていう最初のお父さんライオン、王様であるムファサの声をやっているのは、ジェームズ・アール・ジョーンズが引き続き演じてますからね。やっぱりあの倍音成分が常人の10ぐらいある、声を発しただけで人を威圧するあの感じは、ジェームズ・アール・ジョーンズじゃなきゃ出ない、ってことなのかもしれませんけどね。

■アニメ版を頭に叩き込んでから観ると「似てるの違う」というい非常に不思議な感覚になる

そんな感じで、非常にオリジナルに忠実な部類と言えるという。で、それが非常に如実に表れているのが、たとえばこのタイトルがドーンと『ライオン・キング』って出るまでの、オープニング。それと、対になったエンディングですね。要は、その王国における祈祷師の役割ですかね、マンドリルのラフィキっていうのが、赤ん坊時代の主人公・シンバを、岩の上で掲げてみせるという。で、パーッと光が差して。それで動物たちがワーッと頭を垂れるという、要は「君主制万歳!」っていう場面。非常に有名すぎるくだりでございますけども。

あとは、そのオープニングと対になったエンディングのくだり。ここですね、カット割りとか、あとは画面構成、レイアウトとか、当然音楽のつけ方とかまで、ほぼ……全部が完全にではないんだけど、ほぼオリジナルを、驚くほどそのまま踏襲してます。だから、サイがグッと顔を上げたりとか、象の牙の上に鳥が乗ってますよとか、そういうのをほぼほぼ踏襲してるという。事程左様にですね、今回まだ見てない方はぜひ、一度元の、94年のアニメーション作品の『ライオン・キング』をしっかり見直して、頭に叩き込んでからご覧になった方が、この試みの面白さ……今回の超実写版の面白さ、というか、はっきり言って異常さが(笑)、よりはっきりと際立つ、わかると思いますので。再見しておくことをお勧めします。

逆に、元のアニメーションを見たことがないという方は、今回の超実写版を見てから元のに遡っても、またいろいろと、「ああ、こういうことなんだ」って腑に落ちる部分が多いかもしれませんけどね。というのも、さっき言ったように、カット割り、画面構成、音楽の付け方、編集のタイミングとかまで、これだけオリジナルをまんま踏襲していながら、元のオリジナルが、いかにもアニメーション作品といった感じで……要は、漫画的に誇張されたキャラクター世界だったんですよね、オリジナルは。

それに対して、今回の超実写版はですね、先ほどから言っているように、まるで動物ドキュメンタリーを見てるような、あまりに自然に実写的すぎて、意識しない限りは、実はありえない映像を見てるんだってことも忘れてしまいそうなほど、とにかく本物っぽい動物たち、および世界が、そこに映し出されているわけですね。なので、さっきから言ってるように、やってることは『ライオン・キング』そのもの、レイアウトとかカットとかショットの連なりは『ライオン・キング』そのもの、見たことがある画の連続なのに、映し出されているものが決定的に違う、という、非常に不思議な感覚をまず、このオープニングで味わうことになるわけですね。

■超リアルな技術的到達点! ……にして、非常に実験的な問題作

監督のジョン・ファヴローさん。いろいろ撮ってますけど、2016年の『ジャングル・ブック』。これが非常に重要ですね。まあ『ジャングル・ブック』のリメイク……超実写リメイクをしたわけですけど、それもほぼ同様の方向で、とてつもない映像をつくり出していたわけですけど。それでもですね、その2016年の『ジャングル・ブック』の時点ではまだですね、質感……いろんなその動物の質感とか、カメラワークに、CGらしさっていうのは明確に刻まれていたわけですね。あと、動物も、もう少し擬人化方向で微妙にデフォルメはされていたし。あとは主人公は実写の人間だった、というのもあります。

それに対して、この3年後の本作では、更に技術が段違いに進んでいて、本当にもう、CGとは思えない領域に入っている。何でもですね、現実のカメラの様々な動きなどを、物理的にシュミレーションして、バーチャル空間で再現している。つまり、バーチャル空間を作った上で、そのバーチャル空間の中で、「本当に」カメラを動かしている、しかも実際の物理シミュレーションをした上で動かしている、ということ。だからこそ、実写作品で本当に数々の美しいフィルム撮影を残してきたベテランカメラマン、キャレブ・デシャネルさん。これをね、「撮影監督」として呼んできたりしてる。

だから、すごく実写に近い撮り方を、デジタル的にやっている、というのかな。そういう撮り方をしているわけです。なので、カメラワークとか、あるいはレンズを通したような映像の見せ方が、とにかく自然なんですね。要はその、バーチャルに世界が、(コンピュータの)中にもう完全にある中で、カメラを「本当に」物理法則に従って動かしている。もうひとつの世界の中で撮影している、みたいな。そういうやり方をしてるわけです。驚きですけどね、これね。

で、もちろん動物たちの挙動なども、本物を限りなくトレースしているわけです。これ、試みとしてはですね、元のアニメーションの『ライオン・キング』の、さらに原型のひとつである、1942年の、みなさんご存知『バンビ』に連なるものと言えるかもしれない。『バンビ』というのはね、なにかと『ライオン・キング』と類似が取り沙汰される手塚治虫『ジャングル大帝』の、そもそもの元ネタが『バンビ』ですから。だからまあ『ジャングル大帝』のね、(パクリや盗作や)なんとかだっていうのを、やいのやいのと言い過ぎない方がいいと思います、っていうね。『ジャングル大帝』だって『バンビ』のパクリじゃないか?っていうのもあるから。

まあとにかく、1942年の『バンビ』の試みに連なるもの、と言えるかもしれない。要は「本物の動物の挙動を、いかにアニメーションで写し取るか、表現するか」という挑戦なわけですね。これ、みなさんぜひ、改めて『バンビ』を見直していただくと、実はちょっと気持ち悪いほど、鹿という動物の生態を生々しく描写している。そこに物語の大半が割かれている、っていうことが分かると思うんですけども。その意味で今回の超実写版『ライオン・キング』っていうのは、そうやってディズニーが脈々と繰り返してきたトライ、実験の、まさに正統派最新版だ、という言い方もできるわけですね。

実際、少なくとも映像技術という意味ではですね、全カット、どころか全瞬間、もう完全にアートの領域というか、ひたすらに美しいし。まあ現時点での、技術的最高到達点なのは間違いない。もうその映像にひたすらうっとりするっていうだけで、十二分にチケット料金の元は取れる、という風には保証いたします。ただですね、逆に言うとこれ、非常に実験的な映画でもあって。それゆえの異様さ、バランスの悪さが嫌でも目に付く、気になる一作でもある、ということですね。

だからそこを、この異様なバランス、実験性の部分を、面白がれるか、「興味深い」と思えるかどうかが、評価の分かれ目だと思うんですね。端的に言うとですね、今回のスーパーフォトリアルな絵柄とか、あるいは超絶ドキュメンタリックなその動物描写、というのに対してですね、『ライオン・キング』という物語がもともと持っている、お伽噺性、漫画的な誇張、さらに言えばミュージカル要素という、ある種最も人工的な作劇、そういったものが、ぶっちゃけ相当ミスマッチなわけですね。

■リアルに描けば、作品内の「リアル」が立ち上がってくるのか?問題

まず、これもすでに多くの方が指摘されてることです、メールでも多かったですけども、あまりにもそのキャラクターたちが本物の動物っぽいものですから、そのセリフをしゃべっているところが、まるで『わくわく動物ランド』とかで、勝手に人間がセリフを当ててるっていう、そういう映像のバランスに見えるわけですよ。全然「すごく」見えないっていうか。あと、『一人ごっつ』で、そういうドキュメンタリー映像に松本人志さんがセリフを勝手に当てる、っていうのがありましたけど。本当、あれに近い。

もちろん、リップシンクにも限界があるわけです。なぜなら、動物の口は人間の言葉をしゃべるようにはできていないため! それをリアルに再現しても、ほとんどしゃべっているようには見えない、という限界が出てくる。要はこれ、こういうことです。作品内の「リアル」基準が、二重にあるんですよね。動物の描き方はすごく本物のように「リアル」。一方で、動物がペラペラ喋るという、作品内の「リアル」。このリアルの基準が、合ってないわけですよ。ゆえにむしろ不自然に……「リアル」にしたのに、不自然に、人工的に見える、っていうことになっちゃっている。

しかもそこにさらに、ミュージカルっていうもう1個、不自然な人工要素が加わったりしているから、いよいよ不自然×3乗みたいなことになっちゃっている、っていうのがあるんですね。つまりこれは、「フィクション内のリアル」とただの「リアル」っていうのは……要するに、その事象を「リアル」に描けば、フィクション内、物語内、作品内で「リアル」に見えるか?っていうと、そうじゃないんだ、っていうことを、逆説的に浮き彫りにする実験っていうか。だからたぶん、つくった側も、このバランスになるかどうかは、やってみなきゃわかんなかったんだろうと思うんですよね。で、つくって、たぶん今頃、「これはやっぱり……ねえな」ってなっている可能性、あると思うよ(笑)。「これ、逆に不自然だな」ってなっている可能性、あると思うんですけどね。

まあでもそこは、興味深い部分ではあります。あとはこれは、もうちょっとレベルとしては低い話ですけども、先ほどメールにもありましたけども、動物たちの見分けがつきづらい。特にメスライオンは、非常に特徴がつけづらいので、あえて名前を呼ぶ場面を多くして、見分けをつけさせてる風に見受けられるところもありましたね。

要するにナラっていう、ビヨンセが声を当てているメスライオンのキャラクターが向こうに行くところで、混同しそうなキャラクターが見送るわけで。そこで「ナラ!」って言うことで、混同しないようにするとか。そういう、若干説明を加えないと分からないところが出ちゃっている、というのもある。まあ、でもそれはレベルとしては比較的低い話ではある。

加えて、これは高橋ヨシキさんも週刊プレイボーイの連載で指摘されていて、まさにその通りだと僕も思いましたし、メールもそのことを指摘されていた方が結構いらっしゃいましたが、なまじキャラクターたちが本物と見まごうばかりにリアルなため……とはいっても、リアルって言うんですけど、「金玉ない問題」っていうのは一部で指摘されていて。昨日、実はchelmicoのレイチェルさんが帰り際に「ああ、あれですね。金玉ない問題ですね」って言い放っていきましたけども(笑)。まあ、それは置いとこう。裏から見たら金玉がないっていうね、それは置いておこう。

■お話は一応、現代的なチューニングを微妙にしてる

そうじゃなくて、キャラクターたちがなまじ本物と見まごうばかりにリアルに描かれているがためにですね、とはいえライオンなどの肉食獣が草食動物たちを捕らえて食らう、っていうことには変わりはないらしいこの物語世界の、要は本質としてはやはり弱肉強食であるらしい生態系をですね、「サークル・オブ・ライフ」という美辞麗句、美しい概念で、差し当たって正当化してみせる、という……この物語がもともと持っている、若干の欺瞞性、矛盾みたいなものが、よりはっきり見えるようになってしまっているという。

本当に生きてる動物みたいに見えて、で、実際に肉食するんだよね?っていう。これはディレクターの箕和田くんが、この『ライオン・キング』に関して言っていたのは、「この世界、地獄ですよ。意思疎通できる者同士で食い合うわけですからね」っていう。まさにそれが、より「リアルに」感じられる。要するに、オリジナル版のアニメーションは、非常に漫画的、カートゥーン的表現で、そこをソフトに、まあ一種寓話的に、「これは寓話ですから」っていう風にぼやかしていたんだけど。それがリアルな動物に見えちゃったことで、「えっ? やっぱりガリガリ食うんじゃん、じゃあさ」みたいな感じに見えちゃっている。と、いうところがすごく、齟齬をきたしている部分だし。

あと個人的には、これは今回の超実写版に限らず、そもそもこの話、先ほども言いましたけども、いわゆる貴種流離譚っていうね、本来は王位を継ぐべき若者が外に旅して……要するに放逐されてですね、外でいろいろと苦労を重ねて、真の王に相応しい存在となって帰ってくる、っていう話。貴種流離譚にしてもですね、ちょっとイージーに世襲の君主制っていうのを全肯定しすぎというか。そのシンバという主人公が真に王に相応しい存在になっていく、その過程が、ちょっとあっさりしすぎじゃない? 「オレ、ちょっとそろそろ家を継ぐわ」みたいな。「家、継ぐから。ちょっと実家に戻るから。なんならお前ら、一緒に雇おうか?」みたいな(笑)。なんかそんな感じぐらいにしか見えないな、っていう風に、それは前から思っていて。

ただ、今回の超実写版はですね、オリジナルにほとんど忠実なように見えて、比べてみると……比べないと気付かない程度ではあるんだけど、実はアレンジというか、アップデート用のチューニングも、要所要所で、微妙にしてはいる。たとえば、お父さんのムファサが息子シンバに、「これはお前が継ぐ王国なんだぞ」って言うところで、「王とは得るものではなく、与えるものなんだ」っていうことを……一応、そういう王の倫理を語ってみせたりとか。

あと、そのシンバが王位を継ぐに至るその流れも、私が非常にオリジナルに不満に感じてた部分、単に「正統な王位継承者だから継ぐ」っていうその部分よりも、今回の超実写版では、これは諸々のセリフによって、王位を継ぐ云々というよりかは、自分本来のアイデンティティを取り戻す話っていう……何者でもなかった人間が、「いや、僕は何者かだ」っていう風に、それを取り戻す話、っていうところに明らかに重きが置かれるように、諸々がチューニングされていたりして、というね。

なので、「結局、ただの世襲じゃん!」っていうヤダ味を多少は……これ、「ヤダ味」っていうのは私の造語ですよ(笑)。嫌な感じというのを、多少薄めてはいる。で、それと呼応するかのように、コメディリリーフのあのプンバァとティモンという2人組、いますね。その彼らの、「ハクナ・マタタ」という、要するにノンシャラン(nonchalant)と言いましょうかね、「気にすんなよ」っていうあの哲学も、「サークル・オブ・ライフ」と対照になるロジックを今回加えて、ちょっと多少、厚みを増していて。これはなかなかいいアレンジだな、っていう風に思いました。

■よかったアレンジ、そこまでやるならもっと!なアレンジ

ただ、僕は正直、そこまでやったんだったらですね、ブンバァとティモンが暮らしていた、あのコミューン的な理想郷がありますよね。あそこに集っている動物たち、つまり、本来の群れと離れて生きている彼らの側の心情、立場っていうのをプラスすれば、その持てる者……もともと(王家の血筋という特権的立場を)持っている者、たるシンバに対して、持たざる者たちが、「ハクナ・マタタ」で生きるしかなかったその立場っていうのを際立てる仕掛けを、もう1個つくれば、すごく厚みも増したし、この話の持つヤダ味が更に希釈されたたんじゃないかな、という風に思うんですけども。ここまで行ったんだったら、なんでそこまでやらなかったのかな?っていうのはちょっと、僕は不満に思ったところですけど。

ちなみにですね、プンバァとティモン周りで言うと、2人の登場シーン。これは今回、アレンジされていて。砂漠の地平線の向こうに、ポツンと黒い点が見えたと思ったら、プンバァがドーン!と来るっていう、これは明らかに、『アラビアのロレンス』オマージュですね。『アラビアのロレンス』オマージュ的なあのショットとか、すごく良かったですね。これはいいアレンジだなと思いましたし。

あと、悪役のスカーっていうのがですね、王女たるサラビに対して執着を抱いている、という設定にしたことで、オリジナルにおける彼の不満……つまり、どうしても自分は、最初から王になれないじゃないか、っていうその世襲制に対する不満という、それはそれで同情の余地がある論理を、これも薄めてて。それもまあ、考えたな、ってのをうかがわせるアレンジだなと思いますね。はい。

今回はね、そのスカーさん、ハイエナチームにちゃんとね、ご飯も食べさせてるし。あとハイエナたち自身も、「ハイエナであること自体が悪」みたいな描き方ではなくなっているというのもまた、今日的なバランスの取り方ではある、という感じでしょうか。あと、スカー周りで言うと、「Be Prepared」っていう曲。企みを最初に吐露する場面の曲が、前はすごくコミカルな、いかにもカートゥーンっていう調子だったのが、今回はシリアスなトーンになっていて。山にこう登りながらBe Preparedってやって。あれは僕、今回のアレンジの方が好きですね。はい。

あと全体に、アフリカ文化を示すような記号が、今回はわりとちゃんと調べてやってるというか、前はインチキ造語でやっていたりしたところを今回はちゃんとやろうとしている、もしくは余計なことはしていない、というかね。そのあたりも配慮が進んでいるあたりじゃないでしょうかね。

あと、これもよかった。シンバの生存を、ラフィキが知るくだり。あれが完全に、それこそネイチャー・ドキュメンタリー風になってましたよね、今回。これ、ぜひちょっと見てみてください。前とかなり違うと思いますけども、これは今回の超実写版ならではの表現だし、この今回の技術をもってしないとできない描写なので、ここは本当によかったんじゃないでしょうかね。

ということで、いろいろと言ってきましたけど、まとめるとこういうことですね……「変な映画」です!(笑) すんごい変な映画です。めちゃめちゃお金をかけた、壮大な実験映画です、これは。なので、その「興味深い」部分をちゃんと十全に理解して、「まあ面白い、興味深いな」と思えるためには、やはりオリジナル版をある程度頭に叩き込んでから見ると、今回のみなさんが何をやりたかったのか、そして、やったはいいがこれは違うっていう風になるのか(笑)、みたいのが、より興味深く見えるんじゃないでしょうか。これはでも、おそらくディズニーとかジョン・ファヴローにとって、必ずしなきゃいけない技術的挑戦であって、これを使ってじゃあ何を表現するのか? 新しい表現ができるのか?っていうのは、「この先」にあるんだと思うんですよね。

なので僕はこれ、壮大な実験映画であり、壮大な習作でもあるんじゃないか、というのが、僕の読みでございます。でもとにかくですね、映像技術としては本当にすさまじいものがあるし、とにかくこの奇妙な味わいっていうのはね、なかなか得がたいものがあるので。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ダンスウィズミー』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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