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息子が語る、世界の小澤の意外な一面~小澤征悦さん

コシノジュンコ MASACA

2019年8月25日(日)放送
小澤征悦さん(part 1)
1974年、カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。成城大学を卒業後、1998年NHK大河ドラマ「徳川慶喜」で沖田総司役として俳優デビュー。翌年、崔洋一監督の『豚の報い』で映画初出演を果たし、日本はもちろんハリウッドでも活躍中です。父親は世界的指揮者の小澤征爾さん。

JK:私はお姉さまの征良さまと仲が良くて。それこそ斎藤記念館にも言ったし。だいぶ前だけど『ホタル』って映画あったじゃないですか? それを見てお昼ご飯しようってことで、渋谷に一緒に行ったんですよ。それですごく衝撃的で、本気で泣いちゃって! 映画館から出られなくなっちゃって! あれが第一印象だった。

小澤:あの映画では自分も鹿児島の基地から特攻する特攻隊の役で、高倉健さんの回想の中で芝居をさせてもらったんですが、確かにあの映画は普遍的で、いつの時代の人が見てもわかるであろう、大切な題材ですからね。ああいう映画に出させてもらって僕もうれしかったです。

JK:すごい衝撃的でした! 映画の後、ごはんどころじゃなくなっちゃった!

小澤:僕は高倉健さんの回想シーンなので、直接お会いすることはなかったんですけど、撮影現場に高倉健さんが「自分の回想シーンなので見ておきたい」といらしてくれて。俺ら若いやつらは大緊張しながらお話しさせていただいたんですけど、カッコよかったですね! 健さんが「自分は役者なので、君たちに何もしてあげることはできないけれど、役者と言うのは体を使った肉体労働だから、現場で腹が減ったとかのどが渇いたということがあったら全部俺に言ってくれ。それぐらいなら俺がなんとかするから」って。

出水:素敵~(*@ @*)

JK:いっぱい言っちゃえばよかったわね(笑)でも、あの映画が本当に素晴らしくて。あれが私の第一印象ね。ずいぶん前よね? もういい大人になったわね(笑)

小澤:どうしましょ(笑)

出水:みなさんご存知のように、お父さまは世界的指揮者の小澤征爾さん。お母さまは女優の入江美樹さん。そしてお姉さまはエッセイストの小澤征良さん。

小澤:みんなバラバラ(笑)好き勝手に生きてる。

出水:なにか家訓みたいなものはあるんですか?

小澤:カクン?!

JK:ないと思う! だってすごく自由そうだもん(^^) お父さまもまぁ~優しい方! だけど実際は指揮台に立つと怖いんでしょ??

小澤:いやっ、うちの親父の仕事を見てくださってる方は、指揮者って背中しか見えないじゃないですか? 厳しい顔してるし。だから「厳しい人でしょ」って言われるんですけど、家では本当にラフというか、普通の人。なので自分は高校生の時、親父が2人いるな、と思ったんです。

JK:どうして?

小澤:家にいるときのうちの親父は、Tシャツに短パンで、老眼鏡がズレながら新聞を呼んでる感じで、全然バカ話してる感じなんですけど、かたや舞台の上にあがったときには厳しい顔をしている。一度、客席にトランペット隊がいて、親父が客席に向かってキューを出すっていうコンサートがあったんです。その時ちょうど照明が上から当たってて、目のところがくぼんで見えて、「この人はこの音楽のために命を燃やしてるんだ」と感じたときに、「親父は2人いるんだ」と思えばいいかな、と感じたことはあります。

JK:でもそうした環境で、音楽家になろうと思わなかったの?

小澤:……大変そうだったから(^^)小学校のとき、朝6時ぐらいにひょこっと起きて、目をこすりながらトイレに行くじゃないですか。それでうちの親父の勉強部屋の前を通ると、もう勉強してるんですよね。あまりに集中しすぎて、自分が横に立っても気づかないくらい。子供心ながらに「これは大変なことだなー、朝早く起きるのヤダなー」って思って(笑)

JK:こんなの真似するわけにはいかないわ、って?(笑)小学校の音楽の授業に教えに来てくれたことがあったんでしょう?

小澤:ああ、ありましたよ。小学校の時代ですけど、今は学校に入るのにも許可証が必要だったりしますが、当時はうちの親父をみんな知っててくれてて、俺らの授業中にひょこっと入ってきて。音楽の授業で、小学生3人をピックアップして、1人ずつドミソを言わせるんです。その後一斉に言わせると、ハーモニーになるじゃないですか。「これが音楽なんだよ」って体感させた。いまでもその話をするとみんな覚えてますね。

JK:スゴイ体験したわね! でもちっちゃいから、すごい大先生だっては知らないわね?

小澤:うちの親父があんぱんかじりながら、牛乳パック抱えて、ものすごくラフな格好でやってきて、俺の同級生の1人が「なんであの用務員のおじさんはあんぱん食べながら歩いてくるんだろう」って俺に聞いてきて(笑)「いや、あれ俺の親父なんだ」っていうことはありました(^^)

出水:サンフランシスコの生まれですが、小さいころから英語が周りにある環境だったんですか?

小澤:そうですね、4歳ぐらいまでかな? サンフランシスコで生まれて、親父の仕事の都合でボストンに行って、そこで保育園に通って。周りに英語があったのは確かですけど、家の中は日本語だったので、そんなに英語をたくさんしゃべってたという記憶はないですけど、耳に残っていると言うのはあります。

出水:いままでいろんな都市に住んでいらっしゃいますけど、どこが一番お好きでしたか?

小澤:大学時代にボストンに1年間、交換留学みたいな形で行かせてもらったんですけど、自分にとってはボストンが第2の故郷みたいな感じですね。

JK:全然 関係ないんだけど、私はユキちゃんユキちゃんって呼ぶんだけど、ものすごい難しい字ですよね! 読めなくて。

小澤:あれね! 時々俺も読めないときありますよ(^^)普通に読んだら「セイエツ」なんですけど。先輩の役者さんの香川照之さんはわざと「セイエツ」って呼ぶんです。「お前セイエツでいいよ、カッコいいじゃないか。セイエツだと思ってる人もいるからそれでいいじゃないか」って。

出水:名前の由来はあるんですか?

小澤:由来ですか? もちろん親父と同じ「征」の字をとって……ただ最初は、征爾の「爾」を使って「シュウジ」とか「コウジ」って話もあったらしいんですけど、個性的な子になってほしいということで、姓名判断の人に画数を見ていただいて、こういう名前になった。おかげさまで個性的になりましたけどね(笑)

JK:目立つのよ! 存在感がありますよ。

小澤:ソース顔とかしょうゆ顔とかあるじゃないですか。間違いなく僕は濃いソース顔だって話になって。そしたら友達の俳優が「ソースはソースでもデミグラスソースだ」って言うんです。だいぶ濃くなったなあって(笑)女優の尾野真千子ってやつなんですけど。あれも変わってるからね! デミグラスソースを味噌汁で溶いたみたいな、和洋折衷みたいなやつですよね(笑)

出水:そんな小澤さんが俳優を目指すきっかけになったのは何だったんでしょう?

小澤:ボストン大学に1年留学させてもらったとき、最初は英語の勉強をしてたんですけど、自分は何が好きかなと考えたとき、単純に映画が好きで、映画の監督に憧れて。英語をやりながら映画の勉強もやろうと思ってカット割りの勉強を始めたら、やっているうちに芝居の勉強に流れ着いて、アクティングの授業をとるようになった。期末テストは自分で台本を見つけてきて、勉強して発表するというテストだったんですけど、発表した時に先生が拍手しながらWonderfulと言ってくれて。ああ、自分でやったことを人に認められるのはこれが初めてかもしれない、と思ったんです。

JK:自信がついた?

小澤:変な感覚でしたね。「これをやってきて」って言われてやるんじゃなくて、やってくること自体も自分で選ぶので。

JK:じゃあ、監督にもなれるわね。インターナショナルな監督になるためのいろんな経験もあるから。

小澤:監督は夢じゃなくて目標として持っています。いろいろ経験させてもらったことの中で、役に立つことがあれば活用させていただきたいなと思っています。

=OA楽曲=

M1. Pride (In The Name Of Love) / U2

「コシノジュンコ MASACA」
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