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人生の大事なことはバッターボックスで学んだ~オーボエ奏者:若尾圭介さん

コシノジュンコ MASACA

2019年8月4日(日)放送
若尾圭介さん(part 2)
1962年東京生まれ。1979年タングルウッド・ヤングオーケストラのオーディションに合格し、ラルフ・ゴンバーグに師事。マンハッタン音楽院に入学後、ジョセフ・ロビンソンに師事し、その後同校で教鞭をとっていらっしゃいます。1990年にボストン交響楽団に入団し、全米はもとより日本でも室内楽やオーケストラとの共演で活躍していらっしゃいます。

出水:今は音楽をやられていらっしゃいますが、実は子供のころは野球少年だったんですよね?

若尾:野球を始めたのは小学校1年生から。1968年、そのころはちょうどV9時代で、小学校6年生の時に初めて巨人が負けて、1974年に長嶋が引退した。後楽園に見に行ったけれども、彼が歩きながら泣いたっていう姿をね。人生の生きざまとして、私も長嶋茂雄を見て世界に飛びたいと思いましたね。

JK:じゃあ夢は野球の選手に?

若尾:巨人軍の4番バッターになりたかった!

JK:だけど、どういうわけかオーボエ奏者になっちゃった(^^)

若尾:野球で合宿したところが成城のオリンピックセンターで、日本交響オーケストラが隣で練習やってて。うちの両親が音楽学校に通ってたので、ピアノは小さいころからやらされてたんです。それで、オーボエが大好きになっちゃった。リコーダーが大好きだったし、いい先生にも会ったし。それで1時間だけオーボエをやらせてくれたら野球をやる、って言ったらモメてモメて。結局、野球をあきらめて音楽家になったんです。

JK:それでオーボエ奏者に会って、オーボエを買ってほしい、と両親に?

若尾:それは野球をやってるときからね。どうしても欲しかったから、先生を自宅まで呼んで説得してもらって。あの当時、クラリネットはヤマハ出5000円で買えたんですよ。でもオーボエは日本製の楽器がなかったから、13万円ぐらいしたんですよ。ひと月で辞めちゃうなら高すぎるっていうんで、親はなかなか買ってくれなかったんだけど、買ってもらったらハマっちゃって。だから中1~3はWメジャーだったんです。で、野球をやめたとたんに日本を離れるということになって、高校2年からアメリカに映ったんです。

JK:野球を辞めてオーボエ取るってことは、自分で選ばないとね。

若尾:やっぱりアメリカかヨーロッパで活躍したかった。野球だったら、読売ジャイアンツだけど(笑)

出水:でも貴重なオーボエを買ってもらうために親を説得するパワーもすごいですし、世界に出ていく決断力もすごいですね。

若尾:そのぐらい好きになったからね。音楽を演奏して人を感動させるほうが、野球よりもよかったのかな?? でも野球はいまでも大好き! レッドソックス・ファンです(笑)

JK:ボストンだものね!

若尾:私はバッターボックスから人生を学びました。

出水:ニューイングランド音楽院で教えていらっしゃいますよね? 生徒さんたちにはどんなことを教えていらっしゃるんですか?

若尾:90年からなのでもう29年教えてますけど、生徒たちに言っているのは、結果を出すことは大事だけれども、結果に向かって努力。その間にドラマを作るのが大事だと教えています。

JK:若尾さんのお嬢さんも、すごいじゃないですか、バイオリンで。あの力強さは怪物ですよ、まだ13歳で。

若尾:やっぱり自分の人生で大事なのは、自分が政治家なんだ、とか、デザイナーなんだ、とか、野球選手なんだ、豆腐屋さんなんだ、と自覚する気持ち。自分のやっていることに自信をもって、クリアにヴィジョンが見えている、そういう人間になってほしいですね。彼女は今バイオリニストのソリストになるために向かっているけれど、それは結果であって、バイオリンを弾いているのが自分なんだと確信をもって生きて行ってほしい。「何をする」んじゃなくてね。2月に日本でコンサートをするんですけど、それに向かって頑張ってます。

出水:お父さまはオーボエで、お嬢様がバイオリン。バイオリンを手に取ったのは自然な流れだったんですか?

若尾:やっぱり音感が良かったからじゃないですね。私は野球をやっていたからオーボエになってしまったけど、小さいころから音楽やってたら、絶対間違いなく指揮者かピアノか作曲家かバイオリンだった(笑)それかチェリスト、声楽家か。13歳から始めたからコレしかできなかった。しょうがない(笑)

JK:野球少年からオーボエだもんね(笑)

出水:若尾さんは若手の育成にも力を入れていて、1988年から毎年「若尾圭介オーボエキャンプ」を主宰しているんですよね。

若尾:河口湖でずーっとやってたんですけど、いまの若い人って泊まるのが嫌なんですね。だから今は代官山ヒルサイドテラスで、毎年4回。うちの父が亡くなる前に言っていたのが、「コンサートで30年間お世話になったヒルサイドテラスの人たちを大事にしろ」「障がい者センターでボランティア活動を続けているのは辞めるな」「ボストンシンフォニーを大事にしろ」。それから、「オーボエキャンプを続けろ」。そのころオーボエキャンプは、プロになる人だけじゃなく、愛好家を教えたかったんですよね。やっぱり、音楽でも野球でも、一緒にやってて感動するのはいいことじゃないですか。上手くなくても下手でも、一緒に音を共有すればだれでもいい、って。

JK:でも、それで出会いがありますよね。音楽を通して。そんなに大きくないけど、みんな好きで着てるからね。

若尾:東大生とか、仕事は他に持ってるけどオーボエが好き、とか。楽しいですよね。誰でも参加できますよ。来られます?

出水:行き・・・たいです! 昔やってたクラリネットを掘り出して(^^;)お忙しいと思いますけど、今後やってみたいことはありますか?

若尾:やっぱりジュンコ先生を見てても思うんですけど、これから歳をとっていくなかで、人に当てにされる人間になりたいですよね! 必要とされる人間。ちょっともう遅いかもしれないけど。

JK:頼られるって、責任があって、生きがいがあって。ある意味、頼られて人のためにする、っていうのはもう一歩大きいですよ。

若尾:ジュンコ先生なんか見てると、一番大事なものを、一番単純なところで、いつも目の前で持っている人ですよね。人間っていうのは、天国に行くときはみんな一緒。私も死ぬ寸前まで行ったからわかるんですけど、一番最後の原点、地球の最後がわかってる人ですよね。

JK:こんなこと言われて、私どうしよう(^^;)

若尾:今夜、ごちそうになります(^^)

=OA楽曲=

M1. シンドラーのリスト / 若尾圭介

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。