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日本とトルコ、ロシアを結ぶ「エルトゥールル号事件」「ディアナ号事件」

森本毅郎 スタンバイ!

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忙しい朝でもニュースがわかる「森本毅郎・スタンバイ!」
(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)
8時からは、話題のアンテナ「日本全国8時です」
全国ネットで、日替わりゲストとともに放送。
思わず耳をそばだてたくなるようなコラムをお届けします。

毎週木曜日は、東京大学名誉教授、月尾嘉男さんの「賢くなれる雑学コラム」!

月尾嘉男

今日5月26日(木)は「日本とトルコ、ロシアを結ぶ2つの遭難事件」

日本が期待される役割

5月26、27日は、伊勢志摩サミット。この先進国首脳会議は「G7」と呼ばれ、日本、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの7ヵ国の首脳と欧州連合(EU)の代表が参加します。1975年に第1回がフランスで開かれてから毎年、各国回り持ちで開かれていますが、1997年の第23回からはロシアが加わって「G8」となっていました。ところが、2014年の会議からは「G7」に戻っています。これは2014年2月に発生したウクライナ騒乱に乗じて、ロシアがクリミア半島を強引にロシアに編入したことから、ロシアを制裁する意図で参加国から外した結果です。

このような状況について、読売新聞がフランス国立工芸院のクザビエ・ロフェール教授にインタビューした内容掲載していました(5月22日)。その要旨は、「今回の会議の主要な議題の一つがテロ対策と難民問題であるが、テロ組織について重要な情報を持っているのがロシアであり、中東の和平には欠かせない国である。そのためには会議の参加国とロシアとの関係を修復する必要があるが、日本以外の参加国はロシアとの関係を断っている。しかし日本は5月6日にも安倍総理大臣がプーチン大統領とロシアのソチで非公式会談をしたように、欧米諸国とロシアの仲介をできる可能性のある国であり、期待する」ということです。さらに難民問題についてはトルコが鍵となる国ですが、欧米諸国はトルコを人権問題で批判ばかりしているのでトルコとの協議が難しい状況にあります。そして、これは書かれてはいませんが、トルコは中東で日本ともっとも友好的な国であるということも暗示しているのではないかと推察されます。
ここからが今回ご紹介したい話ですが、日本とトルコとは明治時代初期、日本とロシアとは江戸時代末期に友好関係を築く事件があったのです。

エルトゥールル号事件

トルコと関係する事件は「エルトゥールル号遭難事件」。これは大変に有名なので簡単に紹介させていただきます。
トルコの前身であるオスマン帝国海軍の木造の軍艦「エルトゥールル号」が1890年6月に明治天皇に親書を奉呈するために横浜港に到着しました。これはオスマン帝国の最初の親善訪日使節団として大歓迎されましたが、イスタンブールからの長旅であったため、船体の損傷や乗員の多数がコレラにかかって消耗していたため、ようやく9月に出発することになります。その状態を見て、日本側は台風の季節が過ぎてからの出港を勧めたのですが、様々な事情から出港し、結果として台風に遭遇し、和歌山県の紀伊半島沖で座礁し沈没してしまい、587名が亡くなり、一部が紀伊大島の断崖に辿り着きます。そのとき現在の和歌山県串本町(当時の大島村)の住民が総出で救助し、漁村の貧しい生活にもかかわらず、衣類や備蓄の食料を提供して69名が助かり、その後、日本海軍の「比叡」と「金剛」が生存者をイスタンブールまで送り届けたという出来事です。
この結果、トルコは日本に友好的になりますが、さらに、事件に衝撃を受けた山田寅次郎という日本人が義捐金を集め、2年後に自身でトルコに届けに行き、熱烈な歓迎を受け、現在に到るまで、大変な友好国になります。

ディアナ号事件

エルトゥールル号遭難事件より36年前の1854年11月、全権使節プチャーチンが乗船するロシアの軍艦「ディアナ号」が日本と和親条約締結の交渉のため、伊豆半島の下田港に停泊していました。ところが第1回交渉を行なった翌日、安政東海地震が発生し、津波によって船体が破損し、約500人の船員が冬の海に投げ出されますが、漁民が総出で救助し、全員無事でした。ディアナ号は修繕すれば航海可能と判断され、船大工の居る西海岸の戸田港に回送されますが、強烈な西風により戸田港に入ることが出来ず、富士川河口付近まで流されてしまいます。乗員は地元漁民に救助され、ディアナ号は漁師が多数の手漕ぎの小舟で海上を牽引して戸田まで到達しようとしたのですが、結局、強風で沈没してしまいます。そこで乗船していたモジャイスキー士官が中心になって設計図を描き、地元の船大工を指導しながら、ディアナ号の20分の1、100トン程度の2本マストの木造帆船を建造します。そのとき日本側の指揮を摂ったのが、最近、世界遺産に登録された韮山の反射炉を建造した江川太郎左衛門英龍でした。その木造船の構造は当時の和船とは違う、中心に竜骨を通した西洋式の船でしたが、日本の船大工は優秀で、ほぼ100日で国産最初の洋式帆船を完成させ、この「ヘダ号」と名付けられた船でプチャーチン以下47名がロシアに帰国し、残りはロシアが自身で手配したアメリカの商船で無事帰国しました。

この行動はロシアに大変感謝されたことは勿論ですが、 日本にも多大の利益がありました。戸田では習得した技術で同じ型の船を6隻建造し、幕府が佐渡や箱館に配備しましたし、建造に参加した戸田の船大工は長州藩(山口)や田原藩(愛知)に招かれて洋式帆船の建造を指導し、さらに一部は江戸の石川島にあった水戸藩の造船所でも指導し、石川島播磨重工業(現在のIHI)の前身となる石川島造船所の成立に貢献しています。日本が戦後、世界最大の造船王国になった契機はディアナ号の遭難にあったということになります。このディアナ号に関係する貴重な資料は戸田の岬の先端にある「戸田造船郷土資料博物館」に展示されていますので、伊豆半島に行かれたときに立寄られることをお薦めします。

その後、ロシアとは日露戦争と第2次世界大戦で戦うことになり関係は良好とは言えませんが、一方、トルコは第二次世界大戦の末期の1945年2月に対日宣戦布告をしたものの現在では緊密な友好関係にあります。今回ご紹介したような友好の歴史を背景に、日本もフランスの学者が期待するような役割を果たすことを検討してはどうかと思います。


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