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宇多丸、『凪待ち』を語る!【映画評書き起こし 2019.7.5放送】

アフター6ジャンクション

 TBSラジオ『アフター6ジャンクション』内の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞、生放送で20分以上にわたって評論します。今週評論した映画は、『凪待ち』(2019年6月28日公開)。その全文書き起こしを掲載します。オンエア音声アーカイブはこちら↓

宇多丸:
さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのこの作品『凪待ち』。ちょっと今日ね、サントラが手に入らなくて。でもあの安川午朗さんの音楽もすごい素晴らしかったですね。ということで、『孤狼の血』『日本で一番悪い奴ら』などなどの白石和彌監督が、香取慎吾を主演に迎えた人間ドラマ

職場をリストラされた主人公の郁男は、人生をやり直すべく、恋人・亜弓と彼女の娘・美波と共に石巻に移住する。しかし、やめたはずのギャンブルに手を出すなど、郁男の生活に綻びが見え始めたある晩、大事件が起こってしまう。共演は西田尚美さん、恒松祐里さん、リリー・フランキーさんなどなどということでございます。

ということで、この『凪待ち』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多め」。映画を普段、それほど見るわけではないんだけど、香取慎吾さん目当てでとか、ファンの方で見に行った、という方も多かったです。賛否の比率は、「褒め」が9割。その他が1割。まあ、全面的にけなしているような人はいませんでした。

主な褒める意見としては、「俳優・香取慎吾の底力を見た」「白石監督らしい、社会の不条理や現実の残酷さ、痛みを描いた映画だが、同時にメインキャラクターみんなを抱きしめたくなるような優しさを感じた」「変わりたくても変われず、もがき苦しむ郁男の姿に涙してしまった」「(渡辺さん・ナベちゃんという役をやっていた)宮崎吐夢さん、ナーメテーターだった」ということでございます。否定的な意見では、これは褒めている中でっていうことですけども、「無理やり希望を持たせるラストが残念だった」とか「説明ゼリフが多いように感じた」というようなご意見がございました。

■「鑑賞後、『香取慎吾にしか演じられない役柄だった』と強く感じた」(byリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「エスキ」さん。「映画の感想としては、かなり良かったです。少なくとも今年の邦画を語る上では欠かせないサスペンス映画になるのではないでしょうか。なんといっても主演の香取慎吾さんが素晴らしかったです。彼を『巨体の男』と描きつつ、『巨体の男って実はそれだけでちょっと怖い』という描き方をした作品は、香取慎吾さん主演の作品ではあまり見たことがなかった気がします」。本当に体が大きくてね。あの大きさが同時に不器用さでもありね……というあたり。

「……個人的には、香取慎吾さんという人物に抱く、明るくて好ましい人物なんだけど、ここではないどこかをいつも見てるような、ある種の空虚さを併せ持つキャラクターが今作の主人公・郁男とすごくマッチしていて、スターである香取慎吾さんの裏の側面としての郁男としても見ることもでき、鑑賞後は『彼にしか演じられない役柄だった』と強く感じました。

物語は郁男を中心とした陰惨な話ですが、舞台である石巻市の震災後の姿も同時に描写しています。震災を克服しようとしている町と、いままでの自分を捨てて新しい人間になろうとしてる登場人物たちを重ねて描写したことが、この作品の『たとえば震災というような不条理は私たちの生活のすぐ近くにいつでも存在するが、それでも人間は何者にでも変わることのできる可能性を持ってる』というメッセージをより身に迫るものにしているのではないでしょうか」と。それでいろいろと書いていただいて。

「……人間にはいつでも自分の人生をやり直す可能性があるが、同時に何にでもなれる可能性があるからこそ、落ちるところまで落ちることもまだ容易にできてしまう、という真逆の可能性が同時に内包された、凄まじいラストシーンだったように思えます。こういった堅実に手堅く楽しめる映画が邦画でもっと増えてほしいし、もっとウケてほしいという気持ちでいっぱいです」というエスキさんでございました。

一方、ラジオネーム「カマユリ」さん。これ、すごくいっぱい文章を書いていただいてありがとうございます。全部はちょっと読みきれなくてすいませんね。「全体の内容、脚本がいまいち。圧倒的にセリフの量が足りない、伝わらない。主人公は無口な役だから置いておいて、いきなり怒鳴るから違和感」とかですね、「他にもおかしな所が多々あり、一生懸命演じてるのに時々セリフがおかしかったり、間が悪かったり。車中の喧嘩シーンが特に気になった」というようなご意見とか。

「前半は単調すぎて退屈だったけど、後半盛り返してよかった。終わった後の余韻がすごい。面白かったとか面白くなかったと簡単に言えない映画。香取さんはじめ、他の役者さんの力で何とか持った映画だとも思えた」というようなご意見でございました。はい。ということで、みなさん様々なメッセージ、ありがとうございます。

■これまで決定的な代表作がなかった“俳優”香取慎吾

ということで『凪待ち』、私もTOHOシネマズ六本木、TOHOシネマズ新宿で、昼・夜の回と、2回見てきました。入りはどちらもぼちぼち、というような感じでしたけどね。ということで白石和彌監督作品、僕は前のウィークエンド・シャッフル時代の2013年10月12日に『凶悪』と、2016年7月9日に『日本で一番悪い奴ら』、こちらは書き起こしがいまでも読めますので。どちらも公開時に評をさせていただき、絶賛いたしました。

ただ、そこからなかなかガチャが当たらなくてですね。この間に撮った作品とかは省略しますけど、僕、特にやっぱり蒼井優さん主演の『彼女がその名を知らない鳥たち』は、本当に最高に好きでしたね。素晴らしかったですね。どれも素晴らしいです、本当にね。で、とにかくね、多作なんですよ。超多作。1年に2、3本、新作が公開されている状態が続いていて、本当にすごいです。白石和彌さん、とにかくいろんな意味での社会のアウトローたち、はぐれ者たちを、生き生きした実在感をもって描く。

まさしく文字通り、骨太なエンターテイメント映画の作り手として、いまや本当に当代随一の存在となった感がありますね、白石和彌さん。で、そんな白石和彌さん、あちこちのインタビューでおっしゃってますけど、以前から本当に、香取慎吾さんと何かをやりたい、という風にいろいろと考えていた。ネットフリックスのドラマシリーズとかいろいろと考えていたってことなんだけど、今回その彼の主演で映画を作るということになって、脚本家の加藤正人さんと一から作り上げていったオリジナルストーリーが本作、ということで(※宇多丸補足:実は今回、下準備に大きなポカがありまして……加藤正人さんご自身によるノベライズがキノブックスから刊行済みなのを、うかつにも知らないまま評に臨んでしまったのです。放送後すぐに気づいて、遅まきながら購入〜拝読したところ、映画では明示されない郁男の家族関係などに関する記述もあったりして、サブテキストとしてやはり、必読の一冊でもありました。もちろん映画そのものから読み取れることとはまた別物、ではあるのですが……いずれにしても、不覚でした! 申し訳ありません)。

で、香取さん。もちろん言わずと知れた日本を代表するスーパースターなわけですけど。主演、特に映画となると、まあ三谷幸喜さんの何作か……特によりによって『ギャラクシー街道』、とかですね。あとはまあ、『西遊記』とか、『こち亀』の劇場版とか……なんていうか、映画においての作品的な決定打っていうのは、正直ない印象だったんですね。なんだけど、個人的には、作品そのものは全体としては酷評しましたけど、2012年の『踊る大捜査線 THE FINAL』の中での、ちょっとしか出ない役なんですけど、非常に不気味な、警察内部の反乱分子、非常に不気味な存在感のあれとか、「ああ、香取慎吾、こういう役いいな!」っていうのがあって。

もっとこういうダークな、なんならダウナーな役柄の方が、本当は映えるんじゃないか? みたいなのは感じていたあたりではあるという。ということで、白石和彌監督作への主演で、ダークでダウナーな香取慎吾さんが見れるという、それはむちゃくちゃ合うだろう! という予想が、まあ事前からビンビンにあったわけですけど。トータルなテイストで本作がいちばん近いのは、先行作品で言うと、たとえば『そこのみにて光輝く』とかね。ああいう、地方都市を舞台にした、地を這うような和製ノワール、というか。そんなような感じだと思ってください。

■序盤でインパクトを残すカメラワーク、そして宮崎吐夢

順を追っていきましょうね。まず最初、舞台は川崎なわけです。香取慎吾さん演じる木野本郁男という主人公が、自転車を漕いでいる後ろ姿。これですね、RHYMESTERマネージャーの小山内さんがですね、非常に香取慎吾さんの長年のファンということもあって、見方がもう深くて……ここで、慎吾ちゃんが自転車をこいでるところから始まるから、彼が競輪にハマっていくきっかけっていうのも、ひょっとしたら彼は元々自転車を自分でこいでたからじゃないのか? 自転車競技をやっていたからじゃないのか?っていう読みとか。これもなかなか面白いなと思いましたけども。

で、とにかく、この出だしの部分は何てことのない平穏さを保っているんですけども、彼が川崎の競輪場にスーッと向かっていく、するとですね、この時点ではそれが観客には何を意味してるのか全くわかんないから、ただただ「えっ?」っていう違和感が一瞬よぎるだけなんだけど、カメラがなぜか、グググ〜ッと傾きだすわけですね。これ、あるポイントに行くとそのググ〜ッと傾くカメラワーク、あとの方ではその意味が誰の目にもはっきりわかるようになってくるんですけど。

とにかくこの『凪待ち』という映画、いま言ったその、カメラが傾くというところ。あともう1個、非常に特徴的な画面構成があるなっていう風に僕は思ってるんですけど。それはまあ、後ほど言いますね。とにかく、川崎競輪場になんか知らないけどグググ〜ッと傾くカメラワークとともにやってきた主人公・郁男。そこで、競輪仲間でもある同僚の渡辺さんというおじさんと交流する。この渡辺さんを演じているのが、宮崎吐夢さん。ウィークエンド・シャッフル時代からだいぶ、何度もお世話になっています。この番組アトロクでも、昨年の8月10日、衝撃のスタジオライブをやっていただきました(笑)。

なんですけど、とにかくその宮崎吐夢さんが、あれは自毛なんですかね? 白髪が非常に印象的な無精ヒゲを顔いっぱいに生やして。気弱さと無邪気さをたたえた感じの、この渡辺さん。明らかに社会の中では弱者であろうというような、でもなんかこう、無邪気でかわいいんですよね。「ええ〜っ、郁男ちゃんと競輪に行くのが楽しみだったのに〜!」っていうあの感じとか。で、ここも長年の慎吾ちゃんファンであるRHYMESTERマネージャーの小山内さん曰く、「この映画の慎吾ちゃんは、劇中で、渡辺さんといる時しか笑わないんです!」っていうね。

まあ、正確にはもう1個、笑うところがあって、それは競輪で当てた時なんだけど。まあ、どっちにしても同じことですよね。これ、今回の『凪待ち』における、渡辺さんを演じる宮崎吐夢さんの演技。あんまり出てくる分量は多くないんだけど、非常に強烈な印象を残す、重要な役で。僕はあの、『苦役列車』におけるマキタスポーツさんに匹敵する、インパクトある大好演だという風に思いました。何か賞とかを取ってもおかしくないような好演だと思います。

■すべてのパーツが緻密に組み上げられた、異常によく出来た脚本

で、まあとにかくですね、この渡辺さん。ナベさんとのやり取りを通して、この郁男という人物が、いじめられていた渡辺さんをかばったが故に職場を去ることになったらしいということ、つまり、本質として郁男さんという人は、好感が持てる人物なんだよっていうのが、最初に示されるわけですね。要するに、人をかばって会社を一緒に辞めるっていうような、まあいい人ではある、ということが(明かされる)。

ただし、そんな切羽詰った状況にも関わらず、もしくはそれゆえにかはわからないけど、あり金を、競輪とか酒につぎ込んでしまう、ついつい逃避してしまう。まあ、結果としてダメ寄りの人生を歩んできたらしい人物でもある、っていうことが示されるという。とにかく、これが全般に渡ってそうなんだけど、登場人物の背景とかこれまでの人生の歩み……僕、これね、先ほどのメールの逆で、非常に説明的ではないんだけど、自然な会話の中からそれとなく、その人のこれまでの歩みが浮かび上がっているあたり、すごく俺ね、今回は脚本がまず、めっちゃくちゃ異常によくできてる!っていう風に思いましたけどね。

淡々としてるようで、実は全てのパーツが緻密に組み上げられている。1個1個のセリフが……2回見るとよくわかります。すごく、その後に起こる何かを、「ああ、これが暗示していたんだ」とか「これが説明してたんだ」っていうのが、非常に緻密に組み上げられている脚本を手がけられた、加藤正人さん。ご自身が相当な競輪好き、っていうことで、まあギャンブルというものの中毒性……アッパーな面もダウナーな面も、その両面を、僕のようなあまりギャンブルをやらないような門外漢にもリアルに感じさせてくれる、そのディテールがたっぷり盛り込まれている、という感じですね。

とにかくその主人公・郁男がそうであるように、この『凪待ち』という物語、主要登場人物はある意味全員がそうなんですけど、こういうことですね……本来は決して自分のせいではない、世界とか社会の不条理、理不尽の被害者、犠牲者なんですね。で、そこから逃避しているっていう、そういう人たちの物語。だから、そこから逃避をしていく過程で、それこそ人が変わってしまったとか、「お前、変わったな」って言われるような人になっていく、というような、そういう人たちの物語という。

たとえば、恒松祐里さんというのがね、とても大人びていてしっかりしてるんだけど、でもやはり全体のたたずまいとしては少女でもあるっていう、非常に「いま」ならではのバランス……あれ、彼女がもうちょっと育ったら多分、香取さんとのツーショットが、ちょっとニュアンスが変わってきちゃう、っていう感じだと思う。非常にいまだからこそのバランスで完璧に体現している、要は主人公・郁男のパートナーである西田尚美さん演じる亜弓の娘・美波ちゃん。美波ちゃんは、川崎に引っ越してきたらその学校で、とある理由でいじめられ、不登校になる。

で、郁男とは逃避してる者同士、バイブスが合う、ということもあるのかというのを示すのに、なんとですね、その、引越し業者を待たせながら、2人でモンハンをやってるわけですよ。あそこ、微笑ましくもあるんです。「ああ、この2人は気が合ってるんだな」っていうのはわかるんだけど、同時に、後にお母さんの亜弓が不満を爆発させる、「あなたが甘やかすから危なっかしくてしょうがないわよ!」……実際に郁男本人も危なっかしいわけだから、っていう。そのなんかちょっと危うさと、郁男自身の幼さっていうのを示すっていうのをね、引越し業者を待たせながらモンハンやってる、っていうことで示すというあたり。非常に見事だと思いますけども。

■この世の理不尽に押しやられて、石巻にやってきた人たち

というような、そんな感じ。とにかく、決して自分のせいではない理不尽の被害者、犠牲者である人たち。で、そこから逃避している。みんな、ある意味そうだという。そして、本来決して自分のせいではない、自分ではどうにもできなかったこの世の理不尽、その根源に、この『凪待ち』という物語ではやはり、東日本大震災、というのが実はドスンと横たわっているということが、舞台がご存知宮城県石巻市に移ると、いよいよ浮き彫りになっていくという。石巻市、僕もライブとかで行っても、やっぱり港の近くとかは、愕然とするぐらいまだ更地だったりするわけですけどね。全然復興とか、まだまだ行きわたりきってなかったりするな、っていう感じなんですけども。

とはいえその石巻で、改めて新たな暮らしを始めようとする郁男たち、なんですけど。しかしそこにですね、やはり何もまだ具体的に起こらないうちから、不穏なディテールが、実は緻密な布石とともに、少しずつ丹念に積み上げられていくわけです。最たるものとしては、やはりこの郁男のギャンブル癖、っていうことですね。同僚たちの競輪トークに、つい、耳を奪われてしまって。この同僚たち、先ほどのオープニングね、山本匠晃アナウンサーともお話をしました、『恋人たち』などでもおなじみの名バイプレーヤー・黒田大輔さんが、本当に意地汚い弁当の食べ方から何から、お見事と言うほかないダメダメバイブス。

あと、この黒田さん。後の方で、とにかく謝りながらゲボしながら、逃げながらゲボしながら……っていうね。謝りながら「ゲロゲロゲロッ……」、逃げながらもゲボ、っていうね、このくだりも、本当にすごかったですよね。これ、ちなみにこの、謝りながら吐く……つまり、一旦人から飲み込んじゃった、取ったものを、あとから吐き出す、「飲んだものを吐く」っていうこれが、ちょっと繰り返しの構造になっているあたり。これ、映画を見終わった人だったらね、なんとなく納得できるかと思いますけどね。

とにかく、競輪場がないはずの石巻に、それでもやっぱりぽっかり口を開けて待っている、社会の落し穴。これ、寺十吾(じつなしさとる)さんという役者の方と、「マイティ」ことご存知、奥野瑛太くん演じるヤクザが……ちなみにマイティこと奥野瑛太くん、チンピラ役がこれまではナンバー3、4ぐらいだったのがね、いまはナンバー2までのし上がってね、非常にね、がんばれ!っていう感じなんだけど(笑)。とにかくそのヤクザ経営のノミ屋。この描写のリアルさにも、やっぱりその加藤正人さんのね、その競輪好きっていうのが反映をされているんでしょうか? とにかくゾクゾクさせられますけども。

ここで、出ました! 先ほど言った「傾く」カメラワーク。非常に不穏なサウンドとともに、郁男ちゃんがギャンブルの……たぶんもう、アドレナリンが出ちゃってるわけです。グググググ〜ッとアドレナリンが出ちゃって、もう郁男が自分で自分をコントロールできなくなっている様を、カメラワークで表現している。でですね、この傾くカメラワーク、これはこの『凪待ち』を見てる誰もが印象に残るカメラワークだけども、それ以外にも僕、ひとつ非常に本作で印象的だったのは、こういうカメラワーク、画面づくり。複数の登場人物が会話している際に、いわゆる「ピント送り」が多用されている。

■登場人物たちの心理的孤立を表す「ピント送り」

これ、3人とかいたら、1人にしかピントが合ってなくて。で、ピント送りで、奥の人物にピントが合って、また手前の人にピントが合って……というような、いわゆるピント送りというカメラワークが多用されている。カメラマンの福本淳さんや白石和彌監督にどの程度その意図があったかはわかりませんけど、とにかく僕は、このピント送りが多用される画面づくりによって、その場にいる人たち、たしかに会話はしているんだけど、あるいは家族なんだけど、心が噛み合っていない、実は心がバラバラのところにある、それぞれ実際には心は孤立している、っていうことを、その画面から強く印象付けられました。

で、これは逆に言うとですね、画面の中に映っている人たちが、同じ一線に並んで、全員にピントが合う!っていう瞬間が、終盤にあるんですね。これ、ちょっと後ほど言いますけど。とにかく、いろいろとまたですね、たとえばその亜弓さんのお父さん。彼は自分のガンから逃避してるわけですよね。奥さんの死、そして自分のガン……奥さんの死とかガンを乗り越えて、自分で生きる、ということから逃避している、吉澤健さん演じるお父さんであるとか。あとは、音尾琢真さん演じる亜弓の元夫とか。とにかくバッドバイブス全開の人物が(笑)次々と登場して。

あと、そんなバッドバイブス全開の人物たちがいる一方で、逆にちょっと異様なほど親切な、リリー・フランキーさん演じる近所のおじさんであるとかが現れて。不穏なディテールが十分に積み重なったところで……あ、あともう1個だけ不穏なディテールがあるんですけど。郁男と亜弓が、カリブ海の島について話すっていうシーン。あれ、終盤に至るまで、非常に重要なキーとなる話題ですけども。そこで、とにかくまあまあ、2人が甘い雰囲気になるわけです。甘い雰囲気になったな、と思ったその瞬間、通常の編集テンポではない、明らかな性急さと乱暴さで……これ、編集の加藤ひとみさんもここは明らかに意図的だと思うんですけど、ちょっと食い気味に、それまでの甘い流れをぶった切るようなテンポで、次の場面が始まるわけです。

となると、その次の場面は、誰の場面か?っていうのを考えるとですね。「ああ、これも布石なんだ」っていうのがよくわかる、というね。周到な演出的布石が置かれているわけですね。まあ、とはいえこの時点では、ただ見てるぶんにはわからないですよ。見てるうちは、なんだか不安な違和感だけが増すディテール、描写が、どんどん積み重なっていく。他にもいろいろと積み重なっていく。

■ダメ人間・郁男に愛着を抱かせる「スターの華」

で、ある重大な事件が途中で起こってしまうわけですけど。これ、宣伝コピーなどでは、犯人探しのミステリー的要素が前面にね、「誰が殺したのか? なぜ殺したのか?」って押し出されていますけども。決してそこが主眼の話ではない、というのは念のため言っておきます。

それよりも、主人公の郁男やその周囲の人々……それこそ、憎むべき、取り返しのつかない重大犯罪の加害者すらも、やはり自分ではどうにもできないこの世界の理不尽とかを前に、ついより事態を悪くしかねない方向に逃避したり、最悪やはり「魔が差す」瞬間というのも、人生にはある。それでもなお、生者の責任として、弱さや醜さを晒し続けても生きていかねばならない、という、そういう話なわけです。犯人探しが主眼ではないわけですね。というか、勘がいい人ならまあわかると思いますけどね、はっきり言ってね。

ということで、主人公の郁男は、その事件の後はもう、まさしく坂道を転げ落ちるように、その、世の理不尽の被害者、犠牲者という、その社会で許容される範囲をどんどん逸脱して、ダメ人間化していく、というね。で、ギャンブルへののめり込み方ももちろん度を越しているんだけど、ちょっと細かいところでは、最も厳粛な気持ちで臨むべきとある場所……要は、事件の現場ですね。いろんな花とかが供えてあるその場で、彼が、それでもついとってしまう、さり気ないけど、ダメすぎだろ!っていうある行動とか、ですね。はい。

なんだけど、それを見ても我々観客はやっぱり、軽蔑の念とかよりも、「ああ、人間くさいぞ、郁男」っていう感じがするっていう。それはやっぱり、このバランスで見れるというのはやはり、香取慎吾という存在の、物理的な意味を含めた「デカさ」。これが大きいなという風に思いますね。まず、先ほどのメールにもあった通り、あの体のデカさ。そこから感じられる不器用さ、持て余し感。で、ひとたび暴れだすと本当に怖い感じ。しかしその一方で、やっぱり顔はベビーフェイス。なんだけど、年齢なりの汚れ感というか疲れ感、倦怠感も、まさにどよーんと漂わせて。

なんだけど同時に、もちろんこれだけ地味な、地を這うような話でありながらも、しっかりと画面を持たせるっていうか、「ああ、この人を見ていたいな」って思わせる、スターとしての本質的な華っていうのも、ちゃんと間違いなくそこにはある。ということで、本年度の主演男優賞的なものを総ナメにしてもおかしくない、「上手い」とかそういうの以上の、本当にそこに実在してるかのような、パーフェクトな体現ぶり、というところで慎吾ちゃん、本当に素晴らしかったんじゃないでしょうか。

■白石和彌監督にとっても、俳優・香取慎吾にとっても代表作にして最高傑作

まあ、セリフや回想などでクドクド説明はされないけども、おそらく彼は、その不運や逃避的な性格も相まって、自己評価が極度に下がってしまっている、っていう人なわけですね。で、そのベースには、これはもう想像させられる部分だけど、要は彼は、自分の家族の話、血族的な家族の話を一切出しませんけども、おそらくはその、家族的な存在の庇護を十分に受けてこないで育ってきた、そんな背景があるんじゃないか、というのを想像させる(※前述ノベライズでも、そこまで極端な貧困などがあったというわけではないんだけど、郁男と家族との関係、やはりほぼ断絶に近い状態にまでなってしまっている、という記述がありました)。

だからこそ、その郁男が、終盤ついに1人の「子供」となって……つまり、親代わりというか(が現れて)、誰かの子供になる。子供となって、ついに心の底から泣く、というね。多分彼に必要だったのは、「笑う」前にまず、やっぱり心の底から泣ける、そういう相手であり、場所だったんだな、っていうのが実感できる場面。そして、そこで皆さん、その時まさに、さっきから言ってるように、画面の中の登場人物が一列に並んで、ピントが合うんですよ! で、郁男は泣いていて、一瞬後ろに下がるんだけど、自分の意思で一歩前に進んで、やっぱりその一線に来るっていう、そういうつくりなんです。

僕はここで、すべてが……演出と物語と演技とが一致して、まあ涙腺が本当に決壊する一瞬でございました。まあでも、これで果たして彼らの人生に、凪というか、穏やかな日が訪れたことになるのかどうか。さらにエンドロール……本作が真のメインテーマに到達するのは、実はエンドロールの部分なんですね。先ほどのメールにもちょっとほのめかされてましたけど、エンドロールではじめて、この作品の真のメインテーマに到達する部分なので、ぜひ皆さん、決して席を立たないでいただきたい、という風に思います。

ということで、白石和彌監督ね、こういう本当にストレートな人間ドラマもね……露悪的な方向みたいなのが最近はちょっと続いたと思うけど、ストレートな人間ドラマもしっかり描けていて、本当に新たな傑作だと思いますし。そして、香取慎吾さんにとっては、映画作品で言えばもう間違いなく、代表作にして最高傑作、というものが生まれたと思いますし。心の底から「いやー、いい映画だった!」という風に言える一作でございました。ぜひぜひ劇場でリアルタイムでウォッチしてください!

(ガチャパートにて)『凪待ち』、1個だけマイティ周りで言うのを忘れていた。あのさ、麿赤兒さん演じるヤクザの組長の孫の写真を見ながらさ、「かわいいっす!」「かわいいっす!」「かわいいっすね!」「かわいいっす!」って、あれ最高でした!(笑) マイティ、いい仕事した!

(以下省略 〜 来週の課題映画は『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』です!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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