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宇多丸、『海獣の子供』を語る!【映画評書き起こし 2019.6.14放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのはこの作品……『海獣の子供』! 数々の賞に輝いた五十嵐大介の同名コミックをアニメーションスタジオ、STUDIO4℃が映画化。人付き合いが苦手な中学生の琉花は、夏休み、父が働く水族館でジュゴンに育てられたという不思議な少年に出会う。そして、その出会いが世界を変えていくことになる。

声の出演は芦田愛菜、森崎ウィンさん──『レディ・プレイヤー1』などでおなじみですね──そして稲垣吾郎さん、などでございます。監督は映画『ドラえもん』シリーズなどなど多数手がけてらっしゃいます、ベテランですね、渡辺歩さん。そして、音楽を久石譲、主題歌を……いまバックで流れていますけども、米津玄師さんが務められました。米津さんは原作ファンということで、自ら手を挙げられた、ということでございます。

ということで、この映画をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量なんですけど、「ちょっと少なめ」。これはちょっと残念ですね。非常に話題作だし、なんかさ、(先週も言ったように)「アニメ、特撮になると(メールが)ドカンと来る」って言うけど、なんかいわゆる「アニメファン」からドカンと来るタイプのと、そうじゃないのってやっぱりあって。こっちはそっちだってことなんですかね? だとしたら、ちょっともったいない話だと思いますけども。ただ、賛否の比率は褒めの意見が7割、それ以外の意見が残り3割。全面的に否定してるような意見は見られず、ということでございます。

主な褒める意見としては、「すさまじい映像体験。正直ストーリーは理解できなかったが、圧倒的な画力の前に息を呑んだ」「絶対に劇場で見るべき!」というもの。一方、否定的意見は、「話が理解できない」「セリフで説明しようとしすぎてる」といったあたり。ただし、その映像力というかアニメ力というか、そこに関しては否定をする人はひとりもいなかった、という感じでございます。

 

■「五感が呼び戻されるような映画体験」(byリスナー)

代表的なところをご紹介いたしましょう。「コマコ」さん。「宇多丸さん、こんばんは。初投稿です。『海獣の子供』、見てきました。『なんとなく気になる』という軽い気持ちで見に行ったのですが、ちらほら見かけた感想からも実態がつかめない印象だったので、自分の理解力の無さから、ポカンとなってしまったらどうしようと、不安になりながらも鑑賞をしてきました。

生命が蠢く圧巻の映像。海の光を映したような少年・少女の瞳。死臭が漂ってきそうな海の怖さと、たくましいほどの美しさ。全てわかった気になってはいけないのだろうけど、なんだか馴染みがある話のようにも思えました。感想がうまく言えなくてもどかしい……となるのですが、神話だ、スピリチュアルだと縁遠く感じていても、実際に私たち自身がわからなさを抱えて生きてるのだと、言葉だけではない伝え方で受け取ったように感じました。

子供の頃、わからないからこそ恐れていたことや魅力を感じていたこと。気味の悪さと居心地のよさ。まさに五感が呼び戻されるような映画体験でした」。なるほどね。「五感が呼び戻される」。これはいいですね。これはまさに作り手の方々が狙ったところかもしれませんね。「……見終わった後もずっとたゆたっていたい気持ちと、『でも、ここから出なくては』とハッとして劇場を出ました」ということでございます。

一方、いまいちだったという方。「水星ゴリラ」さん。この方、「非常に大好きな漫画で、STUDIO4℃が映画化するというので楽しみにしていたんだけども……多くの人が言ってるように、ビジュアルは本当に素晴らしかったです。が、一方で、ストーリーについては、驚くほど何も感じなかった、というのが正直なところです。映画化するにあたり、監督は長大な原作を主人公・琉花を中心にした物語に再構成したとインタビューで語っており、それ自体は悪いと思わないのですが、説明的なモノローグをやたらと乱発したり、浜辺で高熱を出した海くんを心配したかと思えば、次の画面ではそんな彼のことを忘れて夜光虫に夢中になったり。

初対面のはずのデデとの邂逅にそれらしいリアクションもひとつもなく船に乗り込んだりと、空虚で統一感のない琉花のキャラクターには大きな違和感を覚えました」ということでございます。いろいろとこの原作との距離感についてのお考えを書いていただいた上で、「……上半期ベストの座はこの日のために空位としていたのですが、残念ながら期待はずれになってしまいました」ということでございます。

 

■アニメーション映画としてケタ違いの一発、来ちゃった!

さあ、といったあたりで行ってみましょう。『海獣の子供』、私もTOHOシネマズ上野とTOHOシネマズ新宿で2回、見てまいりました。どちらも結構入ってましたね。はい。なんだけど、どちらも結構入ってきたんですけど、ぶっちゃけ終映後、劇場が明るくなると、あちこちから「難しかったね」「難しかった……」というような声が口々に上がる、というような、そういう空気ではありました。で、まあその反応も無理からぬところはたしかにある、という感じ。しかし、そこも含めて、これはまたアニメーション映画として、ちょっとケタ違いの一発が来ちゃったんじゃないかという。

特に、アニメーション作品としての手法・技法の攻めっぷりというところで言うと、今年のあの、とてつもない傑作『スパイダーバース』に、日本から回答しうるとしたらこの1本なんじゃないかな、という風に思うくらいの。とにかくこれだけは言えるのは、結果どう受け取るかはちょっと置いておいても、まずはこの作品、映画館の、万全の上映・音響環境で見られるうちに見ておくべき、体感しておくべき、という作品なのは間違いない。音響も相当にすごいんでね。まあ後々、リアルタイムでしっかりと劇場鑑賞しておいてよかったという風に思えるかもしれない、そういうポテンシャルを持っている1本だと思います。

まずもって、五十嵐大介さんによる、2006年から2011年まで小学館月刊IKKIで連載をされて、いまは単行本が全5巻で出ている原作漫画。この原作がすでに、名作認定済み!っていうね。でも、それだけに安易な映像化はできないし許されない、というような、ちょっと特別な存在感を持った一作でもあって。で、まあとにかくこの漫画ね、見ていただければ誰の目にも明らかなほど、まあ恐ろしく手間のかかった絵……もう線の1本1本、ひとつひとつの密度が本当にすさまじい、というね。これは本当に……まずこれは、アシスタントさんとかに任せるのは無理じゃない?っていう感じ。恐らくは、ほとんど1人で描かないと無理ですよね、という。

しかも、つけペンと併用しつつ、っていうことらしいですけども、ボールペンで描いている!という独自の手法。これがまた驚きですけどもね。とにかくその、ひとつひとつの線にも魂が、命が宿っているようなこの絵柄。これこそがある意味、物語的なテーマとも一致する、『海獣の子供』という漫画作品の核でもあって。要するにその、ディテールに全てが宿るというか、神・命が宿っている、というテーマとも……意味があるんですね、その線の1本1本に力が入っている、というのは。それは作品の核でもあるので。

あとはもちろん、単行本1巻あたり300ページ以上×5という分量。その中で、メインストーリーだけではなく、複数の視点とか時制から、「この世界の仕組み」っていうものを次第に浮き彫りにしていく、というその壮大な語り口。これをどう整理していきましょうか、というところも含めてですね。まあ映像化・アニメ化のハードルは非常に、明らかに高い作品、っていうことですよね。これを普通のアニメの、普通の絵柄で、お話だけ……要するに、お話と同じぐらい、「画」の持つ重みの比重が大きいっていうか。というか、そこがイコール、みたいな作品なので。普通の絵柄でテレビシリーズ化とかしたらちょっとがっかりだ、なんていう作品でもあったわけですけど。

 

■様々な構成要素を刈り込み、ひと夏の「小さな物語」として着地

まあ実際、だからこそこれ、企画開始から完成まで、6年とかかかってるんですよね。日本のアニメとしては、大変長い製作期間をかけて出来上がった作品でもある。まあ、さすがSTUDIO 4℃、というか。STUDIO 4℃が時々やる「蛮勇」系……「よくこれ、やりましたね」っていう、STUDIO 4℃らしい作品だな、と思いますけど。で、監督として白羽の矢が立った渡辺歩さん。非常にベテランですね。特に『ドラえもん』シリーズ。中でもその劇場版の、たとえばこれは短編ですけど、『おばあちゃんの思い出』とか。あとは『のび太の恐竜2006』とか。まあ傑作とされる作品を多く手がけて、監督されていたりとか。

あとは、フリーになられてからもいろいろとやっています。僕、テレビシリーズとかはちょっとごめんなさい、全部チェックはできていないんですけど、僕が見ている中では、『大きい1年生と小さな2年生』。これ、短編です。25分間のね。これ、本当に素晴らしかったですね。あとは『宇宙兄弟#0』。前日譚のやつとかも拝見はしているんですけども。とにかく、少年少女物、ジュブナイル物を主に得意とされてきた方、という言い方をしていいと思いますけども。

今回『海獣の子供』を1本の長編映画にするにあたってもですね、原作漫画の、たとえばその、世界各地での海洋怪異譚をドキュメンタリックに並立していって、世界観の広がり、厚みを出したりっていうような、多角的な視点・語りとか……あとは、大人視点のサブストーリーとか、それに付随する、わりとはっきり残酷な描写であるとかですね。あと、なんといっても時制の前後とか、そういう諸々をバッサリと刈り込んで、キャラクター描写も大幅に整理・簡略化して、ある1人の少女、主人公・琉花の経験する、ひと夏の出来事、彼女をめぐるひと夏の出会いと別れ、学びと成長というね、それをもう完全にリアルタイムの語りで見せるという、まさにジュブナイル的ストーリー。つまり、全てを琉花という少女の視点にグッと絞って、現在の時制に絞って、あえてシンプルな、「小さな物語」にまとめている、着地させている、というあたりが特徴ですよね。

ただこの「小さな物語」化っていうのが、決して矮小化にならない。どころか、その「小さな物語」を丁寧に描けば描くほど、超マクロな世界観と直接シンクロしていく、という構造を持ってるあたりこそが、そもそもこの『海獣の子供』っていうお話の、すごみのところですよね。なので、まさにその原作の本質を突き詰めた結果の、正確で的確なアダプテーション、翻案であるな、という風に思いますけど。ちなみにこれ、脚本として一応クレジットされてる……「木ノ花咲」さんっていうクレジットが出るんだけど、これはたぶん、(ハリウッド映画の匿名クレジットとして有名な)「アラン・スミシー」的なものかな?って思って。調べてもあんまり情報が出てこなくて。実質、渡辺さんがお話部分をまとめていった、っていうことなんですかね。ご存知の方がいたら教えてほしいなと思いますけども。

 

開幕10分から異常な密度の作品世界。「まさか全編、この密度でいくつもりなのか……!?」

で、とにかくまずアバンタイトル。琉花さんの幼少期、水族館での記憶っていうところから、世界各地で魚たちに異変が起きてます、と。で、このくだりまでの、水とか海洋生物表現のきめ細やかさと新鮮さとか、ここらへんですでにもう、圧倒されているんですけども。

で、そこから、富司純子さんが声をやっていて、さすがの貫禄で……今回の映画では正直あんまり細かい説明がない、まあぶっちゃけ雰囲気キャラクターになっちゃってるんですけども、にも関わらず、やっぱり「富司純子力」で持っていく、デデというおばあさんのキャラクターの声で、「いよいよ始まるね!」って唸ってから、あの、原作漫画のタイトルが出るところをまんま再現した、魚が一斉にボーン!って海面にジャンプするというそのショット。もうこれ、無条件でアガるあたりですよね。

で、そこからまあ主人公・琉花。声を演じている芦田愛菜さんの達者さはもう、さすがとしか言いようがないですけど。とにかく彼女の夏休みの始まりの日常描写が……これ、やってること自体は、ほぼ原作漫画通りの流れであるわけです。ハンドボールの試合をやっていて、友達に怪我させちゃって。で、帰り道に虫が肩に止まって、とか、その細い流れまで原作通りにやってるんですけど。ここがですね、それこそ描線の1本1本とか、ちょっとした、微細な世界の変化まで逃すまいとするような……ひとつひとつ丁寧にキャッチ、拾い上げるような、動きとか光の表現。

たとえば、室内に差し込む日光の、角度とか、柔らかさの塩梅とか。あと、あの職員室の中で、たとえば扇風機の方向によってわずかにそよぐ髪とか衣服。で、そこに漂う、「そこにたしかにある」空気の感じ。あと、塵などもCGでちょっと足してたりとか。で、その空気が淀んでる感じ、もしくはちょっと動いた感じとかを含めて……とかそういう、微細なところを拾うアニメ表現であるとか。かと思えば、その琉花さんが学校からワーッと出てきて、道を駆けてくるのを、正面からずっと、要するに角度を変えて捉え続ける。

で、背景の動きとも見事にシンクロした、異常にダイナミックな移動ショット。当然、背景はあれはCGとかを使っているはずなのに、中心の作画と違和感なくというか、どうやってこの絵を描いてるのかな?ってちょっと不思議になるような、異常にダイナミックな移動ショットとか。とにかく、さっきから言っているように、やってることそのものはほぼ原作通りの流れ……主人公・琉花の夏休みの始まり、非常に日常的な光景が描かれているんだけども、今回の映画版では、その全てが、全カット、細部に至るまで、いわゆるアニメーションならではのワンダーというか……。

微細な線と絵と、そして本来は止まっているはずの絵の動きで、すくい取られているというか……世界そのものをすくい取るような密度、というところ。で、本当にアニメーションならではのワンダー、ワクワクと驚異と快楽が、あふれんばかりに詰め込まれていて。これ、本当にまだまだお話的にはほとんど何も起こっていない段階なのに、すでになにかもう、密度が異常なわけですよ。異常な密度の作品世界が、もうすでに開幕10分ぐらいで繰り広げられていて。僕、最初に見ながら、「まさか全編、この密度でいくつもりなのか……!?」って、ちょっと軽くおののいたんですけども。

 

■作画・背景美術・CGI。全パートが「ネクストレベルに行く!」という覚悟

「オレ、持つかな? この映画のテンションよりも、オレが先に疲れちゃうのでは?」って。で、実際に途中でオレ、結構ぐったりしてきちゃったんですけども(笑)。あまりにも密度が希釈されていなくて。これはまさに、さっき言った原作漫画の圧倒的な密度を実際に絵として動かす、という、それに本気で取り組み、それを具現化した結果でもあるし。同時にですね、その主人公・琉花の日常というのは、我々のこの一見卑近な生の、その「小さな物語」にこそ、宇宙の驚異、世界の神秘、生命の本質――まさに「アニマ(Anima)」ですね――が宿っているという、この物語全体のテーマ……この日常の中に、命と密度と何かマジックが詰まってる、という。この序盤10分間の語り口に、すでに物語、映画のテーマが詰め込まれている。

手法と、その語り口と、全体のテーマが一致している、というあたり。これもすごいなと思いました。これはもちろん、渡辺歩監督率いる座組と言いましょうか……で、これは渡辺さんがインタビューで、まさに本作の映像化の勝算として指名したという、キャラクターデザインと作画監督、演出の小西賢一さん。小西賢一さんはですね、渡辺さんとは『のび太の恐竜2006』以来のコンビ、ということらしいですけども。もちろん今敏監督のいろんな作品もありますし、やっぱり今回のにいちばん連なるのは、『ホーホケキョ となりの山田くん』とか『かぐや姫の物語』っていう、まあ要は描線そのものが、もうすでに超手間がかかる上に……それ自体が大変実験的であり、そしてそれ自体がメッセージである、というような作品。

『かぐや姫の物語』の次にこれ(『海獣の子供』)をやらされるって鬼じゃね?って思うけど(笑)。とにかく、めちゃめちゃ手間がかかったその作画、動画、といったあたりに定評がある小西さんであったりとかですね。あと、美術の木村真二さんですね。『スチームボーイ』とか『鉄コン筋クリート』とかをやられていますけども。これ今回、木村真二さんのその背景美術だけを本にしたアートブックっていうのが、大誠社というところから出ていて。これがまた、見るとすさまじい密度、完成度の背景美術。この木村真二さんの仕事であるとか。

あるいは、今回相当広い範囲でお仕事をされたということらしい、色彩設計の伊東美由樹さんであるとか。あと、CGと作画の融合がものすごい高レベルなんですね、今回。そこにすごい驚いちゃったんですけども。そのCGI監督の秋本賢一郎さんと平野浩太郎さんという方。これ、パンフレット……今回、非常に豪華な巨大パンフレットがあって、そこのこのお二方のインタビューがすごかったです。

要するにCGが、いままでの作画との感じ、バランスだと、OKが出なかった。リテイクにリテイクを重ねられて、「このレベルしかできないんですか?」みたいなことを言われて。とにかく作画のレベルについていくために、めちゃめちゃ時間をかけたという。まあ、その甲斐あってというか、まさにその全体のチーム、各パートが、ネクストレベルに行く!という覚悟でやりきった、ならではのこの、異常な密度の画面ですね。と、いうあたり。

ということで、この序盤の日常描写だけでも、本当に僕は至福!っていう感じで見てたんですけど。で、画的な密度・テンションは一切希釈されないまま、そのジュゴンに育てられたという2人の少年・海と空……個人的には僕、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』の「キク」と「ハシ」的な対比を感じましたね。ちょっと異質なところで育って(都会に)やってきた、2人だけの世界がある……しかもなんか割と日焼けした黒っぽいタイプと、白っぽいタイプみたいな。キクとハシっぽい対比感を感じましたけど。

 

■原作から翻案された映画的アレンジの数々

それと出会ってからは、ちょっとだけ日常の規範を逸脱した、少年少女の冒険物。まさしく海洋ジュブナイル的な色を濃くしていく。ここもたとえば、人魂……隕石を最初、目撃する場面とか。あと、空とはじめて出会うあたりの、海岸の場面とか。波の音とかの細やかな音もそうですし、あの、マジックアワーの、まさに空と海が溶けあうような空間の広がり……もうちょっと、陶然としてしまうような美しさ、心地よさですよね。

で、こういうのはもう、先ほどから言ってる通り、線のひとつひとつ、動きのひとつひとつ、色や音のひとつひとつを、みなさん自身がスクリーンを通して、いま劇場で体感していただく以外にないので。これはもう是非行っていただきたいと思います。ちなみに今回の映画版の琉花はですね、彼女の視点を通じて基本、全てが進む。彼女自身の葛藤や学びが中心に据えられている分、原作よりも、若干大人っぽいキャラクター造型になっていると思うんですよね。なので、やってることはほぼ原作通りなんだけど、そもそもテーマそのものが「生命の継承」っていう風なものであるのと相まって、要所要所、ややエロティックなニュアンスが入ってる、という感じだと思いますね。

たとえば、海に人工呼吸をしようか?っていうくだりとか、明らかに思春期感を強調していると思いますしね。で、その分、「血族」の話……要するにお婆さん、お母さんと続く海女の家系であるという、血族の話をカットしたというのは、僕はこれはテーマ的に、「その神秘は、我々の暮らしとか命の全てに宿っているんだ」っていうテーマをより強化していて、僕はこれ、いいカットだなっていう風に思ったりもしましたけどね。あと、今回の映画版で強調されてる部分といえば、これも「生命の循環」というテーマと密接に関わっている、食事描写。特に、海辺での食事描写。料理を含めた……料理のプロセスもしっかり見せて。本当に美味しそう!

で、ここで彼らがする会話こそが、作品テーマの核心となるところでもあるので、ここを特に強調してみせる、というのも、非常に映画的な翻案としてナイスなあたりじゃないでしょうかね。あと、その海と空を巡る、世界の、宇宙の、生命の秘密、仕組みを巡る諸々も、さっきもちょろっと言いましたけど、今回の映画版ではかなりソフト化されていて。海も空も、原作だともうちょっと不気味な、本質的にはコミュニケート不能な異物として描かれているんだけど、今回の映画ではより、やっぱり特に琉花から見て共感的な存在というところに、微妙に……まあ、ジュブナイル寄りにチューニングされている、というところはあると思います。

 

■「難解」な印象を強く与える説明台詞の多さ

とはいえ、この『海獣の子供』、さっきから言ってるように、爽やかジュブナイルアニメだと思って見てるとですね、冒頭で言ったような劇場の観客の反応も然りというような、わりとギョッとすることになっていくわけです。端的に言えば、わりとゴリゴリのSFなんですよね。ファンタジーじゃないんです。ゴリゴリのSF。もっと身も蓋もない言い方をしてしまえば、海洋版『2001年宇宙の旅』および『2010年』。あとはそれのわかりやすい改題であるところの、『ミッション・トゥ・マーズ』とか。まあ、「命はつながっている……生命っていうのは、宇宙から来たのかもよ?」みたいなね。

そのあたりのSF的な本作の位置づけについてはですね、さっき言ったその豪華パンフで、添野知生さんがかなりしっかりとした解説を寄せられているので。はっきり言って、クライマックスの「誕生祭」周りの意味というのにポカンとなってしまった人は、是非、この添野さんの文章を読むと、「ああ、そういうことか」ってなると思います。実際、劇中でもわりとはっきり言ってるんですよね。要は、「海が星々の命の源、母なのだ。なおかつ、そういう星々とか宇宙の成り立ちっていうのは、我々のこのひとつの命の在り方と、完全に相似形、というよりは事実上、同じものであるんだ」って、わりとはっきり言ってる。

なので、実はそこまで難解な話ではないはずなんだけど、やはりそのクライマックスの誕生祭というこのシークエンス。まさに『2001年宇宙の旅』の、かの有名なスターゲートシーンのごとく、一見、非常に抽象的なんですね。ただ、実はひとつひとつの画には、それなりの意味とか理屈は通っていて、意外と本当に「説明」にもなってたりするんだけど……という。でもやっぱり、初見ではなかなか抽象的で、すぐには理解しがたい。ゆえに「難解」という印象を与えるというような、そういう語り口をとっているため……ただ、ちなみに原作もここはやっぱり、ビジュアルイメージの釣瓶撃ちで。実は原作を読んでも、そこまで言語的な説明がされるわけじゃないんですね。このくだりはね。

むしろ今回の映画版は、さっき言った通り、『2001年宇宙の旅』のスターゲートシーンの1個1個に一応意味づけがある、程度には、実は絵解き要素をかなり入れ込んでるバランスなんですよ。実は、むしろこれでもわかりやすくしてるんですよね。なんだけど、まあたしかにここで一気に、見る人の感想というか印象は分かれる。はっきり言って「人を選ぶ」映画になってしまうのは、この瞬間だと思います。個人的にはむしろ、これは結構批判的メールでも多かった部分ですけど、そのビジュアルイメージの釣瓶撃ちによる物語的な取っつきづらさを中和しようとしてか、意外と説明ゼリフが終始多い方が、むしろ僕は気になりました。

 

■「すげぇもん見たな」感は保証付き。ぜひ劇場でウォッチを!

そのわりに、やはりクライマックス……意味やテーマは理解できますよ。その生命の継承であるとか、さっき言った海が命のあれで、ドバーンとね、ここからその宇宙に向けて、命の素が放たれる。海のある惑星の責任として、それが放たれる。それはわかっても、それで「具体的にはどうなったか」が飲み込みづらい、見えづらい、という事実は間違いない。ただ、原作の読後感もそのくらいのバランスではあるので、おそらくそこに映画として、ひとつの解釈をつける、ということを避けたんだとは思うんですけどね。

なんですけど、まあ原作と違うこの着地。主人公の小さな気付き、成長に着地させていく。「空」と「海」のダイナミックな映像対比から、要するに「他者へと繋がる意志」っていうのを見せて、スマートにサクッと、ポンッ!と幕引きをする。あの気持ち良さだけでなんか僕は、この映画版、オールOK!っていう感じになりましたけどね。そこから米津玄師さん。さっき言ったように原作ファンで自ら手を挙げた、というだけあって、非常にやっぱり原作理解度が高い歌詞!(物語のトーンにふさわしい)エキセントリックさは、多重コーラスとか、非常に空白を生かしたビートで醸し出しつつ……「陸側」から見た視点。陸の、人間から見た視点で物語を語り直す、というような。しかもそれが、エンドロールの画と、一致してるんですよね。なかなか見事なバランスじゃないでしょうかね。

あと、久石譲さんの音楽も、いつもの非常に情緒豊かな感じとはちょっと距離を置いた、付かず離れずのミニマルな感じで情感を醸していく感じも、非常に見事でしたし。まあ、わかりづらいところがあるという方は、原作、パンフだとか……『2001年宇宙の旅』もそうですが、サブテキストありきの作品というのも、僕は世の中にはあると思っていますし。そこまで実は難しいことを言っているわけではないんだけども……むしろその説明の方向が、もうちょっとチューニングしようがあったのでは?っていう気はしますが。

とにかく誰もがですね、「すげえもんを見たな!」となることは間違いなし。さすが『マインド・ゲーム』のSTUDIO 4℃!という風になることも必至。なんであれ、この密度、テンションのアニメーション作品は、しばらくは見れないんじゃないでしょうかね。アニメーションファンのみなさん、是非ちょっとこれは劇場でこそ、音響の細かいところも含めて、劇場のそのセットでこそ……後から(自宅環境やモバイルで)見て、「なんだよ、宇多丸が褒めてたけど大したことねえな」とか言ってんじゃねえぞ、この野郎! はい(笑)。是非ね、劇場でリアルタイムでウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『旅のおわり世界のはじまり』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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