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9歳から負け知らず! チェリスト:宮田大さん

コシノジュンコ MASACA

2019年6月16日(日)放送
宮田大さん(part 1)
チェリスト。1986年、栃木県宇都宮市生まれ。9歳から出場する全てのコンクールで優勝。2009年の第9回ロストロポービッチ・チェロコンクールでは日本人として初優勝。以降、日本を代表する演奏家として国内外で活躍していらっしゃいます。

JK:よっ天才!

宮田:いやいや(^^;)

出水:子供のころはどんなお子さんだったんですか?

宮田:3歳からチェロを始めたんですが、母がバイオリン、父がチェロの教師をしていて、それがきっかけで始めたんです。動き回っちゃう子だったらしくて、2歳のころはバイオリンを始めたんですけど、歩き回ってばかりで「座って練習しなさい」ってことでチェロに変わったんです。

JK:でもチェロって大きいから! 子供のチェロってどのくらい? バイオリンを縦にするわけにもいかないし。

宮田:あ、でも本当にそんなようなサイズのものがあって、ギコギコ、ギコギコ、音が鳴るというよりは、弾く楽しさから教えてもらって。

JK:そんな小さいの見たことない! でも、生まれた環境が。どこの学校よりも家が学校らしいというか(笑)もうやるしかない、みたいな。でも成功している人の話を聞くとみんな両親から影響を受けてるわね。

宮田:まあ両親も、小さな子供たちを教えるプロフェッショナルとして活動していたので。雨を手のひらに載せて、弾けるようになったらあげる、というような餌付け的な感じでしたと思いますけど(笑)

出水:弦を持つ手は揺れてはいけないんですよね?

宮田:そうなんです。弓も並行に持たなくてはいけないですし。外で演奏をして「今日は青空教室だねー」とか、机の上で練習したりして「本番のステージのようだねー」とか、盛り上げながら毎日演奏するような感じでした。

JK:でも子供のころは演奏する場ってないじゃない? コンクールは何歳から出るんですか?

宮田:僕の時は小学校3~4年生ぐらいから。栃木のコンクールを受けて。でもその時は、賞をもらえるとかじゃなくて、お客さんの前で弾けるっていう楽しさが勝っていたかなと思います。

JK:へっちゃらですね(^^)このまえ3.11記念コンサートで演奏してくれた時、初めてあんな音を聞いたわ! なんか和ですよね? チェロで何でもできちゃうんだと思った。

宮田:『題名のない音楽界』の昔の司会者が作られた「文楽」という曲です。尺八みたいな音だったり、三味線だったり、人の声だったり。一応楽譜もあるんですけど、それにイメージをつけながら演奏すると言う感じです。

出水:9歳のときからコンクールに出場して、それ以降すべてのコンクールで1位というのは本当ですか??

宮田:はい。ありがたいことに、いろんなコンクールに出させていただいて、最終的にはパリで4年に一度開催されるロストロポローヴィチ・コンクールに出て……

JK:私もパリでヨーヨー・マ見たんですよ。シャンゼリゼ劇場で。すごくシンプルで、たった一人で、シンプルな格好で、幕も開けずに幕の前でただひたすら弾くだけなのに、チケットが取れなくて大変!

宮田:本当に生活の中にチェロが溶け込んでるという人ですよね。

JK:あれは私も初めての体験だったわ。最後まで見てたけど、ついに幕は開かなかった!あの気負わなさ、ナチュラルさ。それで隣がホテルだったの。そこで本人にバッタリ会って(笑)ものすごい自然体なの! それがカッコいいと思って。世界で一番の人って何やってもいいんだって(笑)

宮田:仕事っていうか、パッと演奏して遊んで帰った、みたいな感覚なんでしょうね。日本はホールできちんとしながら聞く、と言う感じですからね。

出水:音楽と同時にスポーツもやってらっしゃったそうですね??

宮田:中学時代にバレーボール部に入って、ずっとセッターをやってました。

出水:ええ~?! セッターって一番手先を使うんじゃ??

宮田:そうなんです。でも小さいころからずっとチェロを弾いていたので、握力が強かったみたいで。中学校1年生からレギュラーでセッターをやらせてもらいました。司令塔なんですけど、頭がついていかなくて(^^;)みんなが欲しいところにボールを挙げなきゃいけなくて。

JK:バレーボールには私もご縁があってね。中垣内さんの時代にずっとユニフォームをデザインしていたの。バルセロナ・オリンピックの時は私のユニフォーム。バレーボールはハンサムな人がぐわーっといてね!

宮田:みんな背が高いですよね! やっぱりセッターは影の主役というか、アタックの人が中心になるんですよね。

JK:何年ぐらいやってたの?

宮田:3年やって、でも高校から桐朋学園に通うんですけど、その時もバレーボール部を作ろうと思ったんですけど、やっぱり皆さん手をケガするから、というので実現せず……。僕も中学時代に突き指してしまって、レッスンをキャンセルしたこともありました。

JK:何やってんの!って怒られそうね(笑)でもガッチリした体型ですもんね。文武両道じゃないけど、いろいろ経験するのはいいわね。

宮田:バドミントンもやってたんですけど、ダブルスとかやると手が当たる可能性もあって、最終的には今スキューバダイビングを趣味としてやってます。無音の世界というか、何もかも音楽から離れられる時間が欲しいというか。

JK:本気でチェロのプロになろうと思ったのは?

宮田:高校1年生の時に小澤征爾さんと一緒にチェロコンチェルトを演奏する機会がありまして。小澤さんもハッスルする方なので、身近で応援してくださる方というイメージがありますね。その時はサントリーホールで初めて演奏する機会があったので、遠くの席の方は見えないぐらいなんですけど、「そこの席の方に向かって思いっきり、好きなように演奏してください」と小澤さんに言われて。「自分が指揮をつけるから」って言ってくださって、心強かったです。

JK:そこから始まるってすごいじゃないですか! いい出会いしてるわね。

出水:プロフィールには2013年にクロンベルク・アカデミー修了とありますが、どんな学校ですか?

宮田:学校というより、チェリスト養成学校みたいな感じで。ドイツのフランクフルトの
近くなんですけど、自分はここに通いながらジュネーブ学院にも通っていて、電車で行ったり来たり。菜の花畑を電車の窓から眺めたりして通っていました。チェロ養成学校なので、素晴らしい猛者たちが在籍していたので、日本人ができるチェロの演奏を発見できたかな、と思います。

JK:ドイツ語だのなんだの、大変ね!

宮田:いや~、ドイツ語は諦めました(^^;)日本語でしゃべってほしいなと思いました!でもベートーベンを学ぶときに、ドイツ語の発音とかサウンドを真似ていかなくてはならないので。

出水:では宮田さんは日本語とドイツ語?

宮田:……できたらいいんですけどね(^^;) 主に英語が中心になっちゃいますね。

JK:でも独特ですよね。オーケストラの中に入るんじゃなくて、ソリストとして演奏するんだから。

宮田:そうなんです。チェロで、これが自分の声です、という感じで演奏して、表現していかなきゃいけない。はい。チェロは人間の声に似てるって言われたりするのでね。

JK:自分の「声」! 今度からそういう耳で聞かなきゃね!

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華麗なるコンチェルト・シリーズ2019年度【第10回】「チェロよ歌え!」

日時:2019年6月30日(日)
場所:横浜みなとみらいホール
時間:13:30 開場 14:00 開演
出演; 指揮/粟辻 聡 チェロ/宮田 大 高木慶太(2nd.チェロ)
演奏:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
料金:S席(1、2階席)¥6,500/A席(3階席)¥4,000/P席(舞台後方席)¥4,000
(全席指定・未就学児童入場不可)

お問合わせ:神奈川芸術協会:045-453-5080

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=OA楽曲=
M1. BUNRAKU / 宮田大

M1. Popper: Hungarian Rhapsody Op. 65 / 宮田大, 柳谷良輔

「コシノジュンコ MASACA」
TBSラジオで、毎週日曜17:00-17:30放送中です。ラジオは、AM954kHz、FM90.5MHz。パソコンやスマートフォンでは「radiko」でもお聴きいただけます。