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宇多丸 『ちはやふる 下の句』を語る! by「週刊映画時評ムービーウォッチメン」2016年5月16日放送

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

ちはやふる 下の句

宇多丸:「映画館では、今も新作映画が公開されている。
     一体、誰が映画を見張るのか?
     一体、誰が映画をウォッチするのか?
     映画ウォッチ超人、シネマンディアス宇多丸がいま立ち上がる——
     その名も、週刊映画時評ムービーウォッチメン!」

TBSラジオで毎週土曜日、夜10時から2時間の生放送『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』。その中の名物コーナー、ライムスター宇多丸が、毎週ランダムで決まった映画を自腹で観に行き、評論する「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ここではその文字起こしを掲載しています。

今回紹介する映画は、競技かるたに打ち込む高校生たちを描いた二部作の後編『ちはやふる 下の句』(日本公開2016年4月23日)です。

▼ポッドキャストもお聞きいただけます。

 

宇多丸:
今夜扱う映画は、先週「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して当たったこの映画、『ちはやふる 下の句』。

(BGM:テーマ曲が流れる)

競技かるたに打ち込む高校生たちの青春を描いた同名の人気コミックの実写映画化。二部作の後編となる本作では、主人公・千早の前に、「最強のクイーン」と呼ばれる若宮詩暢が立ちはだかる。主人公・千早を演じる広瀬すずを始め、野村周平、真剣佑らメインキャストは引き続き続投。また、千早のライバルとなる若宮詩暢を松岡茉優さんが演じている。監督・脚本は前編『上の句』に続き、小泉徳宏さん。

ということで『ちはやふる 下の句』、この映画をもう見たよというリスナーのみなさんからのね、感想メール。<ウォッチメン>からの監視報告、メールなどでいただいております。メールの量は……多いです! 『上の句』をついこの間扱ったばかりで、私も絶賛しましたということもあってですね、注目度がこの番組的には特に高かったんでしょうか。メールの量が多い。そして、いつもよりも若い人が多く、現役の学生さんからの投稿も目立ったとのこと。もちろん、前編の『上の句』を見てハマッたという人ばかり。

賛否で言うと、賛が7割。ただし、諸手を上げて全面的に絶賛という人は意外と少なく、「『上の句』の方がよかったけど、これはこれでよかった」という人がいちばん多かった。逆に、否定的な意見の人でも、主人公のライバルである若宮詩暢を演じた松岡茉優を賞賛する声は強かった……ということでございます。代表的なところをご紹介いたしましょう……。

(メール紹介、中略)

……と、いうことでございます。『ちはやふる 下の句』、行ってみよう! よせばいいのにですね、バルト9やらTOHOシネマズ六本木で、よせばいいのに、3回も見てしまいました。『上の句』に比べると、でも明らかにお客はちょっと入っていなかったかな。私が見た3回に関してはそんな印象でございましたが。

二部作の前編にあたる『上の句』を4月2日、このコーナーで扱ったばかりでございます。こんな風に前後編をきっちりやるのは、『ハリー・ポッター』のラスト二部作(死の秘宝 PART1・2)をやったというのがありますけども。これだけ短いスパンで前後編をきっちりやるのは始めてじゃないでしょうか? あ、『進撃の巨人』もやったか(2015年8月8日、9月26日)。

とにかく、その『上の句』評。ざっくり僕が何を言ったかをおさらいしておくならばですね。『がんばれベアーズ』型弱小スポーツチームものというジャンル。今回ね、『下の句』で吹奏楽部が出てきますけども、吹奏楽部が最初の方でずっと演奏しているのが『カルメン』なのは、これはたぶん明らかに『がんばれベアーズ』オマージュなんだろうな、なんていう風に思いながら見ていたんですが。とにかく、『ベアーズ』的な弱小スポーツチームもの。特に、マイナースポーツ題材の青春もの、ティーンムービーものっていう、日本ではすっかり定番化したジャンル。そのジャンル映画として、今時の日本のこういう感じの映画の水準で言えば、もう本当に思い切って、「傑作!」という太鼓判を押していい出来だろう、ということでございます。

実際に僕を含め、大好きになっちゃった人が続出という作品でございました。勝因として、監督・脚本の小泉徳宏さん。実はこの間、ちらりと、ちょっぴりピリリとした空気の中でお会いしたんですけど。非常にイケメンでございましたね。本当にご挨拶だけしたっていう感じだったんですけど。とにかく、脚本も書かれていて、原作漫画からの再構成の上手さが『上の句』の勝因だと。特に、試合の勝敗のロジックがきちんと考えられている点。これができていないスポーツものとかエンターテイメントが非常に多い中、ロジックがきちんとしている。

そして何より、キャスト陣のアンサンブルが生み出す、この作品ならではのマジックということですね。青春映画はこれが非常に大事だと。特に、やはり主演、広瀬すずのいまならではの圧倒的な輝き、勢いなどなど、そんなことを挙げつつですね、「早くあいつらにまた会いたい!」ということで、『下の句』への期待を語らせていただいた。締めの部分では、「後編の出来次第では、本当に日本の青春映画史上に残る作品になっていくかもしれない。愛される作品になっていくかもしれない」ということまで言ったんですけど。詳しくは、公式ホームページにラジオ番組起こし職人みやーんさんによる、オフィシャルの全文起こしバージョンが載っていますので。『マネーショート』以降、毎回毎週アップされていますので、ぜひそちらを参考にしていただきたいんですけど。

ということで、こんな感じが『上の句』の評価だったんですね。非常に評価が高かった。で、今回の『下の句』、実際にどうだったのか? というあたり。まずね、正直に言うと、僕、「3回見た」って言いましたけど。初回。最初の1回目に見た時は、特に前半部。主人公たちがひたすらウジウジウジウジと、気持ちの行き違いを重ねるくだりが続くところ——そもそも僕は主人公のウジウジが長い映画はあんまり好きじゃないんですよ——っていうのが続くところはですね、『上の句』で高まりきった期待、『上の句』のこういうところがよかったよなっていうのを胸に、そういう期待している部分からするとですね、かなり……特に前半部。違和感を覚えざるを得なかった。特に初見は。

要は、こんな感じ。「またあいつらに会いてえよ! あいつらに会える!」って楽しみにしていたのに、実際に会ってみたらその友達は前とちょっと変わっちゃっている。「あれっ、こんなやつだったっけ?」みたいな感じ。そういう違和感を覚えざるを得なかった。それはまさにちょうど、この本作の物語の冒頭部分そのまま。あれほど再会したいと思っていた、<元トモ>ですよね。元トモに会ってみたら、「あれっ、なんか……変わっちゃった?」っていう、そういう話。まあ、今回のお話とも一致するんですけど。僕が抱いた違和感はですね。

で、実際にこれは作り手である小泉徳宏さん自身、意図したところでもあるようで。パンフレットのインタビューでも、「まるっきりトーンを変えようと最初から決めていた」とはおっしゃっているわけです。なので、単純に「前後編、話のボリュームを半分こに分けましたよ」とかいうんじゃない。この時点で、その志や良し、だと思うんですよね。前後編でまるっきりトーンを変えて、二部作としての意味を持たせる、という。

あとですね、パンフでこんなことをおっしゃっている……今回は起承転結の「起」の部分が必要ない作品なんだけど、そのいびつさに、編集中に小泉さん自身が違和感を覚えていったと。いきなり主人公が悩むところから始まるので、重たいトーンになりがち。なので、バランス取りが難しかった——ということを小泉さん自身がおっしゃっている。なので、ある意味僕が『上の句』との比較で今回の『下の句』、特に序盤から前半部にかけて違和感を覚えたというのも、これは必然というか、そういう作りなんですね。そもそもね。意図された作りでもある。

つまり、前の『上の句』が単体の作品としてきっちり成立するように作られていた。ここ、僕が褒めたポイントですよね。話が尻切れトンボで終わっていなくて、ちゃんと1本の映画として成立するように作られているのとは対称的に、今回の『下の句』は言ってみればですね、『上の句』自体は起承転結がある1本の映画なんですけど、『上の句』の起承転結全部をまとめて、今回の「起」になっていて。で、なおかつ「承」から始まるという。「起」がなくて「承」から始まるという作品。なおかつその上で、前作ではあえて掘り下げられていなかった部分。要は、なぜそこまで頑張ってかるたというものをやるのか? という根本の動機の部分を問うていく話ということですね。

『上の句』の時に、実は来た批判的な意見のメールの中には、「なんでこんなにがんばるのかの動機がちゃんと描かれていないじゃないか」という批判はたしかにあったんです。まさにそれが補完されるようなテーマ設定に『下の句』はなっている。ここから先、よかった点や不満点を言うんだけど、それ以前に個人的には、『上の句』の起承転結をまとめて「起」にして「承」から始めるという今回の『下の句』だったらばですね、やっぱりオープニングに『上の句』のダイジェストを入れて欲しかったんですよね。ダイジェスト。

僕のアイデアを聞いてください。エンディングに流すんじゃなくて、今回は主題曲になっているPerfumeの『FLASH』から始めるんですよ。で、そのPerfumeの『FLASH』に乗せて、もうノリノリのモンタージュで、『上の句』の名場面みたいなのをポンポンポンポン見せていく。そしたら、そこだけでもう5億点出る。「フーーーッ! やったー、また見れる!」っていう。『スーパーマンII 冒険篇』の頭のところで、テーマに乗せて、1作目のストーリーのダイジェストをガンガン、ノリノリで見せていくあれとか、大好きなんですよ! 小泉さん、それやってよー! それでテンションを一度、マックスまで高めておいてからの、「承」から始める。それでちょっとテンションが低い話が始まるんだったら、だいぶ納得をする人が増えたのにさ。うーん、なんでもったいないなー! いまからでも付けてくれねえかな? で、エンディングは逆に、Perfumeの『FLASH』で終わるんじゃなくて、『ちはやふる』のテーマ。あれで終わればいいじゃん! みたいなね、ということがあるんだけど。とにかく、そんな感じ。

というわけで、今回の『下の句』は、たとえば『上の句』のようなきっちりとしたロジックを持つ勝敗の面白さ……つまりスポーツ映画としての明快な面白さみたいなのは、ぶっちゃけないです。そこを期待して行くと、はっきり失望すると思います。少なくとも、『下の句』という作品これ単体で、これだけを見てわかりやすく面白く成立している……これだけ見ても「面白いよ」って人におすすめできるような作品ではないのはたしかだと思います。『上の句』ありきなのは間違いない。

しかも、『上の句』は非常に明快なロジックを持つ、すごくわかりやすいスポーツ映画だったのに対して、今回の『下の句』は非常に内省的で、言ってみればちょっと抽象的なテーマを扱っているわけですよね。それゆえ、ぶっちゃけ、ここがやっぱり不満の方が多い理由だと思いますけど、その抽象的なテーマ、抽象的な概念を言葉でなんとかわかりやすく説明しようとするあまり、やっぱりちょっと説明しすぎじゃないの?っていうセリフとかナレーションが多めだったりする。これは本当、事実だと思います。

特にですね、僕は「あーこういうのやめてくれ〜」って思ったのは、机くんというガリ勉キャラがいるわけですよね。『上の句』でとってもオイシイ成長ぶりを見せるキャラクターでした。が、もう成長しきっちゃったということなのか知らないけど、たとえば途中で主人公・千早に対する感謝の念を、もう本当に言わずもがなとしか言いようがない、そのまんまな美辞麗句で伝えてしまうっていう。要するに、ただのきれい事キャラになっちゃっている。「なんで?」って。あの場面なんかは、千早が一直線に目標に向かい始めちゃって、もう周りが見えていないのはわかった上で、「あなたのためにこういう作戦をみんなで考えてあげたよ」と、机くんが作戦表の紙を出してあげる。その事実だけで十分伝わるべきものは伝わっているんだから、「お前のおかげで……」って、あんなセリフいらねえよ!っていう。そういう展開が多くなっているのは事実だし。

あと、内省的な展開が増えた分、少なくとも僕はあんまり好みじゃない、前作でも「もうちょっとなんとかならないの?」というふうに最後にちょろっと苦言を呈した、まあいかにも今どきの日本映画なウェットで単調な音楽の使い方なり。なんかこういう、もうちょっとキビキビ行けないの? みたいな感じがあったりするんだけど。加えてですね、これは僕が完全にこの『ちはやふる』という映画の物語世界に入り込みすぎているからなんだけど、どうしても許せない描写が2か所、ございまして。これに関しては、後で言いますけど。とにかく、そのどうしても許せない描写2個のせいで、初見の時は、「本ッ当、頭に来るッ!! ふざけんな綾瀬よテメー!」とか思って(笑)。「クソだな!」ぐらいに思っていたんですけど。

っていうことで、いろいろ言いたいことが『下の句』は増えてしまったのは事実だと思います。なので、不満メールが増えたのも、これはしょうがないと思う。たしかにそういう面はあると思う。ただ、この映画版『ちはやふる』は『上の句』から一貫して、こういうことを伝えている。「情熱の伝播」ですね。伝播する情熱。で、それを具体的に示す映画的アクションとして、情熱が伝播していく様を具体的に示す映画的アクションとして「手を差し伸べる」っていう行為。それはつまり、かるたっていうゲームそのもの。かるたって何かと言えば、「手を差し伸べるゲーム」なわけですよね。

誰かに手を差し伸べる行為と、かるたというゲームそのものを重ね合わせて。つまり誰かに手をこうやって伸ばして、それで情熱が伝播していく。それ自体の素晴らしさを描くという。それを『上の句』から一貫して描いてきたんだっていうことが、今回の『下の句』を見終わって、通して見てはじめてはっきり浮かび上がる構成になっている。思えば『上の句』の時点から、とにかく手を差し伸べる。誰かが誰かの手を取るとか、そういう、あくまで具体的な、つまり映画的なアクションが情熱の伝播っていうものを起こしてきたし、そうやって映画的に表現をしてきた。

たとえば、さっき言ったガリ勉の机くんが登山をする場面で、手を差し伸べるという動きがどれだけ感動的だったか? そのことに観客も、そして主人公の千早自身も、今回の『下の句』のクライマックスの手前のところで気づくわけです。さかのぼって。「ああ、そういえば手を差し伸べる行為が全てつながっていたんだ!」っていうことに気づいて以降、クライマックスから……ここから要は手を差し伸べるとか、手を合わせるとか、手と手をパチンとやるとか、とにかく手を使ったアクションのつるべ打ち。手を使ったアクションがつるべ打ちされるたびに、感動がドライブしていくっていうか。「ああ、ここもそうだ。手と手がつながって、情熱が伝播して!」って。もう感動が加速度的に螺旋階段を上がっていくようにドライブしていく。これがね、今回の『下の句』、本当に半端ない。感動のドライブ感が、ということだと思います。

前半の「えー大丈夫これ?」っていうのが、クライマックスでエンジンがかかり出してからグワーッとドライブしていく感じ。それを際立てているのが、たとば主人公たちはチームプレーで勝負するのに対して……大きく言えば『ちはやふる』っていう映画全体はチームプレーの尊さを訴えていると言っていいと思うんだけど。チームプレーの主人公たちに対しての、まさに「KOKOU」(孤高)の象徴たるクイーン・若宮詩暢役の松岡茉優さんということだと思いますね。

ちなみに彼女の孤高を貫くなりの理屈にも、ものすごく理があるのもやっぱりいいと思うんですよ。「あの人たちはかるたがやりたいんじゃなくて、みんなで何かやりたいんでしょ?」「「YOSAKOIでしょ、YOSAKOI」って(笑)。そんなセリフは言ってないけど。俺は足してましたからね。「YOSAKOIでしょ?」って言いたいんだと思う。とにかく松岡茉優さん、今回の『下の句』、持っていく! 彼女がもう、持ってく持ってく。ちょっと僕、いけずな京女というか、昔の知り合いで似た女の子いたなあみたいなのも含めて、とにかくあえてこの言い方をさせてもらいますが、このいけずな京女っぷりが最高にセクシーですね。もう僕は、ぶっちゃけメロメロです。本当に松岡茉優さん、素晴らしい。

で、主人公の千早が天才型。それがまさに広瀬すずさんの、いまの現在の勢いに重なるようにですね、天才型の千早に対して、超絶技巧を持つちょい先輩っていう……要は、現実のライバル構図みたいなものも重なって、これもまた熱いあたりだったりするということです。本当に松岡茉優さん、素晴らしい。いま思えば、『桐島、部活やめるってよ』のあの名作ぶり、あの緊張感、ヤダ味、嫌な感じっていうのは、ひとえにこの松岡茉優さんのあの嫌な感じの女の子役の上手さがあればこそだったなということをね、さかのぼってちょっとまたね。「ああ、そういえばやっぱりあの人すごいわ」みたいに思ったりしました。

とにかく、クライマックス。主人公・千早が“フォースの覚醒”をするわけですよ、まさに。再びフォースの覚醒をして以降、2人の死闘がですね、超スローモーションでハイスピードカメラで捉えるんですけど、2人とも体勢とか表情がもう、美しい。この2人の表情と体勢の美しさだけでもう、涙が出てくるような感じになる。これはなんでか?って言えばですね、主人公がいろいろ目覚めて、手と手がつながって、情熱が伝播していく。自分がその延長線上にいることに気づいてっていうのもそうなんだけど、孤高である天才の若宮詩暢も、これは原作にあるセリフなんですけど、あまりにも強すぎて、「なんかいつも1人でかるたを取っているみたいだ。まあ、いいや。また1人でかるた始まっちゃった」っていう、そういう人なわけです。なのに、「ああっ、相手が出てきた。うれしい!」っていう感じなわけですよね。ちなみに、僕はここの若宮詩暢が「いつも1人でかるたを取っているみたいだった」っていう、この説明セリフは入れて良かったんじゃない?って思うんですけどもね。

いずれにしても、この2人の手とか動きが、要するに手と手がフーッと伸びて、2人の手とか動きがシンクロする。本当、ダンスみたいじゃないですか。バレエを見るような美しい動き。ダンスをするように2人がシンクロする姿に、またも涙っていうね。で、まあね、詩暢ちゃんの方もね、「楽しかったね、またかるたしようね」って千早に言われて、「いつや?」って。いいですねー! もうね、たまらない! もう、大好きなんじゃねえかって話ですけども(笑)。

あるいはですね、元々は自分が情熱の発火点だったはずの新(あらた)が、情熱の行き場を失いかけていたんだけど、自分が種を蒔いた情熱が伝播していったその果実というか、自分がやったことの結果みたいなものを目の当たりにするという、その新役の真剣佑さん。今回、より本格的に出ていますけど、この真剣佑さんは、あの目の大きさ、瞳の澄んだ美しさあればこそ。要は、目撃者役なわけですよ。彼は今回、いろんなものを見て、リアクションをする。受け身だけで全てを表現するという、結構難しいと思うんですけど。あの目があればこそ、まさに目撃者役に相応しい。上手いと思いましたね。素晴らしい存在感でございました。

ということで、手を差し伸べる。情熱の伝播という『上の句』『下の句』、実は通しての一大テーマがまさにラストショットでこちら側、客席に向かってラストショット。手を差し伸べるアクションがこっち側に向かってくる。その瞬間、もう本当に「わわわわわっ! こっちにも伝わっちゃうじゃないか! 千早、オレにも伝わっちゃうじゃないかーっ!」っていう。ここでまた、最後にドーンと大っきい感動が来るという作りになっていてですね、もう最終的に見終わった後はですよ、結論としては、『下の句』、いろいろ言いたいこともあるけど。あの場面が気に入らねえとかあるけど、後編としては、これで大正解なんじゃないか?っていうね。上下セットでやっぱり傑作と呼んでいいんじゃないかっていう感じには、見終わった時点では思える作品になっているとは思うんです。

ただ、さっき言ったようにですね、僕的にはど0しても許せない箇所が、今回の『下の句』、2箇所ございまして。最後に、巨大な苦言を言わせてください。それは何かといいますとズバリ、北央高校。『上の句』のクライマックスで戦う強豪校ですよね。北央高校が渡してくれる、いままでの対戦相手の研究成果を記したマル秘ノート。あれの扱いなんですよね。都大会のライバル校の北央が秘伝のノートをあえて渡すという。これは原作漫画にもある展開なんですが、今回の映画版だとですね、ドSの須藤部長。清水尋也さん自らが、今回、はじめて名前を呼ばれてましたけど、坂口涼太郎さんが演じるヒョロくんの制止を振りきってまで渡すという。だから、よりドラマチックな、より重みがある場面になって素晴らしいわけですよ。

つまり、1人じゃない。自分1人で生きていると思うなよっていうのの、非常に重たい、大きいポイントですよね。敵でさえも、お前の後ろにいるんだぞっていう。で、いい場面なんだけどね。僕はたぶんこの清水尋也さん演じるドSの須藤さんが大好きすぎるんですよ。つまり、どっちかって言うと、僕はヒョロくん目線なんですよ。「須藤さん! 須藤さん、大丈夫っすか!?
須藤さん、いいんすか!?」みたいな、この感じで見ているわけですよ。

だからね、オレ的にはこのマル秘ノートを主人公・千早に渡しました。こっから先、こういうシーンですよ。千早がこうやって走りだすじゃないですか。「須藤さんから預かった、北央の伝統が詰まったそのノート。綾瀬、この野郎、俺は本当反対だけど、須藤さんが渡すっつーなら、しょうがねえよ。くれぐれも、くれぐれも大事に扱ってくれよ! 綾瀬、お前ちょっとおっちょこちょいなところがあるから、くれぐれも転んでドロドロとかにしないでくれよ。大事に使ってくれよ!」って思って見ていたら……次のシーンで、千早。土砂降りの雨の中で太一を待っているっていう。

まずね、ここでこれだけ雨が降っているのに傘もささずっていう演出自体に、のちの展開の伏線って言われりゃそうかもしれないけど、やっぱり、わざとらしいじゃん? こんだけ雨降ってたら傘さすでしょう? だから、傘をさしているけど濡れちゃっているとかならともかく、傘をさしていないっていう時点でまあイラッと来るし。なによりも、さっきの北央ノートの話から言うと、いいですか? 「お前! ノートびしょ濡れになるだろ!」。前のシーンで、千早が北央からノートを渡されて、彼女はなにかを学んだはずじゃないですか。なのに、「お前、学び超軽いな!」っていう。この無神経なびしょ濡れ演出のせいで台無しにしていると思います。だってノートを実際に大事に扱ってないわけだから。結局、自分たちのことしか考えてないやつらに、この演出のせいで見えちゃうんですよ。ヒョロ的にはそう思うわけですね。

同様に、後半で大会のトーナメントの組み合わせをチェックする場面があるんですけど。そこでですね、他校もいるその目の前で、マル秘ノートをまんま持ってきて。無造作にガバッとノートを広げた挙句、中身を音読するヤツがあるかーーーーっ!! 本っ当に。「それ、我が北央高校が長年密かに蓄積した、我が校の伝統のデータなんだぞ! その重み、お前、やっぱわかってねえだろ!?」と。こういうね、この2点の見せ方、演出は本気で、つまり「手を差し伸べる」とか「情熱の伝播」だとか、「ひとりに思うかもしれないけど、ひとりじゃないよ」とか。「敵だって背中にいるんだぞ」みたいなこのテーマを、結構深刻なレベルで損なっていると思う。

つまり、「手を差し伸べる相手が他者だと重みが軽くなるわけ? お前らは」っていう感じがするわけよ。だからまさに、詩暢が言っている「あの人たちは身内でキャッキャやりたいだけじゃないの?」っていうのが、なんか説得力を持っちゃうんですよ。っていうことで、許せねえ! あと、クライマックスで千早対詩暢の戦いの裏で、太一対ドSの須藤先輩の戦いがオマケみたいに扱われているのも、私ことヒョロ的には本当、ちょっとイラっと来るあたりでございまして……って、入り込みすぎだろっていう(笑)。

あとね、ちょっとこれは意地悪な……これは、すいませんね。太一役の野村周平さん。無表情に近い時はとっても抜群の良さを見せるんですけど、前作の時も実は気になったけど、ちょっと笑い方の演技には課題ありなんじゃないかな?っていう風に今回、笑う場面が多いので思ったら、パンフレットによると野村周平さん。笑顔の演技が苦手なんだって。だからこれはちょっと課題かもしれませんね。という風に思ったりしました。

あと、細かい話を言うと、近江神宮のお参りのシーン。吹奏楽部に、まさに情熱と親切が伝播した結果として、『威風堂々』を吹奏楽部が……また、あの吹奏楽部がリアルな高校生なんだよな。うん。広瀬すずと対峙する側の身にもなってくれっていう感じで。まあいいや。『威風堂々』、僕、大好きな曲なんで。あの『威風堂々』に乗せて近江神宮に入っていくという素晴らしい場面で最高にアガる場面なんだけど、最後に「ジャン、ジャン♪」と「パン、パン」って。いろいろとテンポが合って決まった!っていうところなんだけど。最後におじぎをした後、たぶん広瀬すずだと思うんだけど、1人だけ早く体を起こしかけてやめる人がいる。あのテイクはダメだ!っていう(笑)。はい、細かすぎね。

まあ、こんな細かいことを言うのもですね、たとえばこの『下の句』だと、田園風景。田植えをしたばっかりの田んぼが育っているとか。その田園風景の変化を通じて、季節の微妙な移り変わりを示していたりとか、結構本当に細かいところまで気を使った作りになっているんですよ。やっぱりさすが小泉さんというか。なので、味わい尽くしたくなるからこそ、細かいところのアラとかもちゃんと気になっちゃうということでもあるんですけどね。はい。ということでございます。結局お前、大好きなんじゃねえかっていう結論なんですけどね(笑)。

で、『下の句』はやっぱり『上の句』と続けて見ることが本当におすすめだし、ここに『上の句』という「起」があるんだぞということを意識して……だからやっぱりダイジェストをつけるべきだったんじゃねえかな?って思うんだけどね。でも、とにかく上下合わせて、近年では明らかに突出したティーンムービー。スポーツムービーとしても、ジャンル映画、傑作が生まれた。たぶん相当愛されるシリーズになっていくのは確定なんじゃないでしょうかね。今回はとにかく松岡茉優さんが素晴らしかった。惚れた。ということでございます。私、結果いろいろ声が枯れるほどやってしまいました。ぜひぜひ、劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『アイアムアヒーロー』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<オマケ。ガチャ回しパート>

あのね、『ちはやふる 下の句』は夕日の田園風景にかぶせて千早の留守電を聞く場面とか、素晴らしい場面がいっぱいあって、本当に素晴らしかったんだけど……「北央の秘密ノートをお前らに渡すっていうことが、瑞沢高校はそんなこともわからねえのかっ!」っていうね、(映画『64』の)佐藤浩市ばりの怒鳴りをしてみたりなんかして。

 

Text by みやーん(文字起こし職人)