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自由の森学園はなぜ「新電力」に替えたのか? 理事長・鬼沢真之さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
12月8日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、埼玉県飯能市にある私立の中高一貫校「自由の森学園」の理事長・鬼沢真之さんをお迎えしました。

鬼沢真之さん

自由の森学園は点数評価によって生徒を序列化しない、大学入試のためだけの学校ではなく一人ひとりの多様性を認め合うという教育方針で1985年に創立されました。校則なし、定期試験なし、5段階評価の通知表もなし、制服なし、生徒会なし、PTAもなし、選択授業が100以上というユニークな学校で、吉岡秀隆さん(俳優)、星野源さん(歌手・俳優)、ユージさん(タレント)など多彩な人材を輩出しています。

自由の森学園

鬼沢さんは1960年、茨城県に生まれ、東京都立大学を卒業して1986年、開校2年目の自由の森学園に社会科の教師として赴任しました。そして2002年から選択授業で飯能の地場産業である「林業」を教えています。理事長になった現在も毎週、生徒たちと一緒に学校周辺の山で間伐作業を行っています。元々インドア派で山のことは何も知らなかった鬼沢さんがあえて林業の選択授業を新設したのは、地域とつながる機会を探していたからです。

「私立の学校って意外と地域との縁が希薄なんですね。また中にはいろいろな生徒がいますから地域の人たちにいろいろ迷惑もかけていて。ゴミは散らかすなとか、迷惑をかけるなという言い方はできるけれど、そうじゃなくてもう少しプラスの方向で関われないかなと考えていたら、もう林業しかないだろうって。神のお告げじゃないですけど突然『やろう!』と思って、林業はまったく門外漢でしたけどスタートしたんです」(鬼沢さん)

埼玉・飯能は市内の面積の7割が森林という木の町です。質の良いスギやヒノキは古くから建材などに利用されてきました。江戸の西の川から運ばれてくる木材ということで「西川材」と呼ばれるようになりました。でも今は昔のように木が売れないため、間伐されずに放置されたところが増えています。自由の森学園の周辺も創立当初の風景とはずいぶん変わって、たくさんのゴルフ場ができました。山を維持することが難しくなって手放してしまったからです。

鬼沢さんは山の持ち主に頼んで生徒たちと間伐作業をやらせてもらうようになってから地域とのつながりを実感するとともに、「持続可能な社会」について意識するようになりました。そして、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故をきっかけに、学校で使う電気を再生可能エネルギーを中心とする新電力に切り替えたのです。

鬼沢真之さん

「原発事故があって、子供たちにこのまま食べ物を食べさせていていいのか、放射線がどれくらいだと危険なのか、そういう知識がないから判断基準がないんです。ぼくらはこういうことについて意識が低すぎたと感じました」(鬼沢さん)

「それで電気に関する考え方も変わってきたんですか?」(久米さん)

「そうです。あの原発事故は東京電力が起こしたということはあるにしても、ぼくらはあそこまで危険なことになるとは意識していなかったですから、言い方は悪いですけど、大人の立場として『やっちまったなあ』という感覚があって。それで、あの事故のあとも同じように過ごすわけにはいかないかなと思ったんです」(鬼沢さん)

鬼沢さんは福島の原発事故は「大人の問題」だと思ったと言います。東電だけが悪いということではなく、東電を止めきれなかった社会の問題、大人の判断ミスだと。

久米宏さん

「やっぱり先生だからですかね。あの福島の事故が大人の責任だっていう受け止め方をする人はあまりいないような気がします。子供たちといつも会っているから、あれは我々大人が起こした事故なんだと受け止めた。アメリカから原子力発電のシステムをもってきて、福島という場所を選んで、あそこに原発を建てた。全部、大人が決めたことです」(久米さん)

「ぼくらは生徒たちに、将来のことを考えて行動しようねということを言うわけです。そのときに、じゃあ大人はあのときちゃんと考えて原発を選んだの? という問いは、やっぱりありますよね。それが問われているという意識があるから、あの事故を誰かのせいにしてオレたちは知らないよということは言えない、という感覚は強くありました」(鬼沢さん)

誰かの犠牲のうえに自分たちが湯水のように電気を使うのはよくない。鬼沢さんは、子供たちに正しいことを教える前にまず自分たちがやれることをやろうと考えました。それは、再生可能エネルギーにシフトしていくということでした。2014年、自由の森学園は学校で使う電気を再生可能エネルギーを中心とする新電力のソフトバンク・パワーに切り替えました。その後、ソフトバンク・パワーが法人向けの売電をやめることとなったため、鬼沢さんは2016年から供給元を「みんな電力」にチェンジしました。

スタジオ風景

「ソフトバンク・パワーが事業者向けから個人向けに変わるということで、パワーシフト・キャンペーンという団体にメールを送って、新電力を4社ぐらい紹介していただきました。その中にみんな電力も入っていたということです」(鬼沢さん)

「みんな電力を選んだ理由は何だったんですか?」(久米さん)

「価格、再生エネルギーの比率、会社の安定性、あとはうちの学校はほかの学校とはちょっと違ったものを目指しているから、そういうところの親和性。うちの教育とうまくタイアップできるところを探したいなということ。この4点で選びました。値段的にはみんな電力は最安値ではなかったんですけど、うちの教育との親和性という点で〝顔の見える電力〟、これがいちばんいいと思って最終的に選んだんです」(鬼沢さん)

〝顔の見える電力〟とはどういうことでしょう。みんな電力は、現在70ヵ所以上ある電力の生産者(太陽光発電、水力発電、風力発電)がどんな人たちなのか、どんな場所でどんなふうに電気を作っているのかをオープンにしているのです。鬼沢さんは、福島原発事故も結局は〝顔が見える〟というつながりが途切れたから起きてしまったのだと考えています。だから、電気を供給している人たちの顔、その周辺に暮らしている人たちの顔を思い浮かべて電気を使うということが、何より大事な教育になるだろうと言うのです。

学園からの風景

「自由の森学園では、できれば電力も自分のところで発電したいというのが目標であり、夢だとか?」(久米さん)

「周りは本当に森林ですから、この森のバイオマスエネルギーで熱と電気を使えたらいいなというのが夢だったんですけど、地域の人たちとずっと研究を重ねた結果、小規模の発電ではなかなか元が取れないということが分かりました。ですから電力はみんな電力に供給していただいて、熱はバイオマスを利用して学校の熱を全部それに切り替えようというのが、いま考えている計画です。具体的には、学校に生徒寮があるんですけど、寮のお風呂とシャワーのお湯を地域の森林から出てくる間伐材や端材を使って沸かそうと。いまは重油を使っていますが、薪(まき)でボイラーにくべてお湯を沸かして5つのお風呂に供給する」(鬼沢さん)

「それを昨日、生徒たちに提案したそうですね。薪をくべてお湯を沸かすって、こんな面白いことないですから。でも、だぶんやったことないでしょう。これから先もやることはないから相当、貴重な体験ですよ」(久米さん)

「ぼくもそう思っています。火を燃やすって普通、学校の中ではできないことなので、それで自分たちの生活を賄うってことはすごく面白いことだと思います」(鬼沢さん)

鬼沢さんは生徒たちに「消費で社会を変えられる」ということを言っています。

「世の中を変えるのは選挙で一票を投じてということなんでしょうけど、選挙で本当にこの世の中が変わるのかなという思いも少しあるんです。一方、お金の影響は大きい。ぼくらの消費活動、ぼくらの選択が、企業や行政に与える影響は結構大きいと思うんです。そのほうがもしかしたら選挙で世の中を変えるより早いかもしれないですよ」(鬼沢さん)

鬼沢真之さんのご感想

鬼沢真之さん

いや、楽しかったです。もっと緊張するかと思っていたら全然そうじゃなくて。

久米さんは縦横無尽に語っているようにみえて、ちゃんと流れがある。さすがだと思いました。ぼくらも授業をやっていて筋書きはあるんですけど、脱線していきますよね。久米さんは脱線しているようにみえつつ、ちゃんと着地させる。本当に驚きました。今日はありがとうございました。

「今週のスポットライト」ゲスト:鬼沢真之さん(自由の森学園理事長)を聴く

次回のゲストは、水俣病センター相思社・永野三智さん

12月15日の「今週のスポットライト」には、熊本県で水俣病患者を支援している「水俣病センター相思社」の永野三智(ながの・みち)さんをお迎えします。長い間苦しみながら、そのことを誰にも相談できなかったという患者や被害者たちの声を永野さんは聞き取っています。

2018年12月8日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20181215140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)