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宇多丸、『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』を語る!【映画評書き起こし 2018.11.23放送】

アフター6ジャンクション


宇多丸:

さあ、長尺を取るということで時間短縮バージョン形式でお送りさせていただきます。ここからは私、宇多丸が前の週にランダムに決まった最新映画を自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を約20分間に渡って語り下ろすという週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜はこの作品、『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』

(曲が流れる)

「ドゥーン……♪」っていう、この「The Beast」というテーマ曲。アメリカとメキシコの国境地帯で繰り広げられる麻薬戦争をリアルに描き、アカデミー賞3部門にノミネートされた『ボーダーライン』の続編。CIA特別捜査官マットと、麻薬カルテルに家族を殺された過去を持つ暗殺者アレハンドロは麻薬王の娘を誘拐し、メキシコ国境地帯を仕切る麻薬カルテル同士を争わせようとするのだが……。主な出演は前作に引き続きベニチオ・デル・トロとジョシュ・ブローリン。脚本は前作でアカデミー脚本賞にノミネートされたテイラー・シェリダンが続投。監督はドゥニ・ヴィルヌーブに代わり、イタリア人監督のステファノ・ソッリマが務めたということでございます。

というところで、もう見たよというリスナーのみなさん、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「多め」。ああ、そうですか! よかった。公開規模に対しては多め。賛否の比率は褒めが9割、残りが1割。

主な褒める意見としては「マイナス点がない。今年ベスト級」「悪夢のような冒頭から絶えることのない緊張感。先の読めない展開。容赦ないバイオレンスが続き、最後まで飽きなかった」「前作以上に現実社会が抱える闇、残酷性を描きつつ、エンターテインメントとして成立させている脚本が見事。テイラー・シェリダン作品にやはり外れなし」「ベニチオ・デル・トロ演じるアレハンドロの斬新かつショッキングな拳銃を使った処刑シーンだけで5億点。切れ味抜群のラストシーンも最高」といったところでございます。

否定的な意見としては「意味深なラストシーンを含め、結局大きな問題が解決したのかどうかはっきりせず、不完全燃焼。前作では冷酷無比な殺人マシーンだったアレハンドロとマットが今作では急に人間臭いキャラクターになっており、冷めてしまった」「アレハンドロと誘拐したカルテルのボスの娘が心を通わせる説得力が足りない」というようなあたりでございました。

■「噛めば噛むほど味の出る、複雑で美味しい映画でした」(byリスナー)

というところで、代表的なところをご紹介しましょう。ちょっと端折りながら行くかもしれませんけどね。まずはこちら、匿名の方。「『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』、ウォッチしてまいりました。正直言いますと、私は前作に乗れなかったのですが今作はバッチリ好きになりました。今作『ソルジャーズ・デイ』のもっとも良い点を結論から言ってしまうと、嫌なフェアさが全編に貫かれている点です。

あらゆる人間が『自分は優位に立っている。うまくこなせている』と思いきや、それが揺るがされ、覆されていく。そのほとんどが因果応報や自業自得と言ったわかりやすい物語的ルール、わかりやすい善悪の基準に沿わない、より理不尽ななにかによって押し流された結果である。これこそが混沌とした現実世界そのものと言えます。私が前作に乗り切れなかった理由がエミリー・ブラント演じるケイトの主観での語りによりベニチオ・デル・トロ演じるアレハンドロたちが圧倒的優位として映ってしまい、さもメキシコの現状について彼らはよくわかってるんだと一方的な上から目線で見下されてているような腑に落ちなさを覚えたからでした。

しかし、今作ではその点すらも踏まえて揺るがしに来たところが見事です。まして、その重要なポイントでトランプ大統領への剛速球な皮肉を叩きつけてくるあたり、アメリカとメキシコの国境をめぐる話という今作の題材に対してフェアさを確保しています」という。あとは子供の描き方も非常にいいとかですね。細かい部分でも非常にいい、「噛めば噛むほど味の出る、複雑で美味しい映画でした」というご意見でございます。

一方、ダメだったという方。「大神源太80キロ」さん。「一作目『ボーダーライン』と『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』の二本立てで鑑賞しました。結論から言うと、二本立てで見たのは失敗でした」と。まあ、一作目がすごく良くて、一作目にすごくグッと来た中で、それと比較して二作目はあまりちょっと、劣って感じられてしまった、というようなことをいろいろと書いていただいています。ただしこの方も、「もし『ソルジャーズ・デイ』を単独で鑑賞していたら、たぶんこんな感想にはならなかったでしょう」という。二本立てで見たからこういう風になってしまった、というようなご意見でございました。

ちなみにまあ、割と批評筋とかでもちょっと割れめ気味ではあるのかな? 賛寄りの賛否割れめ気味、みたいなムードだと思いますけどね。はい。

■強烈な印象を残した前作『ボーダーライン』

ということで『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』、私も実はちょっと早めに見ることができて、その後に今週角川シネマ有楽町でも見てまいりました。ただ角川シネマ有楽町、日曜夕方の回にしてはもうちょっと入っててもいいかな、というような感じではありましたけどね。

さあ、ということで2016年『ボーダーライン』、原題は『Sicario』。ヒットマン、暗殺者という意味ですね。『Sicario』の続編ですね。その一作目『ボーダーライン』、僕は前の土曜の番組の時代、2016年4月16日に評しました。いまでも公式書き起こし、残っていますからね。ぜひ読んでいただきたいですが。とにかくその一作目の『ボーダーライン』は、お話の構造がちょっと変わったつくり、っていうのがポイントでしたよね。エミリー・ブラント演じる一応の主人公、FBI捜査官ケイトは、実は終始、事態の真相・核心からは、常に蚊帳の外に置かれたまんま。

このくらい徹底して最初から最後まで蚊帳の外、事態に対して基本的に無力、受け身でいるしかない主人公、っていうのも珍しいぐらい。そんな感じでしたね。でもまさにその、「為す術もなく、地獄のような真実の一端を垣間見る程度しかできない」っていうこの視点こそが、『悪の法則』とか『ノーカントリー』などと同様、やはりそのメキシコ麻薬戦争という、もはや誰の手にもおえないような現実というものの切り取り方として、一種誠実な、ふさわしい語り口でもある……といったあたりが一作目『ボーダーライン』、まずは特徴的なところでございました。

そしてなにより、そこからさらにクライマックスで、ストーリーテリングのシフト、視点が、ガシャンと切り替わってですね、それまではとにかく、信用できない感、ゲス野郎感ビンビンのジョシュ・ブローリン演じるマットというキャラクターと並んで、それまではひたすらの謎の男、という感じでしかなかったベニチオ・デル・トロ演じるアレハンドロというのが、彼の真の動機……彼こそがある意味で真の主人公だった、ということが終盤で一気に明らかになるという、もうかなり変則的な構造。これもまた前作『ボーダーライン』、非常に強烈な印象を残すあたりだったと思います。

もちろんね、監督のドゥニ・ヴィルヌーヴと撮影監督のロジャー・ディーキンスならではの、非常にミニマルでアーティスティックな画作りとか、あとは今年2月に亡くなってしまったヨハン・ヨハンソンさんによる、不気味なこの低音が静かな恐怖を演出する音楽……先ほどもね、ちょっとかかっていましたけども。その音楽とか、とにかく映画を構成する各要素が、非常に高密度、高品質という感じの一作だったのは間違いないと思います。

■現在もっとも注目すべき脚本家、テイリー・シェリダンの手腕

なんですが、特にこの『ボーダーライン』一作目で名を上げた人といえばやはりですね、先ほども名前が出ました、ちょっとイレギュラーな、意表を突くつくりとか、題材に相応しい硬質な語り口っていうのを、なんと映画脚本一作目にして見事にものにしてしまった、テイラー・シェリダンさん。もともとは俳優の方ですけども。脚本一作目で、いきなりアカデミー賞にノミネートされちゃうという、すごい人ですけどね。

この番組でも8月17日、ちょうど下北沢の公開放送の時に、彼の脚本・監督作『ウィンド・リバー』っていうのを評したばかり。その時も「テイラー・シェリダンさん、この人の名前、覚えて帰ってね」って言ったので、まあ覚えている人もいると思いますけども。とにかくその『ボーダーライン』、そしてアカデミー賞などでも高く評価されたNetflixオリジナル作品『最後の追跡』、そしてその次の『ウィンド・リバー』っていうこの「フロンティア三部作」……この場合の「フロンティア」っていうのは、「むき出しになった過酷な世界」っていうことでいいと思いますけどね。

「フロンティア三部作という位置づけだ」という風にテイラー・シェリダンさんも言っていますけども。そんな感じで、かなり社会派スリラー~ノワールの要素も色濃いんですけど、基本的にはやっぱり、現代版、現在進行系型西部劇の作り手。つまりその、アメリカ映画のひとつの伝統っていうのをいまに受け継ぐ担い手として、今後も間違いなく非常に注目される作家なわけですね、テイラー・シェリダンさん。『ウィンド・リバー』評でも触れた、ケビン・コスナー主演のテレビドラマ『Yellowstone』っていうの、早く日本で見れるようにならないかな?って思ってますけども。これもまあ、現代版の西部劇っていう感じですけどね。

■『アウトレイジ』に通じる権謀術数とパワーゲーム、情け容赦ない「ハシゴ外し」

ということで、そのテイラー・シェリダンさんが引き続き脚本を手がけたこの『ボーダーライン』の続編が、今回の『ソルジャーズ・デイ』。『Sicario: Day of the Soldado』っていう原題ですけどね。で、今回はですね、前作でそのエミリー・ブラントが演じたケイトっていうのは登場しない。で、ベニチオ・デル・トロのアレハンドロと、ジョシュ・ブローリンのマット。あとはそのマットのチームメンバーである、スティーヴ・フォーシングっていうキャラクター……これ、演じているのはジェフリー・ドノヴァンさん。『バーン・ノーティス』とかの人ですね。それが、絶妙な「プロ的な心なさ」を醸し出してるところが(笑)、本当にジェフリー・ドノヴァンさん、最高ですけど。

まあとにかく、だからアレハンドロとマットとスティーヴ・フォーシングっていうこの3人のみが続投で、今度は彼らの話になっていく、というような作り。先ほど話したような前作『ボーダーライン』という作品の特性をちゃんと理解してる人なら、つまり主人公ケイトはもう基本的には蚊帳の外、何もわかっていない……最後に「私は何もわからない、ということがわかる」っていう主人公、ということをちゃんと理解してる人なら、「まあ、続編作るならケイトは出てこないのは当然でしょう」っていう、納得の作りだと思いますけどね。

で、前作でのアレハンドロのラストの方のセリフを踏まえるなら、今回は完全に「狼」たちサイドの話なんですね。ケイトにアレハンドロが、「君は狼じゃないんだから、こんなところにいちゃダメだ」っていう。今回はもう、『アウトレイジ』じゃないけど、「全員、狼」っていうね。で、実際今回の『ソルジャーズ・デイ』は、『アウトレイジ』と非常に通じる、陰湿に暴力的な権謀術数と、パワーゲーム。そして、その駒となる兵隊にとっては非常に非情な、情け容赦ない「ハシゴ外し」ですね。そんな話でもあるというあたり、『アウトレイジ』と非常に通じる構図があると思いますけども。

■傑作の続編を手がけるのはイタリアの新鋭ステファノ・ソッリマ監督

とにかくテイラー・シェリダンさん、『ボーダーライン』をそもそも三部作として構想していたということで。まあ、三作目が作られるかどうかはこの二作目の成否如何、ということなので、ぜひともみなさんにこれは行っていただかないといけないわけですけども。ちなみに今回、ドゥニ・ヴィルヌーヴさんは外れまして、代わりに監督として白羽の矢が立ったのがですね、イタリアの方なんですが、ステファノ・ソッリマさん。この方、お父さんがセルジオ・ソッリマさんっていう、チャールズ・ブロンソンの『狼の挽歌』とかの監督さんなんですね。

で、このステファノ・ソッリマさん、これまではテレビシリーズ版の『ゴモラ』っていうね、ナポリのギャングの話……あと、映画だと、実はちょうど今週、「のむコレ2018」っていう流れの中の1本として東京でも上映されてた、『バスターズ』……原題が『A.C.A.B.: All Cops Are Bastards』っていう。これ、僕もこの機会に早起きして見に行ってきたんですけど、その『A.C.A.B.』とか、あとはもうちょい見やすいやつで言うと、2015年の『暗黒街』っていう作品を手がけてこられた方なんですね。

パンフの文によるとこの方、ステファノ・ソッリマさんは、なんと『コール オブ デューティ』の映画化の監督として非常に有力視されている、ということらしいんですけどね。まあ、いずれにしても過去作に共通してるのは、バイオレントでハードな群像劇、っていうことですね。で、血も涙もないような現実っていうのを容赦なく、本当に真正面から捉えつつも、そんなその現実のダーティーさ、「正しくなさ」にまみれきった……まあ、人としては間違いなくド下衆の部類に入る登場人物たちに、それでもかろうじて残る一片の魂、人間らしさ、熱さのようなものを、しっかりとすくい取る、っていう。こういう語り口に長けているわけです。

で、これは結果的にですね、一作目『ボーダーライン』の、さっき言ったように非常に突き放したストーリーのあり方っていうのが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のひたすらクールなタッチっていうのに非常に合っていたのと同じくですね、今回の二作目の『ソルジャーズ・デイ』は、やってることは前作以上にハードで非情、情け容赦ない非情な世界で、かつ、非常に重層的な現実、っていうのを扱っているんだけど、実は最終的に、前作では見えなかった登場人物たちの人間性、ハートとかソウルとか、もっと言えば弱さみたいなものまで浮かび上がらせる、また違ったテイストのパート2なんですね……という、このパート2の話のテイストと、ステファノ・ソッリマさん(の持ち味)は、非常に相性がいい。最適な人選である、という風に言えると思います。

■ぶっきらぼうなまでの淡泊さで世界の暴力の連鎖が描かれる

ステファノ・ソッリマさん、もちろん前作のクールでドライなタッチっていうのは基本的に継承しつつも、(つまり同じく)あまり余計なことをベラベラベラベラとセリフで話すような感じじゃないんだけど、ドゥニ・ヴィルヌーヴが「間接描写で、感じさせる」っていうやり方を得意としてるのとは対照的に、ステファノ・ソッリマさんは、時折ギョッとするような、非常に直接的ショック描写を、それを素っ気ないまでの無造作さで放り込んで来る、という。また違ったスタイルのクールさ、ドライさっていうか……で、自分の持ち味というのをしっかりと提示している、という感じだと思います。

まず、冒頭ですね、そのメインキャラクター、実質上の主人公であるアレハンドロが登場するまでのオープニングシーン、このたたみかけからしてもう、圧巻ですね。今回、メキシコ麻薬戦争って言ってますけど、もう国境を越えて不法にアメリカに持ち込まれるブツっていうのは、すでに「ヤク」よりも「人」になっている、っていうね。人の方がコストがかかんない、っていう時代になっている。で、しかも移民の流入に対して厳しくアメリカが当たれば当たるほど、メキシコの犯罪カルテルによる闇ビジネスは潤う……そして、弱者たちがカモとして苦しむ一方、っていう、非常にさらにタイムリーな題材、という風になっているんですね。

で、そこにさらに、たとえばISISによる爆弾テロリズムであるとかですね、ソマリアの海賊が出てきたりですね、そんな感じの、世界全体にまたがる暴力と恐怖の連鎖っていうところまで、どんどんどんどん話が、さっき言ったようにそのギョッとするようなショッキング描写の無雑作な放り込みとともに、本当にぶっきらぼうなまでに、淡々と淡々と、次々と……だから、メキシコのすごい現状が映し出されたと思ったら、アメリカ国内のそういうISISによるテロリズムが映されて、その次にはソマリアの場面になって。どんどんどんどんと、ぶっきらぼうなまでの淡々さで、そういう世界の暴力の連鎖っていうものが、場面を変えて映し出されていく。

■前作以上の極悪野郎を見せつけるジュシュ・ブローリン

ここに至るまで、たよりになりそうな主要キャラクターすらまだ登場しない状態。この冒頭の、このたたみかけからしてもう……こういう感じだと思いますね。「僕たちは、どこに連れて行かれてしまうんだ?」っていう感じ。現実の世界を覆う不安そのままの……とにかくやたらと暴力的なのに、つかみどころがない感じ。「敵が見えない」怖さ。いまの世界を覆う恐怖そのものですよね。敵が見えない怖さの感じ。それを、超見事に表現しているオープニングだと思います。

で、ようやくですね、その見る側の物語上のたよりになりそうな主要キャラクターである、ジョシュ・ブローリン演じるマットがですね、前作から引き続き……もう足のアップから入りますから。要するにマットは、最初ね、前作覚えてますかね? 最初に、「サンダルを履いてやがる」っていう。その「サンダルを履いている」っていうのが、なめくさったゲス野郎感っていうのを演出しているわけですよ。で、今回もサンダルのアップから始まる。これはもちろん……マットの、なめきった胡散臭さ感ビンビンの、サンダル履き。これで登場するわけです。で、したのはいいんだけど、このマットが、いつの間にか前作以上の極悪野郎に成り下がり果てている、っていう。

実際、このマットと、ベニチオ・デル・トロ演じるアレハンドロというキャラクター、この2人が実質主人公であるにもかかわらず……その「麻薬カルテル殲滅」という大義のもと、実はアメリカ政府が裏で糸を引いている、ブラックオペレーションと言われる表に出ない作戦で、要するに「内戦を勃発させる」工作を主導していく、という。つまり、前作以上にマットとアレハンドロの立ち位置は、スーパーダーティーなところから始まるわけですよ。こんなことをやる人たち、普通100%悪役ですよ! 最初にジョシュ・ブローリンがやることとか、普通に悪役ですよね。っていうキャラクターなわけです。

■初めて見る銃の撃ち方「パンプ・ファイアー」

で、まずはその、敵対組織の襲撃に見せかけた陽動作戦……っていうか「陽動虐殺」が、白昼堂々行われる。白昼堂々の銃撃。しかも同時にこれは、アレハンドロというこのキャラクターにとっては、至極個人的な復讐も兼ねている。だからこそなのか、これはメールでも書いてらっしゃる方も多かったですけど、ここで彼が見せるベレッタの撃ち方、銃の撃ち方が、ちょっと僕はスクリーンで初めて見た撃ち方なんですけど。言わばオートマチックのファニング……ファニングっていうのは、西部劇でよくやる、ハンマー(撃鉄)をパンパンパンッ!って叩く早撃ち・連続撃ちの方法ですけども。まあ、擬似的なフルオートっていうか。これをオートマチックでやる。

「パンプ・ファイアー」っていう実際にある撃ち方だそうなんですけども。これはガジェット通信というWEBメディアでの、石井健夫さんという方のコメントで、僕もはじめて知りました。パンプ・ファイアーっていうんだそうだけど。とにかくその擬似的なフルオートで、カルテルの残虐な手口に見せかけると同時に、アレハンドロ個人の、個人的なその憎悪っていうのが合わさった……もうなんていうか、「ファッ!」ってなるような描写。映画で初めて見る撃ち方の描写が1個入っているだけで、もうこの時点で5億点! (というリスナーメールの感想に)僕も同意です。

あとですね、その後にイザベルというカルテルのボスの娘を誘拐する、というくだり。これを演じているイザベラ・モナーさん。もうすでに若くしてジェニファー・ロペス的なというか、すでに将来のスター感ビンビンのオーラ。すごいですよね。彼女、絶対にスターになるんじゃないかなと思いますけども。彼女を誘拐するシーン。車内からのワンカットで、まず前方で車が爆発してボーン!ってひっくり返る。で、カメラがグーッと後ろを向いたら、後方から車がやってきてドーン!って衝突するっていうのを捉える、さりげなくもショッキングな、ワンカットのカメラワーク。これ、似たようなワンカットのカメラワークは、終盤でも1ヶ所、非常に効果的に出てきますから。これ、注意して見ていただきたいですけども。

そんなあたりとか、とにかく、僕がいま言っているのはまだ序盤も序盤のところですけど、フレッシュかつスリリングな見せ場とか、ハッとするような描写とかディテールが、本当にもう、ここに至るまで非常に豊富に出てくる。で、そこからとにかく話は、二転三転ですね。さっき言ったように『アウトレイジ』的なパワーゲームとハシゴ外し、っていうのがある。一方では、「えっ、これがどうクロスするんだろう?」っていうサイドストーリーが、「ああっ、ここで重なっちゃうか……」っていうところでクロスするという。

■外道たちにも僅かに残った「魂」を見せる熱い後半

まさしく先が読めない展開がどんどん続いてきつつ、途中、70年代ロードムービー的な、本当にしみじみした味わいのある逃避行を経て……ここでの、「手話」を通じてアレハンドロの過去と、イザベルとのねじれた悲しい因縁、っていうのが明らかになっていくあたりも、非常にオーソドックスな語り口なんだけど、本当に素敵っていうか、渋く沁みるあたりですし。ここであんまり……僕はあの2人が、あんまりなんか過剰にベタベタ仲良くなりすぎないところがいいな、と思いましたけどね。

で、いろいろとあった果てに、冒頭から見せられていたメキシコからの不法移民、彼らの、つまり犯罪組織のそれも下っ端の代理人たちにたよらざるを得ない彼らの寄る辺ない立場っていうのを、アレハンドロとイザベルの視点を通して、我々観客も追体験させられる、っていう……彼らがいかに怖い、そして心細い思いをして国境を渡ってくるのか?っていうのを体感させられるつくりも、上手いし、非常に誠実なつくりだな、という風にも思います。それでもって、ここから先も、ちょっととても……思わず声を上げてしまう驚愕の展開があったりもするんですけど、これ以上もうネタバレしたくないので、言いません。ぜひ、ご自分の目で見ていただきたいんですが。

とにかくひとつ言えるのは、さっき言ったように、起こる事態そのものは前作以上にハードでバイオレント、もう本当に情け容赦ない、血も涙もないんだけども、その向こう側に、「極道・外道どもなりの、一分の魂があるんだぞ!」っていうのを見せてくれる、というこの1点において、本作は、実はしっかりと「熱い」一作にもなっている。少なくともストレートなエンターテイメント性は、前作よりもグッと上がっているのは間違いない。で、これはどっちが偉いとかどっちが下っていうもんじゃない。これはまた別の良さ、っていうだけですから。

むしろ、前作のテイストを基本的には引き継ぎつつ、「また別の良さ」っていうのをしっかりと打ち出せている二作目……ってこれ、完璧じゃないですか? 最高じゃないですか? はっきり言って、一作目と同じようなことを拡大再生産しようとして、単なる薄い焼き直しにしかなっていないものが多い中、これは立派だと思います。だからとにかく……『フレンチ・コネクション』と『フレンチ・コネクション2』のどっちが偉いとか、そういう話は止めい!っていうことです(笑)。どっちもいいんだ!っていうことですね。僕はやっぱり、こういう『2』も大好きでございます。

■最底辺の世界でちょっとした輝きを見せる。こういのが一番好き!

あと、ちなみに音楽。今回はヨハン・ヨハンソンさんが亡くなっちゃって、ヒドゥル・グドナドッティルさんという方、女性なんですけども。この方はヨハン・ヨハンソンさんの弟子。その方が今回、音楽を手がけているんですね。ヨハン・ヨハンソンさんが、もうすでに今回の音楽を作曲できない状態、っていうのがあって。それでそのヒデゥルさんに、「君がやりなさい」って振ったのもヨハン・ヨハンソンさんだし、一応その作った曲も全曲、彼がチェックして……というような状態だったそうです。

で、もちろんこのヒデゥルさんの音楽、前作からは、さっきから言っているようにストーリー的にメロウな、非常に感情的な要素が強まっている分、音楽も、メロディックな要素、センチメンタルな要素が当然多めにはなってはいるんです。ですけどね、最後ね、あの、緑色の車が、路肩にゴトーン……って停まって。それこそ『ドライヴ』のラストもちょっと思い出しますけども。「あっ、これでもう終わりなのかな」と思ったら、そこからまたその車が動き出して……からの、これですよ!

(曲が流れる)

もともとヨハン・ヨハンソンさん作曲の、まさにこの『Sicario』という作品のテーマ曲と言っていいでしょう、『The Beast』という……結構この曲のヨハン・ヨハンソンさんの感じ、後のいろんな映画にパクられている、って思っているぐらいですけど。この曲が「グォーッ」と流れ出し……まさに『Sicario』(暗殺者)のテーマですから。最後ね、ある不吉な……でもやっぱりどこかちょっと熱くもあるですね、まさに「サガ・コンティニュー」感っていうか、それがあってからの、僕はこの、「ドアが閉まるエンディング」、先々週の『バッド・ジーニアス』もそうですけど、ドア閉まるエンディング。『ゴッドファーザー』とかもそうですけども、ドア閉まるエンディングって、いいじゃん?

その、とにかくドアが閉まって、サガ・コンティニュー……で、タイトル! 『Sicario: Day of the Soldado』ってドーン!って出るという。もう、サイコーッ!っていう(笑)。しびれるぅ~!っていう感じですよね。僕はやっぱり、本当に大好物。こういう映画が本当にいちばんの好物だなって、自分でも改めて再確認する感じでした。とにかく、血も涙もないバイオレンス。むき出しの、世界のリアルを見せる。

そういう世界、もう本当に恐ろしい世界を見せる、というのを描きながら、でもそこにはやっぱり、一片の人間性とか一片の魂とかがあるんじゃないですか?っていう……このもう、地を這うようなドブの中から、ちょっとした輝きが! みたいな。こういうのが僕は、いちばん好きです! ということを再確認する一作でした。三作目も絶対に見たいので、日本のみなさんも絶対に劇場でいま、『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』をウォッチしてね!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ボヘミアン・ラプソディ』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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