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築地場外に「しゃけこさん」の元気な声が響く 天然鮭専門店「昭和食品」店主・佐藤友美子さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
10月20日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、東京・築地場外市場にある天然鮭専門店「昭和食品」の店主・佐藤友美子さんをお迎えしました。通称「しゃけこさん」。築地の歴史と市場に生きる人たちの姿を書いた本『築地 鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと』を出版しました。「小僧」というのは佐藤さん自身のこと。見習いとして築地に通うようになって30年、豊洲新市場への移転という大きな転機を迎えたいま何を感じているのでしょうか。


佐藤さんは1960年、東京都生まれ。4年前(2014年)、築地場外市場で50年以上続く昭和食品の3代目店主になりました。でも元々はフリーライターでした。21歳のときに出版社の原稿取りのアルバイトから始め、業界誌やリクルート雑誌でライターとして仕事をするようになって、取材で海外を飛び回っていました。異文化に触れて感動していたのは初めのうち。貧しい人々の笑顔の裏にある複雑な事情、それを伝えようとする使命感と偽善…ライターとして迷いを感じるようになりました。取材チームの仲間と南米アマゾンで大喧嘩したことも。

佐藤さんが築地を訪れたのはそんなときでした。28歳、昭和最後の年末。知人のタイピストに誘われたまたまのぞいたのが昭和食品でした。鮭をさばく親父さんの庖丁さばきに見惚れて声をかけ、それから手伝うようになったのです。今年でもう30年。いまではすっかり築地場外の一員となり、市場関係者やなじみのお客さんからは「しゃけこさん」と呼ばれて親しまれています。しゃけこというのは1995年、築地の有志数人でインターネットのリレー日記「市場日記」を始めたときに使ったペンネーム。それがそのままあだ名になりました。佐藤さんが築地の人たちのことを書きとどめておこうと思ったのは、市場が豊洲に移転したあとのことを考えたからです。


「移転したら、築地のデータ的なもの、記録は残るかもしれないけれど、ここで働いていたたくさんの人たちの気持ちは残らないでしょ。だからそれを書き残したいと思っていたんです。鮭のことも魚のことも何も知らなずに外から入ってきたわたしが30年ここで働き続けたのは、築地の人たちから聞いたことや見て教わったことが、やっぱり大きく影響してるのね。だからそれを何かに残しておかなきゃなくなっちゃうと思ったんです」(佐藤さん)

佐藤さんはいま築地で働いている人、かつて働いていた人、いろんな人たちを訪ねて話を聞きました。築地市場内にある私設図書室「銀鱗会(ぎんりんかい)」にも通いました。そして知ったことが『築地 鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと』にたくさん書かれています。


築地は元々海でした。徳川家康が江戸に幕府を開くときに摂津(現在の大阪市)の佃島から33人の漁師を連れてきました。これから増えるであろう江戸の人々を養うために、当時最先端の漁業技術を持った佃島の漁師の力が必要だったのです。東京の佃島という地名はこれがルーツです。

その後、明暦の大火で横山町(現在の日本橋横山町)にあった本願寺の本堂が焼失したので、八丁堀沖を埋め立ててそこに再建することになりました。それがいまの築地です。新たに築かれた土地ということで「築地」というわけです。いま築地本願寺の正門は西北(銀座方面)を向いていますが、築地に再建された当時は西南(築地市場方面)を向いていたそうです。築地場外市場がある場所は元々、本願寺の敷地でした。大正時代に関東大震災があって、本願寺敷地内にあった小さな寺(50数ヵ寺あったそうです)はよそへと移転し、そこに日本橋の魚河岸が移ってきて臨時の東京市設魚市場を開設。これが築地市場の始まりです(以前ご出演いただいた鰹節の仲卸・中野克彦さんのお店「伏高」もこのとき移転してきたのでしたね)。その後、1935年(昭和10年)、正式に「東京市中央卸売市場」が開設されました。


そこから数えて83年が経った今年、「場内」と呼ばれた市場は豊洲へ移転しました。でも、佐藤さんたちが働く「場外」のお店はそのまま築地で営業を続けています。

「豊洲が10月11日に開場したでしょ。それまでわたしたちは築地を何とかしなきゃいけないって、ずーっと思ってきたんですよ。それこそわたしが築地で働くようになった頃から移転の話は出てましたからね。もう10年以上前から、築地をこれから何とかしなきゃってみんなでやってきたんです。でも、11日に開場したときに『さあ、どうしよう!?』って思ったの(笑)。30年もここにいて、いままで何してきたんだろうって。たぶん、築地の人はみんなそうだったと思いますよ。やっぱり頭で考えてたことと、それが現実に起こったこととは違うのね。自分たちのスイッチの入り方が全然違いました」(佐藤さん)。

佐藤さんは「豊洲に市場が移って、場外はさみしくなりましたよ」と言います。いままでは「ターレ」と呼ばれる小型運搬車が築地の場内と場外を走り回る音が24時間、聞こえていましたが、いまは静か。仕入れのトラックも豊洲へ向かいます。

「でも、場内の人とわたしたちがバラバラかっていうと、そんなことはないんです。わたしたちも場内に通いますからね」(佐藤さん)。

豊洲新市場は築地と違って複雑なつくりになっています。築地市場は平屋でオープン。路地もあるので自転車やバイクでどこへでも回っていけました。ところが豊洲は、塩干(えんかん。魚介類を塩に漬けてから干したもの)の関係は3階に行って、それを配送するには4階に行って、仲卸に行こうと思ったら別の棟に行ってと、これまでとはまったく違った動き方になったそうです。佐藤さんも先日、初めてバイクで回ってみたそうですが勝手がかなり違ったそうで、危うく逆走しそうになったそうです。

「築地はお店の仕切りもほとんどないでしょ。それと路地もある。だから隣りのお店が何をやってるのか全部見えちゃう。店の奥で何やってるのかも見えちゃう。人の仕事も見えちゃうし、取り引きも見えちゃう。初めの頃、道の真ん中で大きな取り引きをやってのを聞いたときは驚きましたね。それと、仕事もそうだけど、人の気持ちも全部丸見え。それが築地」(佐藤さん)


築地はいま大きな転換期を迎えています。でも佐藤さんは、それをずっと乗り越えてきたのが築地の人たちだと言います。

「そりゃ、いまも大変ですよ。でも関東大震災ときも大変だったし、戦争のときも築地は大変だったんですよ。そのときは人の生き死にがかかっていたから、いまのレベルではなかったと思います。それでもうまく時代と折り合って発展したのが築地なんです」(佐藤さん)。


スタジオで明るく話す佐藤さんのTシャツには、「築地魂」という文字が光っていました。

佐藤友美子さんのご感想


久米さんはもっと怖い人かと思ってたんですけど、考えてたのとは違ってました。久米さんも江戸っ子ですから歯切れが良くて、こちらのテンポに合わせてくださって、あっという間に時間が経っちゃったって驚きました。楽しかったです。ありがとうございました。

「今週のスポットライト」ゲスト:佐藤友美子さん(築地・天然鮭専門店「昭和食品」店主)を聴く

次回のゲストは、立憲民主党代表・枝野幸男さん

10月27日の「今週のスポットライト」には、立憲民主党代表の枝野幸男さんをお迎えします。立憲民主党は10月で結党から1年。枝野さんは先月開かれた初の党大会で「私がポスト安倍」「政権を担う」と決意を語りました。しかし「一強多弱」といわれる状況は変わっていません。野党第1党の代表としていま何を考えているのか、じっくりお聞きます。

2018年10月27日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20181027140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)