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紛争地の人々の希望になりたい 国境なき医師団看護師・白川優子さん

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
8月11日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、「国境なき医師団」の海外派遣スタッフとして活動している看護師の白川優子さんをお迎えしました。

白川優子さん

白川さんは1973年生まれですが、童顔のせいかずっとお若く見えます(久米さんは女子高生と話しているみたいだと言っていました)。それに危険な紛争地を数々経験しているとは思えないぐらい華奢(きゃしゃ)で小柄な方。でも国境なき医師団での活動に対する思いは筋金入りです。

7歳のときにテレビのドキュメンタリーで「国境なき医師団」という文字を目にした瞬間、魂が震えたという白川さん。そこから実際に派遣スタッフとして登録が許可されたのは、およそ30年後のことです。子供の頃からずっと尊敬の念を抱く一方で、自分がそこに参加できるとは思っていなかったそうです。高校卒業を控えて進路を考えるようになったときに、選んだのは看護師の道。4年制の看護学校を経て、23歳から埼玉県の病院に勤務。それから3年後の1999年、国境なき医師団がノーベル平和賞を受賞し、白川さんはまたまた感動。「わたしもなりたい!」と決意する大きなきっかけになりました。ところが簡単にはその思いが叶えられないことを知るのです。

「入ろうと思ったら英語という壁があったんですね」(久米さん)

「そうなんです。やっぱり人命を握ってますから、医師や看護師というプロフェッショナルとして活動するためには、英会話が少しできますという程度ではだめなんです。まだその認識がなかったんですね。だから大きな壁を突き付けられたんです」(白川さん)

スタジオ風景

ここから白川さんの中でスイッチが入ります。本格的な海外留学を目標に、国内の病院で経験を重ねつつ資金を貯め、30歳のときにオーストラリアへ。そこでまず語学学校に入り、さらに大学で看護学を学び、卒業後はメルボルンの大きな病院で働きました。向こうでの永住権と看護師の資格も取得しました。そして留学から7年。十分な経験と語学力を身につけた2010年、ついに念願だった国境なき医師団の看護師となったのです。テレビで見たその文字が目に焼き付いてから30年経って、夢を実現したのです。36歳のときでした。

「お母様が素晴らしい方なんで、オーストラリアへ留学したらどうだと言ってくれたんですね。しっかりと準備をして足元を固めて、人生のピークを40歳ぐらいにみておきなさいって」(久米さん)

「その言葉がなかったら諦めていたかもしれないです。20代のときって夢は今すぐ叶えなければとか、目の前の目標をすぐにやりたいと考えますよね。それができないのであれば諦めてしまうという人は多いと思うし、私もそうだったかもしれない。30代とか40代のときのこと全く考えられなかったときに、人生の先輩である母がそんなふうに言ってくれた。そこが転機だったかもしれませんね」(白川さん)

白川優子さん

白川さんはこれまでにイエメン、シリア、南スーダンなど、主に世界の紛争地に17回派遣されました。今年(2018年)も6月にイラクから戻ってきたばかりです。

「国境なき医師団の初めての仕事はスリランカ。そのときはどうでした?」(久米さん)

「そのときはオーストラリアの病院の籍を残したまま参加したんです。病院側もいつでも戻っておいでと言ってくださって。それで実際に第一歩を踏み入れたときに『あ、私はこの国境なき医師団でずっとやっていこう』と思えたんです。それでオーストラリアの職の籍を抜きました。わたしの人生の舞台はここだと思える派遣でした。例えば日本やオーストラリアでわたし一人が抜けても医療が崩壊することなんて絶対考えられません。けれども当時のスリランカは医療がまだまだ届いていない現状で、わたしのような看護師ひとりの価値がすごく高い。そういう場所で活動ができる喜びが感じられました」(白川さん)

スタジオ風景

でも国境なき医師団の仕事は充実感ばかりではありません。むしろ派遣経験を積むほど、どうにもならない不条理な現実が続く日常を目の当たりにすることになります。様々な環境が整った日本の医療現場とは正反対の状況。それが当たり前という世界です。

「紛争地で医療をすることは簡単なことではありません。すべて障害がある中でやっていく。治療を行うために必要な電気、水、滅菌システム、そいうものがないところでも何とかしなければいけない」(久米さん)

「そうなんです。なんとか工夫して、そのときの状況でどんなベストなことが作れるか。治療方法だけでなくて、活動の全体まで含めて考えなければいけない」(白川さん)

「爆発や地雷によるケガの場合は、何回も手術を繰り返さなければいけないそうですね」(久米さん)

「本当に大変です。だから緊急で運ばれてきた患者さんばかり対応するわけではなくて、3日前に運ばれてきた患者さんもまた手術室に運んで、ということを毎日繰り返すんです。だから患者さんの数というのは膨大に増えていくんですよね」(白川さん)

「時間と体力の競争ですね」(久米さん)

「その通りです。少ない人材で、満足いかないような環境で、日本のようなきちんとした医療を提供できないかもしれないけれど、それでもやっぱりわたしたちがそこで活動しているということが現地の人たちの希望につながる。もちろん治療をするということは大事ですけど、希望を見い出してもらいたいという思いもあります」(白川さん)

「人がたくさん死んでいく中で治療を続けることは、ストレスも大変だと思うんですけど」(久米さん)

「それは辛いですよ。でも、辛いと言って立ち止まっていられない現状が目の前にあります。日本だったら絶対に助けられるような人々が、向こうではどんどん死んでいく。けれども、そういった死に立ち止まっていられない。次に助けられそうな人のもとに向かわなければいけませんから」(白川さん)

「助けられる命がある一方で多くの人の命が救えないというのは、ジレンマとか苦しさは感じないものですか?」(久米さん)

「もちろん感じます。だからわたしたち国境なき医師団は『証言活動』というものを行っています。『こういうひどい状態をわたしたちは目撃してるんだ』『実際にこういう不条理なことが起こっているんだ』ということを国際社会に訴えて、どうにか問題解決のほうにもっていってほしい。そういう思いで証言活動をしています」(白川さん)

久米宏さん

内戦が続くシリアで活動したとき白川さんは、自分はいま手術室に入っている場合ではないのではないかと思うようになったと言います。治療しても、治療しても、また血だらけの人たちが運ばれてくる毎日。治療している最中も銃撃の音、空爆の音は止まない。自分が行っている医療活動は戦争を止めることにつながっていないということに、葛藤を覚えたのだそうです。

「そのときはジャーナリストになりたいと思いました。自分が見てきたことを世の中に発信して、戦争の愚かさとか恐ろしさを伝えていくことで、戦争が止まるのではないかと思ったんです。夢だった国境なき医師団の活動と天職だと思っていた看護師の仕事、その両方をきっぱりとやめて、ジャーナリストになってまずこの戦争を止めなければ…。でも本物のジャーナリストの人たちから、あなたは看護師なんだから今すぐにでも現場に戻って人々の命を救い続けなさいと言われたんです。それが大きかったですね。その結果、看護師として現場に戻って本当によかったといまは思っています」(白川さん)

紛争地の看護師

国境なき医師団の人たちは、ジャーナリストたちでさえ入っていけないような地域でも活動しています。だから世の中には報道されていないような状況も知っているのです。白川さんは8年間活動してきた中で、自分の見てきたものを多くの人に知ってもらいたいという気持ちから、初めて『紛争地の看護師』という本にまとめて、出版しました。

「知らなかったことがこの本にはいっぱい書いてあります。シリアでは内戦が延々と続いているけれど輸血には不自由したことがないというのは、初めて聞いた話です」(久米さん)

「わたしも行ってみて初めて知りました。国境なき医師団ではどの国に行っても輸血用の血液が足りなくて困ることが多いんです。手術自体はうまくいっても輸血が足りないためになくなる命があるなかで、シリアでは血液があるんです。シリアでは国境なき医師団の活動は許可を得ていないので、政府が統括する血液バンクにアクセスがないんですよ。だから正規の輸血ルートが全く断たれてしまっているんですけど、『あそこで医療活動をしている』という噂を聞きつけたシリア市民…自分たちも被害者だったり避難民だったりする人たちが、自分の血液を使ってくれと言って献血してくれる。そういう人が後を絶たないんです」(白川さん)

「そういうことは日本人は知らないですよね」(久米さん)

「私はシリアに4回入っていますが、どこに行ってもシリアは輸血に困ることはありませんでした。そこにわたしは人間愛を見ましたね」(白川さん)

白川優子さんのご感想

白川優子さん

紛争の話でしたけど、久米さんとの対談は楽しかったです。

いろいろな話をうまく引き出してくださって、国境なき医師団という団体の話から、わたし個人の思いや看護師としての考え、夢に向かっていた頃の話、それと今回書いた本(『紛争地の看護師』)の肝かもしれないお父さんとの話とか。いろいろな角度から聞いてくださって、とても感謝しています。ありがとうございました。

「今週のスポットライト」ゲスト:白川優子さん(国境なき医師団看護師)を聴く

次回のゲストは、「すごい発想力」のスポットライト・スペシャル!

8月18日の放送は特別企画「今週のスポットライト・スペシャル その手があったか! 発想力で大成功!」をお送りします。すごい発想力とそれを実現する行動力で、今や大成功! そんな3人…日本初の洗濯代行サービス「WASH & FOLD」の山崎美香さん、「のりかえ便利マップ」の発明者・福井泰代さん、「記者ゼロ」の通信社・JX通信社の米重克洋さんとの対談をお聞きいただきます。

2018年8月18日(土)放送「久米宏 ラジオなんですけど」http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20180818140000

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)