お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ
  • 音声あり

宇多丸、『ゲティ家の身代金』を語る!【映画評書き起こし 2018.6.22放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:
ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは前の週にランダムに決まった課題映画を私、宇多丸が自腹で鑑賞し、その感想を20分以上に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。今夜評論する映画は、こちら! 『ゲティ家の身代金』

(曲が流れる)

この音楽、僕すごい好きなんですよね。『エイリアン』『ブレードランナー』『オデッセイ』などのリドリー・スコット監督の最新作。1973年、世界屈指の大富豪、ジャン・ポール・ゲティの孫が誘拐されるという実際に起きた事件をベースにしたサスペンス。出演はミシェル・ウィリアムズ、マーク・ウォールバーグ、そしてスキャンダル、というか強制わいせつ問題で出演シーンがカットになったケビン・スペイシーにかわり、クリストファー・プラマーがジャン・ポール・ゲティを演じた、ということです。そして見事、非常に評価も高かった作品です。

ということで、この作品をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、少なめ。これ、若干我々側の責任もございまして。先週、ガチャリストに入れたのはよかったんですが、実は上映館、回数が大幅に減っていて。ちょっと見るのが大変だったかもしれません、今週。申し訳ございません。

賛否の比率は「褒め」が8割、「否(否定的)」が2割。主な褒める意見は「面白い。そしてお金に対する人間の執着は恐ろしい」「資本主義、さらにはお金に対する人間の欲望を“動き出したら止められないシステム”として描いている点や、非情なそのシステムに抗う強い女性キャラクターが主人公など、リドリー・スコットらしさが詰まった傑作サスペンス」ということです。「ケビン・スペイシーからクリストファー・プラマーへのキャスト変更は結果的には大正解だったのでは?」と。まあ、年齢的には明らかにクリストファー・プラマーの方が元のゲティさんに近いですからね。というようなご意見も。一方、否定的な意見としては「俳優陣の演技はよかったが、物語に盛り上がりがなく、サスペンスとしてイマイチだった」「世界設定や状況設定こそ秀逸ながら、映画としては小さくまとまってしまっている印象」といったあたりでございます。

■「リドリー・スコットらしい、底意地の悪いエンターテインメント!」(byリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。「スーザン・サラウドン」さん。「『ゲティ家の身代金』、面白かったです。男性社会の象徴たる経済の頂点で神のごとく振る舞うゲティ氏と、彼に財産のすべてを奪い取られながら母性の力でその支配を跳ねのけようとする主人公ゲイル。本作は、70年代を舞台とした女性が活躍する社会派サスペンスでありながら、『エイリアン: コヴェナント』評の中で宇多丸さんがおっしゃっていた『創造主と被創造主の相克』を資本主義社会に置き換えた、いかにも近年のリドリー・スコットらしい、底意地の悪いエンターテインメントに仕上がっていると感じました。

愚かな凡人どもが騒ぎ立てる誘拐事件など一顧だにせず、人類の悠久の歴史や神話の世界にまで思いを馳せ、身銭を切ることは一切せずに自身の後継者である孫のジョン(ヨハネ、神の教えの伝道師)という符丁も含め、その奪還を命じるゲティ氏。金を出さないがために切り取られた人質の耳が報道価値によって金に化ける、というこの世の地獄を演出し、『市民ケーン』のバラのつぼみがごとくあれを抱きしめ、一件落着した後もさながら、大願を成就させた(『プロメテウス』『エイリアン: コヴェナント』の)ウェイランド社のガイ・ピアースのように西洋文明の一部に同化してそこに居座る。まさに胸のすくような胸くその悪さ。サノスを大きく上回る2018年上半期屈指のサイコパスと、めまいを覚えるようなゲティ氏への嫌悪感に身悶えしながらも、この孤独で冷酷無比な老人の歩んできたピカレスクロマンに妄想を膨らませ、陶然としてしまう自分もいるのでした。

ケビン・スペイシーのスキャンダルで不名誉な知られ方をしてしまった本作ですが、演じてるのがケビン・スペイシーだろうがクリストファー・プラマーだろうが、僕の脳内で思い返すゲティ氏は完全にリドリー・スコットその人なので別にあまり関係なかったなと個人的には思います。後から噛みしめれば噛みしめるほど味の出るスルメな傑作映画でした」というね。まあ、リドリー・スコット作品は常に、非常に作品内のレイヤーがいっぱい重なっているので。一発見ただけというよりは……やっぱりそこに重なっているレイヤーを味わってね。彼は本当にもう、クソインテリなので。本物のクソインテリなので、味わい尽くし甲斐がありますよね。

一方、ラジオネーム「枯れるぜ万太郎」さん。この方はちょっと否定的な意見。「結論は、私的にはダメな映画でした。もともとリドリー・スコット監督は好きで、監督作はできるだけ映画館で見るようにしており、今回もそのつもりで足を運びました。しかし、なにもかもがゆるい。緊迫感が足りない。主演の母親役のミシェル・ウィリアムズもただキーキー騒ぐか寝ているか、やっと動くかと思えば自ら金を得るためにあるものを売りに行くのだが、役立たず泣く。凄腕と評判の公証人、マーク・ウォールバーグもただ値引き交渉するだけ。ぬるすぎる。唯一緊迫感を持ってギリギリを渡り歩いたのは、誘拐犯側のヒゲ面男だけ。スリルもサスペンスもなにもない。クライマックス、クリストファー・プラマーの死ぬ場面の大仰な演技。そこだけは浮きまくっていて助演男優賞ノミネートと言われましても……といった感じです」というね。「これは映画にするほどの話ではなく、テレビの再現ドラマで十分の作品だと思いました。リドリー・スコット監督、これでいいのか?」という感想でした。

■リドリー・スコット好みのテーマとネタが詰まった一作。

ありがとうございます。『ゲティ家の身代金』、私もTOHOシネマズ日比谷、はじめて今回ので行きました。そこで2回、見てまいりました……で、ちょっと先ほど、言い忘れてしまいましたが。先週の『万引き家族』の評の中に、明白な誤りが2つ、ありまして。訂正とお詫び、公式書き起こしの方にも書いておりますが。その中で、「中条省平さん」を「なかじょう、なかじょう」と連発していたのですが、「ちゅうじょうしょうへい」さんでした。これ、申し訳ございません。あと、カメラマンに関するところで、私、山崎祐さんがカメラマンを務めた『海よりもまだ深く』、こちらの作品が(是枝監督のフィルモグラフィ上)間に入っていることを失念したまましゃべっておりまして。こちらも間違っております。詳しくは書き起こしの方に私、訂正してお詫びしておりますので。改めまして失礼いたしました。

ということで、『ゲティ家の身代金』。非常に(今週はすでに)上映回数は少なかったんですけど、やっぱりリドリー・スコットの新作ともなれば、劇場でちゃんと見ておいた方がよかったのは間違いない。実際に1973年に起こった誘拐事件を元にした本作、まずその、ジョン・ピアーソンさんという方による原作本があるんですね。これはまあ、この誘拐事件だけではなくて、ジャン・ポール・ゲティさんという世界有数というかトップの大富豪と、そのゲティ家一族の伝記。

それを描いた『ゲティ家の身代金 世界一嫌われた大富豪の一生』という本が、日本ではハーパーコリンズ・ジャパンというところから出ていて。僕、これをこのタイミングで読んだら、実は今回の映画では描かれていない、それはそれでまたものすごい、その後の彼らの話っていうのがあって。これについては後の方で話しますね。特に映画ファン的には、「ええーっ! そうなの?」っていうような事実が、この後に隠れていたりするので。ちょっとそれは後ほど言いますけども。

とにかくこのジョン・ピアーソンさんの原作本に描かれた事実に、さらに相当の映画的脚色を加えたデビッド・スカルパさんの脚本を、リドリー・スコットが監督した、というのが今回ですね。で、たしかにこの題材、先ほどのメールにもあった通り……巨額の身代金がかかった、しかも巨大犯罪組織による誘拐劇という、言ってみれば、一度動き出したらもう止まらない、個人の感情とかではどうすることもできない、非人間的な、機械的で暴力的なシステムの、非情な作動っぷりという。

そして、なんとか自分の人生を意義のあるものだと思いたい、歴史に永遠に残る存在になりたい、という人間の虚しい、浅ましい願い、欲望、もがきというものを、それこそ歴史……今回は特に美術史への非常に深い理解などなどを含む、西洋知識人、西洋人インテリ的視点で描く、という。まあ本当に、私もいままで『悪の法則』とか『エイリアン:コヴェナント』評とかで繰り返し語ってきた、本当にリドリー・スコットの作風というか、リドリー・スコット好みのテーマとネタが、今回は特にハマっている、ということですよね。

■「ケビン・スペイシーだったらどう演じたか?」を想像せずにはいられない

なのでまあ、面白くならないわけがない! というね。一定の水準はもう、絶対に保証されているような作品ですね。ただし、実際に出来上がったこの本作、その外側にある話題が、まず前面に出てきてしまう一作でもあって。何度でも言いますけども、具体的には公開の2ヶ月前に、本来の主演だったケビン・スペイシーによる、少年への強制わいせつ行為というのが発覚。これはもちろん許されるものではないということで、即降板。で、普通だったらここでまあ、撮り直しをするにしてももうちょっと時間がかかっちゃったり、なんならね、お蔵入りとかしかねないところですけどもね。まあ、リドリー・スコット的には即決。「5分とかからなかった」みたいなことを言っていますよね。

即決して、そこで名優クリストファー・プラマーを呼んできて……もともとゲティ役の候補で、クリストファー・プラマーは脚本を読んでいたっていうんですよね。なので、クリストファー・プラマーを代役に立てて、一部撮り直しをして。なんと公開日2ヶ月前から撮り直しを始めて、公開日に間に合わせてしまった。しかもそれが、問題なく賞レースなどでも高評価、というね。もうそれ自体、リドリー・スコットがやはり、映画監督としてただごとではない手腕だっていうことに震撼させられる……本当に、この映画ができたこと自体が、驚異的な事態っていうことですね。

加えて、その追加撮影の際に支払われたギャラの額が、女優のミシェル・ウィリアムズさんと(男優の)マーク・ウォールバーグの間で、非常に不当な格差があったという。1000倍以上の差があったということが、また後から発覚して。これまた#MeToo運動というか、女性の権利問題というところでさらに問題になってしまった、というような、いわくつきの作品でございます。なので、なかなかフラットに画面を見るということがしづらい状況でもある。特にやっぱり大富豪のゲティ役。僕はどうしてもこれが……もちろん大幅に老けメイクをしての、ケビン・スペイシーだったらどうだったのか?っていう置き換えをしながら見ることを、ついついしてしまうことを止められなかったです。

(ビッグな主役交代劇として有名な)『影武者』レベルじゃないですから。「これが勝新だったら……」って言っても、あれは撮られていないんだけど。こっちはケビン・スペイシー版をすでに撮った上で、パーツをはめているわけだから、よりその置き換えをやりやすいわけですよ。ただ、まあおそらく、これはもちろん想像の話ですけども、ケビン・スペイシーが演じていたら、おそらくこのゲティという人物の、そのゲスの極みっぷり、クソ野郎っぷりというのが、もっとストレートに強調された、よりわかりやすい……観客の感情の落とし所もよりわかりやすい作品になっていたんじゃないかな、と。

で、逆に現状のそのクリストファー・プラマー版のゲティは、たしかに強欲の塊、守銭奴っていう側面は変わりないんだけど、なんかやっぱり威厳がものすごいちゃんとあって。なんて言うのかな、彼なりの哲学とか人間的な心情のようなものも、そこにはちゃんとたしかにあるんだろうな、っていうのがより伝わってくる演技とか存在感。よく言えば、より厚みのある人物造形、というバランスなんじゃないかなと想像を……まあ実際にリドリー・スコットも、両バージョンの違いを「クリストファー・プラマーは非常に人間的に演じている」という風に言っているんで、おそらくそういう違いなんだと思います。

■演出、語り口、とにかく上手くて面白い!

ただ、なんにせよ間違いないのは、出来上がった『ゲティ家の身代金』、間違いなくやっぱり、ちゃんと面白いです! リドリー・スコットの最高傑作、とは言いませんが……やっぱりちゃんと面白いですし、こういうヒリヒリした感触を残す、渋い、それこそ70年代を舞台にした犯罪劇みたいなのはやっぱり私、大好物でございますので。もちろん非常に楽しく見ましたよ。っていうか見れて超よかったです。オープニング、後で誘拐されることになるポール3世。これ、チャーリー・プラマーさんという方が演じています。クリストファー・プラマーとの血縁はないんですけども。

そのポール3世が、1973年、ローマの夜道をそぞろ歩きしているのを捉える横の移動ショット。それが、白黒だったのがだんだんと色がついてくる。向こう側では、なんなんですかね、パパラッチなんでしょうか? セレブに群がるパパラッチみたいなのが、パンパンパンッて写真を撮って、なんかザワザワと盛り上がっている夜道を、そぞろ歩きするこのショット。やはり連想するのは、フェリーニの『甘い生活』ですよね。背後にいろんなものがいるようなディテールとか、あとはここでかかる音楽。先ほどの音楽、僕はすごい好きだって言いましたけども、ダニエル・ペンバートンさん。こちらリドリー・スコット作品では、『悪の法則』の音楽をやっていた人ですけども。今回も非常に荘厳で、お金持ちっぽいんだけど、同時に皮肉っぽいニュアンスも込めた……で、不気味な場面は非常に不気味なニュアンスも込めた、見事な音楽をつけていて。

とにかくこのオープニングが始まるだけで、非常にワクワクしますね。「さあ、どんなひでえ話が始まるんだ?」っていうね(笑)。で、そこから年代をポンポンポンポンとジャンプしながら、そのジャン・ポール・ゲティさんがいかに世界一の金持ちになっていったか、そしてその一方で、特に息子家族とは、普通の家族とかなり、全く異なる距離感、価値観で接してきたかっていうのを……そして、さっき言ったような、歴史に永遠に残る存在になりたい、というちょっと誇大妄想的な願望を……実際に自分は過去の皇帝とかの生まれ変わりだっていう考えを現実のゲティさんもしていたらしいですから。というようなところも含めて、物語上必要な情報を、ポンポンポンッと最短距離で伝えてくるこの序盤。楽しいですしね。

で、そこから先、ジャンルとしてはいわゆる「誘拐物」。『天国と地獄』とかなんでもいいですけども、誘拐物として、たとえば誘拐犯の1人との、非常に緊張感ある、淡い心の通い合い。で、あそこでたとえばね、「顔、見たな……」っていうくだり。あそこが上手いのは、不穏な音楽の方が先に鳴り出して。2人とも最初は起こった出来事のまずさに気づいていないんだけど、その音楽が先に鳴っていることで、(観客共々)「あ!」ってなるっていう。あの、最初の間合いとかね。そしてその2人目、もう1人顔を見てしまうくだりとの、段取りの違いとかもね。非常にやっぱり、演出がいちいち上手いんですよ。

■「田舎ホラー」やダークコメディとしての見応えもあり、目を背けるシーンもあり

とかですね、あとここは完全に映画用の脚色ですけども、ポール3世さん、非常に頭のいい男の子で、トンチをきかせての脱出劇、からの……ちょっとここはいわゆる「田舎ホラー」と呼ばれるジャンル的な、ちょっとゾッとする展開があったりとか。まあとにかくジャンルとしての誘拐物として、見応えが十二分にある。しかもこの、脱出してからの田舎ホラー的展開っていうのは、クライマックスの逃走劇・追跡劇とも対になっている、というあたり。まあ、上手いですね、やっぱりね。

そうこうするうちに交渉がこじれていって、ようやくその身代金を払うのか……と、思わせてからの、「ジャン・ポール・ゲティ、お前最低だな!」っていうエピソードも、「最低だ! 最高だ!」っていうね(笑)。「お前、最低だ! 最高だ!」っていうくだりとかも、本当に楽しいっていうか。ねえ。ダークコメディーとして笑っちゃいますよね。でも、現実にあったこと、あれは本当にあったことですし。しかもここ、終わりの方で、ゲティさんが心の奥に実は抱いていた心情……映画評論家の町山智浩さんもリドリー・スコットのインタビューで指摘していましたけど、まさに『市民ケーン』における「バラのつぼみ」にあたるような……そういうような伏線にも、ここがちゃんとなっている。

しかも本作のそれは特に、要するにいちばん冷たい選択をした、いちばん冷たい行為を働いたその向こうにこそ、彼のかろうじての人間性が隠されていた……ボッティチェリの聖母子像を見て、(価値ある美術品という)モノがほしいのかと思っていたけど、彼はその向こうに、さらに何かを見ていたわけです。彼の願望が(そこに実は投影されていた)……でも、こういう風にしか表現できない男だった、っていうことですよね。非常に上手いです。という作りだと思いますね。そんなこんなで、さらにこじれにこじれた交渉が、ついにある恐ろしい段階に入ってしまう、という場面。いろんなところで言われていると思いますが、僕は具体的にはここでは言いませんが……。

とにかくね、僕は映画をいっぱい見ています。バイオレントな映画もいっぱい見ています。ゴア描写もいっぱい見ています。見慣れています。そんな僕も、この映画、やっていること自体はそういうバイオレント映画に比べれば比較的地味な行為なんですが……本当に思わず目を背けてしまう、というね。劇場でもこの場面、周りからおじさんとかの「おっ、おおう……おお、ちょっと、おお……」っていううめきが聞こえてきたぐらいですね(笑)。しかもこれ、ゴーリ、ゴーリ……っていう感じの「最中」のキツさもさることながら、「事後」のあの、ピュッ、ピューッていう、「あれ」が本当に嫌だ!っていうね(笑)。なんの話かはわからないと思いますが、これは本当にご自分の目で見て、嫌な思いをしてください(笑)。

■“世紀のクソ親父”ゲティも見応え充分

で、事実上の主人公であるお母さん、ミシェル・ウィリアムズ演じるゲイルさんと、図らずも彼女とバディ化していく、マーク・ウォールバーグ演じるフレッチャー・チェイスという、元CIA……彼ね、その元CIAならではの腕前っていうのを見せるのに、クレー射撃をしている場面で、彼は(ちゃんとサイトを使って)狙うんじゃなくて、腰だめで当てるっていう。あれで彼の腕前を示すっていうのも、バカっぽいんだけど、かっこよかったですね。で、最終的に彼らが対決しなきゃいけないのは、やはり誘拐犯よりも、世紀のクソ親父ゲティ、ということになっていくという。序盤での伏線が生きてくるある展開、特に博物館にお母さん、ゲイルが行くところの絶望感たるや……!っていう。

つまり、もう要するに、リドリー・スコットのよくあるやつですよ。「ああ、最初から詰んでいたんだ」って、そこではじめて知る。「ああ、最初からダメだったんだ」ってことを知る、あの絶望感。僕はあそこですごい鳥肌が立ちましたけどね。うわーっ!って。やっぱり見せ方、上手いですし。後ろに「あっ、あっ……もう見えてる。もうダメなやつが見えている!」っていうあの感じ(笑)、上手かったですし。で、最終的に「ああ、身代金。出します、出します。出しゃいいんでしょ。出しゃいいんでしょう?」ってなった後の、あの呆れるしかない言い草。あそこも本当、実話ですからね。「やっぱり大事なのは金かよ……」っていうさ。ねえ。「ここまでは税の控除がきくからさ……」って、あれは本当に彼が言っていた理屈で、本当にそれで(身代金の)ディスカウントをどんどんどんどんしていく、っていう話ですから。

とはいえ、彼も結局、本当に求めていたものは手に入れられないというか。ちょっと『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のダニエル・プレインビューさんを連想するような、近いものがあるな、っていうキャラだったと思いますね。あと、あれですね。あの場面もよかったですね。これ、町山さんもリドリー・スコットインタビューで指摘していましたけども、身代金を犯罪組織側が(しかも女性従業員たちを使って)カウントするところで、ジェームス・ブラウンの『It’s A Man’s Man’s Man’s World』っていう曲の、イタリア語バージョンが流れるっていう。「これは男の世界だぜ……!」っていうのが流れるっていう、あれもすごい皮肉が効いた選曲で、非常に気が利いていてよかったんじゃないですかね。

で、このクライマックス。要するに、子供を求めるお母さん、ゲイルと、クソ親父のゲティ、それぞれが、「かわいい我が子」……それぞれにとっての「かわいい我が子」っていうのを胸に抱くまでを、カットバックで、意地悪に、だけど切なく、そしてもちろんサスペンスフルに見せていく、というクライマックス。これも非常に意地悪かつ、盛り上がりますし。ラストシーン。とりあえずの一件落着、に見えますけど。ここ、ラストシーンのところをみなさん、見逃さないように。シーン始め、ポール3世くん。誘拐されちゃった子が、うらめしげに何かを見つめているんです。そのシーンの頭で。その場面では、彼が何をうらめしげに見ているかはわからないんですね。

で、その見ていたなにかに、お母さん、ゲイルも目を向けた、というところが最後の最後なんですけど。ねえ。まあ、「ゲティ家の呪いはまだ続いている」っていう感じですかね? このジジイ、死んでもまだなお……っていう感じがする。

■映画も、実際の事件も、映画の<外>も、全部面白い!

で、実際にこれは……ここから先は、映画の外側の話です。さっき言った、もう日本でも出ておりますけども伝記によれば、まず犯人たちは、ちゃんと捕まっていない。首謀者も、間の仲介になっていたいろんな人も、全然捕まっていない、裁判にもかけられていない。非常にモヤモヤが残りまくりの決着です。あと、ゲティ家が非常に壮絶で。特にやはり、誘拐されちゃったポール3世というあの若者。事件のトラウマから、結局やっぱりアルコール依存になってしまいます。そこからさらに、ドラッグにも手を染めてしまいます。

どんどんどんどん変なことになっていっちゃう。なんだけど、自分なりに人生を立て直そうとしているというところで、なんと、映画ファンのみなさん。ヴィム・ヴェンダースの初期作品に、俳優として参加しているんですね。で、それで非常に楽しくて。結構映画好き家系なのね。お父さんも映画が好きだったりして。で、俳優をやって。特にみなさん、1982年のヴィム・ヴェンダース監督の、『ことの次第』という作品をご存知でしょうか? この『ことの次第』は、映画を作る話なんですけど。ちょっと自伝的な、ヴィム・ベンダース自身がハリウッドで苦労したのを投影したような作品なんですけど。そこで、見た人なら覚えていると思います。脚本家の役。とっても重要な役です。結構大きな役です。あれを演じているのがなんと、このポール・ゲティ3世さんなんですね。

しかも、まさにこの撮影中に、彼は……そのアメリカ、ハリウッドシーンの撮影中に、酒を飲んで演じるのを禁じられたため、その代りにということで処方された薬をいっぱい飲んだ。そのアル中の禁断症状を抑えるための薬が、いっぱい、かつ強すぎて、それで昏睡状態になっちゃう。で、生命維持装置につながれた状態で、何年も過ごすことになっちゃう。で、そこからさらにお母さんのゲイルの献身的な介護があって、奇跡的に意識を取り戻して。なんだけど、ずっと生涯車椅子で、失明したまま、みたいな。なんだけど、彼はその後にこそむしろ……(それまでは)破滅的な行動をとっていたんだけど、死の淵をさまよった後に、生きる力を取り戻して。わりと、そこから先は、彼本人の内面では充実していく、ということが描かれていきます。2011年に54才で亡くなられました。

息子さんのバルサザール・ゲティさんは、俳優として『ヤングガン2』とか『ナチュラル・ボーン・キラーズ』とか『ジャッジ・ドレッド』とか『ロスト・ハイウェイ』とかに出てらっしゃる、俳優さんです。一方あの、(劇中に)出てきた(ポール3世の)お父さんがいますよね。あのお父さん、途中からどんどんどんどんヒッピー化していっちゃって。ちなみにヒッピー化していく場面で、ローリング・ストーンズのね、『WILD HORSES』っていうのが流れていますけども。ミック・ジャガーとも非常に親交が深くて、ミック・ジャガーのすすめで後年、クリケットにハマっていきます(笑)。で、それはいいんだけど、このポール・ジュニアさん、(息子の誘拐事件という)ひどいことがあって、あの後もどんどんどんどんドラッグとかでひどいことになっていっちゃうんだけど、今度はお父さんの方は、いろいろとあった後に精神的に復活して、ちゃんと人生を立て直して、結構立派な人になっていくんです。

そういう不思議なこともある。つまりこの作品、映画の外側も……たとえばその、映画の外側の事件も面白いし、実際にあった事件も面白いし。そしてなおかつ、映画そのものもちゃんと面白い、っていうことで。本当にいろんな味わい方のある作品だと思います。原作本を読んでも非常に面白いです。あと僕は、手堅く面白い、みたいな犯罪映画、一定期間で見たいので。このタイミングで見れてよかったです。ぜひぜひみなさんも劇場でやっているうちにウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『ワンダー 君は太陽』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

++++++++++++++++++++++++++++++