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宇多丸『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』を語る!【映画評書き起こし 2018.5.11放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:
さあ、ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは先週にランダムに決まった映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を20分以上に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。それでは今夜評論する映画は、こちら! 『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』

(ZZ Top『Sleeping Bag』が流れる)

いまかかっているのは、最初の大会のシーンかな? これは実際にトーニャ・ハーディングさんが(その大会で)流した、ZZトップの『Sleeping Bag』という曲でございます。五輪代表に選ばれながらも、ライバル選手への襲撃事件など、スキャンダルを起こしたフィギュアスケーター、トーニャ・ハーディングの生き様を描いた伝記ドラマ。監督は『ラースと、その彼女』などのクレイグ・ギレスピー。『スーサイド・スクワッド』などなどのマーゴット・ロビー、『キャプテン・アメリカ』シリーズのセバスチャン・スタンらが出演。第75回ゴールデングローブ賞作品賞にノミネートされた他、様々な映画賞で評価された、ということでございます。

ということで、もうこの作品を見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多め! 非常に評判も高くて、注目度も高かったんですかね。賛否の比率はなんとこれ、すごいです。褒めのメールが99%。否定的なメールは2通のみ、というかなり極端な結果が出ております。

主な褒める意見は「あの名作『フォックスキャッチャー』に並ぶ実録スポーツ映画の新たな傑作」「主演のマーゴット・ロビーをはじめ、キャスト全員がはまり役。特に今回の事態を悪化させるアイツ(ショーン)が最悪で最高!」「トーニャが劇中で見せる自分の辛い人生を乗り越えるための悲しい笑顔に感動」「観客に語りかける演出など、映像的な工夫や絶妙なタイミングで挟み込まれるユーモアで全く退屈しなかった」というのが褒めのご意見でした。一方で否定的な意見としては「今年ワースト候補」みたいな結構極端な意見があったりしますね。

■「人の中にある複雑さや矛盾を感じることができる映画」(byリスナー)

ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「ケン」さん。「僕は映画を見るまでトーニャ・ハーディングというスケーターがいたことも、こういうスキャンダルがあったことも知らなかったのですが……」。ちなみに、世代的にそうみたいで。実はマーゴット・ロビーもこれ、脚本を読んだ時点で実話とは知らなかったっていうぐらいね、やっぱり世代で分かれるというね。「……映画は実際にあった出来事に対して事実の正確性ではなく、各々の中にある真実にアプローチする作りで、一本の作品としてとても面白かったです。比較的誰が撮ってもそれなりに面白くなりそうな出来事ではありますが、決して物語を単純化せず、映画全体がいわゆる信用できない語り部に徹することで現実に起きたことに対する一定のフェアさと映画としての面白さの両方を担保する構成がとても上手いと感じました。

冒頭から役者の演じているインタビュー映像で始まりますが、初っ端から大変胡散臭くてすでに面白い。実際にドラマパートに移ったら、『言っていることと全然違うじゃねえか!』っていうことばかりで終始、各々の証言の信用性を皮肉る構造を取っています。ただ、そういうインタビューパートとドラマパートのギャップが最後まで見ると彼女たちの中にある真実めいたものが浮かび上がる。彼女たちが建前や自己弁護の裏側でギリギリ守っている尊厳やアイデンティティーに少しだけ触れるような人間くさい余韻があります。あとから自分の都合のいいように物事を脚色して人に話したりするのは誰でもやることで、笑いつつも身につまされる部分も多いです」ということでございます。

「……宇多丸さんは『フォックスキャッチャー』評の中で、『アメリカの大富豪やオリンピックの金メダリストという自分とは全然違う立場の人の気持ちがなぜかわかる。それが映画を見る理由のひとつだ』とおっしゃっていましたが、本作もまさに人の中にある複雑さや矛盾を感じることができる映画です。一方で滑稽でひどい話だと笑える作品でもあります。とても映画的な面白さで大変堪能しました」というお便りでございました。

一方ダメだったという方。「あなんすみし」さん。「いまのところ今年のワースト候補。ダメな時の三谷幸喜作品を見ているよう。『はい、ここで笑ってください!』的な演出に白けるのです。『ラースと、その彼女』の監督ということで、ああいうオフビート演出の方がよかったのかも。あと日本側がつけた『史上最大のスキャンダル』という邦題、大げさなんですよ。本人が襲撃したわけでもないのに……」ということでね、否定的な意見も一部ございましたが、基本的には非常に大絶賛が多かったという『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』。ということで私も評、行ってみましょう!

■監督、撮影、編集、衣装、美術・キャスト。全員がキレッキレ!

私もTOHOシネマズ新宿で2回、見てまいりました。1994年、リレハンメル冬季オリンピックの直前に起こった、いわゆるナンシー・ケリガン襲撃事件。当時、日本のワイドショーなどでもちょいちょい取り上げられていましたが、正直僕自身も、この『アイ、トーニャ』という映画の中でも言及されているような、要は事件に対してぼんやりした、そしてやっぱり微妙にというか決定的に間違ったイメージしかこれまで持っていなかったかもしれないな、という……さすがにまあ、劇中で出てくる間違ったイメージのように、トーニャ・ハーディング自身が直接ライバルであるナンシー・ケリガンを襲ったという風には思っていなかったけども(笑)。「なんか結構、積極的にけしかけたんでしょう?」っていうぐらいなイメージを持っていたんですけどね。

まあとにかく、この事件によって、アメリカ人女子選手としてはじめて公式大会でトリプルアクセルを決めたというその偉業は吹き飛んでしまい、限りなくマイナスなイメージだけを背負ったまま、スケート界から排除され、次第に表舞台から消えていった人なわけですね、トーニャ・ハーディングは。そんな彼女に関する、EPSNというアメリカのスポーツチャンネルで2014年にやったドキュメンタリーを見た脚本家のスティーブン・ロジャースさん。この方、これまではわりと、『ニューヨークの恋人』とか、僕の前にやっていた番組『ウィークエンド・シャッフル』の「シネマハスラー」時代初期に取り上げた『P.S.アイラヴユー』とか、ロマンティック・コメディー中心に書いてこられた、スティーブン・ロジャースという脚本家の方。

もちろん、ノンフィクション物を手がけたことはなかった方なんですが、そのトーニャ・ハーディングのドキュメンタリーを見て、映画化権を獲得し、トーニャ・ハーディングとその元夫のジェフ・ギルーリーさんにしたインタビューを元に……ここが重要ですが、先ほどのメールにもあった通り、2人の言うことの「食い違いまで含めて」脚本化。なおかつ、非常に強烈な母親役というのに、もともと旧知の仲だったアリソン・ジャネイさんを当て書きして。その当て書きが見事にハマって、アカデミー助演女優賞を獲得しましたけどね。で、やったのがその脚本であると。

で、その脚本を読んだマーゴット・ロビーさん。彼女は非常に実力派美人女優というか、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』、『スーサイド・スクワッド』、あとは『マネー・ショート』でのカメオ出演とかも非常に印象的ですけど。まあ、彼女が自ら主演だけではなく、初のプロデュースも買って出たという。要はその、単なる美人女優の殻というのを破ろう、という意欲があったんじゃないですかね。で、監督として白羽の矢が立ったのが、クレイグ・ギレスピーさん。これ、「ガレスピー(Gillespie)」っていうのが正しい発音だというのもあるらしいですけど、一応今日は「ギレスピー」で通しますね。クレイグ・ギレスピーさん。

『ラースと、その彼女』というね、ライアン・ゴズリングがいわゆるラブドールを恋人、生きた人間だと思い込んで……という話。非常にあれも素晴らしかったですけども。今回の起用はどっちかと言うと、2014年の『ミリオンダラー・アーム』というね、インドのクリケット選手を大リーグに呼んでこようっていう、これも実話ベース。あるいは、2016年の『ザ・ブリザード』という作品とか、立て続けに撮ったその実話ベース物の手腕が買われた、ということじゃないかと思いますけども。ただ、それにしても今回の『アイ、トーニャ』でのこのクレイグ・ギレスピーさんの演出は、明らかにこれまでの作品とは一段違う、キレッキレぶりというか……っていうか、監督の彼だけではなく、撮影、編集、衣装、美術に至るまで、そしてキャストの全員が、これまでの作品にないほどキレッキレな一作!ということだと思います。

■マーティン・スコセッシ監督直系の「フィギュアスケート版『グッドフェローズ』」

結論を言っちゃいますけど、これは僕はやっぱり、ものすっごく面白い!と思っていますね。ものすごく面白い作品だと思います。全体のタッチは完全に、これはもうある程度の映画ファンだったらわかると思いますけども、完全に『グッドフェローズ』ですね。1990年、これは何度も僕が映画評の中で言っていることですけども、90年代以降の映画技法、映画文法を決定づけた歴史的大傑作『グッドフェローズ』と、それをマーティン・スコセッシ監督自らがアップデートしてみせた2013年の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』。これはマーゴット・ロビーさんも出ていますけど。まあ、完全にこのスタイルです。

要は、非常に印象的なボイスオーバー。ナレーションというか語りが重なる、このボイスオーバー使いや、あるいは第四の壁を破る語りかけ。画面の向こう側から登場人物がこっちに語りかけてくるという、そういうものが入り混じったりとか。あるいは、非常にそっけないセミドキュメンタリータッチとか、あるいはテレビの映像を通したメディア映像とか、かと思えば、非常にダイナミックな、ザ・映画的!なカメラワークとか、とにかくありとあらゆる映像技法を駆使して、とんでもない情報量が……しかもほとんど切れ目なくかかり続けるポップミュージックの数々とともに、すさまじいスピードで詰め込まれていく編集スタイル、というね。

で、それによって先ほどのメールにもあった通り、真実というものの多面性、多層性というのが浮かび上がってくるような作り、というね。ちなみにこの『アイ、トーニャ』、まさにその編集スタイルによって、アカデミー賞編集賞にもノミネートされていますけども。タチアナ・S・リーゲルさんという方がノミネートされていますが。とにかく、フィギュアスケート版『グッドフェローズ』、という風にアメリカで評されたこともあるようですが、それもまさに当然、というあたりだと思いますね。

■魂レベルでスコセッシイズムを継承。そして、それとは別の面白さ=「低み」

ただ、この『アイ、トーニャ』、僕が真に感動したのは、もちろんそういった表面的な『グッドフェローズ』スタイル、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』スタイルのみならず——それもすごく良くできているんですけど——表面的なスタイルのみならず、最終的には精神面というか作品の核、作品の魂のレベルでも、スコセッシイズムを継承しているというか、それこそ『レイジング・ブル』などと完全に通底する熱さに到達しているところですね。この『アイ、トーニャ』の、たとえば鏡の前で1人、非常にもう追い込まれた状態で、鏡の前で自分をなんとかギリギリ鼓舞するというあの場面。『レイジング・ブル』を連想される方も多いと思いますが。

スコセッシの魂的なところ……2017年1月28日に、僕の前の番組『ウィークエンド・シャッフル』で、スコセッシ監督作の『沈黙 -サイレンス-』という遠藤周作原作の作品を評した時、最後の方で僕は、こんなことを言いました。スコセッシイズム。「負けたけど、世間から見下げ果てられた存在になってしまったけど、でも実は、魂の奥底には、芯が1本通った何かがあった」「もしくは、折れないように踏ん張ろうとしていたんだ、この人は」というね。まあ、世間から後ろ指をさされるような、まさに「クズ」と呼ばれるような存在にも、たしかに五分の魂はあるんだ、人にどう言われようと、その人の中では折れない何かがあったんだ、折れないように立とうとしていたんだ、っていう……「その人の中では」っていうのが大事なんだけど。

そういうスコセッシ的な反骨精神、メッセージが、しっかりこの『アイ、トーニャ』にもあるからこそ、本作は、単なるゴシップ的興味や露悪性を超えて、胸に響く一作になっているんじゃないかなという風に思います。

ただまあ、もちろん一方でたしかにこの『アイ、トーニャ』が突出しているのは、まさにその「クズ」描写ですね。アメリカ北西部、オレゴン州ポートランドに住んでいる、白人貧困層……いわゆる「ホワイトトラッシュ」というものの描写ですよね。そのクズ描写の説得力と、まあ語弊はあるだろうけどそれでもやっぱり明らかな「面白さ」っていう。(本作の突出した魅力は)この部分にある、というのも間違いないあたり。とにかく、これは僕の前の番組『ウィークエンド・シャッフル』でやっていたコーナーにつなげるなら、こういうことですね。もう「低み」の博覧会ですね! とにかくどいつもこいつも低すぎる!っていうね(笑)。コーエン兄弟の『ファーゴ』とかにも通じるようなテイストがありますけどね。とにかくみんな、低い連中の博覧会。

■真実の多様性、フェアネスを担保する絶妙さ

まず、際立つのはやはりこれ、アカデミー賞を取りました、アリソン・ジャネイ演じる母親の、言ってみれば実の娘を含む全ての人間をモノのように見ているかのような、あの背筋も凍る目つきですね。あの目。こんな目した人間、いる?っていう目。まあもちろん、メガネとレンズのチョイスなどが完璧なのだと思いますけどもね。で、こう、インタビューに答えるところで横の肩にインコを乗っけて……これ、エンドロールで流れる本人映像で、本当にインコ乗っけてるよ!っていうね(笑)。これも驚愕のあたりでしたけどね。まず、このお母さんがすさまじい。

この、娘を含めて全ての人間をモノのように見ているこの背筋も凍る目つきが、終盤のある展開で、一箇所だけ彼女、変わって。「あれっ? いつもの目つきじゃない。あったかい目をしている……」っていう場面があるんですけど。ここの、さらに背筋の凍る顛末。このあたりもぜひ堪能していただきたいので。本当にひどい話なんですけどね。あと、マーベル・シネマティック・ユニバース『キャプテン・アメリカ』シリーズで言う「バッキー」こと、セバスチャン・スタン。非常に美青年ですけども。そのセバスチャン・スタン演じる典型的なDV男。この夫も、すぐにカッとなって暴力をふるった後に、「ごめんねー」なんつってすぐセックス、っていう(笑)。

このアリソン・ジャネイ演じるお母さんもね、これは字幕では簡略化されいましたけど、こんなことを言っていましたね。「バカとファックしてもいいけど、バカと結婚してどうする?」っていうね(笑)。こういうことを言ってましたけどね。まあ、そういうDV男っぷりも素晴らしいですけども、それもさることながら、やはりここですね。マーゴット・ロビー演じる、主人公トーニャ・ハーディング。さっきのメールにもありましたけど、セリフ上で言っている主張とは裏腹に……要するに、「暴力をふるわれて本当に大変だったのよ!」って言いながら、結構わりと即座に、過剰防衛バリバリの反撃、ガーン!っつってね。「本当に暴力をふるわれて大変だった!(肘打ち、ガーン!)」とかですね。

で、そのDV男のセバスチャン・スタン側の(主張)、「いやー、あいつの方がよっぽど怖かったんすけど。ショットガンとかぶっ放すし……」って。そうするとマーゴット・ロビーが、バーン!ってショットガンをぶっ放す絵面で、「ショットガンなんか撃ってないですから!(ガチャッ!)」ってこう、弾を(装填するアクションを取る)……つまりここで、言っていることの食い違いとか、なにが真実なのか、「信用できない語り手」っていうので、その真実の多層性というか、そういうもののフェアさを担保しているという、こういう作りになっているわけですね。

まあ、そのトーニャ・ハーディングのたくましさっていうのも相当なものだし。つまり、要はトーニャ・ハーディング、もちろんお母さんの絶え間ない、虐待にもかなり近いようなしごき、というものも当然あるし、DVの夫っていうのもあるけども。だけども、一方でトーニャ・ハーディング自身も、単純な犠牲者とも描いていないっていう。この、絶妙なバランスを保って描いているわけですね。問題のナンシー・ケリガン襲撃事件に関しても、やっぱりトーニャ・ハーディング自身が、直接もちろん暴力をふるったわけではない。直接けしかけたわけでもないけども、「結構お前、この時点でこのテンションだったら……」っていう、かなーり濃いグレーのバランスっていうので、絶妙に描いているという感じだと思いますね。

■「おもしろうてやがて悲しい」大人のダークコメディー

もちろん、実際に下った判決とかも踏まえて、ということだと思いますけどね。で、このクズ博覧会、低み博覧会の極めつけはやはり、印象に残っている方は多いと思います。ポール・ウォルター・ハウザーさんが演じる、ショーンという、まあトーニャ・ハーディングのボディーガード……と言えば聞こえはいいですけども、まあ要するに夫側の腐れ縁の友達ですね。そのショーンと仲間たちの、まさに底なしのバカっぷり、クズっぷり(笑)。これは本当にすさまじい。で、ナンシー・ケリガンの襲撃のくだりっていうのも、もちろんサスペンスフルでもあるんだけど、不謹慎ながらやっぱり、あまりの事の顛末のマヌケっぷりに、つい吹き出してしまう。

本当に、その行き当たりばったりっぷり……会場の表に逃げようとして出てきてからの、あの、通行人のおじさんに覆いかぶさっちゃうくだりの、目も当てられない(笑)っていう感じとか、本当にすごいし。これが実話だなんて、本当にすごい話ですよね。事実は本当に小説より奇なり、っていう感じですけども。その一方で、この物語の最低最悪の悪役である、さっき言ったポール・ウォルター・ハウザーさん演じるショーンという人も……最低最悪なんです。本当に最悪の男なんだけど、要は、何の希望も見出しようもない自分の実人生、そこからの逃避としての、あのビッグマウス・スタイル。

で、彼がただのビッグマウス・スタイルから、それを本当の暴力的な犯罪っていうのにつなげていってしまうきっかけっていうのはやっぱり、自分の実人生の救われなさを、逃げ場のない感じで突きつけられたからこそ、彼は(本物の犯罪に)走ってしまう、という。その切なさというのも、「おもしろうてやがて悲しい」感じっていうか……やはりこういうのがあるから、単に露悪的だったり覗き見的なだけではない、ちょっと大人な厚みがたしかにあるダークコメディー、人間ドラマにもなっている、ということだと思いますね。

あとはこう、主人公たちよりも上の社会階層を体現する、コーチ役。ジュリアンヌ・ニコルソンさんの醸す冷たいユーモア感みたいなものも、何気に僕は素晴らしいという風に思いますね。

■ちょっとダサめの80年代ロックのチョイスが「時代に取り残された感」を醸し出す

あと、音楽の使い方も非常に絶妙ですね。先ほど言った『グッドフェローズ』スタイル。当然、時代感を醸す表現として、ポップミュージックの数々がボンボンボンボンと、ほとんど切れ目なくかかっていく『グッドフェローズ』スタイルの音楽使い、っていうのもあるわけですけど。この『アイ、トーニャ』に関しては、時代感の表現としては、リアルタイム、90年代前後の選曲としては、実はちょっと古いわけですね。

ちょっと前の、ちょいダサ80年代ロック、ポップスがチョイスされていて……それこそがまさに、さっき言った主人公たちの、いわゆるホワイトトラッシュと呼ばれているような白人貧困層の、社会から取り残された立場、感覚っていうのを、しかしでも同時にポップにも表現しきっていて、非常に見事だ、ということだと思います。実際にさっき、最初の大会のシーンで流れたZZトップの『Sleeping Bag』とか、彼女の実際の選曲でもあるわけですし。あと、たとえばハートの『Barracuda』という、この曲が流れる。

これを流しながら、まさに『ロッキー4』ばりの……『ロッキー4』的な訓練シーンとか、本当に笑っちゃうあたりですし。あと、さっき言った超底なしのバカっぷり、クズっぷりを発揮するマヌケな襲撃者チームが、ローラ・ブラニガンの『Gloria』を聞きながら歌っている、というあたりのマヌケっぷりとかも本当に素晴らしいですしね。あと、個人的には、結婚式のシーンとラストの2箇所で流れる、ドリス・デイの『わたしを夢見て(Dream a Little Dream of Me)』というね。このラストのボクシングシーンっていうのが、非常に『フォックスキャッチャー』のラストにも通じるあたりですけども。

ドリス・デイの『わたしを夢見て』という美しいスタンダードナンバー、からのラスト、こちら! スージー&ザ・バンシーズの『The Passenger』という、このイギー・ポップのカバーの曲。これが流れ出す、このラストの切れ味。要は最後に、「クソくらえ!」っていうかね。人に何を言われようが、クソくらえ!っていう。まあ『グッドフェローズ』的な幕切れでもありますけどね。この幕切れの選曲の、切れ味の良さ。これも本当に見事な感じだと思いますね。これ、歌詞も合わせて聞くと本当にいいですね。要は、「流れ流れて旅をしているんだけど、この全ての満天の星は私のためにある」っていうようなこの感じが、実にグッとくる選曲になっているんじゃないですかね。

スポーツ技術そのものの尊さが、たしかに刻印されている

で、特にこのエンディング周辺で際立ってくるのはですね。これは実はオープニングでもはっきりセリフで宣言されていることでもあるんですが……要するに最初と最後で、はっきりとテーマとして宣言されていることでもありますけども。トーニャ・ハーディングの生い立ちと、成功と没落の物語は、昨日の特集でかけたチャイルディッシュ・ガンビーノの曲じゃないですけども、まさに『This Is America』な、現代アメリカ社会構造を全て象徴するようなストーリーとして、少なくともこの映画は提示しているわけですね。

と、同時にですね、トリプルアクセルをできるスケーター、それでなおかつ映画でスタントしてくれるスケーターなどはいないから、当然特殊効果は多用していますが、猛特訓の甲斐あってどのカットでも完璧に、トップスケーター役として本当に様になっているマーゴット・ロビーによる、スケートシーンの迫力、美しさ。そしてエンドロール。実際にそのトーニャ・ハーディングがトリプルアクセルを決めた、その大会の映像。そこにはたしかに、周囲のゴタゴタとか、なんなら本人の人格とも関係ない、スケートそのもの、スポーツの技術そのものの尊さ、輝きが、たしかに刻印されていて。その落差にまた、深い感慨がわいてくるという。

本当に、リスペクトと客観性、笑いと悲しみ、コメディーと悲劇、ジャーナリズムとフィクション、みたいな……この全てが、非常に大人な多層性と、絶妙なバランスを持ってキープされた、非常によくできた、そしてなおかつ結構誰が見ても——この99%の絶賛もわかるぐらい——結構誰が見ても「面白い」と思えるんじゃないか、っていうぐらい、久々に文句なしに、どなたにもおすすめできる一作です。ぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。