お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ
  • 音声あり

宇多丸『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』を語る!【映画評書き起こし 2018.5.11放送】

アフター6ジャンクション

宇多丸:
さあ、ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは先週にランダムに決まった映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を20分以上に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。それでは今夜評論する映画は、こちら! 『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』!(曲が流れる)

『アイアンマン』『キャプテン・アメリカ』『マイティ・ソー』などマーベル・コミックのヒーローが集結するアクション大作『アベンジャーズ』シリーズの第三作。おなじみのヒーローたちに加え、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』『ドクター・ストレンジ』『スパイダーマン:ホームカミング』『ブラックパンサー』からも主要ヒーローが参戦。宇宙最強の敵サノスに立ち向かっていく。監督は『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』などを手がけたアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟ということでございます。

ということで、この超話題作『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』を見たというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。メールの量は、多い! 新番組『アトロク』になって最多、ということでございます。やはりさすがにね、みなさん大好きMCUにして超大作というか、話題作ですからね。賛否の比率は褒めのメールが9割。それ以外が1割。圧倒的にみんな褒めているんだ? へー。主な褒めている意見は「シリーズ最多のキャラクター数ながらも、それぞれの見せ場、役割、世界観がちゃんと描かれていて、ルッソ兄弟の交通整理力が半端ない」「ヒーローの活躍も見どころだが、今回の真の主役はやはり悪役のサノス。やっていることは大虐殺だが、信念を持って行動する姿にかっこよささえ覚えた」。

もともとMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)が好きな人からのメールが多い中、MCUファンじゃない人も「細かいことはわからないが何かすごい映画を見た」と圧倒された模様。一方、否定的な意見としては「映像の迫力やスケールの大きさにストーリーがついていっていない」「18作かけて積み重ねてきたヒーローの個性がサノスという大きすぎる悪役に文字通り潰されてしまっている」というようなご意見もございました。

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「頭巾」さん。「『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』、IMAX3Dでウォッチしました。大傑作です。ここまで徹底的にやりきってくれるとは思いませんでした。10年の歴史を積み重ねてきたシリーズのひとつの到達点として、ヒーロー映画として、アンサンブル映画として見事としか言いようがありません。(次作の)『アベンジャーズ4』次第では、いや、これ単体の功績だけでも映画史に残るレベルなのではないでしょうか? やはり悪役のサノスにつきます。ただただ最低最悪。ひたすらに極悪非道。そんな彼を緻密に多面的に人間臭く描き出すことで、作品にこれ以上ない説得力が生まれていたように思えます。『ブラックパンサー』のキルモンガーに続く最高のヴィランだと思います」。

MCUはちょっとヴィランが弱いっていうのはありましたけど、ここに来て立て続けに人気ヴィランがいっぱい登場した。「……いまはただ、MCUの黙示録を作り上げるという偉業を成し遂げたルッソ兄弟、マーベル、関わったすべての人々、そしてサノスに拍手したいです。最高でした。『アベンジャーズ4』が待ち遠しいです」という頭巾さんでした。一方、ダメだったという方。「いがぐりガンゾウ」さん。「結論から申し上げますと、(MCU全作品を見ているけれども)この作品を『アベンジャーズ』と認めることができませんでした。『アベンジャーズ』という映画の本質はそれまでに別々の作品で主役を務めたヒーローたちが一堂に会することで生まれるのだと理解しています。前二作にはそれがあった。一方でこの映画にはそれがない」という。

ただまあ、(次作で語られるはずの)後半もありますからね。そのへんはね。「……この映画の主役はサノスなんだと思います。そういう意味ではむしろ『サノス/インフィニティ・ウォー』や『サノスくんの冒険』というタイトルをつけるべきだったのではないでしょうか?」という。まあ、サノスが中心すぎるんじゃないか?っていう。まあ、言っていることはある種同じかもしれませんけども。はい、ということで『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』、私もT・ジョイPRINCE品川でIMAX字幕3D、TOHOシネマズ錦糸町で吹き替え2D、そしてバルト9で字幕2Dと、3回見てまいりました。

■10年間、「布石」を置き続けてきたMCUの大計画

ということで紛れもなく、マーベル・シネマティック・ユニバース、この10年間の集大成ですね。なにしろマーベル・コミック最強の悪役であるサノスが、この映画シリーズ、MCUでもラスボスで。それぞれのお話で奪い合っている、単体の作品の中ではよくあるマクガフィン……「それ自体に意味はないお宝」として奪い合っていたあのお宝の石が、最終的にはひとところに集まっての、サノスとの最終決戦になっていきますよ、という布石を、本当にこの10年間、ずーっと置き続けてきたわけですからね。ということで、そう考えると長年、まさに「布石」を着々と置き続けてきた……。

そして、置き続けてきたことで、以前は不可能と思えた大計画……そもそもこの、アメコミ映画の大興隆自体が(MCUの成功以前は)ここまでは考えられなかったし、『アベンジャーズ』みたいなクロスオーバー作品も考えられなかったわけで。それを、布石を置いていって成し遂げたケビン・ファイギさん。「MCUのいちばん偉い人」っていう感じで覚えておいてください。製作のケビン・ファイギこそが、サノス的存在というね。ただまあ現実には、そのケビン・ファイギの先に、もっと「本当のサノス」とかいるんだと思いますけどね(笑)。はい。ということで、「ケビン・ファイギ、偉い!」っていうことですね。

この究極の大舞台を任されたのは、監督のアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟、そして脚本はクリストファー・マルクス&スティーブン・マクフィーリーさんという、要は『キャプテン・アメリカ』の、特に大傑作『ウィンター・ソルジャー』、そして『シビル・ウォー』……これは僕が2016年6月4日にやった評が公式書き起こしで読めますので参照していただきたいですが、その『ウィンター・ソルジャー』『シビル・ウォー』のチーム、ということですね。先ほどのメールにもあった通り、『アベンジャーズ』成功の立役者であるジョス・ウェドンに負けず劣らずの交通整理力……。

何人ものキャラクターを、「こういうのを見たいな」っていうファン的な希望にも的確に応えつつ、それぞれしっかり立てて、しかも無理・無駄なくストーリーをテリングしていくという交通整理力に加えて、これはまさにルッソ兄弟ならではの「映画力」……動きと空間をダイナミックに連ねていくアクション演出。しかも、複数のキャラクターが入り乱れても観客を決して混乱させない、僕の造語で言う「映像的論点」「映像的争点」が非常に明確な、非常に優れたアクションシーン演出などなど……が買われての、このチームの起用ということで。もちろんこれは全MCUファン、納得しかない人選ですよね。もう彼らに任すなら間違いない、っていう感じだと思いますけども。

■ヴィラン(悪役)「サノス」を主軸としたシンプルなストーリー

とは言え、『シビル・ウォー』の時点ですでに、僕はその評の中でも言いましたけど、主要登場人物の数的に、そろそろちょっと臨界点なんじゃないか?っていう風に、もう『シビル・ウォー』の時点で思えた、クロスオーバー路線。下手すりゃ『インフィニティ・ウォー』、今回の規模になると、収拾がつかないことになりかねない。普通だったら絶対になっているところなんですけども、さあ今回の『インフィニティ・ウォー』はどうだったか? 一応、先ほども言いましたが、隠されていることじゃないんで言いますけども、この後にさらにこの話の続きにして完結編の、仮のタイトルでみんな『アベンジャーズ4』と呼んでいますけども、まだ正式タイトルはついてませんが、それが2019年に控えているので。今回はまだ、話は途中です。終わっていません。

真の評価は、次作が公開された後に確定する部分もあるとは思いますが、とにかく今回の『インフィニティ・ウォー』、普通だったら収拾がつかない、クロスオーバー路線もかなり限界まで来ているんじゃないか?っていうさらにその先、に行っているわけですけども。今回、どうしたか?っていうと、割と大胆にヴィラン側、悪役側の、サノスの物語をはっきりとメインに置くことで……メールでもみなさんがおっしゃっている通りです。事実上、今回の主役はサノスと言っていいぐらい。本当に『サノス/インフィニティ・ウォー』でいいぐらい、メインになっている。なので、それゆえに、たとえば『シビル・ウォー』……ヒーロー同士の思想的対立、行き違いからの仲間割れっていう話だった『シビル・ウォー』と比べると、ストーリー自体はすごくシンプルになっている、ということですね。対立構造がめちゃめちゃシンプルなんで。

■コミック版に忠実なサノスの性格設計

まあ、オープニング……ネタバレにならないようにしましょうね。『マイティ・ソー/バトルロイヤル』のエンディングからの続きで、「これまでのMCUのお約束が、今回は通用しない」っていう、今回のルール設定を的確に提示する。たとえば、サノスの戦い方が、単に力ずくじゃない。ちゃんとフットワークを使って、ハルクの格闘スタイルに合わせて、しかも的確にパンチを、膝を叩き込んでいくあのファイティングスタイルで、「あ、コイツ……!?」っていう。見た目のバカっぽさに対して(笑)、実はその感じじゃない、みたいなのも含めて、序盤でまずそういうの(今回の作品のルール設定)を的確に提示しつつ……基本、そのサノスっていう悪役がいろんなところに行っては、全部集めると全能になるという、インフィニティ・ストーンという石を6個集める。

それを、要はあちこちに行っては、脅し取るわけです。「渡さないとこいつを殺すぞ!」「ギャー!」「待てーっ!」っていうこのくだり。基本、この構造が繰り返されるんですけども。で、その過程で彼、サノス側の動機……まあ、超過激な環境保護主義というか、あるいは『ウォッチメン』で言うオジマンディアス的な、「上から目線管理者イズム」というか、が明らかになっていく、意外なほど人間的な、というかウェットですらあるドラマが描かれていく、っていうことですね。そう考えると、改めて『ウォッチメン』という作品の、アラン・ムーアの圧倒的先進性に驚かされてしまいますが。

で、この最強最悪、完全に狂っているんだけど、実はむしろ人一倍エモい、というこの感じは、たしかに元のコミック……たとえば『インフィニティ・ガントレット』、元ネタになっているコミックをちゃんと踏まえたもので。サノスっていうのは、もともとそういうキャラクターだったという。そして、なるほどこのドラマ性をしっかり表現するためにこそ、見た目はこれ以上ないほどコミック的フィクション性が高いキャラクター──『エイジ・オブ・ウルトロン』で、ヴィジョンっていうキャラクターを完全実写化した時点で、僕は一線を超えたと思いますが──非常にコミック的フィクション性が高いキャラクターに、あえてジョシュ・ブローリンなんていうド渋なキャスティングをするあたり、これが必要だったんだな、っていうことを改めて納得させられるような、今回非常に、いわゆる「重厚な熱演」を見せていますよね。

 

■監督・ルッソ兄弟の手腕が堪能できるスコットランド・エディンバラの場面

ということで、人間ドラマ的な要素はサノスを中心に進めつつ。じゃあ肝心のアベンジャーズたち、ヒーローたちはというと、今回の『インフィニティ・ウォー』という映画では、ヒーローたちの見せ方は、主に2点に絞っているわけです。まず「ヨッ! 待ってました!」的な、登場場面のケレン。あと、「あのヒーローとぉ、あのヒーローがぁ……ウーン! こんなに合うなんて〜!」的な(笑)、まさに『アベンジャーズ』らしい、クロスオーバーの楽しさを醸すような会話とかアクション。もうこの2点。出てきた瞬間のケレンと、組み合わせの妙というこの2点に、ほぼ見せ場が絞られていて。で、入り組んだドラマみたいなものは、完全に背景というか、後景化しているわけです。

その分、むしろMCUビギナーも雰囲気だけで乗れる……要するに、これまでの経緯とかっていうのは後ろになっちゃっているので、雰囲気だけで乗れる、わかる、っていう作りにはなっているかもしれません。あと、クロスオーバーになる『アベンジャーズ』シリーズはいつもその傾向があるんだけど、単体作品よりも、それぞれのキャラクターが実はやや単純化、ややわかりやすくデフォルメされているっていうチューニングが、どのキャラクターも微妙にされているんですよ。なので、よりわかりやすくなっている、というのはあると思います。

で、たとえば、いかにもルッソ兄弟らしい見事なアクション演出と、さっき言った「ヨッ! 待ってました!」っていう登場のかっこよさが堪能できるシーンとして……僕はここがやっぱり名シーンだと思いますね。エリザベス・オルセン演じるスカーレット・ウィッチと、人間コスプレをしたポール・ベタニー演じるヴィジョンが、潜伏っていうか、アツアツ密会旅行している(笑)スコットランドのエディンバラのシーン。で、そこに、サノスの配下であるブラック・オーダーっていうのが襲撃をかけてくるわけですけども。

本当にこれはルッソ兄弟的……特徴的な空間を次々に移動しつつ、位置関係がこんがらがらない。たとえば、ヴィジョンは高い位置にして、スカーレット・ウィッチはその下の地面で戦っているんだけど、途中でヴィジョンの黄色い光線が、ビーッてこっちのスカーレット・ウィッチのいる側に射すことで、その位置関係とか距離感っていうのが、改めて観客にも確認できる、というような。まさにルッソ兄弟的な、空間の特徴、位置関係を生かした映画的アクション演出、これがあるわけです。そしてそこで、追い詰められたと思われたスカーレット・ウィッチの、その後ろ側を横切る列車……と、その向こうに見える影……からの、キャプテン・アメリカ登場!っていうところ。

しかも、キャプテン・アメリカがヒゲを生やしていて、お尋ね者の身になって長いんだろうなっていう、だからこそのちょっと汚れ感。これもまた、要はビジュアルですでにドラマ性を帯びさせつつ……そこに間髪入れずアンソニー・マッキー演じるファルコンが来て。さらにグッと来るのは特にこれですね。スカーレット・ヨハンソン演じるブラック・ウィドウとキャプテン・アメリカの、まさに阿吽の呼吸の、連携プレー。槍をポンポンってタッチしあって……これがですね、「ああ、茨の道、逃亡者の道を、共に歩んできたこの数年間で、さらに同志感が高まっている!」っていう感じが、要はアクションだけで、歴史性とかドラマ性とかを一種表現しきっちゃっているというあたり。これぞMCUだし、これぞルッソ兄弟、そしてこれぞ映画!っていう場面で、本当にもう、ここは名場面だと思います。あとは画面の色合いを抑えたトーンなど、いちばんルッソ兄弟らしい場面は、このエディンバラのシーンだと思います。

■『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『ブラックパンサー』との合流もスムーズ

また、個人的には実は非常に大きな懸念事項だった、みんな大好き我らが『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』組との合流ですね。正直、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はスペースオペラだし、キャップがやっている『ウィンター・ソルジャー』みたいな、そういうポリティカルサスペンスの世界とかと合うわけがねえだろ?って……まあ、今回も(そこの乖離に関しては)合っているのかどうかはちょっとわからないですけども(笑)。とにかくそこをいちばん心配していたんだけど、途中に『マイティ・ソー/バトルロイヤル(ラグナロク)』という去年の作品……完全に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』的な、ポップなスペースオペラ、あるいはポップなコメディ方向に舵を切ったその一作を挟んでいるということもあって、意外なほどスムースに着地している。

サノスメインの話なので、当然ガーディアンズ・チームが絡んでくる余地がいちばん高いんですね。結構『ガーディアンズ3』級にガーディアンズの余地は高いと思うんだけど、『ガーディアンズ』本来のクリエイターであるジェームズ・ガン的な、オフビートな会話ギャグ感みたいな……そしてそのオフビートなギャグ感、照れ隠しの向こうにあるエモーション、みたいなものを完全にトレースしているのが、なかなかよく考えると、「これ、ルッソ兄弟が撮っていると考えると結構すげーな!」みたいな。本当にジェームズ・ガンが撮っているみたいに見えるあたりも、結構すごいことだと思うし。

あと、これもクロスオーバーの部分で、同様に「キターッ!」感がね、いちばん直近のメガヒット作なだけに半端ない……いきなりあの「タタター、タタター、タタター、タタター♪」ってテーマ曲とともに、ワカンダ王国がドーン!って出るというね、『ブラックパンサー』のくだり。これ、3月18日に評しましたので、その書き起こしを読んでいただきたいんですが。そこの『ブラックパンサー』チームとの合流もこれ、『ブラックパンサー』の作品が完成する前に、ある意味同時進行的に撮っているので、どんな作品になるかは知らないままルッソ兄弟は撮っているはずなんだけど、これもやっぱりちゃんと、(『ブラック・パンサー』監督である)ライアン・クーグラーとのすり合わせが実にスムース。

ちょっとスムースすぎてか知らないけど、クライマックスでの野っ原の大合戦シーン、『ブラックパンサー』のクライマックスと画的に……つい最近見た感じが、つい最近も似たような棒倒しっぽい感じのを見た気がするな(笑)、っていう気がするんだけど。ともあれ、特にドーラミラージュという、あの王についているスキンヘッドのアマゾネス軍団の隊長オコエがしっかり、要はティ・チャラ王子級の重要キャラというか……超人じゃないんだけどさ。オコエもちゃんと、重要キャラとして前に出てきて。あまつさえ、オコエがアベンジャーズの女性組としっかり共闘して女性ヴィランを倒す、という見せ場も抜かりなく用意されているあたり。いやー、MCUは隙がない、抜かりがないなと、改めて思い知らされるあたりですよね。

また、さっき言ったその野っ原での大合戦は『ブラックパンサー』でも見た感じかもしれないけど、その後に、ちゃんとその野っ原の裏っていう空間・位置関係を客にもわからせた上で……肝心のサノス登場のくだりは、その野っ原の裏手の、木立に囲まれた、基本一本道な空間、だから「一人ひとり倒していく」という(流れが自然な)空間の中に、改めて仕切り直して。要はストーリーテリングをビジュアル的にもタイトにまとめている、というあたり。これはやはりルッソ兄弟ならではの映画的舞台だてのセンス。さすがですね。やっぱり一枚上手だなっていう感じがしますね、ルッソ兄弟ね。

あとはもちろん序盤。たとえばニューヨークで、トニー・スタークとドクター・ストレンジたちが異変を感じて表に出てみると、ブワーッと風が吹いていて。そこからずーっと路地を曲がるところまでワンカットで行くところの、非常にリアルな流れ、怖さの感じ。これも非常にすごかったですし。みたいな感じで、とにかく最終的には……これは言いませんけど、まさに「衝撃の展開」になっていくというあたり。まあ、どうなっていくかはぜひご自分の目で目撃していただくとして。本当に、まさかこの男の、この表情のアップで暗転、エンドクレジットだなんて、想像もしていなかった。ただこの終わり方は、お話の着地としてはぜんぜん違うんだけど、先ほどから言っている原作コミック『インフィニティ・ガントレット』のラストの余韻の感じの再現だな、っていう風には思いました。

■好みとしては「ウェットすぎるし、やや鈍重」

ただ正直、これは僕のあくまでも個人的な好みです。それからすると……この『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』という作品、大変よくできているのはわかります。ただ——僕の好みで(言えば)ですよ——ちょっと、いくらなんでも全体のトーンが、ウェットすぎる、というのは気になりますし。あと、これは『シビル・ウォー』ぐらいの時にもちょっと言った苦言ですけど、やっぱり、見せ場を盛りすぎて、鈍重になっているところもあるとは思う。たとえばソーが武器を作るくだりとかに、あんなに尺を割く必要はあるのかな? とかね。

あとはさっき言った、「こいつ、殺しちゃうぞ」「ギャー!」「待てーっ!」っていうくだりが、3回繰り返されるのとかはちょっと正直、「あ、またそんな似たようなことやるの?」みたいに思ったりもしたんですけども。ただですね、「こいつ、殺しちゃうぞ」「ギャー!」っていう……脅して、「待て!」って言って、石を渡しちゃう、ていうこのくだりの3度目。あの人が、あの石を渡しちゃうくだり。「えっ、渡しちゃうんだ?」って思ったんだけど、それこそが、明らかに次作『アベンジャーズ4』以降、「1400万分の1」の可能性でアベンジャーズたちが勝てるのか?っていう、まさにそのポイントでもあろうから、ひょっとしたらこの繰り返し、繰り返しも意味があるのかな? とかね。

まあもう製作陣は、ずっとたぶんいま『アベンジャーズ4』を製作していると思いますけども、次作の完結編は全くトーンが異なる……要するに、それぞれトーンが違う独立した作品だから(二作に)分けたんだっていう(風に、製作陣がインタビューなどで)言っているんで。なので、ひょっとしたら次の作品を見れば、さかのぼって本作のウェットさとか重さみたいなものも、「ああ、あれはあれで1個手前としてはありだった」っていう風になる可能性が、むしろ高いと思います。そんなことは百も承知で作っている可能性が高いと思っている。

■来年公開の『アベンジャーズ4』に期待すのは、「ヒーローならではの正しさゆえに、勝つ」姿

ただこれは、完全にここから先は『アベンジャーズ4』に向けた、1ファンとしての、1ヒーロー映画ファンとしての願望ですが。願わくば、サノスというキャラクターの、圧倒的なその力の論理。要は、「強けりゃなんでもいいんだ」っていう。強さでどんどんねじ伏せていくわけですから。その圧倒的な力の論理。プラス、さっき言った上から目線の管理者論理ですね。「だってオレがなんとかしてやんなきゃ、お前ら自滅すんじゃん?」っていう、まさにオジマンディアス的な、上から目線の管理者論理。そういう、要はヴィランなりのロジックというものに対して、僕は願わくば『アベンジャーズ4』では、ヒーローたちが単により強い力を手に入れてやり返すとか、たまたま幸運が味方して勝てるとか……まあ大抵のアクション映画とかは、実はこれで終わっちゃっているんですね。「より強い」か「たまたま勝っている」か、このどちらかなんだけど。

そうじゃなくて、そういうのを超えて、「ヒーローならではの正しさ、ゆえに勝つ」っていう物語的なロジックが、しっかりある着地であってほしい。サノスという(悪役が)、それなりに筋も通っていて強くてっていうのに対して、ヒーロー側が、「いや、そうじゃなくて、ヒーローはこうだからヒーローであって、だから強い。そして、だから存在意義があるのだ」という、ロジック的にもちゃんと着地した物語であってほしいという。これは、かなーりハードルが高い願いではありますが。まあMCUならぶっちゃけ、その程度のことは考えた上で、2008年の『アイアンマン』から始めている可能性はあるぞ、ぐらいに思っております。

あと、これはもう完全にファンならではの、「おめー、うるせえな!」っていう要望ね(笑)。ちょっとさ、最近アイアンマンスーツとかさ、あとスパイダーマンの今回の新しいスーツもそうだけど……まあ、ブラックパンサーのこの間の映画の(結末で描かれたように)、(世界中が)ワカンダのテクノロジーを手に入れたからかもしれないけど、こうやってシューッてさ、勝手に「変身! シューッ!」って(スーツが)くっついちゃう感じ。自然装着型になっていて、メカっぽさとか、言っちゃえばリアルっぽさみたいなのが、もはや全くなくなっていて。僕、正直あんまりあれ……アイアンマンはもうちょっとメカっぽい方が好きかな、とかね。これ、すいません! ただの好みです。すいませんね。

ということで、とにかくこれ、はっきりとしているのは、こんなのを10年間……『アイアンマン』一作目からずーっと僕も並走して見てきて、継続して楽しめて。その結果、こんだけ素晴らしい大舞台でクライマックスが用意されて。その全てをリアルタイムで楽しめるなんて! やっぱりこれは、MCUが盛り上がっている時代に生きててよかったな、っていう。ましてたとえば、初期の頃はまだ10代前半とか子供だった人が、大人になって、いま『インフィニティ・ウォー』と出会って……なんて幸福な流れなんでしょう!っていう。MCUがあってくれて本当によかったと思います。本当に、『アベンジャーズ4』をやったらさらに(評価を)上方修正するかもしれません。ぜひいま見るべき、エンターテインメントの最前線です!

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

来週の映画は『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』です。

++++++++++++++++++++++++++++++

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!