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2018.3.6 火曜日18:03 放送ログ 音声あり 【映画評書き起こし】宇多丸、『ブラックパンサー』を語る!(2018.3.10放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今夜扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『ブラックパンサー』

(The Weeknd, Kendrick Lamar『Pray For Me』が流れる)

『アイアンマン』『アベンジャーズ』などのマーベル・シネマティック・ユニバースの第18作目。すでに『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で顔見せしていたヒーローの初単独映画化。アフリカにある超文明国ワカンダの国王だった父を失ったブラックパンサーが、国の秘密を守るために世界中の敵と戦う。監督は『クリード チャンプを継ぐ男』などのライアン・クーグラー。主演はチャドウィック・ボーズマン、『それでも夜は明ける』のルピタ・ニョンゴ、『クリード』のマイケル・B・ジョーダンなど、ということでございます。

ということで、この映画をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多い」! そりゃそうでしょうね。賛否の比率は7割が「賛」。普通が2割。残り1割が否定的な意見ということでございます。褒めている人の意見では、「伝統的な面と科学の進んだ面を併せ持つワカンダの世界観を見ているだけで楽しい」「差別問題、社会問題に対しても非常にバランスの取れた描き方をしているのでは」「主人公を取り囲む女性キャラクターたちが魅力的」などなど。さらに多くの人が、今回の悪役キルモンガーをMCU最高の悪役として高く評価している。

一方、否定的な意見としては、「アクションシーンがわかりづらく、新鮮さに欠ける」「主人公に魅力が足りない。脇役ばかりに目が行ってしまう」「同じ王族アクション物の『バーフバリ』と比べてみると見劣りしてしまう」……もう、そういうこと言うなよっていう(笑)。「キルモンガーの肌が気持ち悪い」。これはスカリフィケーションっていう身体装飾をしているわけですね。肌の上にボツボツをやるというね。ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。

■「彼こそが王の中の王、ヒーローの中のヒーロー!」(byリスナー)

「ふたりはオルゾフ」さん。「『ブラックパンサー』を鑑賞してまいりました。結論からいえば、めちゃめちゃ面白かったです。極彩色のアフリカ民族衣装と、未来的SFの融合したガジェットデザイン。とにかくワカンダの世界観が魅力的で、これだけで料金分の元を取った感じがします。ワカンダに移住したい。それがかなわないなら、ティ・チャラ陛下を称えたい! ヒーローとヴィラン、2人の生い立ちがそのままアフリカとアメリカの黒人の歴史に重ね合わせられ、極悪人であることには違いないはずのヴィランの境遇にも、それはそれで共感をさせられてしまう。脚本の巧みさとヴィランを演じたマイケル・B・ジョーダンの新境地だと思いました。

一方で、ヒーローであるティ・チャラ陛下の葛藤も共感できるものでした。自分が生まれるよりもはるか前からずっと先送りされてきた問題に対し、自らが落とし前をつけなければならなくなってしまった世代の苦悩とでも言うか。先祖たちが先送りしてきた決断も、父親の過ちも、そして自分の影の存在であるヴィランの想いも、全てを受け入れた上で未来に向けて前向きな覚悟を決める。彼こそが王の中の王、ヒーローの中のヒーローです。ワカンダ・フォーエバー!」ということですね。

一方、ダメだったという方。「福岡出身埼玉育ち」さん。「『ブラックパンサー』、監視してきました。出てくるガジェットやアクションシーンは楽しめました。アクションシーンが暗いシーンが多かったのは残念でしたが。ただ、やっぱりMCUのいままでの流れを見ていると、この作品には不満があります。『シビル・ウォー』で問われたこと、『ヒーローをどう管理するのか? ヒーローの超人的な能力をどう管理するのか?』という問いに対して、今回の『ブラックパンサー』は全く無視をしているように思えました。

『専制君主制の国だからそんなことを言っても仕方ないじゃん』と言われればそうなんですが、ティ・チャラが国王になり、返り咲くプロセスが、要はより強い力を示せればいいだけであって、その正統性が示されていないのでは? と思ってしまいました。最後のある演説も、『各国の意向も関係なく、力で介入するぜ』という風に聞こえ、要は『倫理的・政治的に正しければ力で押し切っても問題ない』と躊躇なく言っているように聞こえます」ということでございました。

■品川のフルサイズIMAX 3Dで見ると評価がさらに何割か増し

ということで、『ブラックパンサー』。行きましょう。私も言いたいことがいろいろございます。TOHOシネマズ六本木で字幕2D、T・ジョイPRINCE品川でIMAX字幕2D、TOHOシネマズ錦糸町で吹き替え2D、そしてユナイテッド・シネマ アクアシティお台場で「スクリーンX」字幕2Dという4方式で見てきたんですけども。このスクリーンXっていうのは韓国発の上映方式で、正面のスクリーンと両脇の……スクリーンというか実際には壁なんだけど、三面に投影するという――まあ、場面は限られているんだけど――三面に投影するという、ちょっと往年のシネラマを彷彿とさせるというか、シネラマ簡易版みたいな感じの上映システム。まあ、一度は体験してみるのも乙ではないでしょうかね。ちなみに、あんまり前に座ると全く意味がないというのを私、身をもって体験しました(笑)。「よし、これは没入感だ!」と思って前に座ったら、前面のスクリーンしか見えなくて。「これじゃあダメだ!」っていうんでね、後ろに移らせてもらいましたけどね。

ただまあ、やはりというか、いつも同じことばかり言って申し訳ないですけども、僕が見比べた中ではやっぱりですね、品川のIMAXが段違い。最高! 評価がさらに何割か上がる勢いで、最高でした。特に今回の『ブラックパンサー』はですね、たとえば最初に乗り物でワカンダ国に空からワーッと入っていくところとか、あと滝のところでの王位継承の儀式。で、人がワーッと周りの崖の上に立っているショットとか。クライマックスもそうですけど、とにかくドーン! と広い空間ありきで見せる場面が多いので、非常にこのIMAXが、より効果的でした。なので、ぜひ機会があったら品川のフルサイズIMAXで3Dでご覧ください、っていう感じなんですけども。

■ライアン・クーグラー監督にとっての「リッキー・コンラン戦」が本作

ということで、まあとにかく、もはやここの説明は飛ばしてもいいでしょう……マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の最新作。にして、僕的にはなによりも、あの大・大・大傑作、『クリード チャンプを継ぐ男』のライアン・クーグラー脚本・監督最新作でもある、ということですね。僕が『クリード』をどれだけ高く評価しているのか?っていうのは、これもあちこちで言っているので省きますが。僕はとにかくこの『ブラックパンサー』、アメコミ映画史観とかMCU史観以上に、「ライアン・クーグラー史観」「クリード史観」で見てしまう、というのがございましてね(笑)。まあ、ライアン・クーグラーさん。長編デビュー作は2013年の『フルートベール駅で』という、これはもう完全に低予算。モロにインディペンデント作品なわけですよね。

で、その前から温めていて、スタローンにも持ちかけていたその『ロッキー』のスピンオフ企画というのを、熱意で口説き落として。『フルートベール駅で』を撮ってからもう1回、口説いて……当たり前ですよね。長編を1本も撮ったことがないやつがなんで『ロッキー』のスピンオフを撮るんだ?って、当たり前なんだけど(笑)。『フルートベール駅で』を「こんなの、撮りました」って持っていって、口説き落として撮った『クリード』で、要は一気に桁が違うような大試合に出て。で、見事に大成功を収めた。と、思ったら、そこに1本の電話が……「もしもし? 君、世界チャンピオン戦、やってみないかい?」と。それでMCU最新作。

つまり、ライアン・クーグラーにとってこの『ブラックパンサー』はですね、アドニス・クリードにとっての、リッキー・コンラン戦なわけですよーっ! わかりますか?(笑) これ、『クリード』は見ておいてくださいね。要は映画『クリード』の中で3回、試合が描かれているじゃないですか。メキシコでの試合と、中盤でのレオとの試合、そしてコンラン戦。だから、レオとの試合が『クリード』だと思ってください。で、アドニスはその次にいきなり世界トップと戦うことになるわけじゃないですか。それと同じで、もう才能があるのはわかっているとはいえ、まだ長編三作目なんですよ。この人は。なのに……もちろん大がかりなVFXとかも使ったことがあるわけがない若手に舞い込んだ、一世一代の大舞台ということなんですよね。

■ホップ・ステップ・ジャンプに成功。ライアン・クーグラー史観で言うと文句なし!

しかも、最近この手の、もちろんインディー作家の気の利いた人をフックアップして大作を任せる、というのはいっぱいあるけど、かならずしもいい結果ばかりを生んでいるわけじゃない、っていう例もあるじゃないですか。たとえばそれこそ、今回も出ているマイケル・B・ジョーダンが出演している、『クロニクル』のジョシュ・トランクがフックアップされた、『ファンタスティック・フォー』。マイケル・B・ジョーダンも出ていますよ。そしたらもう、大変な……製作時のドタバタも含めて、非常に悲惨なことになっちゃった。そういう例もあるだけに、僕は、いいですか? もう完全にライアン・クーグラーとアドニス・クリードを重ねて見ていますから。もう本当に、アドニスvsコンラン戦のように、「結果勝とうが負けようが、俺はどこまでもお前の味方だぜ! 仮に今回失敗だとしても、俺は絶対に悪く言うやつは許さねえ!」ぐらいな気持ちで勝手にいたわけですよ(笑)。日本にそういう、この熱意でいる人って……たぶんライアン・クーグラーは絶対に知らないし、知ったら引くと思うんですけど(笑)。

で、実際に出来上がった『ブラックパンサー』は、というと……まるでアドニス・クリードの苦悩を、善と悪、陰と陽の2つに分けたかのように……つまり、どちらにも深く思い入れずにはいられないようなヒーローとヴィランを始め、全てのキャラクターに、ちゃんと血が通っている。その、たしかな人間ドラマ演出力と……音楽のルドウィグ・ゴランソンさんや、編集のマイケル・P・ショーバーさん、あと、撮影監督、今回は『フルートベール駅で』のレイチェル・モリソンさんに戻ったりとかして、要はMCUなんだけど、結構馴染みのチームをきっちり呼んできて、その馴染みのチームが生み出す、映画としての若々しいリズム、パワフルさ、っていうことですよね。要するに、非常に的確かつ深い人間ドラマ描写力、演出力と、映画としての若々しいリズム、パワフルさ。このあたりは『クリード』で非常に証明済みな部分ですよね。

で、そこに加えて今回の『ブラックパンサー』は、一作目の『フルートベール駅で』……さっきも言いましたけど、非常にインディー作品です。非常に低予算の、まさしく「Black Lives Matter」運動ドンピシャな、社会派インディー作品ですよね。なんですけど、この『フルートベール駅で』にあった強いメッセージ性、社会へのアクチュアルな問いかけまでも、今度はこれ以上にないほどのビッグバジェット、ブロックバスター、ファミリー向け超大作であるこの1本に……要するに『クリード』と『フルートベール駅で』の2本を、三作目の超大作に昇華してみせた、という感じです。ということで、ライアン・クーグラーさんの長編三作目として、理想的なホップ・ステップ・ジャンプを、見事に決めてくれた。ライアン・クーグラー史観で言うと、まさしく僕は文句なし!の一作ですし。MCUおよびアメコミ映画史、ひいてはアメリカのエンターテイメント映画史においても、非常に大きな意味を持つことに後々もなっていくであろう一本に、堂々と仕上げてみせたということで。もうお見事! デキる子だとは思っていたけど、予想を超えてお見事! だったという感じですね。

■舞台は1992年オークランド。となればトゥー・ショート以外ありえない

まあ、順を追っていきますけどね。冒頭、おとぎ話風にワカンダ王国の歴史をおさらいするという……砂粒が立体的に変化して、というテクノロジー表現って、たとえば『マン・オブ・スティール』のクリプトン文明のあれとか、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVol.2』でカート・ラッセルが事の経緯を語る場面とか、あのへんにもちょっと通じるような感じで、これ自体はそこまでフレッシュというわけではないんだけど。

だし、冒頭でおとぎ話風にこれまでの昔話、ここまでの経緯を語る、これはよくある出だしっちゃあ、出だしじゃないですか。なんだけど、この『ブラックパンサー』の場合は、そのおとぎ話を――これはあえて言いませんけども――「誰が誰に語り聞かせていたおとぎ話だったか?」っていうのが、中盤以降に明らかになると、後追い的に「ああっ! じゃあ最初のあれは、この人がこの人に言っていたのか!」って。そう思うと、ちょっと後追いで涙が出てくるというか、ドラマ的伏線にもなっているという、非常に周到な作りになっております。で、そこから続いて、まだまだタイトルが出る前のアバンタイトルシーン……っていうか、タイトルは最後に出るんだけど、マーベルの会社のマークが出る前のシーンが続く。

1992年、オークランド。で、1992年のオークランドっていうことで、当然のようにトゥー・ショート「In The Trunk」という、要するに90年代オークランドといえば、それはもうトゥー・ショート以外あり得ない!っていう感じで鳴り響きだす。ここはさすがライアン・クーグラー。前作『クリード』でもさすがのヒップホップIQあふれる選曲をしていたというのもありますし。しかもライアン・クーグラーはオークランドが地元で、そこで育っていたということもあるらしいんですけどね。なのでだから、ひょっとしたらあそこにいる少年たちに、ライアン・クーグラーは幼き日の自分の思いも重ねているということかもしれないですね。

■「ワカンダよいとこ、一度はおいで」

で、そのプロジェクト(低所得者向け住宅)的な貧しいアパートの部屋には、ちょっとギャングスターのグールー似の、ウンジョブという主人公のおじさんにあたる人がいて。彼の急進的プロ・ブラック思想を象徴するかのように、今度はパブリック・エネミーのポスターが貼ってあったりとか。あるいは、テレビからはおそらく1992年ということを考えれば、ロサンゼルス暴動の報道的なものが流れていたりとか。作品全体のテーマと関わるようなモチーフが、すでにさりげなくあちこちに配置されつつ……実はこのアバンタイトルシーン全体も、中盤に明らかになるある展開の伏線であり、そしてラスト、着地点ともしっかりと対をなしている、という。やっぱり構成が非常に丹精なんですよね。

そこから一幕目に入っていくわけですけど、まずヒーローとしてのブラックパンサー自体は『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』ですでにお披露目済み、ということもあって、要は、「なんでこういうヒーローがいるのか?」とか、そういう説明は抜きで、割とサクッと登場、サクッと活躍してくれる、という感じだと思います。と、同時に、そこの活躍するシーンは、やっぱり現実にあるアフリカの、たとえば誘拐した女性を奴隷化しているとか、誘拐した少年を少年兵にしてしまうとか、そういう現実の問題もちゃんと押さえつつ。なおかつ、『シビル・ウォー』の時のティ・チャラ王子様の、ちょっとカタブツな感じから若干、親しみやすいボンクラ感込みのキャラクターに、早い段階で上手くチューニングをして。しかもそこで、オコエという親衛隊長との、カッタッパとバーフバリ的な関係性みたいなものもきっちり見せつつ……みたいな感じで。非常に端的に、キャラクターも描くし、社会背景も描くし、ということをポンポンポンっとやっていく。

で、そこから、なによりも今回の『ブラックパンサー』という映画の、大きな魅力のひとつでもある部分。これ、メールでも書いてらっしゃる方、多かったと思います。明らかにこれが今回の『ブラックパンサー』の、大きく言って2つある魅力のうちのひとつ。要は、ワカンダ王国というこの架空の国の、風習というか風俗が……実際のアフリカの様々な部族の習俗を本当に研究しまくってミックスした、ということらしいですけども……伝統的風習が超高度なテクノロジー文明と一体化した感じの国で、その描写が、一種観光映画的に、とっても楽しい。で、まあ、『バーフバリ』と比較する人もわかりますよ。「ワカンダ、フォーエバー!」って(劇中のポーズ付きで)こうやりたくなるという感じ、それはわかりますけどね。「ワカンダよいとこ、一度はおいで」っていう感じの、観光映画としても非常に楽しい。

■孤立主義で栄えるワカンダ王国に突きつける疑問

特に僕はやっぱり、あのオールスキンヘッドの女性親衛隊、ドーラ・ミラージュという軍団が本当に最高で。彼女たちが戦う場面になると、音楽がちょっとケチャ風になって、場面のアクションの温度がちょっとだけ上がるところとかも、本当に好きなんですけども。ダナイ・グリラさん演じる隊長オコエの、完全に『バーフバリ』における「カッタッパ感」が半端ない。後半で彼女がする苦悩のあり方も、非常にカッタッパと近いですよね。「忠誠か? それとも正義か?」みたいなところですよね。で、その一幕目。言ってみればワカンダ王国のブライトサイド(明るい面)、ポジティブな面というのを描いておいて……二幕目の前半では釜山での、予告でもいっぱい出てくるアクションシーンがありまして。これは非常に楽しいシーンですけども。

二幕目半ば、つまり映画の真ん中あたりで、それを一気に反転させてみせる。要するに「ワカンダはいいところ、楽園のような国だ」っていう風になるんだけど、実は、「ワカンダが楽園のような国だっていうことは……」って反転してみせる。要はワカンダというのは、極端な孤立主義の国であると。で、豊かさをシェアしない。他国を助けたりもしてこなかった、ということですね。要は、内部で自己完結しているから、たしかに「幸せ」で「豊か」なんだけど、っていう。しかし、現実の、外側の世界には、たとえばアフリカ系の人々が世界中で味わっているようないろんな苦しみ、ありとあらゆる意味での格差、人種差別から性差別から、とにかく取り返しのつかないほどいろんな歪みが、溜まりに溜まっているわけじゃないですか。

だとしたら、その孤立主義で成立するワカンダの「幸せ」とか「豊かさ」は、欺瞞と不正に目をつぶるということで成り立つ、まやかしなんじゃないか?っていうですね。どえらくハードな、なんなら正論でもある問いを突きつけてくるのが、今回の悪役。まさにアフリカ系民族がずーっと受けてきた苦しみと、そこから生じる怒り。さっき言った「世界の取り返しのつかないほどの歪み」というのを、一身に体現するかのような今回のヴィラン、エリック・キルモンガー! ということですね。そして今回のこの『ブラックパンサー』という映画の魅力。先ほど「ワカンダよいとこ、一度はおいで」、この楽しさが魅力の1個だと言いましたけど、もう1個は間違いなく、それと裏表の関係にあるこのエリック・キルモンガーというキャラクターの、圧倒的魅力にある、と言い切ってしまっていいと思います。

■本作の魅力のひとつ、マイケル・B・ジョーダン扮する「エリック・キルモンガー」

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)はわりとヴィランの存在感が薄め……まあ、(『マイティ・ソー』シリーズの)ロキぐらいですかね。あとは全体にヴィランはなんか、ただのやられ役みたいな感じだったんだけど、ここに来てついに、非常に存在感があるのが出てきた。演じているのはマイケル・B・ジョーダン。『クロニクル』にせよ『クリード』にせよ、『ファンタスティック・フォー』だってそうですけど、どっちかって言うと頭のいい、育ちのいい、「イイ子感」という雰囲気の人なので、ちょっとヴィラン(悪役)は大丈夫かな?っていう風に僕、事前には思っていたんですけど……まさにそのマイケル・B・ジョーダンの、「根はイイ子」感こそが、エリック・キルモンガーという今回の悪役キャラクターに、忘れがたい厚みを与えている、ということだと思いますね。

これ、さっきも言ったけど、アドニス・クリードがもし、アポロの奥さんに引き取られないで、ずっとあそこの養護施設みたいなところで生涯孤独のままいて、グレていたら……「アドニスがもしグレていたら、こうなっていたかも」って思うだけでもう、もうダメです、僕は。もう、「ううう……(泣)」っていう。さっきも言いましたけど、アドニス・クリードの、「チャンプを継ぐ男」としての重責とか、その不安とか。あるいは、かつてと違う、自分のレガシーを作るんだ!っていうその意気込みとかは、チャドウィック・ボーズマン演じるティ・チャラ。主人公、ブラックパンサーの方に託されて。一方で、これもアドニス・クリードの苦悩。つまり、「オレは“過ち”なんかじゃない!」っていう、なかなか認められてこなかった子供としての孤独。絶対孤独ですよ。孤独、そして悲しみ、怒りは、完全にこのエリック・キルモンガーの方に行っている、ということで。本当にアドニス・クリードを、陰と陽の2つに分けるとこのキャラクターになる、という感じですよね。

なので、エリック・キルモンガーはもちろん冷酷な殺人マシーンなんだけど、たとえば体にボツボツがついている、あれはスカリフィケーションっていう、自分で身体に痕をつけていくというやつですけども……アフリカの風習を悪い方に曲解した、というようなニュアンスも込めているということらしいんですけども……とにかくあれって、「これだけ殺してやったぜ」っていうワル自慢にも見えるけど、同時に、1人1人の死にちゃんと実は痛みを感じているっていうことなんじゃないか?っていう風に深読みをしたくなるぐらい、やっぱり彼、エリック側の心情が噴き出してしまう、途中の場面。これは完全に、アドニス・クリードが留置場にブチ込まれて、ロッキーの前で思わず涙を見せる場面と、本当に重なる場面ですね。

■内面が分裂したアンチヒーロー、キルモンガーは極めて「ラッパー的」キャラクター

ずーっと「タフさ」という鎧をまとっていた男の、その鎧がポロッと取れて。あのタフな男が、ポロッと泣いてしまう。つい、涙がこぼれてしまう、というあたり。もう、「マイケル・B・ジョーダンの強がりながらのベソ」は絶品ですね! もう、ご飯を何杯でもいけますね! 思い出すだけでもう、泣けてきてしまいましたね。ちなみに僕は、このエリック・キルモンガーのホットトイズから出るフィギュア、予約しました。届くのはなんと「2019年7月31日」という、気が遠くなりそうな日程なんですけどもね(笑)。とにかく、速攻で注文してしまったぐらいでございます。

とにかくこの、高い理想とか内面の繊細さを持ちながら、同時に、要は「ハードな現実を生き抜くためにはオレはいつだって手も汚すぜ!」という、ちょっと内面が分裂したアンチ・ヒーロー、というようなキャラクター。これね、僕は思うんだけど、すごくラッパー的なキャラクターっていうか、ラッパー好みのキャラクターなんですよ。たとえば、2パックしかり、あるいはケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』の中で描かれた、内面の葛藤からのポジティブな昇華もしかり。そのケンドリック・ラマーが2パックに心酔しているという、その流れもあるし。あるいはエミネムの、オルター・エゴがいくつにも分かれている感じもそうだし。

とにかく、内面はすごく高い理想を持って、ポジティブに生きたいと思っているし、そうしようとも思っているけど、同時に、「ハードな現実に染まってこうなっているオレ」「現実がオレをこうしたんだ!」っていう分裂した感じは、すごくラッパー的なんですよ。なので、すごく今っぽいヴィランであり、アンチ・ヒーローだと思うんで。とにかくこのエリック・キルモンガーが、本作の魅力を決定づけていることは間違いないと思いますね。見事な造形だと思います。

■本作を見て育った子どもたちにとって大きな意味を持つ一作

ということで、とにかくヒーロー側にせよ、悪役側が提起してくる問いにせよ、全体にはっきりと、特にやっぱりアフリカ系アメリカ人であることの現実、負わざるをえない苦悩の部分と、それと同時に、その苦悩に飲み込まれずに、なんとか持つべき誇りとか希望を描く、っていうのがはっきりとテーマ、メッセージとして打ち出されていて。しかもそれが、まあ我々日本人とかいろんな国の人が見ても、要するにユニバーサルに届くエンターテインメントとしてパッケージングされているという、この画期性、ということですよね。だから、本格黒人主役ヒーローっていう意味では、たとえば『ブレイド』とかだって全然ね……ウェズリー・スナイプスはずっと『ブラックパンサー』をやりたがっていたんですけども……なんだけど、こういう、作品全体がちゃんとアフリカン・アメリカンによる、アフリカン・アメリカン発のメッセージになっている、というところがすごく画期的で。

ということで、特に後年、これを見て育った子供たち世代にこそ、非常に大きな意味を持つんじゃないか。これは人種、国籍関係なく。つまり、これを見て育ったいろんな人種、国籍の人は、たとえば「黒人だからダメだ」とか、たとえば「アフリカは後進国で」みたいな先入観を持たないんじゃないですか? もちろんワカンダは架空の国だけど、そういう先入観を持たない世代を生むためにも、大きな意味を持ってくるんじゃないですかね。なので、たとえばラスト。かつてのエリックを思わせる少年に、オークランドでティ・チャラが最後、微笑みとともに与えようとしているものはなにか?っていうのがエンドロール。この曲がドン! と流れて。

(Kendrick Lamar, SZA『All The Stars』が流れる)

ケンドリック・ラマー feat. SZA「All The Stars」という曲で、ドーン!とエモーショナルに爆発するということですね。この曲、先行で聞いた時には、どういうテーマの曲かがちょっとわかりづらかったんですけど、この流れで見ると「ああ、なるほど」と。平たくいえば、「醜くてキツい現実に負けずに、ちゃんと夢を現実にする力の方を信じよう」というような……まあ、平たくいえばそういうことですよね。という、この流れで見ると、「ああ、この少年たちに対するメッセージなんだ」っていう風にとると、めちゃめちゃこの曲が感動的に響く、ということですね。ケンドリック・ラマーのこのアルバムがまた、映画の中で流れる曲ばかりじゃないのに、ほとんど『ブラックパンサー』というコンセプトアルバムとして別個の完成度を持っていたりしてすごいんで、またぜひこれも聞いていただきたいんですが。

で、さらにその後、エンドロール中に、国連で演説をするという場面があって。ここもはっきりとメッセージを……はっきりと「反トランプ」と言っていいと思いますけども、そういうメッセージもあったりするので、ぜひ見逃さないようにしていただきたいということですね。もう時間がないんでね、韓国カジノでの乱闘シーンでの、ライアン・クーグラー得意の長回しワンショット使い……まあ、今回は擬似的なワンショットですが、ワンショット使いとか。あと、ブラックパンサーそのものの、ある意味ガジェット的なかっこよさとか、いろいろと語りたいところはあるんです。

■『クリード チャンプを継ぐ男』も併せてチェックして!

あえて言えば、VFXをいっぱい駆使したような大がかりなアクションに関しては、ルッソ兄弟級に個性を打ち出すところまではまだ行っていない、という感じはします。ただ、だからと言って別にアクションとして悪いというわけではないので。これは小さな部分です。

MCU歴代でも僕はトップ……少なくともトップ5には余裕で入る。トップ3かな? ぐらいには入る出来だと思います。っていうか、MCU云々は別にして……MCUはいま、クロスオーバーが行きすぎて、ちょっと飽和状態になっているじゃないですか。でもこの『ブラックパンサー』に関しては、単体でも全然イケる。MCU絡み要素を減らしてきたのも、とっても賢明だと思いますし。もちろん、アメコミ映画ヒーロー史でも非常に重要な作品になるでしょう。

ぜひぜひ、リアルタイムでウォッチして、そしてもし万が一『クリード チャンプを継ぐ男』を見ていない人がいたら、今回のを気に入ったのなら絶対に気に入るから! エリック・キルモンガーがグレていないバージョン、『クリード チャンプを継ぐ男』と併せて、ぜひぜひチェックしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『シェイプ・オブ・ウォーター』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。
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◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!