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【映画評書き起こし】宇多丸、『オリエント急行殺人事件』を語る!(2018.1.6放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

実際の放送音声はこちらから↓

宇多丸:

ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。2018年最初に扱う映画は、公開されたのは去年の作品ですが、先々週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『オリエント急行殺人事件』

(曲が流れる)

ミステリーの女王アガサ・クリスティが1934年に出版した同名小説の二度目の映画化。ヨーロッパを横断する豪華列車オリエント急行の車内で殺人事件が発生。列車に乗り合わせた世界的名探偵エルキュール・ポアロが事件解明に挑む。ポアロ役と監督をケネス・ブラナーが兼任。これ、結構大変ですよね。被害者の富豪にはジョニー・デップ。容疑者となる乗客にはペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ミシェル・ファイファー、デイジー・リドリー、ジュディ・デンチなど豪華キャストが集結ということでございます。

これ、今日はどこまで言ったら(ネタバレが)問題になるのか?っていうね。誰かは殺されるわけですからね(笑)。これね、そうなんだよなー。今日、大変なんですから。ということで『オリエント急行殺人事件』をもう見たよというリスナーのみなさま、通称<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、普通。まあまあまあ、正月を通して普通ということで、いいんじゃないですかね。「賛・普通・否」、褒めている人、普通の人、けなしている人の比率は、だいたい「3対4対3」。つまり、「普通だった」という意見がいちばん多い結果。このことからもわかる通り、リスナーのテンションは概ね低め。要するに褒める方もけなす方も、テンションが高くない。

■「こんな面白い話があったのか!」(byリスナー)

褒める人は「オールスターキャストが豪華で正月らしかった」という意見が多かった。まあね、オールスター映画ですからね。また、まったくの初見という方。要するに前の74年の映画版も原作も知らないという方はその意外なオチに驚いていた様子。けなす人は、「推理物として成立していない」「フレッシュさがなく、ただ凡庸」といった意見が目立った。

代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「ムッシュムラムラ村」さん。よかったという方。「初メールです。今作のオチ、知りませんでした。作品自体を読んだことがなく、映画化もドラマ化したものもちゃんと見たことはなく、オチも知りませんでした。後からとても有名なオチだと聞いて驚きました。最初は興味が薄く、正直ノーマークでしたが、他の作品で見た劇場予告がとても面白そうだったため、試しに見てみることに。結果は……とてつもなく面白かったです!」。これ、すごく幸福な出会いですよね。

「……劇場を出た後、『こんな面白い話がもっといっぱいあるのか! なぜいままで読んでこなかったのか!?』とすぐに本屋に駆け込み、アガサ・クリスティの本を手当たり次第に購入しました。この映画は私のような推理小説弱者に最高の小説家との出会いを作ってくれたかけがえのない思い出の1本になりました」。これは最高に幸せな出会い方ですよ。これは素晴らしい。もうこれだけでも、はっきり言ってリメイクを作った意味はありますよね。よかったよかった。

一方ね、こんな方。これはラジオネーム「ゆかり」さん。「見終わって確信しました。鉄道映画というジャンルがあるならば、これは間違いなく最高峰のひとつだと思います。私の中ではこの映画の主役は間違いなくオリエント急行そのものです。世界一美しい機関車のために選ばれた乗客と物語。それにふさわしいキャストだったと思います」という。この方は要はオリエント急行そのものに子供の時から憧れていて、それが映画の中で見られるということに感激されている、ということでございます。

一方、ダメだったという方。「ブーブータンソク」さん。「こんなに無味無臭な映画、久しぶりに見ました。原作は言わずと知れた名作。筋を知っているので、ストーリーに関するびっくりは期待せず。それでも面白い映画っていっぱいあると思うんですよ。が、これは『うん、そうそう。そうだよね。はいはい、そうだよねー』で終わってしまった。豪華俳優の共演と言いながら、ケネス・ブラナー以外は特に美味しい見せ場もなく、列車さえも特に魅力的には見えない。見ていて腹も立たなかったけど、毒にも薬にもならない。見なくてもよかった映画でした」という、大変これは対照的なご意見でございます。

■オチを知らなければ今見ても十分驚けるはず

ということで『オリエント急行殺人事件』を、私もTOHOシネマズ日本橋とTOHOシネマズ上野でね、どっちもね、フリーパスでね。タダでね!(笑) いや、タダじゃないから。1年間、めちゃめちゃTOHOに通ってこれだからさ。2回、見てまいりました。ということで、何度も言いますけども、アガサ・クリスティが1934年に出した『オリエント急行の殺人』。ハヤカワ文庫から当然、いまも出ていますけどね。これの再映画化ということで。僕、実は恥ずかしながら小説の方はちゃんと読んだことがなくて、この機会に読んだんですけども。やっぱり面白いですよね。いろんなディテールの描き込みとかも含めて、やっぱりオチなんかはわかっていたって、いくらでもグイグイと読めちゃうなというぐらいで。めちゃめちゃ面白い小説でございました。

それの再映画化。ということは、最初の映画化というのがあるわけですが、この1974年版、ポール・デーンさんという方が脚本で……『007 ゴールドフィンガー』とかね、あと『猿の惑星』シリーズの後半の方とか関わっている、ポール・デーンさんが脚本。で、そのシドニー・ルメット監督の『オリエント急行殺人事件』が、とにかく超有名なわけです。日曜洋画劇場とかで本当に何度も何度もやっていましたしね。僕の世代はもうみんな見ている、という感じだと思いますけどね。しかも、なにが有名って、なにしろ「オチ」が有名な作品なわけですよね。とにかくオチが有名。

まあ、さすがアガサ・クリスティと言うべきか、(原作が出版された)当時としては間違いなく結構掟破りスレスレというか、超絶斬新であったろう意外な犯人像、ということなんですけども。で、どんぐらい有名か?っていうのを他の映画作品と比較するならば……まあ『猿の惑星』ほどではない。『猿の惑星』(のオチ)は、いまやDVDのパッケージ、表1になっていますから(笑)。あと、『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』の「アレ」ほどじゃない。けど、『サイコ』の真犯人が誰か? とか、『ユージュアル・サスペクツ』で誰が「カイザー・ソゼ」か? とか、そのぐらい有名だという感じだと思いますね。

パク・チャヌク監督のとある作品の説明をしようとして、うっかり「だから要は、『オリエント急行殺人事件』みたいなさ……」と出しただけで、「お前、それ両方の作品のネタバレだから!」っていう風に怒られてしまう(笑)、そんぐらい有名というね。で、まあとにかく今夜の評では、もちろんね、本当に本当のオチ、みたいなところには直接は触れないようにして話をしていきますけども。ひとつ言えるのは、今回の2017年版『オリエント急行殺人事件』、その超有名なオチをまったく知らずに見るという方ももちろん相当数いらっしゃる。これ、メールでも意外と結構いらっしゃいました。

で、正直僕は、このオチをはじめて知る人たちの気持ちっていうのは、わからないわけです。これは、僕がこの番組で何度も言っていますけども、要は「知らない状態には二度と戻れない」。その意味で、それはもちろん後に学ぶという、その落差があってこそですけども、「『知らない』という状態は、本当に貴重なことなんだ」ということをよく言っていますけども、まさにそれで。知らない人の気持ちは僕、いまさら想像することしかできないので。で、おそらくきっと、そういうまっさらな状態ならば、やっぱりこのオチは、いま見てもかなりびっくりできるんじゃないかと。で、先ほどのメールを本当に裏付けるかのように、実際にリスナーのみなさんからいただいたメールでも、原作や1974年版はもちろん、オチをなんとなくでも知らないっていう感じで見た人ほど、やっぱり普通にびっくりして、褒めている方が多い、という傾向がはっきりあったように思います。

だから、ちょっとそれはうらやましいです。先ほどの、心底びっくりして、面白いと思って、アガサ・クリスティを読み出して、ファンになって……って、こんなの最高だと思うし。うらやましいです。だから僕は、そういう意味では全然ダメです(笑)。まあもちろん、優れた作品や優れた物語というのは、オチがわかった状態でも、最初の驚き、サプライズとはまた違う発見とか味わいに満ちているわけですし。特にこの2017年の『オリエント急行殺人事件』の場合、すでに評価の固定した原作やシドニー・ルメット版を前にして、要は「いまさら改めて、どうこの素材を料理してくれるのか?」。それこそ「あのオチをまんまやるのか、やらないのか?」っていうところも含めて、お手並み拝見!という楽しさが僕らにはあるわけですよ。

■軽妙にして優雅、浮世離れしたエレガンスを楽しむ作品

ということで、その意味では、要はそのお手並み拝見!で……「ああ、こういうところはどうかな?」とかいろいろとなんか(文句的なことが)あったとしても、もうある程度の「面白さ」は、事前に保証されている企画なんですよね。なので、アメリカでは結構大ヒットして、っていうのも、まあそうかなというか。あと、最近はこういうオールスターの豪華なミステリー物もなかったし、っていうのもありますよね。で、そもそもその1974年版だって、決して「映画史上に残る名作」みたいな、そういう完成度(を誇っている)とかっていうような映画じゃないんですよね。まあめちゃめちゃ楽しい映画ですけども。1974年版だって、原作に対するひとつの解釈でしかないわけで。

たとえばこれは、それまでニューヨークを舞台にした、ドキュメンタリックなタッチの、硬派な社会派ドラマのつくり手として名を上げてきたシドニー・ルメットの、新境地でもあったわけです。それまでシドニー・ルメットは、わりと地味めなというか、ニューヨークを舞台にしたそういうような作風だったのが、こういうまったく違った題材を扱って、新境地を切り開いて。で、シドニー・ルメット本人も、「それが後のキャリアを広げてくれた」という風に、インタビューなどで後から振り返っていたりするぐらいなんですけども。まあとにかく、豪華絢爛なオールスターキャストとともに、庶民には絶対に味わえない、あといまとなっては絶対に味わえない、贅沢な列車の旅を楽しもう!という方向の、軽妙で優雅なタッチというのに徹しているわけですね、この1974年版は。

それをすごく象徴しているのが、たとえばリチャード・ロドニー・ベネットさんという方の、ワルツ調の音楽なわけですね。すごく優雅な、ワルツ調の音楽が流れる。で、これをね、1974年版の試写を見たバーナード・ハーマン、。ヒッチコック作品でおなじみの作曲家バーナード・ハーマンが試写を見て、そのワルツ調の優雅な音楽が流れ出すのを見て、「これは死の列車なんだぞ!」って激怒したっていうのが有名な話なんですけども。だからそんぐらい、これはひとつの解釈でしかないんだけどね。で、スターたちの演技も、この1974年版は、あえてかなりデフォルメ気味というか、あえての大芝居でやっている。

特にポアロ役、この1974年版『オリエント急行』のみのポアロ役の、アルバート・フィニー。まあアルバート・フィニー、当時は全然まだ若かったんだけど、老けメイクで演じていて……そのアルバート・フィニーのポアロは、正直ちょっとやりすぎじゃないの? と感じられるところも少なくないぐらい、わりとはっきりとデフォルメした、「コミカルな演技」っていうのをやっているわけですね。で、とにかくそういう、殺人事件、ミステリーなんだけども、なによりもまずはその浮世離れした優雅さ、そここそを楽しむ、というような方向性、趣向は続いて……この『オリエント急行殺人事件』の1974年版、非常に高評価で大ヒットもしました。それを受けてつくられた『ナイル殺人事件』『クリスタル殺人事件』『地中海殺人事件』、これらにも受け継がれていくような方向性なわけですね。

 

■派手に盛られた足し算的アレンジ

で、今回の2017年。マイケル・グリーンさん脚本……マイケル・グリーンさんは最近、非常に活躍しています。『LOGAN/ローガン』とか、『エイリアン: コヴェナント』『ブレードランナー2049』。主にリドリー・スコットに気に入られてやっていますよね。マイケル・グリーン脚本で……今回はリドリー・スコットの会社(スコット・フリー・プロダクションズ)の製作ですから。マイケル・グリーンさん脚本、ケネス・ブラナー監督・主演版の『オリエント急行殺人事件』も、まあその1974年版と同じく、まず豪華絢爛なオールスターキャスト、ということですね。あと、見ているだけで本当にリッチな気分になる衣装や美術。もうそこのクオリティーだけで、じゅうぶん料金分は元が取れた感じがするぐらいの、衣装や美術。

そして今回の2017年、特に序盤は、勢いのよさを押し出したタッチなど、基本的なある種の優雅さみたいなものは、まあ同じ原作なんだから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、同じく受け継いでいるという。その上で、もちろん大きくアレンジも加えている。たとえば、列車が雪で足止めを食らっちゃって……っていうことなんだけども、その足止めの食らい方もね、かなりド派手に「盛られて」いるし。で、その足止めを食らっている間にポアロがいろんな乗客に尋問をしていくわけですけども。その尋問の場面を……列車の「外」にも、舞台をどんどんどんどん移していく。あるいは、外で派手めのアクションシーンがあったりして、列車の外側にも――1974年版は列車の中で完結する話ですから――外にもどんどん見せ場をつくっていく。まあわりと派手めに、足し算的にやっていく。

あるいは、派手なカメラワーク、派手な展開っていうのをわかりやすく足し算していくようなアレンジをまずはしていて。また、たとえばこういうあたり。1974年版ではショーン・コネリーが演じていたアーバスノット大佐というイギリス人の軍人を、今回は『ハミルトン』……町山智浩さんもすごく紹介していましたよね。『ハミルトン』という高い評価を得たミュージカルでトニー賞をとった、レスリー・オドム・Jr.さんという方が、「アーバスノット医師」として演じていたりして。つまりそれによって、元にあった「コンスタンティン医師」という別個にもう1人いた医者のキャラクターが、まるごといなくなったわけですね。

で、これによってですね、若干、「えっ? じゃあそこで、その人がこういうことをわざわざ言うのは、おかしくないですか?」というようなアラがミステリーとして出てきてしまっていたりするのはあるんだけど、ちょっとその件は置いておきましょう。まあとにかく、レスリー・オドム・Jr.さんがアーバスノット医師として演じていたりして……つまりそこかしこに、人種差別問題みたいなのがところどころに入ってきたりして。まあこれも言っちゃえば、いかにも今風の問題提起、みたいなのが入っていたりとか。あと、ケネス・ブラナーが、「ここぞ名優としての腕の見せ所!」とばかりに、非常に得意げに披露する多言語使いなどもまあ、非常にわかりやすい今風のアップデート部分としてあったりするあたりですし。

■名探偵ポアロが人間味溢れるキャラクターに

なによりそのケネス・ブラナー演じる今回のエルキュール・ポアロ像が、非常に大きく、今まで映像作品で演じられたポアロ像と比べると、かなりアレンジされています。まず、ケネス・ブラナーですから、いままでは風采の上がらない、タマゴ型の頭をしたおじさんなわけですけども、いままでになく颯爽として、普通にかっこよさげなわけです。その分、口ひげは極端に強調したりはしていますけども(笑)。颯爽としてかっこよさげ。で、あまつさえ、ちょっとしたアクションシーンさえ挟み込まれるほど……ポアロがアクションシーンをやるわけです。パンフレットの解説によれば、今回のポアロは「杖を使う合気道の達人」っていう設定にしたそうです(笑)。

なのでオープニングね、今回の映画オリジナルの「ツカミ」のシーン。エルサレムの嘆きの壁の前でのシーンがありますけど、まああそこなんかは、そういうようなこと(ポアロが杖を使う合気道の達人であることを示す見せ場)なんでしょう。ただですね、そうやってアクションシーンがちょいちょい入ってくるんだけど、これは2014年3月1日にこの番組でやりました、やはりケネス・ブラナーが監督・出演しております『エージェント・ライアン』評でも言いましたけど、少なくともケネス・ブラナー監督は、アクション演出、あとサスペンス演出は、正直全然上手くないと僕は思っていてですね。悲劇とか重厚な演技とかはともかく、アクション・サスペンス演出は、全然上手くないと思われ。まあ今回は、そこの部分がそれほど分量が多くない、あくまでもサービスとして入っている範疇なので、そんなにその上手くなさは気にならない範疇ですけども……というのはあるんですね。まあ、ちょっと置いておきましょう。

で、そのケネス・ブラナーのポアロ像はですね、今回こここそが最も好みが分かれるあたり、最も大きなアレンジを加えているあたりだと言えると思いますが、今回のそのブラナー=ポアロは、昔恋をしていた女性の写真を部屋に飾って感傷に浸っていたり、終盤ではかなり激しく感情を表に出して「悩んで」いたり……ポアロが感情的なことで悩んでいたりするっていう。一言でいえば、いわゆるひとつの「人間味あふれるキャラクター」にアレンジされているんですね。まあ、発端となるある重大事件に、実はポアロ本人がちょっと関わっていたりして、要は忸怩たる思いを実はその件にも抱えている、という設定を加えてまで、ポアロの人間味、というのを足しているわけです。

で、この感情面の強調というものこそ、本作を、あえてリメイクをつくるいちばんのモチベーションだった、というようなことをケネス・ブラナー自身がインタビューなどで言っているぐらいなので、それはもう本当にケネス・ブラナーがやりたかったことそのもの、なわけですよね。一方で、これは後ほど、決定的なネタバレにならない範囲で触れますが、ミステリーとしての謎解きの要素は、実はひとつ大きな謎解きのファクターを外していることを中心に、かなり扱いとして薄いものになっちゃっている。オチがまあ知られているから、要するにミステリー的なところに重きを置いてもあまりオイシくないでしょう?っていう判断が働いたのかもしれません。

■原作の切れ味はなく、ただひたすらウェットに

……というようなつくりであることを踏まえた上で、僕はそれを評価したのか? という部分ですけども。まずその感情面、ドラマ面の強調という点から言うと、これは明らかに上手く行っている部分で言うと……これは僕、若干大きめのネタバレに抵触する気がするので、具体的な俳優さんの名前は言いませんけども……「1974年版でローレン・バコールがやっていた役」という言い方で勘弁してください。そのキャラクターを演じる某女優さんが、もちろんローレン・バコールの貫禄も非常に素敵でしたが、この役はクライマックスで「劇的な変身」をする役なんですね。これ、『ナイル殺人事件』とか『地中海殺人事件』のクライマックスも同じ構造を持っていますよね。非常に「劇的な変身」を見せる役があるんですけども、その劇的な変身という意味では、今回の彼女の見せ方、演じ方の方が、よりドラマチックに見せていて。ここは僕、今回の某女優さんに軍配が上がるあたりかな、と思いますし。

また、デイジー・リドリーさん演じるメアリ・デブナムという、原作でもド頭から出てくる人ですけども。1974年版のヴァネッサ・レッドグレイブさんよりも、むしろ原作の……原作はちょっと利発なイメージというか、活発なイメージがちょっとくっついているんですけども、その利発なイメージにはむしろ忠実な感じがするし。デイジー・リドリー、やっぱりよかったですし。あと、ジョニー・デップさん演じるラチェットという男。非常にドス黒い存在がいるんですけども、1974年版ではリチャード・ウィドマークさんが演じていたけど、リチャード・ウィドマークよりももっと生々しくギラギラギトギトしたゲスさ、みたいなのをちゃんと醸し出していて。ジョニー・デップもよかったですよね。

あと演出も、たとえば容疑者たちがこうやって食堂車で話しているところを、ドアのガラス越しにこうやって見て、姿が二重に見える。要は彼らの二重性を映像的に暗示している、というこの見せ方なんかはまあ、手堅いあたりですよね。ただまあ同時に、たとえば途中、ポアロが現場の捜査をする時、途中2回ほど、たぶん列車のセットをつくって、真上から俯瞰ショットで見せる。しかもそれが結構長く、人の頭の上しか見えないショットみたいなのがずーっと続くんですよ。それも2回。2回って中途半端じゃないですか? そういう見せ方をもっと全体でするならともかく、そこだけ急に舞台っぽい見せ方とかをしだして。なんだかな、っていうところもまあ、あるはありますが。それも置いておきましょうね。

で、先ほど言いました、列車の外側にも積極的に舞台を移していくようなつくり。これも映画的と言えば映画的で。特にやっぱりクライマックス。モロに「最後の晩餐」風ですね。見るからに最後の晩餐風の、横並びのクライマックスは、そこから始まるいかにもシェイクスピア役者らしいケネス・ブラナーの大熱弁大会……もう熱演です。その重々しいセリフ回しには、たしかにふさわしい舞台立てではあるかな、という風に思います。ただしですね、これは最終的にはもう、好みの問題になってくるかもしれませんが、やはり特にクライマックス。2つの結論が出ましたよと。「私は2つの結論を出しました。みなさん、どちらを選びますか?」という有名なクライマックス。

今回のケネス・ブラナーのポアロは、やはりいくらなんでも……その、人間味を増して、感情面を強調して描くのが今回の狙いだとしても……いくらなんでも露骨にウェットすぎて、僕は正直、閉口しました。実は1974年版のアルバート・フィニーが演じるポアロも、原作小説と比べると、かなり実は人間的に解釈をしているんですね。つまり、元に起こったとある重大犯罪に、はっきりと怒りを表明したりするところがあるんですけども。だから原作小説がいちばんドライなんですよ。やっぱり原作小説のポアロがいちばんドライ。終わり方とかめちゃめちゃドライなんですよ。で、僕はやっぱり、その原作小説の切れ味がいちばんかっこいいという風に、好みですけども、僕は思います。

■ある重要なトリックをひとつ省いたことで原作の危うさが浮き立ってしまった

しかもですね、今回のポアロは、その最終結論……いろいろとさんざん煩悶した挙句、最終結論はでもやっぱり、これまでの原作とも1974年版とも同じところに結局着地するだけなので。要は今回の2017年の、「現代版のポアロならでは」の真理の追求……それゆえに彼は悩んでいるわけですけども、現代版のポアロならではの真理の追求をさせようとしたのかもしれないけど、その狙い・志も、結果今回出来上がった映画の中では、中途半端に終わってしまっているな、という風に僕は思いました。

あと、先ほどちょっと、「ミステリーとして、謎解きファクターで1個大きなところを外している」って言いました。これは今回の作品からは外れている部分なんで言っちゃっていいと思いますが、具体的には「被害者の殺害時刻は何時だったかをポアロに錯誤させるトリック」というのが、今回の2017年版では、丸ごとオミットされているわけです。つまり、ポアロはずっと「殺害時刻は○時だ」と思い込んでいた。だからみんなのアリバイがなかなか崩せなかった。だけど、「本当は殺害時刻は○時じゃなかったと考えると、こういう風なことで全部説明がつく」という感じで。

つまり、最後にポアロが、こういうことだという風に最後の謎解きに至る、直接のきっかけがこの時間トリック、殺害時刻トリックなんですね。ある意味いちばん重要なトリック。これをオミットしているわけです、今回の2017年版は。で、それをするとどういうことになっているかというと、要はもともと原作がそうなんですけど、全部最終的にポアロの「推論」だけで進む、という感じが強まってしまったわけですよ。要するに1個、論理的に解く、というところを抜いちゃった結果、「全部お前の当て推量じゃねえか!」っていう感じがちょっと強まってしまった。

あと、逆に言うと、これは犯人側から言うと、結局この殺人計画、いちばんのトリックとしてのキモは、「嘘をつく」っていう(笑)……「嘘をつく」っていうのがいちばんのキモ、っていうね。まあ、ちょっとこれは際どいことを言いますけど、「よってたかって嘘をつく」という(笑)、これがいちばんのキモっていうだけじゃん、っていう。要は、もともと原作のトリッキーな仕掛けにある、ある種の危うさみたいなものが、今回、その謎解きの論理的なパズルのところを一通り抜いちゃった結果、その危うさだけがフワーッて浮き上がってきてしまった。「ってことはこの話、よく考えたら……だってトリックを抜いても話として成り立っちゃう、っていうことはさ……」っていう感じがしちゃったんですよね。はい。

だからそこはアガサ・クリスティのある意味、テクニックなんですよ。小説のテクニック。ロジックを重ねることで、「っていうことは……」っていうことを感じさせなくしているわけですから。でも、(今回の再映画化では)それが目立つようになっちゃっている。で、その分、さっき言ったサービスとしての派手めなシーン、たとえば急に逃走シーンが始まったり、急に銃を使ったシーンが始まったりとか、そういうサービスとしての派手めシーンの、「取ってつけた感」がより際立ってしまってもいる、という感じだと思いますね。

■正月気分で見るにはいい感じ!

あとやっぱり、列車が動き出して……謎解きの間は止まっていて、また動き出す時のカタルシスが……復旧作業の過程みたいなのを、今回の2017年版はちゃんと見せないんですよ。前(の1974年版)は、除雪の列車がだんだん雪の間を……CGじゃないですよ、実際の雪の間をだんだん近づいてきて、最後ガシャーンって連結して引っ張る、というのがあるんだけど。今回は、「あれっ? いつの間に線路に乗っけたのかしら?」みたいな感じになっちゃっていたりするので、そういう(登場人物たちの人生を象徴するように、止まっていた列車が、事件の解決とともに動き出すという)カタルシスも、ちょっと減っちゃっている、というあたり。列車映画として僕はだからちょっと、「ああっ……そこ(列車映画としてのキモ)がこんな(雑に済まされる)感じなんだ」っていうのが残念なところですけどね。

ということで、僕は結論としては、帯に短し襷に長しの、若干ビミョーな一作になってしまったかなと。全部がダメだとは言わないんですけど。この「ビミョーな」という言い方が……僕、前回の『エージェント・ライアン』の時も「ビミョーという言葉がこれだけ似合う作品もない」と言ったので(笑)。やっぱりケネス・ブラナー作品と僕の、たぶんさっきから言っているように、好みとしての相性もあるかもしれませんがね。でも結果、この作品が大ヒットして、『ナイル殺人事件』をケネス・ブラナー続投で引き続きつくる、という。まあ、ラストでちょっと暗示もされていましたしね。どういうことになるのか。

作品の順番も前のシリーズと一緒にしていくのはなぜか? というのも不思議に思わなくもないですけどね(笑)。ただ、オールスター映画で、先ほども言ったように、美術とか衣装とかを見ているだけでも非常にリッチな気分にもなりますし。正月気分が抜けないうちに見ると非常にいい感じ(笑)なのは間違いないので、いまのうちにぜひぜひ、劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『バーフバリ 王の凱旋』 に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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