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【映画評書き起こし】宇多丸、『ノー・エスケープ 自由への国境』を語る!(2017.5.13放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

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宇多丸:

ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今週扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『ノー・エスケープ 自由への国境』

(曲が流れる)

『ゼロ・グラビティ』『トゥモロー・ワールド』などの監督アルフォンソ・キュアロンの息子、ホナス・キュアロン監督作。アメリカへの不法入国を試みるメキシコ移民たちが、謎の襲撃者に追い立てられる追走劇を、灼熱の砂漠を舞台にスリリングに描いていく。主演はガエル・ガルシア・ベルナル、ジェフリー・ディーン・モーガン。アルフォンソ・キュアロンは今作では製作も務めているということでございます。ということでこの『ノー・エスケープ』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、少なめ。公開館数もそんなに多くないですし、そんなド派手に公開している映画でもないから、ということなんでしょうか。

賛否の比率は「賛」が6割。普通もしくは否定的な感想が4割。意外と割れているんですね。「スリリングで最後までドキドキして見た」「いまのアメリカの社会情勢と重なり、意外とずっしりとした味わいもあった」「淡々としすぎていて食い足りない」とかね。「犬、かわいい。犬、怖い。犬、かわいい」といった意見がありました。あと、まあ昨年12月24日に評論した『ドント・ブリーズ』と似ているという声もちらほら。まあ、おっかない頭のおかしい老人と犬(笑)。怖い老人と犬という、そのへん、あとでもしますけどね。ということでございます。

代表的なところをご紹介しましょう。「気晴らし」さん。「この映画の感想は一言、『面白い!』です。本作は国境を抜け出すメキシコ人と、それを阻止する白人という非常に寓話的な構造を採用しています。この企画はずっと温められていたそうですが、昨今の風潮は当然のことながらこの映画製作にGOが出た原動力になったでしょう……」。まあね、もちろんトランプ政権ができる前に製作もされていますけども。図らずもそういうタイムリーな作品になりましたね。「……私が本作を面白いと思った理由は、メキシコ人が砂漠で白人に追いかけられる話だけで話を1本やろうとして、しかも作品として成功していることです。ミニマルな作品でありながら(たぶん製作費もそんなにかかっていないのでは?)、あのクソ男とかわいいワンちゃんから逃げられるのか? という大筋で最後まで飽きずに見ることができました」と。で、いろいろ書いていただいて。

「……また、印象的なのは冒頭などで見せる圧倒的な遠景の長回しです。遠くからほとんどカメラを動かさず、夜明け、夕暮れ、夜明けと静かな砂漠の情景を浮き上がらせ、デカデカとスペイン語で『Desierto(砂漠)』というタイトルが出る。スリラー映画的なエンターテイメントでありながら、同時に上品さと重厚さを感じさせてくれて好きです。こういうところはまるで『ベン・ハー』とか『十戒』のような大作を見ている気分でした。そういえば本作は宗教的な、特にキリスト教的な雰囲気が漂っている映画でした。崖や岩、砂漠ばかりの土地は中東のようでもありますし、冒頭の冒頭でワゴンに乗る登場人物の1人が祈りを唱えていたことが大きいと思います。キリスト教徒、つまりキリスト教がマジョリティーであるアメリカ人と似た価値観を持つ人ですら、不法移民の名のもとに有無を言わさず排斥されてしまう。異教徒だったらなおのことでしょう」というね、この現実の社会の状況の怖さみたいなことをおっしゃっております。「……社会問題を考える際にフィクションの果たす役割は大きいのだと改めて気づかされました」という、気晴らしさんでございました。

一方、イマイチだったという方。「パッチャム」さん。「『ノー・エスケープ』を見てきました。ご都合主義が気になってイマイチでした。主人公たちを狙うハンターの射撃能力や犬の探知能力にムラがあり、『それ、さっきはできてたじゃん?』のような展開が多いです。ハンターも銃とそれを扱うかなりの腕を持つという圧倒的優位にいるのに、下手に追いかけて好機を逃すというのもありがちなバカ悪役のように思え残念でした。また気温50度という灼熱の砂漠にもかかわらず、みんな元気に走り回るのも不思議……」という。まあ途中ね、デブがすっかりバテてましたけどね(笑)。「もう歩けない」ってね。「……引きの画で見せてくれる自然の雄大さと犬の運動能力だけが見どころでした」というね、否定的意見もございました。

というところで『ノー・エスケープ 自由への国境』、私も日比谷シャンテで2回、見てまいりました、公開館数があまり多くなくて……劇場で売られているパンフレットに載っているコラムで、この番組でもおなじみ高橋ヨシキさんも書いてらっしゃる通り、1932年の『猟奇島』あたりから脈々と続く、いわゆる“人間狩りもの”というジャンルの歴史が映画にはありましてですね。それこそ、僕のオールタイムベストのひとつである、ご存知メル・ギブソン監督作『アポカリプト』も、まさにその“人間狩りもの”というジャンルを、超高密度で再構築してみせた1本という風に言えるわけですけども。その意味で、今回の『ノー・エスケープ 自由への国境』。原題はシンプルにスペイン語で『砂漠(Desierto)』というのもね、完全に、そのジャンルの最新バリエーション、ということが言えると思います。

88分という非常にタイトな尺で、極限までシンプルに、ミニマムに、ミニマルに削ぎ落とされたプロットの中で、純粋なその人間狩りの、追いつ追われつの攻防そのもの……要はその攻防そのものの、そのアクションのアイデアの積み重ね自体で、いわば「純映画的」に語っていくという。それでいて、やはりその向こうには、いままさに進行中の現実の社会問題――たとえば、それこそトランプ政権に代表されるような移民排斥の志向であるとかですね――が、はっきり透けても見えるというですね。まあちょっとその、70年代の硬派なアクションスリラーとか、そういうのを彷彿とさせるような、ザラッとしたテイストの小品です。非常に小さな作品というのは間違いないと思います。

言ってみれば、12チャンネルの『午後のロードショー』とか、名画座の二本立てで、目当てじゃない方……で、知らなかったんだけど、ついでに見てみたら意外な拾い物だった的な、そんな感じで見るとうれしい映画だと思うんですよね。で、もちろん僕はこういう、実はすごくアイデアを凝らした小さなアクションスリラーみたいなのが、いちばん大好物でございます! 監督・脚本・編集・製作を務めたホナス・キュアロンさん。先ほどから言っている通りアルフォンソ・キュアロンの息子さん。アルフォンソ・キュアロンは、『ゼロ・グラビティ』『トゥモロー・ワールド』などなど……アルフォンソ・キュアロンの監督論的なことは、この番組で2014年1月4日に『ゼロ・グラビティ』評をやっていますので。まあ、そちらをネットなどでホニャララしていただくなりなんなりしてチェックしていただきたいんだけど、その息子さんと。


というか、パンフレットに載っているホナス・キュアロンさんの監督インタビューによれば、そもそも『ゼロ・グラビティ』は、この『ノー・エスケープ』の初稿を父親に――まあ、大監督ですから――アルフォンソ・キュアロンに見せて。で、息子さんとしては「アドバイスをくれるんだろう」と思って脚本を見せたら、「このコンセプトで俺も映画撮りてえな」って言い出してっていう(笑)……要は、たぶんその“コンセプト”っていうのは、さっき言ったような、「極限までミニマムに削ぎ落とされたプロットと登場人物」ということ、非常にミニマムな作り、という部分だと思うんですけど。で、それを要するに宇宙物に応用して作ろうっていうんで作られたのが、『ゼロ・グラビティ』だということらしいんですよね。

ただですね、そのお父さんのアルフォンソ・キュアロン監督と、『ゼロ・グラビティ』でも組んでいます、もういまや世界的名カメラマン、アカデミー撮影賞を連続受賞したエマニュエル・ルベツキさんのコンビみたいに、わりとドヤ顔で、これ見よがしにいわゆる“すごい”映像テクニックを駆使しまくる、というタイプの作品ではなく……少なくとも息子のホナスさんは、今回の『ノー・エスケープ』に関して言えば、そういうこれ見よがしの映像テクをブンブン振り回すタイプではない、っていうことですね。ちなみにこの今回の『ノー・エスケープ』のほうの撮影監督は、ダミアン・ガルシアさんという方で、この方はメキシコ麻薬戦争物の結構傑作で『メキシコ 地獄の抗争』という映画があるんですけど、こちらを手がけていたりもしている方なんですけど。

とにかくこの『ノー・エスケープ』。序盤と真ん中と終盤に、先ほどのメールにもありましたね。砂漠の広大さとか、見渡す限りの何もなさ。そしてその中で、何もない所だからこその時間感覚を表現するかのようにですね、極端な引きの、ちょっと意味ありげなロングショットが結構多用されるんですね。最初と真ん中と終わり。ちなみに本作、メキシコの砂漠で実際にオール外ロケ、オール自然光で撮られているわけですけど……とにかく序盤と中盤と終盤に、そういうロングショット、かつ長めのショットがある。ゆえに、特に最初、見だした段階では、「あれ? これ結構静かな、アート寄りな文化映画っていうか、そういう感じ?」みたいな風に一瞬思うんですけど。ただ、それ以外は、たとえば人物に寄ったショットとかはですね、そっけないまでに、わりと無造作な撮り方をするわけですよ。非常に無造作な撮り方をする。

まあ、こういう言い方ができると思う。つまり、「あまり作り手の作為を感じさせない」撮り方、見せ方をする。これはまあ、わりとお父さんと逆だなという感じなんですけど。そしてその無造作さ、言ってみれば、「あくまで即物的にその場で起きていることを捉えているだけですよ」といった趣のこの見せ方、撮り方がですね。実はこの、本格的に話が転がっていく二幕目以降、要は上映開始20数分目、ついにそのハンター、追っ手側が非情な人間狩りを開始するというこのくだりからの逃走劇を……この即物的な、「目の前で起こっていることをそのまま、特に何も考えず撮っているだけです」と見せかけた撮り方が、逃走劇を非常に生々しくリアルに、そしておっかなく見せる効果を果たしている、という風に思います。

まあ、たとえば追っ手が、「本当にすぐそこまで来ている」感じ……ハンターが放った犬ちゃん、本作ではもう大活躍なんですけどね、犬ちゃん、シェパードが、「もうそこまで来ている」というこの空間的なリアリティとか。あるいは、やつの車が、「あっ、そこにもう車がある!」っていう、その空間的なリアリティがですね。すっごく生々しいんですよね。要するに、劇映画用に(計算されたうえで)それがあるというよりは、本当にそこに、「あっ、来た」っていう感じがするっていう。そして、ここが実はこの『ノー・エスケープ』という作品のいちばん僕はすごいところだという風に思っているんですけども……何もない砂漠での追っかけっこがまあ88分。短いとはいえ、ただただひたすら続くだけ。プロットで言えばそうなわけですよ。なので、まあ下手に撮ればというか、何も無策で撮ったら、途中でやっぱり、それなりに単調にはなっていく話ですよね。で、実際、同じような人間狩りものでも、やっぱりわりと単調になっていく作品っていうのは多いわけですよ。

なんだけど、この『ノー・エスケープ』では、さっき言ったように一見無造作に、非常に即物的に捉えられた砂漠。「何もない」と言いましたけど……でも実はその砂漠には、様々に異なる地形や状況というのがあって。その、様々に異なる地形や状況を活かしたアイデアが盛り込まれたチェイスシーン、あるいはサスペンスシーンっていうのが、もう結構、次から次へと、もうどんどんどんどん投入されていく、という作りなんですね。たとえば最初、ハンターがバーンと狩りを開始する、最初の餌食になる人たちは、もう見晴らしのいい、バーッと広がった空間で。で、ハンターは、そのちょっと離れたところの岩場の、ちょっと軽く高い岩場から狙うという。で、それを、さらに高い岩場から主人公たちは目撃するという。もうこれだけでまず、空間的にひとつ、非常に厚みがある劇的空間が作られているんだけど。

そこから主人公たちが逆方向に「ヤバい!」って逃げ出す。そうすると、今度は犬ちゃんが追っかけて来て。犬から取りあえず逃げるために、平地だと犬のスピードには負けちゃいますんで、「じゃあ、岩だ」って。木をつたって岩を登る。で、岩を登りきったところからの、今度は、これもよく逃走劇でありますけども、岩から岩へのジャンプ。で、1人飛べないやつがいるとか、まあおなじみのくだりがあったりとか。あるいは、岩に張り付いてのかくれんぼ。岩の張り出しを利用してのかくれんぼ、っていう今度はサスペンスが用意されていたり。あるいは、また場面が変わってある場面では、ガラガラヘビがバッと地面にいっぱいいるっていうことがわかって、そこでまたサスペンスを作ったり。

あるいは、サボテンが……これね、後半で出てきますね。サボテンがいばら状に絡まった空間が出てくるとか。要は、砂漠っていうのは単調な空間じゃなくて、実はいろんな舞台装置があって。その舞台装置を1個1個活かしたチェイスシーン、サスペンスシーンっていうのが、次々と繰り出される。ということで、撮り方とか見せ方とか、作品としてのトーンみたいなのは非常に淡々としているんです、たしかに。非常に淡々とした、地味な映画に見えるんだけど、テンポは実は非常に一気呵成だし、まあ、飽きさせることがないという。これは実は非常に計算が行き届いている。で、実は構成が普通にしっかりしているという……割りとオーソドックスな三幕構成、いろいろ起こることの配置の仕方が、非常に実はオーソドックスな物語の構造に従っている、っていうのもあるんですけど。

ただ、それ以前にまずですね、これ僕、今回の『ノー・エスケープ』を見ていていちばん感心しましたね……とにかく綿密なロケハンと、その場所の地形や、それこそ岩の形までも計算に入れたシーン構築。これの賜物ですね。要するに、「こういう場面を作ろう」と思ってからそれに合うロケ地を探したのでは、この映画は撮れない。まずロケハンを綿密にして、で、「この土地だったらこういうシーンの構築ができる」っていうことをちゃんと計算してから、そこからシーンを作って、そしてストーリーの中に組み込んでいく、ということをちゃんとやっているということですね。なのでですね、たとえば本当に岩の角度、張り出し具合、ゆえに、たとえば間一髪追っ手の視界には入らない、もうすぐそこにいるんだけど、たしかにこの角度からだとハンターからは見えないぞ、っていう位置に、岩がちょうど張り出していて……しかもその、ほんの一瞬前に岩の陰に(追われる側が)フッと入って、こっちからはハンターがフッと出てきて、「ああ、危ない、危ない」みたいな。

あるいは、いまフッと岩の影に入ったから、ギリそこからは銃では狙えない……とかが、いちいち絶妙で、理にかなっている。僕はだから、さっきのメールとちょっと意見が違って。「ああ、ここからだと狙えないよね」とか、「いまは見えないよね」みたいなことが、非常に理にかなっている。しかもそれらが、さっきから繰り返し言っていますけど、一見非常に無造作な、作為を感じさせない……「そこにあるものをただ撮っているだけですよ」っていう即物的なカメラワーク、見せ方で捉えられるので、「一瞬ファッと隠れた後から、追っ手がパッと来た」みたいな、そういう一連のサスペンスが、すごーく自然でリアルで……ゆえの、超おっかないっていう。「うわっ、うわうわ、怖っ……危ない!」みたいな感じに見える、っていうことだと思いますね。

特にクライマックス。ついにその追っ手、ハンターと一騎打ちすることになる、その舞台となる高所の岩場。ちょっと高い場所にある、山の結構上の方の岩場での、逃走/追跡劇、追っかけっこもですね。もう地形と、岩の形と、人物の位置関係だけで生じる、異様な緊迫感。ここはわりとロングショットで岩場を捉えて。で、こっち側に逃げる側がいて、こっち側に追っ手がいて。このぐらいいま距離が離れて……しかも、さっきから言っているように、ちょうど岩場の角にフッと隠れたところで、「ああ、いまは撃てない」みたいな、絶妙なタイミングで、2人の距離感とかが保たれていて。あれは、ロングショットでやっていますから、しかもロングショットのワンカットでやっているから、いちいち指示も出せないですし、非常にタイミングを合わせるのとかもすごく難しい(はずの見せ方をしている)。だから、すごく即物的で無造作に撮っているように見えるけど、実は結構高度な演出をしているな、という風に思うんですよね。はい。

ということで、やがてだんだんね、両者の距離が……その岩場の中で、お互い死角に入りながらの追っかけっこが……だんだんだんだん、2人は気づかないうちに、どんどんどんどん両者の距離が狭まっていって、それが限界まで近づいて、「ああ、ああっ! ああ、もうっ、志村! 志村、後ろ!」っていう(笑)。「もうやめて!」っていうね。「最高です!」っていうね(笑)。そういうことになっていくということだと思います。ということで、実は非常に行き届いた、作り手側のエンターテイメント的配慮。実はシーンごとにさり気なく凝らされた工夫の数々、というのを楽しんでいるだけで、88分はあっという間です。非常に堪能できます。ジャンル物としては十分なアイデアが込められていると思います。

キャラクター描写はもちろんね、非常にさっきから言っているように、極限までミニマムに削ぎ落とされています。なので、「ドラマとかキャラクター描写が薄い」という言い方をすればそれは薄いんですけども。ただ特にですね、移民たちを狙撃しまくる、今回の悪役、敵役であるハンター役。一応「サム」っていう役名がついているらしいですけど、ハンター役。これ、演じているのがジェフリー・ディーン・モーガンさん。この方、『ウォッチメン』のコメディアンっていう、あれも狂信的な愛国者、非常に残酷な愛国ヒーローでしたよね。あと、『ウォーキング・デッド』のニーガンっていうね、ちょっとカリスマチームのボスで、釘打ちしたバットを持ってっていう……まあ要は、とにかくおっかない気の狂ったおっさん役でおなじみ(笑)ジェフリー・ディーン・モーガンさんによる、このハンターっていう敵役。ともすればただの薄っぺらな悪役になりかねないところ、彼の演技と人物造形が、非常に素晴らしい。


まあその、背景は多くは語られないんですよ。なんだけど、トラックに南軍の旗。よく映画にも出てきますよね。バツ印の旗をトラックにつけた、まあおそらくは白人至上主義者で。で、おそらくは己の諸々の不遇を、要は移民とかに象徴される、「古き良きアメリカの変化」……それはもうはっきり言って幻想なんだけど、「古き良き時代のアメリカが、変化してしまったせいだ」という風に信じ込んでいる、という類の人物であろうことがまあ、言動の端々からうかがえるんですね。そしてそれは図らずも――もちろんこの映画はトランプ政権成立前に企画され、作られていますけども――図らずも、やっぱりいま、トランプ政権時代に、非常にタイムリーな作品になっている部分っていうことだと思いますけども。

で、言うまでもなくね、人間狩りものの醍醐味のひとつとして、やっぱり人を人とも思わない思考の持ち主の、そのおぞましさ、恐ろしさ。これはもちろんビンビンに体現しているわけですよ。だって、あんだけの人数を殺しておいて、「ヒューッ、やったぜ!」ってバーボンを飲んでいる、非常におぞましい人物であるというのは体現しつつ……ただ同時に、その彼が、人殺しに快感を感じ、そして友達は犬だけというその様が、ひどくわびしく、寂しくも見える、というあたり。この『ノー・エスケープ』という作品に、非常に独特の味わい、深みを増しているなという風に思うんですよね。ここは本当に、ジェフリー・ディーン・モーガンさん力というかですね、彼のキャラクター造形が、すごくわびしい……「なんてわびしい悪役なんだ」っていうあたりがね、非常に独特の味わいをもたらしていると思います。

そして、まさにその、人を人とも思わないおぞましい思考法の裏返しで、これもあれですよね、DQNあるあるというか、人に対しては想像力を全く欠いているくせに、自分の身内にはものすごく共感力を発揮するという、こういうくだり。まあ、要は犬ちゃんとの関係性。トラッカーというあの犬ちゃんとの関係性も、大変味わい深いですよね。ねえ。あの犬ちゃんと、主人公の対決シーンもいいですよね。ちょっとこれ、ネタバレできないんで言えないんですけど、非常にいい対決シーンがあります。先ほどね、たしかに紹介でもあった通り、『ドント・ブリーズ』、あと、『グリーンルーム』もそうですけどね。「コワ老人と犬ちゃん映画」(笑)、最近当たりが多いですね。ということでございます。

【映画評書き起こし】宇多丸、『ドント・ブリーズ』を語る!(2016.12.24放送)

あと、実は主演のガエル・ガルシア・ベルナルさん。逃げ回る主人公は、まあこの人、普通にメキシコ映画界のスターでもあるので。なので、まあすごーく地味な映画のようでいて、実はしっかり「スター映画」としての華もあると。要するに、キャラクターとしての説明とかがそれほどなくても、観客に、もう出てきた瞬間に普遍的な感情移入を一気にさせる力がある人、がやっているため……言っちゃえばもう、「トム・クルーズ主演」みたいなことなんですから。はい。その力はあると思いますね。ガエル・ガルシア・ベルナルさん、アルフォンソ・キュアロンの作品だと『天国の口、終りの楽園。』なんていうのにも出ていたりしますけどね。はい。

まあ、この主人公絡みで言うと、たとえばあの、途中印象的に使われる熊のおもちゃ、ありますよね。まあ、「音が出ちゃって危ない!」みたいなのは、サスペンス映画あるあるな小道具ですけど、ここでの熊のおもちゃの、あのメロディーが絶妙なんですよ! 「ポンポロロ〜ン♪」って鳴って、「I Love You〜♪」って(笑)……なんていうの? なんとも知れんテンポ感と、ふざけ感っていうかね。こういうメロディーのチョイスとか、そういう細かいところも素晴らしかったと思います。音楽もね、WOODKIDがやっていて、非常にセンスがいいあたりじゃないでしょうかね。ということで、小粒だがピリリと辛い、ジャンル映画の拾い物、的に見ると非常にうれしい作品。なので、たしかにね、時事性とシンクロして、社会的な意味合いの読み取り甲斐はありますし、それもあってこの前のアカデミー外国語賞にノミネートとか、ちょっと立派な映画感みたいな感じはあるけど、あんまりそういうところに期待して見ると、ちょっと肩透かしかもしれない。

っていうよりはやっぱり、ジャンル映画としての楽しさ。そこに、ちょっと深みもある、ぐらいの感じに思っていた方がいいんじゃないでしょうかね。はい。B級スリラーの拾い物。たまたま見た場合のこの喜び、みたいな感じで行ってください。僕はこういう、“めちゃめちゃ歴史的名作すぎない、面白い映画”を見るのが大好きですよ(笑)。それはやっぱり。ぜひぜひ劇場で。こういう映画こそ、劇場でウォッチしていただきたいと思います。

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『スプリット』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<以下、ガチャ回しパート 起こし>

実は今日、『ノー・エスケープ』のこの映画評、(作品自体の上映時間も短めな)88分だし、たしかに非常にミニマムな映画だから、「俺、いつもの尺、しゃべれるかな?」って思っていたんですけど、きっちりしゃべってしましました(笑)。ということでございます。