お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


  • 放送ログ
  • 音声あり

【映画評書き起こし】宇多丸、『キングコング:髑髏島の巨神』を語る!(2017.4.8放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

IMG_4254

宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今週扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『キングコング: 髑髏島の巨神』

(BGM:曲が流れる)

1933年に第一作が作られて以来、数々の続編や亜流作品が作られてきた『キングコング』の最新作。1970年代、巨大な大猿コングの故郷である髑髏島を舞台に、コングと巨大生物との壮絶な戦いが描かれる。出演はトム・ヒドルストン、ブリー・ラーソン、サミュエル・L・ジャクソンら。監督は新人っていうかまあ二作目ですけども、ジョーダン・ヴォート=ロバーツさんということでございます。ということで、『キングコング: 髑髏島の巨神』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、普通。ああ、そうですか。もうなんかこの番組の、いつもほら、やれ『パシフィック・リム』だ、『ゴジラ』だってなるとね、もうみんな怪獣大好きな40代以上のおじさんとかが(笑)キャッキャキャッキャ言って送るという印象があったんですけども。普通ですか。あら、そうですか。まあ、ちょっと多め。


しかし、リスナーの感想の割合は「賛」が多し。褒めている方が多い。褒める意見が7割。「否」が1割。「普通」が2割といったところ。「もったいぶらずに、すぐにコングが登場するのがサクサクしていてよかった」。これ、たぶんピーター・ジャクソン版との特に比較ですよね。スカルアイランドに行くまでにもう1時間たっている、みたいなところがありましたからね。「コングが凛々しい」「サミュエル・L・ジャクソンとのコング対決も趣がある」「エンドロール後の映像がやっぱりアガる」といったような意見が目立ちました。

代表的なところをご紹介いたしましょう。「くまくま」さん。「2D字幕版にて鑑賞。今年ここまでの暫定マイベストです。友人と見に行った中学生の息子も興奮して帰宅。激しく感想を語り合い、親子の対話ができました。まずはコングのキャラクター再構成が見事。そもそも第二次大戦前に作られたモロにゴリラ造形のオリジナルコングが現代の観客のニーズであるわけがないので、ルックの改変は必然。ここに進化、言わば学習能力要素を追加」。まあ、ちょっと知性を感じさせる。

「……初めての近代兵器との戦いで学び、コングの家族は敗北している敵に勝利という戦いのロジックが明快。ラストシーンでヘリを見つめるその姿もさらなる進化を暗示している。最後にオタク監督ならではのあふれる映画愛。ベトナム戦争と怪獣映画という、同じ時代に生まれながらいままで交わることのなかった両者を融合させて、見たことがなかった画作りに成功している。随所の小ネタも秀逸。ラスト、島を去る時にあの曲を使うとは。思わず震えが来た」ということでございます。あれですね。キューブリックのある映画を彷彿とさせる選曲ということですかね。

一方、ダメだったという方。「カジキまつ毛」さん。「『キングコング: 髑髏島の巨神』、2D字幕版でウォッチしました。感想としては、全体的にあっさりした映画だなと思いました。キャラクター、アクションもあっさり。そしていろいろとあっさり死にすぎだなと。味の薄い塩ラーメンを食べさせられている気がしました。この映画の前にウォッチした映画が『マッドマックス 怒りのデス・ロード ブラック&クロームエディション』爆音上映だったためか、アクションシーンにあまり魅力を感じられませんでした。『キングコングという名俳優を無駄遣いするんじゃねえ!』と思わされました」ということでございます。

はい、ということでみなさん、メールありがとうございます。『キングコング: 髑髏島の巨神』、私もですね、ちょっと今週時間がなくて。いろんなバージョンを試すような時間がなくて。T・ジョイPRINCE品川のIMAX 3D字幕で2回、見てまいりました。言わずもがな最高!のバージョンで2回、見てまいりました。ということでまあ、『キングコング』についての説明なんてね、ここでしていると本当に時間がなくなっちゃう。特に1933年のオリジナル版が、世界の映画史、エンターテイメント史、ポップカルチャー史をいかに決定的に変えてしまった奇跡的な一作であるか、とかですね。その影響下でどんな作品が作られたか、なんて、そういう基本的な歴史的経緯は、ここで軽くおさらいするだけでもあっという間に時間的キャパシティー、および私の語り手としてのキャパシティーを超えてしまうので。

ここはもう、洋泉社の「映画秘宝セレクション」っていうちょっと新書チックなシリーズから出ている、ズバリ『キング・コング入門』というね。これ、まさに本当に入門書として最適の一冊でございますので。興味がある方はぜひこちらを読んでいただくとかしてね。まあ、先週ゲストだった高橋ヨシキさんの一作目論とかから始まって、すごく読み応えがありますので、ぜひぜひこちらを読んでいただくということで。とにかく今回の『髑髏島の巨神』、正式なキングコング映画としては八作目。で、お話としては過去作と関係なく、改めてイチから話を始める、いわゆるリブートということなんですけども……というだけでなく、今回はこういう意味合いが強い。

これまでも、ジャンル映画のアップデート版超大作、みたいなのを数々量産してきたレジェンダリー・ピクチャーズが、2014年のギャレス・エドワーズ監督版、リブートの『ゴジラ』……この番組では2014年8月23日に扱いました、その『ゴジラ』からの流れで仕掛ける、「モンスターバース(MonsterVerse)」という構想があるんですね。これは要するに、いちばん身も蓋もない言い方をすれば、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)とかの成功を受けてでしょうね、そういうのと同じく、それぞれの作品が実は同じ世界観の中にあって……で、時にそれが互いに要所要所でクロスオーバーするというような、そういうような構想。

さらに身も蓋もない言い方をすれば、こういうことですね。「映画のドラマシリーズ化」的な昨今の潮流というのが、はっきりとあるわけですね。で、その「映画のドラマシリーズ化」的な昨今の潮流、それ自体の是非というか功罪のようなものは、それはそれでガッツリと考える余地がある話ではあるんですが……この場ではとりあえず、そのレベルの議論には踏み込まないでおきます。とにかくそのモンスターバース構想の二作目という意味合いというか、役割が非常に大きい作品なんですね、今回の『髑髏島の巨神』は。先ほど挙げた『キング・コング入門』で神武団四郎さんが書いてらっしゃる通り、どっちかって言うとその2014年『ゴジラ』のプリクエル(前日譚)、という置き方。

ゆえに、たとえば今回の『髑髏島の巨神』、オープニングもそのギャレス・エドワーズの『ゴジラ』同様の、こういうことですね、本物の記録映像と、本物風に作り込んだ資料映像……まあ、二作に共通して登場するアメリカ政府の秘密機関モナークという、それ絡みの秘密資料を、まあドキュメンタリックな感じで目まぐるしくカットアップしたオープニングクレジット。おそらく今後もモンスターバース作品のトレードマークとなっていくのかな? というようなスタイル、これが踏襲されていると。これ、ちなみにオープニングを作っているのは、『ゴジラ』と同じく、カイル・クーパーのプロローグフィルムっていうところが作っていますけどね。いかにもカイル・クーパー、っていう感じですけどね。はい。

で、また同時に案の定、MCU作品などと同じように、エンドクレジット終了後に、今後のクロスオーバー作品の前フリ的なおまけ映像がつくと。今回のおまけ映像ね、「えっ? そこまでハリウッドで出すんだ!」っていうようなの(おなじみの怪獣たち)がいろいろ出ていましたけどね。とりあえず、現状製作発表されているのは、2019年公開予定の『ゴジラ』二作目と、2020年公開予定の『ゴジラVSコング』っていうことなんだけど……とにかく今後、ちょっと前には考えられなかったほど、割りと堂々とストレートに、かつての東宝怪獣映画のような大怪獣バトル祭り!みたいなのが、世界レベルの超大作としてガンガン量産されていく、という計画ではあるらしいと。で、またこのね、大怪獣バトル祭りが世界のエンターテイメントの主流になっていくこの傾向自体の功罪、というのもあるはあると思うけど……その議論にも、ここではあえて踏み込まずに行かせていただきますが。

ということで、役割としてわりと重要なあたりをたくさん背負っている今回のコング最新作、モンスターバース二作目なんですけども、同時にこれ、普通に考えたらちょっと難しい企画でもあると思うんですよね。要するにいまどき、「キングコング」っていう題材をフレッシュな作品にするのってちょっと難しいんじゃないか?っていう。特にやっぱり、2005年のピーター・ジャクソン監督版の『キング・コング』はですね、まだわりと記憶に新しいし。特に特殊効果的な部分で、それほどまだ古びていないっていう感じですよね。やっぱり特殊効果的に古びると、じゃあそれをリニューアル、っていうのもあるんだけど、その2005年の『キング・コング』はやっぱりよく作ってあって、そんなに古びてないし。

あとやっぱり、ピーター・ジャクソンが情熱を注ぎ込んで、これは「良くも悪くも」と言っていいと思いますけど、187分というかなりの長尺を使って、本当にこってりと、1933年の『キング・コング』の古典的物語の枠組みを使ってできることを、一通りやり尽くした感も――僕はちょっと作品的にいろいろと言いたいこともあるんですけど――まあ、一通りやり尽くした感もある作品なので。正直、やっぱり今更、そのキングコングで新鮮な作品って作れるのかな?っていうのは、結構な割合の人が事前には思ったあたりだと思うんですよね。

で、今回の『髑髏島の巨神』。監督に抜擢されたジョーダン・ヴォート=ロバーツさんという方も、まさに当初はそのように懐疑的に考えていた、という風に語ってらっしゃる1人なんですね。で、だからこそ、そういう人が監督をしているからこそ、「じゃあ、どうすればいいのか?」というビジョンと戦略を持って製作に臨んで。結果、意外なほどフレッシュなアイデアに満ちた……まさに、割りといまみんなが見たいコング映画であり、怪獣映画っていうのができた、ということなんじゃないかなという風に思います。ちなみにこのジョーダン・ヴォート=ロバーツさんですね、テレビドラマは結構撮ってらっしゃるんですけど。劇場用長編映画を監督するのはこれがまだ二作目。

しかも一作目の『キングス・オブ・サマー(The Kings of Summer)』っていう作品は、すっごい低予算のインディペンデント映画なんですよね。で、日本ではちゃんと一般公開されていないし、ソフトも発売されていない作品で。日本だと、一瞬前に触れたことがあると思いますけど、『アメリカン・スリープオーバー』っていう、後に『イット・フォローズ』っていうホラーの傑作を撮ることになるデヴィッド・ロバート・ミッチェルさんの長編デビュー作。『アメリカン・スリープオーバー』っていう青春映画の傑作をいち早く上映したグッチーズ・フリースクール(Gucchi’s Free School)っていう、要は日本未公開、未発売の映画を紹介するグループがいて。その方たちが2014年に(『キングス・オブ・サマー(The Kings of Summer)』の)上映会を、たぶん1回だけやっただけ。(日本では)なかなか見ることができない。だから僕は、『アメリカン・スリープオーバー』の時も思ったんだけど、僕はそのタイミングでこの『キングス・オブ・サマー』が見れていたので、グッチーズ・フリースクールさん、ありがとう!(笑)っていうことに尽きるなと思うんですけどね。

まあ、『キングス・オブ・サマー』がどんな映画か?ってざっくりと言っておくと、高校生の男の子たちが家族のことを嫌になっちゃって、いろいろあって家出して、森の中に3人だけで自力で隠れ家っていうかほとんど一軒家を作っちゃって、そこで「俺たちは一生自由に暮らすんだ!」って誓い合うんだけど……っていうね。ちょっと不思議な、忘れがたい余韻を残す青春映画なんですけど。で、たしかにね、今回の「スカルアイランド」との共通点をがんばって見出そうとするならば、たとえばね、森の中の結構過酷なサバイバルを描いている、とかね。あるいはね、その森の中のサバイバルの中で、「戦いの止め時を見失った」キャラクターのあり方、それが描かれているということであるとか。あるいは、ポップミュージックの絡め方のスムースさ、スマートさであるとか。と、同時に、ところどころ、そういうスムースな流れをあえてドン! と断ち切るような場面転換とか、編集のセンスであるとか、っていうようなあたり。

まあ、そういう風にあえて無理やり見出せば、今回の「スカルアイランド」との共通点を見出すことはできなくもない、非常に作品としての完成度は高い青春映画なんだけど……まあでも、間違いなく、「ええっ? これを撮った人が、次、これ!?」っていう、かなり大胆な大抜擢なのは間違いないと思いますね。で、結果、そのジョーダン・ヴォート=ロバーツさん自身が……とは言え「二作目は超大作が撮りたい」というモチベーションがご自身にもあったということもあるのか(※宇多丸註:そういう発言をメイキング本でしているのです)、さっき言ったようにこのインディーからの起用……最近ね、インディーで非常に優秀な作品を撮った人をいきなり超大作に起用する、っていう例はいっぱいありますよね。まあ、成功している例もあれば、誰とは言いませんが大失敗に終わった例もあったりしましたけども、今回のこの起用は明らかに、作品に対してものすごくプラスに働いているんじゃないでしょうかね。

なにがいちばん大きいって、やっぱりですね、時代設定を「1973年」にしたということですね。当初、マックス・ボレンスタインという方が最初に用意していた脚本では、時代設定は1917年だった。つまり、オリジナルの『キング・コング』の1933年よりさらに前の、それこそオリジナル・コングのプリクエル的な話だったのを、今回の監督のジョーダン・ヴォート=ロバーツさんは、レジェンダリーと初めて話をした時に脚本を貰って読んで、「いいんだけど、これだったら僕はやらないかな」みたいなことを言って。そしたらそのね、そこでレジェンダリー重役陣。ここがいいですよね。「ふーん。じゃあどんなのなら作りたいの? ちょっと考えてきて」「あ、じゃあ持ち帰らせていただきます」と。

で、ヴォート=ロバーツさんが持ち帰って考えるうちにパッと浮かんだのが、これ、完成した作品でも最も印象的なショットとなっている、最初に描かれたイメージボードの画でもあるんですけど……これね、玄光社というところからメイキングブックが出ているんですけど、そこで監督自身がインタビューで語ってらっしゃることですけど、こういう風に言っている。「ベトナム戦争時代のヒューイヘリコプターの編隊が、オレンジ色に染まった夜明けの空に向かっていくイメージが浮かんだ」「その行く手に立つコングのシルエットのせいで、編隊はひどく小さく見える」というこのイメージが最初に浮かんだ、っていうことなんですね。つまり……これはまあ、実際の作品を見た方だったら「まさにその通りだ」と思うと思いますけど、こういうことですよね。『キングコング』ミーツ『地獄の黙示録』! まさにこの、『キングコング』ミーツ『地獄の黙示録』っていうこのアイデアが、今回の『髑髏島の巨神』の、最大の勝因じゃないかということだと思います。

監督自身が語る通りですね、さっきのメールにもありましたよね、同時代にもあったんだけど、どこもそこは混ぜたことがなかった異なるジャンル……『キングコング』っていうモンスター映画であり怪獣映画でありっていうのと、ベトナム戦争映画みたいなものっていうのは、監督自身が言っている通り、まあジャンルミックスとしてまずはすごく新鮮であると。その2つを混ぜたものはないという。なので、混ぜただけでも新鮮なんだけど、それだけじゃなくてたとえば、非常に劇中でも重要な話題となっておりますけども。アメリカがやっている観測衛星ランドサット。これ、一号機は1972年に打ち上げられていると。なので、ちょうど時代的に、観測をし終わっていろいろとデータが出てくる頃、1973年。そのランドサットによる観測で、要は地球上から、「未発見の秘境」っていうのがもうなくなるなっていう時代ですよね、それぐらいを境に。

つまり、かつて神話的だった領域が、完全にヒト的な領域に、白日の下にさらされてしまう時代。神話的な領域がなくなってしまう、境目の時代っていうことですよね、1973年。と、同時に、ベトナム戦争終結の最中ということで、さっきも言いましたけど、「戦いの止め時を見失った」キャラクターっていうのがいて。それとアメリカ軍っていうのに象徴される、先進国的な科学、テクノロジー、それを背景にした武力っていうのの不敗伝説、無敗神話っていうのが、崩壊してしまったタイミング。要するに、「もう1回、もう1回戦争やって、次は勝ちてえ!」って思っているやつという、まさに「戦いの止め時を見失っている」キャラクターが出てきて、(彼に象徴されるような)植民地主義的に広げてきたそのテクノロジー(による武力神話)が、ちょっと限界を迎えたタイミングっていう。その、非常に対照的な……神話の時代が終わるっていうのと、科学無敗神話の終わりっていう、ものすごく対照的な時代の境目というのが、1973年っていうこの設定で、1本ポンッて通るっていうね。

非常にナイスアイデアっていうか。ひとつのビジュアルイメージから、でも物語的にもばっちり筋が通るわ!っていうね。非常に素晴らしいんじゃないでしょうかね。ということで、映画全体のルックが、たとえば黄ばんだようなカラーリング、色の設計がしてあったりとか。ざらついた画面の質感。非常に70年代的というか、そんな感じであるとか。あるいはですね、わりとベタな70年代ロック中心選曲、たとえばジェファーソン・エアプレインの「White Rabbit」とか(※宇多丸註:曲自体は67年のリリースです)、まあ、いかにもベトナム戦争っていうかね、『プラトーン』!(笑)っていう感じの選曲であるとかですね。非常にわかりやすく、そういうところで時代感っていうのを表現しつつ……今回は、オリジナルの『キング・コング』のようにですね、コングを都会に連れて来るという展開がなく、スカルアイランドの中のみでの展開なので、お話の基本の構造は、非常にシンプルです。こういうことですね。ジャンル的には戦争映画で言う「小隊物」っていうことですよね。要するに、小さい部隊があって、それがA地点からB地点まで、非常に危険な道のりを乗り越えて、タイムリミット内に移動するっていう、非常にシンプルな話ですね。で、それにいわゆるジャンル映画的な、モンスター映画的な要素を入れている。

ベトナム戦争的な小隊物+そういうジャンル物、っていうとまあ、『プレデター』があるんですけどね。だから途中まではやっぱり『プレデター』にちょっと近いようなテイストがあるなと思う方、いると思うんですけども。で、話の基本構造は事程左様にシンプルな分ですね、その分、様々なシチュエーション、アイデアでのモンスター戦が、本当にこれでもか! とばかりに物量投入されるということですね。ということで、まあざっくり言い切ってしまえば、ベトナム戦争小隊物+『ロスト・ワールド』。『キングコング』というよりはロスト・ワールド物であると。都会に行く展開がないので。っていうことです。


そこでですね、今回の監督ジョーダン・ヴォート=ロバーツさんね、いかにも今時の監督らしく、サンプリングセンス全開ではあるんですね。いろんな物からの影響っていうのが入り込んでいると。もちろん、さっき言ったベトナム戦争物っていうのがあるし、怪獣映画、特に『キングコング』の過去作からのいろんな引用がある、というのももちろんそうですし。たとえば日本のアニメからの影響。公言されているなかでは、宮崎駿の影響なんて言っているけど、たしかにあのね、原住民のあの砦の扉がバーッと開く時のあの感じ。わざわざ王蟲の口とか巨神兵の口みたいな感じで、こんな感じでグニーッて開かせて……「あんたも好きねえ」(笑)っていう感じであるとか。まあ、全体の話の構造がちょっと『もののけ姫』的な、自然対人間、科学みたいな話でもあるし。

あと当然、今どきのゲームのFPS視点、主観視点の銃射撃……モロに『コール オブ デューティー』!っていう画とかですね。あと、あのヘリコプターがグルグル回っている中から撮られたショットとか、ああいうのもゲーム的な視点と言っていいと思いますけど。そういう風に、非常に今どきなサンプリングセンス全開なんだけど、そのまとめ方がこの監督、すごくスマートで。さっき言った70年代的なルックの中とかに全く違和感なく……要するにわざとらしくなく配しているので、すごく上手いな、違和感ないなという風に思いました。

あとですね、すごく今回の『髑髏島の巨神』が僕はいいなと思ったのは、やっぱりキャラクターそれぞれの群像劇としての描き分けみたいなのが、さり気ないながらも、すごくいいなと。特に、やっぱりサミュエル・L・ジャクソン演じる現役の大佐と、ジョン・C・ライリー演じる、太平洋戦争で生き残って島に取り残されたアメリカ兵。この2人は、要するに対比なわけですよね。「戦いの止め時を見失った男」二世代の対比なわけですよね。この2人は特にやっぱり印象的に扱われてて、とってもいいですね。なので、戦いの止め時を見失った男2人、二世代の対比って考えると、エンドロールが……ちょっと意外なエンドロールで終わるじゃないですか。要は、「戦いの止め時をついに見つけた男」のシーンで終わるっていうのは、非常にグッと来る。しかも、オープニングとも対をなしているので、「ああ、この男の話だったんだ」っていうのがよりはっきりして、とてもいい構成だと思いますし。

一方ですね、コンラッドという……この「コンラッド」っていうキャラクターの名前自体がもう、『地獄の黙示録』の原作である『闇の奥』のジョセフ・コンラッドから取っているのは明らかなんですけども。そのコンラッドというキャラクターを演じるトム・ヒドルストン。ちょっと『ディア・ハンター』のクリストファー・ウォーケン風に、ちょっとやさぐれたあれで登場して。ここもまあ、サンプリング的なんですけども。まあ、『キングコング』における男のヒーロー役は、常に影が薄くなりがちという傾向があるため、今回も正直、トム・ヒドルストンのキャラクターは薄いですよ(笑)。ただね、やっぱり(トム・ヒドルストン自身のたたずまいが)めちゃめちゃかっこいいので……トム・ヒドルストン=新007説とかあるじゃないですか。俺、今回で初めて「ああ、有りだ。全然こいつ、ボンド有りだ」っていう(風に納得できた)。元SAS隊員っていうので、M16なんか構えている姿、非常に様になっていたし。非常にかっこよくて、いままでのキングコングのヒーロー役の中では、まだキャラが立っていた方だと思いますし。

あと、ヒロイン役のブリー・ラーソン。顔立ちが70年代っぽい感じなので、非常にそこもハマってましたし。登場時ね、「カメラマンで……」って登場して、出迎えた側が「ああ、なんだよ、女だったのか(=名前から男だと思い込んでいた)」っていう、あれはたぶんハワード・ホークスの『ハタリ!』のオマージュなのかなと思いますが。ハワード・ホークスのオマージュと言えば、おなじみの『リオ・ブラボー』オマージュね。もう(他の映画でも)山ほどやられてますけども、武器をポーンと投げ渡して、キャッチしてパッ!っていう。今回はでも、渡される武器がアレなので、またやっぱりちょっとフレッシュでしたよね。倒し方も非常にフレッシュでしたし。




あとまあ、(キャラクターとして)いちばん肝心なのはやっぱりコング。キングコングですよね。まあピーター・ジャクソン版のキングコングは非常に……割りと露骨にゴリラ!な造形だった。あれはたぶん、2005年当時の、「キングコングをいまの時代にリアルにやるなら、ゴリラ感を増す(方向だろう)」っていう、そういう時代感だったと思うんですけども。今回はまあ、そういうゴリラ的な方向の「リアル」感は完全に捨てて……つまり、言ってみればギャレス・エドワーズ版のゴジラが、エメリッヒ版ゴジラの「(生物としての)リアルさ」は捨てて、ちゃんと「怪獣映画」をやります!ってやっているのと同じバランスで。(だから今回のコングは)がっつり直立歩行だし……先ほどメールにあったのと僕の意見は違って、僕は今回のコングは、やっぱり1933年版のキングコングに寄せているんだと思いますね。

要は「猿じゃない」っていうことですね。猿でもないし、人間でもない。もうちょっと神に近い存在だし。まあ、完全直立歩行だし……特にですね、1933年版の、ポスターの絵柄に非常に近い。上の髪がピョンと立っているところは、1933年版コングへのオマージュ、はっきりあるデザインだと思います。で、いままでのコングの中でもいちばん、やっぱりより神的であり、はっきり「知性」を感じさせる……はっきり言っちゃうと、リブート版『猿の惑星』のシーザーがデカくなった版(笑)、ぐらいに思っても間違いないぐらいの知性を感じさせる感じだと思いますね。

なんだけど、まあキングコングならではの「美女と野獣」要素も……まあピージャク版で、美女とのイチャイチャ部分はちょっと行くところまで行ったので。76年のジョン・ギラーミン版から始まったイチャコラぶりがですね、ちょっと行くところまで行ったので、今回はイチャイチャはもうそこそこに……でも、「美女と野獣」要素もでも、いまの時代にちょうどいいバランスで……しかもあのね、コングの手がボーン!って水の中に入ってくる、非常に美しいショットで見せるというあたりで、非常にいいバランスで落ち着かせていたんじゃないでしょうか。

あとまあ、様々な敵キャラの戦い。アイデアを凝らしていてよかったと思います。たとえば、竹林の中で巨大なクモがボーン! と出てくるあたり。今回ね、地元のいわゆる原住民描写が……もちろん今どきは人喰い人種的な描写なんていうのは避けるでしょうから、そういうんじゃないぶん……「ああ、ここで『食人族』を入れてきたか!」っていうね(笑)。口から串刺しボーン! みたいなね、そういうのを入れてきたりとか。こういうところも、サンプリング感覚をあんまり不自然じゃないかたちでボーンと入れてくるあたり、(ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督の)非常に才能があるあたりじゃないでしょうかね。


あと、クライマックスシーン。人間との連携プレーっていうのをちゃんと入れてくれたあたりも非常にうれしい。ちょっと表情も含め、『グエムル―漢江の怪物―』オマージュか?っていう連携プレーもあったりとか。まあ、あえて言えば、『キングコング』なんだから、神的に描けば描くほど、その神が人間の領域に引きずり下ろされるという象徴としての「都会に連れて来られる」描写がないっていうのは……今回はまあ、しょうがないんだけどね。その分、ちょっとそういう意味ではドラマ的に、非常にシンプルに抑えられているというのがあるんだけど、それは今後のモンスターバースで語られていくのであろう、ということで。今回のこの話の枠組みの中では、僕は非常に過不足ないというか、まあ大満足な出来でございました。IMAX 3D、最高でしたよ! ぜひぜひ、IMAX 3Dで。画面の中に、髑髏島の中に飛び込む勢いでご覧になっていただきたいと思います!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ハードコア』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!